第62話……鉄と雪と温もり
吹雪の戦場がようやく静まり返るころ、帝国旗がマズル鉄橋に翻っていた。
雪を掻き分けて運び込まれた酒樽が、焚き火の傍らに転がされる。野戦炊事隊は珍しく肉の塊を煮込み、塩気の利いた黒パンや干し魚まで並んだ。
「よし、今日は飲め! 食え! 勝利の味を噛みしめよ!」
バーレ少将の声が響き、兵たちは一斉に歓声を上げた。
鉄と血の臭いが充満していた野戦陣地に、久方ぶりに笑い声がこだました。
私も湯気の立つ鉄鍋から肉を掬い、木椀に注がれた蒸留酒を傾けた。喉を焼くような強い酒精が胃に落ちると、ようやく生き延びた実感が胸に広がった。
「……おい、フォーク!」
聞き覚えのある声に振り返ると、黒い軍外套を脱ぎ捨て、雪まみれの顔を笑みに歪めた男が立っていた。
「ボルタじゃないか!」
軍学校以来の同期、騎兵中隊長ボルタ大尉である。先ほど、装甲列車〈リヴァイアサン〉の司令室に最初に斬り込んだと聞いている。
「……まったく、神が味方してくださらなければ、俺の首は今ごろ列車の車輪に潰されてたさ!」
「いや、あの無茶な突入、昔と変わらんね」
互いに肩を叩き合い、笑い声が弾ける。
彼の軍服には、激戦を思わせる血糊がついていたが、焚き火の光に照らされたその瞳は、昔の演習場で馬を競わせた頃と同じ輝きだった。
「フォーク、次は一緒に前線を駆けるか?」
「……やめてくれ、私は乗馬が下手なのは知ってるだろ?」
そう笑いつつも、杯を打ち合わせる音は心地よく響いた。
雪に囲まれた即席の祝宴。
戦死者の影を背に抱えながらも、私たちはその夜だけは、酒と食事と再会の温もりに浸っていた。
◇◇◇◇◇
勝利の酒精が兵の体を温めたのも束の間、夜半には再び冷たい号令が下った。
帝国軍第一混成旅団は、占領したばかりのマズル鉄橋の修復に取りかかり、補給線を確固とすべく夜を徹して作業を始めたのである。
爆発でねじ曲がった鉄梁は、魔動機タイタンによって切り落とされ、蒸気クレーンが唸りを上げて新材を吊り上げる。
吹雪に晒されながら、工兵たちは熱されたリベットを打ち込み、鉄板を火花と共に溶接していった。
橋脚の基礎は崩壊していた箇所もあり、そこでは夜陰の中、数十人の兵士が松明を掲げ、凍った川面へ石材を積み下ろして補強を施していた。
「急げ! 補給列車は夜明けにはここを通らねばならん!」
「蒸気クレーンを回せ、次の梁を嵌め込め!」
怒号と蒸気音、鉄槌の響きが吹雪に混じり、戦場の夜を満たす。
焚き火の残り香と血の臭いが残る橋の上では、祝宴で笑っていた兵たちも無言で工具を扱う。
私も測量器を携え、左眼で角度を測りながら修復作業に加わっていた。
正確な水平が取れねば、橋は補給列車の荷重に耐えられず、全てが水泡に帰す。
背後ではバーレ少将が静かに橋を見上げていた。
「この鉄路を繋げねば、我らの勝利も砂上の楼閣に過ぎぬ……。諸君、夜明けまでに必ず通せ」
その言葉に、工兵も歩兵も一層力を込める。
ハンマーが鳴り、蒸気が唸り、鉄橋は少しずつ姿を取り戻していった。
◇◇◇◇◇
――そして夜明け。
東の空が白み始める頃、汽笛が凍てつく空気を震わせた。
「……来たぞ、補給列車だ!」
白煙を高々と吐き出しながら、長大な軍用列車がゆっくりと鉄橋へ進み入る。兵たちの目が一斉に注がれ、息を呑む。
黒鉄の骨組みは軋みつつも、その重みを無事に受け止めた。
先頭の機関車が渡り切り、次いで貨車の列が橋を進む。車輪が響くたびに兵士たちの胸も高鳴り、やがて最後尾の車両が渡り終えた瞬間――。
「……渡った! 成功だ!」
「これで南方戦線は持つぞ!」
歓声が雪原に轟き、兵たちは互いに肩を叩き合った。
焚き火に温められた酒瓶が再び回され、疲労困憊の工兵たちも笑みを浮かべたのであった。
◇◇◇◇◇
補給列車の貨車が次々と開かれると、白い吐息と共に歓声が上がった。
木箱をこじ開けると、中には温かい毛皮の外套がぎっしりと詰まっていた。
「おお……毛皮だ!」
「これで凍えずに済む!」
兵たちは嬉々として外套を羽織り、吹雪に焼けた頬を毛皮の襟に埋めた。肩口から染み込んだ温もりに、誰もが思わず顔を綻ばせる。
別の貨車からは干し肉と黒パン、チーズや野菜の塩漬けが運び出され、炊事班の鍋に投げ込まれていった。
やがて雪原に漂ったのは血の匂いではなく、温かいスープの香りであった。
「見ろ、酒瓶まであるぞ!」
「総司令部も粋なことをしてくれる!」
配給された熱いスープをすすり、極寒の中、橋の修復に従事した兵たちは、ようやく人心地を取り戻した。
冷たく重い戦場が、束の間だけ温かな人間の営みへと変わったのだ。
私は兵たちの笑顔を見やりつつ、胸の奥で思う。
勝利の象徴は巨砲でも、名将による華々しい戦果でもない。
兵を生かし、前線に温もりを届ける――補給こそが真の戦略であると。
◇◇◇◇◇
――その晩の自分の幕舎にて。
列車で受け取った物資には、ミンレイからの手紙があった。
私は膝の上で眠るポコリーヌの背中を撫でながら、手紙に目を落とした。
――
拝啓 ご無事で戦っておられること、毎日祈っているアル。
わたしは元気に過ごしているから、心配は無用アルよ。
先日、自分で靴下を編んでみたアル。
けれど左右の大きさがまるで違って、片方は馬の脚にもぴったりサイズになってしまったアル……。
仕方ないから、侍女に渡したらとても喜ばれたアルよ。
それから、庭の大根に白い粉を撒いたら、夜になるとぼんやり光り出したアル。
近所の子供たちが「お化け大根」と騒いでいるけれど、味はちゃんと大根だったアル。
あなたがいないのは寂しいアル。
でも、わたしは丈夫アルから、なんとかやっているアルよ。
だから、無理に武功を立てようとせず、生きて帰ってくることを約束してほしいアル。
帰ってきたら、不揃いの靴下を必ず履かせてあげるアル。
――追伸。
昨日はパンを焼こうとしたのですが、どうしても膨らまず、結局ただの固い石のようなパンができたアル。
次に会うまでに上手に焼けるように頑張るアル。
あなたの妻ミンレイより
――
私は手紙を読み終わると、ポコリーヌを抱きかかえながら、寝具に身をうずめ、鯨油ランプの灯りを消したのであった。
◇◇オマケDATE◇◇
名前:フォーク=ユンカース
適合率:97%(魔導機)
HP:1320/1320
白兵戦:145
抗堪性:120
魔力出力:210
補給線距離:210km(危険)←若干ホームシック ( ˘ω˘ )
士気:68%(低下中)




