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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第48話……苛烈な賠償と屈辱の条約

 聖帝国暦917年9月中旬――。

 帝都の空は蒸気と煤で曇っていた。


 新聞の一面を飾る見出しは、こう叫んでいた。


「民衆の英雄、メンゲンベルク新首相誕生! 新内閣、発足!」


 帝都エーレンベルクの石畳の街路は、歓声とガラス瓶の割れる音で沸き返った。

 蒸気機関車が吐き出す白煙の中、市民たちは自由労働党の若き党首メンゲンベルクの名を叫んだ。

 彼は労働者階級の希望、腐敗した貴族政治に鉄槌を下す救世主と謳われていたのだ。



 ……だが、喜びも束の間、真相は新聞の活字の裏に隠されていた。


 新内閣の名簿には、帝国保守党の重鎮たちがずらりと並び、自由労働党の議員は一人として要職に就けなかった。

 メンゲンベルクは名ばかりの首相、まるで真鍮製の歯車人形のように、保守党の老獪な貴族たちに操られている立場に過ぎなかった。

 実質、帝国は前政権と同じく、鉄と血の匂いをまとった保守党の支配下にあったのだ。




◇◇◇◇◇


 条約ジラール共和国を筆頭とする連合国は、帝国に容赦ない鉄槌を下した。

 敗戦の傷跡も癒えぬ帝都には、共和国の蒸気装甲車と飛行船が駐屯し、その銃口は帝国の心臓部を常に睨んでいたのだ。


 連合国は追加の賠償金として、帝国金貨1500万枚という途方もない額を要求。

 しかもこれは、18金で鋳造された帝国の誇りたる硬貨で支払わねばならなかった。


 帝国の国庫は、既に底を突いていた。金兌換券の裏付けとして貯蔵されていた金塊は、巨大な蒸気炉で溶かされ、一枚また一枚と金貨へと姿を変えたのだ。


 ……だが、それでも足りず、ついに国庫の金は尽きた。


 帝国紙幣は不換紙幣へと転落し、その価値は急落した。市場では、パン1個が昨日の2倍といった値段で取引され、市民の暮らしは物価高騰の嵐に呑み込まれた。


 さらに、連合国は帝国軍の師団数を16個から10個に削減する条約を押し付けた。

 その他、戦車の保有禁止。大型飛行船の数も制限される。


 帝国の誇る機械化軍団の多くが解体。


 だが、この削減は公平ではなかった。

 優秀な平民出身の若手士官たちが真っ先に解雇され、戦場で汗と油にまみれてきた彼らの代わりに、高齢の貴族階級が前線指揮官の座を占めたのだ。

 まるで時代遅れの蒸気時計のように……。


 興味深いことに、条約には非正規の傭兵団に関する記述が欠けていた。新政権はこれを見逃さず、蒸気工房の裏で動く歯車のように、密かに傭兵団への補助金を捻出した。

 表向きは軍縮を装いつつ、非常時には最大兵力を維持する策だった。


 帝都の裏通りでは、安月給で契約された傭兵たちが、蒸気ライフルを肩に闊歩し始めた。




◇◇◇◇◇


 政権にとって最大の痛手は、工業都市アキュラの喪失だった。

 蒸気機関と鉄で繁栄したこの都市は、帝国の税収の柱だったのだ。その喪失は、国庫に空虚な響きをもたらした。


 一方、アキュラを手に入れたジラール共和国は、蒸気船と飛行船の生産を加速させ、勢力を急拡大。

 共和国の各都市では、煙突から吐き出される黒煙が空を覆い、その繁栄は帝国の屈辱を一層際立たせた。


 ……だが、この共和国の躍進に危機感を抱いた国があった。

 海の向こう、共和国の北部に位置するワット王国だ。


 氷と霧に閉ざされたこの王国は、共和国の膨張を恐れ、密かに帝国との連携を模索し始めた。

 帝都の裏路地では、ワット王国の使者が蒸気馬車で動き回り、秘密の会合が開かれていたのだった。


 鉄と蒸気の世界に、新たな同盟の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めていた。




◇◇◇◇◇


 聖帝国暦917年9月中旬――。


 港湾都市フォボスの空は、蒸気船の煙突から吐き出される煤と海風が混じり合い、独特の塩辛い匂いを漂わせていた。

 港では、鉄製のクレーンが唸りを上げ、荷物を吊り上げるたびに蒸気がシューッと漏れでる。


 私は、汗と油にまみれた作業服をまとい、フォボスの造船所にいるラングを訪れていた。

 ラングは、この街で少し名の知れた男で、蒸気機関の改良から歯車細工まで、何でもこなす職人肌の男だった。


 工場の中は、鉄とゴムの焦げる匂いで充満していた。

 作業台には、木槌と真鍮製の計測器が散乱し、壁には蒸気配管が這うように張り巡らされていた。


 私はラングに、奇妙な鉱石と知識を披露した。


「この配合でゴムに混ぜれば、安定するはずだ。劣化しにくい、弾力のある素材になる」


 ラングは、煤で汚れた顔を上げ、目を細めた。


「ほう、そんな大事な知識、どこで仕入れてきたのですか?」


 私は一瞬言葉に詰まり、苦笑いを浮かべた。


「……別の世界さ」


「へ!?」


 ラングの眉が跳ね上がり、まるで壊れた蒸気弁のように目を丸くした。そんな会話を交わしながら、私たちは数日間、工場に泊まり込んで実験に没頭したのであった。


 蒸気ランプの薄暗い光の下、ゴムの調合を繰り返し、失敗してはやり直した。

 作業服は汗とゴムの匂いで鼻をつくほどになったが、ついに一つの成果が生まれた。手に持ったゴム片は、しなやかで、かつ驚くほど丈夫だった。


 ラングが試作用のゴムを手に取り、しげしげと眺めた。


「さて、このゴム、具体的に何に使うつもりなんです?」


 私はにやりと笑い、作業台に広げた紙に簡単な図面を走り書きした。


「車輪のタイヤだよ、タイヤ」


「タイヤ?」


 ラングの声には疑問符が浮かんだ。

 だが、私が紙に描いたのは、ゴムチューブに空気を詰め、車輪の外側に巻きつける構造だったのだ。

 蒸気馬車や荷運び車の真鍮製車輪とはまるで異なる、柔らかく衝撃を吸収する仕組みだ。


 ラングは図面を一瞥し、たちまち目を輝かせた。


「なるほど! この手があったか!」


 彼は興奮で声を震わせ、作業台をバンと叩いた。


「こんな芸当、普通のゴムじゃ到底無理だ! 劣化してすぐに破れる! だが、このゴムなら……、あるいは!」


 そう、従来のゴムでは、空気を詰めたチューブなど夢物語だった。だが、私の「別の世界」の知識とラングの職人技が合わさり、それが現実のものとなったのだ。



「これは売れるぞ!」


 試作品の製造は成功。

 ラングは拳を握り、まるで蒸気機関がフル稼働するような勢いで叫んだ。


「これはフォボスの馬車業者、造船所、果ては帝都の大企業まで、こぞって飛びつくはず!」


 私はその勢いに乗せられ、すぐさまフォボスの銀行に駆け込んだ。


 帝都の金貨不足で紙幣の価値が揺らぐ中、融資の交渉は難航したが、なんとか資金を調達。

 港の造船所の脇、錆びた鉄骨と蒸気管が立ち並ぶ一角に、小さなゴム工場を建てた。


 工場の煙突からは、ささやかな白煙が上がり、ラングは早速、タイヤの生産に取りかかった。

 蒸気プレス機がゴムを成形するたび、工場は新たな可能性の鼓動で震えた。私は作業台の脇で、ラングの興奮した笑顔を飽きずに見ていたのだった。


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― 新着の感想 ―
ゴムと硫黄の化合の考え方がなかったんですね。
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