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第31話……ダム破壊

 凍てつく冬の夜、月なき闇の中。


 私の魔動機タイタンを操り、巨大な蒸気臼砲の設置を行っていた。鉄と真鍮でできた砲身は、ガス灯の微かな光を反射し、鈍く輝く。

 歯車が軋み、ボイラーが凍える寒気の中で低く唸る中、私はエーテル結晶を詰めた大型砲弾を次々と装填、発射した。


 発射された砲弾はダムの周囲に着弾し、轟音を伴い炸裂。

 凍りついた夜の闇を灼熱の炎の渦に変えた。

 火はまるで生き物のように貪欲に広がり、氷結した山岳地の地面を溶かし、凄まじい勢いで燃え盛ったのだ。


「弾薬庫が燃えているぞ!」

「火を消せ、急げ!」


 連邦軍の叫び声が凍てつく風に響く。

 敵陣の奥深くに潜んだゆえか、彼らはこれを我々の襲撃とは思っていないらしい。


 そして、火災は容赦なく拡大し、乾燥した冬の空気と強風に煽られる。ダムの敷地内の木造の足場や銅製の倉庫を飲み込み、紅蓮の炎が天を焦がしたのだった。

 火の粉が雪混じりの風に舞い、まるで地獄の業火が連邦軍を大混乱に陥れたのだ。


「さて……」


 私は真鍮製の双眼鏡を手に取り、レンズに付いた霜を拭う。

 そして、煙と炎の向こうにあるダムの構造を注視した。


 凍てつく寒さで指先がかじかむ中、ダムの弱点を特定し、その正確な位置を割り出すべく、革装のノートに鉛筆で急いで計算を書きなぐった。


「よし!」


 タイタンは次の砲弾をダムの要所に正確に撃ち込んだ。

 しばしの静寂の後、轟音とともにダムは崩れ落ち、冷たい水流が咆哮を上げて押し寄せたのだった。


「敵襲だ!」

「逃がすな!」


 ようやく敵の監視塔が、探照灯の光で私の操縦するタイタンの姿を捉えた。

 雪と煙の舞う中、鋼鉄の巨体が白く輝く。


「さて、退くか」


 最後の砲弾を発射し終え、私は蒸気砲を破棄した。

 重い砲身を捨てた分、タイタンは軽量になり、機動力を取り戻す。


 大型のボイラーの蒸気が凍える空気を切り裂き、タービンと歯車が狂おしく回転。

 私は敵の支配領域からの脱出を一気に図ったのだ。


 ポコリーヌの先導もあって、私は追いすがってくる連邦軍を振り切り、味方陣地へと帰り着いたのだった。

 追撃をあきらめない連邦軍は、知らず知らずに帝国陣地へと踏み込む。

 それに対し、帝国軍歩兵は容赦なく弾の嵐をお見舞いしたのであった。


 ダムの周囲には、冬の夜を焼き尽くす炎がなおも咆哮を上げていた。




◇◇◇◇◇


 翌朝、凍てつく冬の陽光が雪原を白く染める中、私は大隊本部と繋がる蒸気通信機の受話器を手にしていた。

 銅製のケーブルが低く唸り、エーテル信号が遠くの本部へと私の声を運ぶ。


「ダム破壊とは本当か!?」


 ヘルダーソン中佐の声が、受話器越しに鋭く響いた。


「はい中佐! ダムの決壊の水音を確かに耳にしました。間違いございません!」


 私はその他、知り得た限りの詳細を報告した。

 ダム周辺の地形、雪に覆われた高低差、敵の見張り塔の配置、凍りついた塹壕の位置――すべてを克明に伝えたのだ。


「よくやった。次の指令があるまで、その場で防御態勢を固めよ」


「はい!」


 受話器を置き、私は張り詰めていた緊張の糸をそっと解いた。

 凍える空気が頬を刺すが、心は一瞬の安堵に満たされたのだ。


「お疲れ様です、中隊長。珈琲をお持ちしました」


 私の副官であり中隊の副隊長、エルネスト准尉が、真鍮製のマグカップに湯気を立てた珈琲を差し出してくれた。


「ありがとう」


 疲れ果てた頭を癒すべく、私は特別配給の角砂糖を数個、金属のマグカップに放り込んだ。砂糖が凍てつく静寂の中でゆっくりと溶けていく。


「……眠いな」


 思い返せば、昨夜は暗闇の中、警戒中の敵陣を駆け抜け、夜通し緊張の連続だった。

 安堵の波が一気に押し寄せた瞬間、意識が遠のき、私は雪に覆われた地面の上で眠りに落ちたのであった。



「おはようございます、中隊長。」


「……ん? 今、何時だ?」


「夕刻の4時でございます。」


 目を開けると、分厚い毛布が私の上にかけられていた。エルネスト准尉の気遣いだろう。雪混じりの風が頬を撫で、凍える寒さが骨身に染みた。


「中隊長殿、大隊本部より戦果の概要が届いております。」


 准尉の報告によれば、帝国軍の偵察飛行船がダムの近くを哨戒中、燃え盛る火災を発見し急行したという。

 ニコ河のダムは決壊し、氾濫した水流が下流域の広範囲を泥濘の海に変えたらしい。

 連邦軍の陣地や戦略物資の多くが水没し、彼らの大攻勢は延期を余儀なくされたようだった。

 かくして、ダムの破壊は戦略的大戦果となったのだ。



 三日後。


「見事な働きだった! よくやってくれた!」


 我が大隊を援護すべく駆けつけた連隊長から、私は真鍮とエナメルで飾られた勲章を授与された。

 連隊に随行した新聞社の写真機が、閃光を放ちながら私とヘルダーソン中佐を白黒のフィルムに収めた。

 マグネシウムの閃光が雪に反射し、まるで火砲轟く戦場を再現するかのようだった。


 二日後の新聞には、中佐と私の姿が刻まれた写真が掲載された。見出しには「東部戦線の英雄、第四傭兵大隊」と大きく記されていた。


 大隊全体として称賛されたことに、兵士たちは歓喜の声を上げた。さらには、希少な葡萄酒の瓶や燻製牛肉の瓶詰が特別に支給され、凍える大隊の士気は大いに高揚したのであった。


 だが、わずか二週間後、我が大隊は新たな命令を受け、戦線を西部へと移すこととなった。


 ……雪と炎の戦場を後に、新たな試練が我々を待ち受けていた。


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