第30話……タイタンでの初陣
帝国傭兵団は、貴族家がかつて誇った私兵の名残であり、今なお有力な貴族や実業家たちがその経営を支えていた。
戦場での指揮権は帝国総司令部に一元化され、正規軍と共通の厳格な階級制度が敷かれている。
戦功に応じて帝国から報酬が下賜され、戦時の動員を支える仕組みとなっていた。
しかし、装備は経営母体に委ねられ、しばしば正規軍の最新式装備に比べ見劣りすることも多かった。
◇◇◇◇◇
聖帝国歴917年2月中旬。
今年の雪は少なく、しかし寒さは例年を凌ぐ厳しさだった。
空気は凍てつき、蒸気管の継ぎ目から漏れる白い吐息が、まるで生き物の如く漂っていた。
第10師団第4傭兵大隊司令部。
大隊長ヘルダーソン中佐は、煤けた幕舎に各中隊長を召集していた。
私、フォーク中尉は第4中隊の指揮官として、作戦会議に臨んでいた。幕舎の中は、クジラ脂のランプの薄暗い光と、暖炉の燃える薪の匂いで満たされている。
「……は? 我々だけで防衛任務を遂行するのですか?」
戦歴の長い初老の第2中隊長が、驚愕に目を丸くした。
「その通りだ。単独で任務を果たす。さて、担当区域を指示するぞ」
中佐の声は、まるで歯車が軋むような重々しさだった。
大隊の幕僚たちが既に大方の策を決め、我々に残されたのはその指示に従うのみという雰囲気だった。
「ヘルダーソン司令!」
私はゆっくり手を挙げ、珍しく意見を進言することにした。
「何だ、フォーク中尉?」
司令の鋭い目が私を捉えた。
「このまま薄絹の如き防衛線を敷くだけでは、戦果は望めません。それより、魔動機を単独で敵陣深くに送り込み、奇襲を仕掛けては如何でしょう?」
「もしかして、あのダムを狙うのか?」
司令の眉が僅かに動いた。
「左様です。」
私は過去の昇級試験で、パニキア連邦の地形を徹底的に学んでいた。ゆえに、我々の陣地からほど近い場所に、連邦の要衝たるダムがあることを知っていたのだ。
「……しかし、敵陣の奥深くだ。無謀ではないか?」
司令の声には、探るような響きがあった。
「そのための魔動機かと存じます」
私は胸を張り、確信を持って答えた。魔動機タイタン—蒸気と魔炎石で動く鉄の巨人は、単騎でも敵軍を圧倒する力を秘めているはずであった。
「よし、ならば任せた!」
ヘルダーソンは短く頷き、私の策を採用した。
作戦会議が終わり、私は幕舎の外へ出た。
凍える風がコートの裾をはためかせ、遠くで蒸気機関の唸りが響く。
そこには、第4中隊の副隊長、エルネスト准尉が待っていた。
彼女は紅い髪を束ねた、美しい技術下士官だった。エーテル爆薬の専門家であり、その知識はかなりのモノであった。
「私は単騎でタイタンを駆り、極秘の作戦を遂行する。中隊の指揮は任せたぞ」
私は彼女に告げた。
「了解であります!」
エルネストは凛とした敬礼を返した。彼女の瞳もまた綺麗な赤い色をのぞかせる。
私は彼女と別れ、運転手の伍長が待つ蒸気自動車に乗り込んだ。
車体は黒煙を吐きながら、がたんと揺れて動き出す。
私は後方陣地に隠された魔動機タイタンの元へ向かった。鉄と蒸気の巨人が、闇の中で静かに待つ—その姿は、まるで神話時代の巨人であった。
◇◇◇◇◇
魔動機タイタン—全高8メートルの鉄の巨躯、無骨な人型兵器は、ユンカース子爵家が誇る戦場の怪物だった。
鋼板と蒸気管が複雑に絡み合い、エーテルの青い輝きがその継ぎ目を脈打つ。
この日、私にとって初めてのタイタン操縦—初陣の戦場が、闇に沈む雪原で待っていたのだ。
「起動、確認!」
操縦席に滑り込むと、外で待機していた技術伍長が甲高い声で叫んだ。
煤けた革のシートに体を沈め、操縦桿を握る。操縦席の狭い空間は、鉄と油の匂いに満ちていた。
高純度の魔炎石が炉心で赤く燃え上がり、主機の蒸気タービンが低く唸りを上げた。歯車が噛み合い、軋む音が響く。計器盤の針が震え、エーテル信号の青い光が正常値を刻んだ。無数のランプと針が、私にタイタンの準備が整ったことを告げていた。
「……出撃!」
私の声が、操縦席の鉄壁に小さく反響した。
闇夜の中、タイタンと私は静かに戦場へ滑り出した。
敵に見つからぬよう前照灯は消し、蒸気機関の出力を絞って進む。
重々しい足音が雪に吸い込まれ、ほとんど響かない。
私は左目の超能力を発揮させた。
周囲の闇が切り裂かれ、昼間のように前方を映し出される。この世界で授かったこの眼は、戦場での私の秘密兵器だったのだ。
さらなる警戒のため、私は相棒の妖精狸ポコリーヌを外に出す。
小さな体にフカフカな毛を持つ彼は、雪原を軽やかに跳ねながら周囲を偵察した。
ポコリーヌの鋭い感覚は、どんな機械よりも信頼できたのだ。
先行する彼の小さな足跡が、凍てつく雪道に点々と続いていく。
極秘裏の行軍は4時間に及んだ。冷たい風がタイタンの装甲を叩き、蒸気管から白い息が漏れる。
やがて、遠くに揺らめく光が見えた—敵の見張り台だ。松明の炎が、闇の中で不気味に瞬いていた。
「……やはりな。」
私は操縦席で小さく呟いた。
ダムはどの国においても戦略的要衝。防衛部隊が配備されているのは当然のことだった。
私はタイタンを低く沈め、装甲の隙間から雪原を見据えた。
ポコリーヌにお願いし、周囲の地形を調べさせる。彼の小さな影が闇に溶け、素早く偵察を終えて戻る。
「ポコココ……」
ポコリーヌの誘導に従い、タイタンは出来るだけ静かに移動した。
雪に覆われた岩陰、凍てつく木々の間を縫い、ついに絶好の攻撃位置を確保したのだ。
鉄の巨人は静かに息を潜め、各種センサーが敵を睨みつける。
私の手は操縦桿を握りしめ、魔炎石の熱がタイタンの心臓を脈打たせていた。
……そう、戦いの刻が近づいていたのだ。




