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蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第29話……巨漢シュライヒ中将

 この世界の陸上戦力は、ふたつの力が台頭していた。

 ひとつは、古代の遺産である「魔動機」。その鋼の巨体は、一般の蒸気機関の何倍もの機動性と、どんな砲撃にも耐える分厚い装甲を誇った。


 だが、その原動力たる魔炎石と呼ばれる結晶は、高純度でなければ作動せず、燃費はすこぶる悪い。

 何より魔動機の中枢部の技術は、現代の工学者にも解明できず、完全な製造は不可能だった。

 魔動機は、隆起した断層の奥深くから発掘され、外殻を修復してようやく戦場に投入される希少品である。


 さらに、操縦には謎めいた生体認証が必要で、適合者――「魔導士」と呼ばれる者たちだけがその力を引き出せたのだ。

 彼らは帝国の軍関係者から畏敬の念を集め、人によっては神話の英雄のように扱われたのであった。


 対して、近年台頭してきたのが巨大な蒸気戦車だ。

 ワット王国で産声を上げ、瞬く間に周辺諸国へ広がったこの新兵器は、歯車とピストンの唸りを上げ、黒煙を吐きながら進む。

 魔動機ほどの洗練された力はないが、乗り手を選ばず、生産が可能な点で貴族階級の軍人たちに重宝されていた。

 特にパニキア連邦は、総書記マルチェンコの号令のもと、国家を挙げて蒸気戦車の開発に邁進。


 その保有数は他国を一気に圧倒し、ガーランド帝国との緒戦では、連邦の機甲師団が帝国の精鋭を局地的に蹴散らしていたのであった。


「進め! すべてを踏み潰せ!」


 連邦の戦車将校たちの叫び声が、死神の如く戦場に響き渡ったという。

 蒸気戦車の真鍮製の履帯が大地を抉り、煤と火花を撒き散らすその姿は、生身の兵士達からすれば、まるで機械仕掛けの悪魔だったのだ。




◇◇◇◇◇


 聖帝国歴917年2月、ガーランド帝国最南端


 黒煙を吐き出す蒸気機関の轟音が、遠くの工場地帯から響いてくる。ここはガーランド帝国の辺境、鉄と煤に塗れた国境のさびれた町だ。

 空には灰色の雲が低く垂れ込め、時折、民間の飛行船のシルエットがその隙間を縫うように漂う。華やかな帝都から遠く離れたこの地は、まるで時の流れに取り残されたかのようだった。


 私の所属する傭兵団は、帝国第10師団に組み込まれていた。

 この師団を率いるのは、皇帝の遠縁にあたるシュライヒ中将。身の丈六フィート、体重は優に400ポンドを超える巨漢で、食事の席では常に山盛りのローストビーフと蒸気釜で温めたエールが欠かせない男だった。


 帝国では、蒸気機械工学の試験や軍学校を通じて、平民も将校に登用されるが、将官ともなれば、貴族の血筋がものを言う。シュライヒ中将はその典型だった。


 我々の持ち場は、パニキア連邦との国境最南部。煤けた監視塔が点在する、戦略的に見過ごされた荒野だ。

 連邦の蒸気戦車が他の戦線で帝国軍を圧倒しているという報せは届いていたが、ここではその脅威すら遠い噂話に過ぎなかった。



「つまらぬ!」


 シュライヒ中将の声が、幕僚たちの集う天幕を震わせた。真鍮製の食器が並ぶテーブルには、焼きたてのパンと機械仕掛けのオーブンで調理された肉が山と積まれている。

 中将は、脂で光る指でエールを一気に飲み干すと、苛立ちを隠さず吐き捨てた。


「他の戦線では将軍たちが名誉を手にしておる! このままでは出世の梯子を登れんぞ!」



 その日、いつものように退屈な守備任務をこなしていた第10師団司令部に、西方から緊急の連絡が届いた。

 真鍮の通信機がカタカタと音を立て、電信士が血相を変えて天幕に飛び込んできた。


「シュライヒ中将! 緊急事態です! ジラール共和国が和約を破棄し、帝国領西部に侵攻を開始したとの報せです!」


 中将の小さな目が、脂ぎった顔の中でぎらりと光った。


「ほう、ついに動き出したか!」


 彼は大仰に立ち上がり、テーブルを叩いた。

 真鍮の食器がガシャンと音を立て、幕僚たちが顔を見合わせる。


「我が第10師団はただちに西へ急行する! 戦功の好機だ!」


「しかし、中将!」


 幕僚の一人が慌てて進言する。


「この地域の守備が手薄になります! 総司令部に伺いを立てるべきでは……」


 だが、名誉欲に目がくらんだシュライヒ中将の耳には届かない。

 戦場での名誉を渇望する彼の心は、すでに遠く西部の戦場に飛んでいたのだった。


「至急、各正規軍の大隊長を召集せよ! 作戦会議を開く!」


「はっ!」


 幕僚たちは渋々従ったが、その顔には不安が滲んでいた。

 帝国の最南端の守りを離れ、未知の戦場へ向かう決断は、栄光か破滅か――その答えは、まだ誰にもわからなかった。




◇◇◇◇◇


 聖帝国歴917年2月、ガーランド帝国最南端。


 煤けた空の下、帝国第10師団第4傭兵大隊――かつて「元第二傭兵団」と呼ばれた我々の部隊は、荒涼とした国境の前線に陣取っていた。

 錆びた蒸気管の唸りが響くこの地は、帝都の輝きから遠く離れた忘れ去られた辺境だ。だが、その静けさが今、破られようとしていた。


 大隊長ヘルダーソン中佐は、天幕の中で真鍮製のランタンの光に照らされ、届いたばかりの命令書を手にしていた。

 煤で汚れた軍服の襟を正し、眉間に深い皺を刻む彼の顔は、まるで錆びついた歯車のように硬直していた。


「これは……本当にシュライヒ閣下が発した命令か?」


 中佐の声は低く、疑念に満ちていた。目の前の命令書の内容は、まるで悪質な冗談のようだった。


「間違いございません、中佐!」


 伝令兵は背筋を伸ばし、キッパリと答えた。真鍮の徽章が彼の胸で鈍く光り、背後の蒸気ポンプのシューという音が一瞬だけ途切れる。

 中佐は何度も目をこすり、命令書を読み返す。そこには、信じがたい文言が黒インクで刻まれていた。


 『貴大隊のみでこの地を守備せよ』何度読み返しても、文字は変わらない。

 帝国第10師団は総勢12,000名。そのわずか20分の1――600名に満たない我が第4傭兵大隊だけで、この広大な国境地帯を守れというのだ。


「ふざけるな……」


 中佐は呟き、命令書を握り潰しそうになる手を抑えた。

 僻地とはいえ、第10師団の守備範囲は果てしなく広い。


 連邦の蒸気戦車がいつ黒煙を上げて襲来してもおかしくないこの前線を、たった一つの大隊で守れという命令は、誰が考えても無謀だったのだ。




◇◇◇◇◇


 ヘルダーソン中佐は、深い息をつき、決意を固めた。


「よし。私が直々に師団司令部に赴き、閣下の真意を問うてやる。」


 彼は天幕の外に立ち、煤けた空を見上げた。

 副官に命じ、すぐさま大隊長専用の蒸気自動車を準備させた。真鍮と鉄でできたその車両は、ピストンの唸りと共に黒煙を吐き出す。


 運転手がハンドルを握り、中佐は助手席に身を沈める。革張りのシートは冷たく、窓の外には荒野が広がっていた。


「出せ。」


 中佐の短い命令に、蒸気自動車はゴトゴトと動き出した。

 真鍮の車輪が砂礫を噛み、煤と埃を巻き上げながら、荒野を突き進む。目的地である師団司令部までは、約2時間の道のりだった。


 車内は蒸気管の熱と振動で息苦しく、中佐は無言で拳を握りしめた。シュライヒ中将の無謀な進軍命令が頭をよぎる。

 ……あの巨漢の将軍は、一体何を考えているのか?




◇◇◇◇◇


 2時間後、蒸気自動車は目的地に到着した――はずだった。

 だが、目の前に広がるのは、ただの荒れ地だった。


 真鍮製の監視塔が一本、傾きながら立っているだけで、司令部の天幕も、蒸気通信機の煙突も、兵士たちの姿すら見えない。


「ん? 道を間違えたか?」


 中佐は地図を広げ、運転手に鋭く問う。


「いえ、閣下。地図に間違いはございません。」


 だが、どれだけ周囲を見回しても、司令部の痕跡はなかったのだ。


 中佐が後で知ったことだが、シュライヒ中将と師団司令部はすでに西方へ進軍していた後だった。

 ジラール共和国の侵攻に立ち向かうべく、総司令部の許可も待たず、司令部は一万余の軍勢を率いて去った。

 我々第4傭兵大隊は、広大な国境の守りをたった600名で担うよう、置き去りにされたのだった。

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― 新着の感想 ―
うむむ!貴族上がりの上級将校の身勝手な作戦行動とは?! 傭兵軍団には踏んだり蹴ったりですな! それで、西部方面で脳筋将軍が失敗しても、貴族内の情実で沙汰なしなんでしょうね?! そして、その埋め合わせと…
1個大隊で国境線を守る? 無茶です。
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