第15章:愛の告白
ガブリエルの葬儀から一週間が経った。アルカディア王国には平和が戻り、人々は戦争の傷跡を癒やしながら日常を取り戻そうとしていた。しかし、王宮では新たな課題が山積していた。
「戦後復興の計画を検討する必要があります」マーカス将軍が会議で報告した。「破壊された城壁の修築、避難民の帰還支援、そして経済の立て直しです」
アレイスは頷いた。「ARIA、戦後復興について相談があります。限られた予算と人員で、最も効率的な復興計画を立てたいのですが」
ARIAの応答は的確だった。
「『復興の優先順位として、第一に基本インフラの復旧、第二に農業生産の回復、第三に商業活動の再開を推奨します』...『具体的には、道路と橋の修復から始め、段階的に進めることが効果的です』...」
「さすがARIAですね」リリアが感心した。「論理的で実用的な提案です」
この一週間、リリアとアレイスは復興計画の策定で多くの時間を共に過ごしていた。戦争中に培った連携はそのまま続いており、二人の息はますます合うようになっていた。
「リリアさんの医療体制の提案も素晴らしいです」アレイスが言った。「戦争で負傷した兵士たちの治療計画、とても詳細で実現可能です」
「ありがとうございます」リリアが微笑んだ。「でも、これはアレイスさんとの共同作業の成果です。お一人では、ここまで包括的な計画は作れませんでした」
ダニエルとマイケルは、二人の様子を温かく見守っていた。
「君たちの連携は本当に見事だね」ダニエルが言った。「まるで最初から一緒に働いていたかのようだ」
「そうですね」マイケルが同意した。「お互いの長所を引き出し合っている」
しかし、復興計画と並行して、もう一つ重要な問題があった。現代への帰還の可能性だった。
「ヴィクターを捕らえたことで、彼の技術資料を入手できました」ダニエルが報告した。「時空間転移に関する研究データもあります」
リリアの表情が複雑になった。「それは...現代に帰れる可能性があるということですか?」
「まだ確実ではありませんが、可能性はあります」ダニエルが慎重に答えた。「ただし、非常に危険な実験になるでしょう」
アレイスは黙って聞いていた。リリアが現代に帰ってしまう可能性。それは彼にとって、最も恐れていることだった。
「詳しく調べてみます」マイケルが提案した。「時間をかけて、安全な方法があるかどうか検討しましょう」
その夜、アレイスは一人で庭園を歩いていた。リリアが現代に帰ってしまうかもしれない。その可能性を考えると、胸が締め付けられた。
「アレイスさん」
振り返ると、リリアが立っていた。月明かりに照らされた彼女の表情は、どこか思い詰めたように見えた。
「リリアさん、どうしてここに?」
「あなたと同じです」リリアが近づいてきた。「考え事をしていて、眠れなくて」
「現代への帰還のことですか?」
リリアは頷いた。「複雑な気持ちです。最初は帰りたいと思っていました。でも、今は...」
「今は?」
「分からないんです」リリアが正直に答えた。「この世界で、大切なものを見つけてしまいました」
アレイスの心臓が跳ね上がった。「大切なもの?」
リリアは少し考えてから、勇気を出して口を開いた。
「この国の人々、医療への貢献、そして...」
「そして?」
「あなたです」リリアが小さな声で言った。「あなたがいるから、ここが故郷のように感じられるんです」
アレイスは言葉を失った。リリアの告白は、彼が最も聞きたかった言葉だった。
「リリアさん...」
「ごめんなさい」リリアが慌てた。「変なことを言って」
「いえ」アレイスが優しく答えた。「私も同じ気持ちです」
「え?」
「あなたがいなくなったら、私はどうやって生きていけばいいのか分からない」アレイスが率直に言った。「あなたは私にとって、もはや欠かせない存在です」
リリアの目が見開かれた。
「私は...」アレイスが続けた。「あなたを愛しています」
その言葉に、リリアの心は大きく揺れた。現代から来た自分と、古代の王子。時代も境遇も全く違う二人だが、確かに特別な絆で結ばれている。
「アレイスさん...」リリアの目に涙が浮かんだ。「私も、あなたを愛しています」
月明かりの下で、二人は初めて愛を告白した。長い間、お互いに感じていた特別な感情が、ついに明確な形になった瞬間だった。
「でも」リリアが現実的な問題を口にした。「私は現代から来た人間です。いつかは帰らなければならないかもしれません」
「それでも構いません」アレイスが答えた。「たとえ短い時間でも、あなたと一緒に過ごせるなら、それで十分です」
「でも、あなたは王子です。いずれは王になり、王妃を迎えなければなりません」
「王妃は、愛する人でなければ意味がありません」アレイスがはっきりと言った。「私が愛するのは、あなただけです」
リリアは深く考え込んだ。現代への帰還という選択肢がある中で、アレイスとの愛を選ぶべきなのか。
「時間をください」リリアが言った。「大切な決断だから、よく考えたいんです」
「もちろんです」アレイスが理解を示した。「どんな決断をされても、私はあなたを尊重します」
翌日、リリアはダニエルとマイケルに相談した。
「現代への帰還について、正直な気持ちを聞かせてくれ」ダニエルが言った。
「迷っています」リリアが答えた。「最初は故郷に帰りたいと思っていました。でも、今は...ここでの生活に意味を見出しています」
「アレイス殿下のことですね」マイケルが察した。
リリアは頷いた。「彼を愛しています。でも、それが正しい選択なのか分からないんです」
「愛に正しいも間違いもない」ダニエルが優しく言った。「ただ、君が幸せになれる道を選べばいい」
「私は家族を選びました」マイケルが自分の経験を語った。「この時代で出会ったエレンと子供たち。現代に帰る選択肢があっても、彼らを選びます」
「でも、私の場合は複雑です」リリアが悩んだ。「アレイスさんは王子です。私が王妃になるなんて...」
「それは彼が決めることじゃないか」ダニエルが言った。「君の出自を問題にしているのは、君自身だけかもしれない」
その夜、リリアは再びアレイスと庭園で会った。
「考えはまとまりましたか?」アレイスが優しく尋ねた。
「一つ、確実に言えることがあります」リリアが答えた。「私はあなたを愛しています。それだけは間違いありません」
「それだけで十分です」アレイスが微笑んだ。
「でも、王妃になるなんて、私には荷が重すぎます」
「なぜです?」
「私は聖職者です。それに、現代から来た異邦人です」
アレイスは真剣な表情になった。「リリアさん、あなたは既に多くの人々に愛されています。医療で多くの命を救い、戦争では重要な貢献をしました。出自など関係ありません」
「でも...」
「それに」アレイスが続けた。「王は民に仕えるものです。あなたのように人々を思い、行動できる人こそ、王妃にふさわしいのです」
リリアは深く感動した。アレイスの言葉には、偽りがなかった。
「もう一つ、心配なことがあります」リリアが言った。「もし現代に帰る方法が見つかったら、私はどう決断すればいいのでしょう」
「その時はその時です」アレイスが答えた。「今は、お互いの気持ちを大切にしましょう」
「分かりました」リリアが決意した。「私も、今を大切にします」
二人は手を取り合った。未来がどうなるかは分からないが、今この瞬間の愛は確かなものだった。
「リリアさん」アレイスが言った。「結婚してください」
リリアは驚いた。「え?」
「正式に、私の妻になってください」アレイスが真剣に言った。「たとえ短い時間でも、夫婦として共に歩みたいのです」
リリアの心は大きく揺れた。結婚。それは現代への帰還を完全に諦めることを意味するかもしれない。
「考えさせてください」リリアが答えた。「とても大切な決断だから」
「はい」アレイスが頷いた。「急かすつもりはありません」
その夜、リリアは深く考え込んだ。愛する人との結婚と、故郷への帰還。どちらを選ぶべきなのか。
しかし、ガブリエルの最後の言葉が頭に響いていた。「聖女様を大切にしてください」。彼は、リリアの幸せを願っていたのだ。
翌朝、リリアは決断した。愛に従って生きよう。そして、アレイスとの未来を選ぼう。
「アレイスさん」リリアがアレイスのもとを訪れた。「お返事があります」
「はい」アレイスが緊張して待った。
「結婚させてください」リリアが微笑んだ。「あなたの妻として、この国の人々に仕えたいです」
アレイスの顔が輝いた。「本当ですか?」
「はい」リリアがはっきりと答えた。「私の心は決まりました」
二人は抱き合った。長い迷いの末に辿り着いた愛の決断だった。
王宮では、王子の婚約発表の準備が始まった。現代から来た聖女と古代の王子の結婚。それは両方の世界にとって、奇跡のような物語になるだろう。
しかし、まだ一つ大きな問題が残っていた。現代への帰還技術の研究が進んでおり、近いうちに選択を迫られる可能性があった。
リリアとアレイスの愛が試される時が、再び訪れようとしていた。




