第四夜 白鳥座の少年(3)
レイとユウの兄弟は、近くのシェルターに逃げ込めたが、出入口のシャッターは閉じたままだった。
シェルターの中では、依然、混乱が続いていた。
人々の怯える声や、悲壮なざわめきで反響していて、ぼうっと光る天井照明が印象に残っている。
近くに居てくれたトモサダさんは、どうやら新しいアナウンスを待っているようだった。
気丈に背を伸ばして頭を上げ、空中を眺めている。
最初の衝撃音から、新しい衝撃音は無かったが、シェルターの外側で混乱している人々のざわめきが微かに聞こえてくる。
しかし、出入口のシャッターは開かない。
「おい!保安局!どうなっているんだ!情報はないのか!」
しばらくたっても何のアナウンスが無いので、しびれを切らした誰かが叫んだ。
すると、天井や壁からアナウンスが流れてきた。(壁や天井のいたるところに音声発生装置が内蔵されている。)
⦅こちらは、つくば市非常保安局です。只今情報を収集中です。つくば市の西側から正体不明のミサイルが連続して12発飛来。そのうち10発は迎撃されましたが、9分前に自衛隊ミサイル基地に2発が着弾しました。被害状況は不明。放射能による汚染は確認されておりません。シェルター周囲の安全が確認できしだい、シャッターを解放いたします。市民の皆さんは、近くの避難バス乗り場に向かってください。⦆
アナウンスは、ここのシェルターのAIだ。市の非常保安局に繋がっている。〝彼ら〟は、いつでも冷静だ。慌てることはないし、悲嘆にくれることもない。ただ、〝現状を観察して把握し、分析して、解答を導き出す。〟だけだ。
⦅皆様、どうか落ち着いてください。皆さまが避難できる時間は、推定190分あります。現在、土浦市に、上陸した正体不明の自立型戦闘兵器が確認されており、射程距離が当区画内に到達するまで240分と推定されました。現在、正体不明機を撃退するため、つくば駐屯地から自衛隊の自立型戦闘兵器の発進準備中です。⦆
「きゃあああ!」
「おい!こっから早く出せ!奴らがもうすぐやって来るぞ!」
AIが落ち着かせようと判断して発信した情報が、逆にシェルター内の人達を怯えさせた。
〝奴ら〟とは、AIを搭載した上陸型自律兵器だ。
小型で群れをなしたように数千機が同時に上陸してくるので、少数の自衛隊機では対応しきれない。
しかも奴らは兵器ではなく、直接人間のみを攻撃する。
よって人間への殺傷能力がある武装しかしていないので、軽量で小回りが利く。
簡単に物陰に隠れてしまうので、とても追いきれないのだ。
「早くしないと殺されてしまうぞ!」
大人達は、その殺人マシーンの怖さを知っているようだった。
子供だった僕には、その大人達の怖がりの程度を見て、その恐ろしさを想像した。
⦅大変お待たせしました。周囲の安全確認がとれましたので、只今からシャッターを開きます。落ち着いて避難してください。避難バスの台数は、充分確保できています。前から順番に、順序良くお願いします。⦆
AIのアナウンスが流れると、シャッターが徐々に開き始める。
AIの注意を無視して、開いていくシャッターの出入口に人々が殺到。
僕たちは、パニックになった大人たちの流れに押されて、二人同時にシェルターから出ていくことができた。ユウの手が放れなかったのは運が良かったのかもしれない。トモサダさんという大人の姿は分からなくなった。
外に出てみると、どの人たちも向かっている方向が定まっておらず、ぶつかりそうになりながら叫び声を上げながら走っている。
既に避難リュックを抱えた人たちもいれば、今からどこかへ慌てて駆けている人もいる。
サイレンが空に鳴り響き、不安に顔を歪めた表情の人たちばかりで異様な光景だ。
「いくぞ、ユウ。」
「うわう、うわう。」
僕は、ぐずっているユウの手を引いたが、僕の言うことを、なかなか聞いてくれない。
「泣くなよ!早くしろよ!」
大声で叫んでも、ユウは僕の思いどおりに走ってくれなかった。だけども、どうしてもウチに帰って母さんと会わなければならない。それ以外に、自分ではどうしてよいか分からないからだ。
パニックを起こして走っている大人たちとぶつからないように避けながら、僕たちは、なんとか自分たちのマンションの下に着いた。
マンションのエレベーターの前、階段の出入口、避難用シュートの前では、大人たちが、もみ合っている。上がろうとする人たち、降りて出ていこうとする人たちが、もみくちゃになっていた。こんなところに、子供二人が入れるわけもない。僕は、母さんに電話することにした。
「コール、母さん。」
母さんは、数回のコールですぐに電話に出た。
⦅レイ、ユウ、大丈夫なの?今どこ?⦆
「うん、二人とも大丈夫だよ。今、マンションの下まで来たんだけど、人がいっぱいで、上がれそうもないよ!」
⦅うん。わかった。じゃあ、母さんが降りていくまで、あんたたちは、そこから離れてて!リュックを持って降りていくから。いい?近くで待ってるのよ!すぐに行くからね!⦆
どうやら、母さんは、既に自宅に戻っていたらしい。
三人分のリュックを背負って出てくるのは大変だろうと思ったが、自分にはどうすることもできなかった。ただ無力に、母さんが降りてくるのを、弟と二人で待っているしかない。僕たちは、マンションの出入口から、少し離れたところで植栽のブロックに腰を掛け、もみくちゃになっている大人たちを黙ってみていた。普段見せることのない恐怖に怯えた大人たちの表情を見るのは、子供心に不思議な気持ちだった。知っている人もいたように思えたが、その顔を確認する気にもなれなかった。
「兄ちゃん、お母さんは?上がらなくていいの?」
ユウは、鼻水を垂らして泣きながら聞いてきた。
「さっき、母さんが、待ってろって言ったろ!上がらなくてもいいんだよ!」
僕は弟に怒りながら、幼い自分のふがいなさに腹を立てていた。
いや、自分のふがいなさに腹を立てて、弟にきつく当たっていたのだろう。その時は、そんなことも分からなかった。僕に怒られた弟は、うつむいて黙ってしまった。今となっては後悔している。本当にすまないことをしたと思う。
母さんは、なかなか降りてくることが出来なかった。
エレベーターは大パニックである。確か15階建てのマンションだったと記憶しているが、それだけの高いマンションにもなると、同時に降りようとする人、上がろうとする人たちは相当な人数だったろう。僕たちは、5階に住んでいたと覚えているが、さらに上の階から降りてくる人たちで、エレベーターに乗れなかったはずだ。非常階段から降りてくる母さんらしき姿を見た時は、「母さん!こっちこっち!」と大声で、二人で叫んだ。
「良かった!ケガは無い?」
母さんは、三人分のリュックを下に降ろすと、僕たち二人を抱きしめて「良かった!良かった!よく頑張ったね!」と、何度も叫んだ。弟は、母さんに甘えてわんわんと泣いていたが、僕は泣くのを我慢した。
「俺たち、シェルターに隠れていたから平気だよ!母さんこそ、大丈夫だった?」
僕は、強がりを言って母さんを安心させようとした。
「そっか!良かったね!レイも強くなったね!ユウを守ってくれたんだね!母さん、安心ね!」
母さんは、強がる自分を落ち着かせようとほめてくれた。今まで生きてきた自分の人生で、一番嬉しかった言葉なのかもしれない。母さんや弟と別れてから、人から褒められて素直に嬉しいと感じたことは無い。
あの時から、俺の人生は止まっている。
頼る者もいなければ、思いを寄せる相手もいない。
ただ、廃墟と化した町に置き忘れられた「屑」を探し出す日々が繰り返されているだけだ・・・。
「さあ、じゃあ、自分のリュックを持って。」
母さんは、幼い弟のユウにリュックを背負わせてから、自分のリュックを背負った。僕は、自分で自分のリュックを背負った。
防災リュックの中には、非常食や下着、カイロやバッテリーなども入っているが、自分たちの大事な宝物も入れておくように言われていた。ユウは、小さな熊のキャラクターぬいぐるみを入れていたようだが、僕にはそんなものが無かったので、トランプと、クッションボール、チョコレート菓子を入れていた。母さんも大事な物を入れていた。のちに、それが別れの形見になるとは思っていなかったのだが・・・。
続きます。




