191.親愛
「一体香奈に何をしたんだ!」
食堂に入ってくるなり意味不明な事を言い出す勇者君。さすがにこの事については周りのレガリア兵たちも、呆れた表情を浮かべている。
それはそうだよな。周りのレガリア兵たちは、俺が何もしていない事を知っているのだから。俺が文句の1つでも言おうかと思った時、俺と勇者君との間に
「伊集院君。何を訳のわからない事を言っているのよ?」
香奈が入って来た。そして俺を庇うように立ち、勇者君を睨みつける。少し迫力のある香奈に勇者君は少したじろぐが、引かずに
「香奈。こっちに来るんだ。そいつは前まで敵だった奴らだぞ。そんな奴らの側にいては駄目だ。危ない目に合うぞ?」
勇者君はさぁ、と言って香奈に向けて手を伸ばして来る。勇者君の顔を見れば、香奈が手を取る事を微塵も疑っていないような様子だ。だけど
「ふざけないでよ! どうしてそんな事を言うのよ!」
と、怒り出す香奈。突然怒鳴られた勇者君は驚いた数歩下がる。周りの兵士たちも香奈が怒るところを初めて見るのか、みんな驚いた表情を浮かべる。麻里ちゃんだけが抑えようと香奈を止める。
「ちょっと、カナミン。落ち着きなよ。どうしてそんなに怒っているの?」
「だって伊集院君が! ……はぁ、何でもない。行こ麻里。レイヴェルト様も一緒にどうですか? もう少しお話が聞きたいですし」
香奈はそう言って、俺の腕を引っ張ろうとして腕を伸ばす。その横で麻里ちゃんは頭の上に? 大量に浮かばせている。そして香奈が俺の腕をつかもうとした時、別の手が香奈の手を掴む。その人物は
「待つんだ香奈」
勇者君だった。さすがにしつこいぞお前。後ろの目つきの悪い男もはぁ〜とため息を吐いている。この男は話がわかりそうだな。
「伊集院君。さすがの私もこれ以上は我慢出来ないよ?」
うわぁ〜、何この一触即発の状態は。何故か一歩も引かない勇者君に、その引かない勇者君に対してイライラしている香奈。麻里ちゃんは一生懸命止めようとするけど止まらない。仕方ない。
「勇者君。そこまでにしたらどうだ? 香奈さんが嫌がっているだろ?」
俺は香奈の肩を抱き側に寄せる。俺の腕の中に香奈が収まる形だ。これを見た勇者君が目を釣り上げて睨んで来る。腕の中で香奈がえへへ〜と笑っている。
後ろからはアレクシアのため息が。仕方ないだろ。こうでもしなければ終わりそうになかったんだから。
「お、お前! 香奈から手を離せ!」
「それは構わないが、君は彼女の何なのだ? 彼氏、婚約者と言うのであれば土下座でもしてでも謝ろう。ただの同級生であるのならば、そこまで言われる筋合いは無いのでは?」
俺が尋ねると、勇者君はうぐっ、と言いづらそうな顔をする。さあ、どっちかな。そして勇者君が何か言う前に
「伊集院君は私とはただの同級生です! それ以上でもそれ以下でもありません!」
と、香奈が即答してしまった。ちょっと可哀想な気もするが、これだけはっきり言わないとわからないタイプだろう。
「ぐうぅっ、決闘だ! 俺と決闘をしろ!」
……何でだよ。なんでそんな無意味な物を俺がしなければならない。だから
「嫌だよ」
俺は断る。断られると思っていなかったのか、勇者君は驚きの顔を浮かべてから、顔を真っ赤にする。あ〜、うぜぇ。
「だから、この場はお開きだ。悪いが香奈さんと麻里さんは連れて行かせてもらう。それでも決闘をしろと言うなら……覚悟しろよ?」
殺気を込めて言い放つと、勇者君は数歩後ろに下がる。全く面倒な相手に目をつけられたものだ。俺たちは嬉しそうについて来る香奈と、物凄く不思議そうな顔をしている麻里ちゃんを伴って食堂を出る。
ダグリスたちの事はメリア将軍に任せてと。アレクシアとクロナも付いてきているな。クロナにも話さないとな。
俺たちは自分の部屋に戻ると、香奈と麻里ちゃんに昨日のように座らせる。俺もアレクシアも並んで座る。クロナには飲み物を入れてもらったから座ってもらおう。
「ごめんね2人とも。突然ここに連れてきて」
「いえ! 私は気にしません!」
まあ、香奈はそうだろう。顔を見たらわかるよ。その隣の麻里ちゃんは物凄く不安そうな顔をしているが。
「ごめんね、麻里ちゃん。不安だろうと思うけど、もう少し付き合ってほしい」
「えっ? あ、えと、あ、はい、大丈夫です!」
俺が頭を下げると、麻里ちゃんは慌てたように返事を返して来る。しかも、俺が急にフレンドリーに話しかけてくる事にも驚いている。
「香奈は麻里ちゃんには話してないんだったよな?」
「はい、話して無いです」
「え? え? ええ?」
「落ち着いて麻里ちゃん。順番に話していくから。クロナも落ち着いたら座って欲しい」
「はいです!」
それからクロナが俺たち全員の前に紅茶を置いてくれる。そして俺の隣に腰掛ける。腰が少しサワサワすると思ったらクロナが尻尾を腰に擦り付けていた。可愛い。前の席に座っている香奈は頰を膨らませているが。
「まずこの子を紹介しようか。この子はクロナ。俺の妹の侍女をしてくれていて、今は俺の専属になる。そして俺の婚約者の1人になる」
「クロナと申します。よろしくお願いします」
クロナは立ち上がりペコリと頭を下げる。香奈たちもつられるように頭を下げる。麻里ちゃんがボソリと「こんな小さい子まで……」と呟いていたのは聞かなかった事にしよう。
「それじゃ、この部屋に麻里ちゃんを呼んだ理由を話そう。クロナも聞いて欲しい。実は言うと俺は転生者ってやつなんだ。前世の記憶を持っている」
「「えっ!?」」
俺の事情を知らない麻里ちゃんとクロナは驚いた表情で俺を見てくる。この瞬間が少し楽しい。他の人たちも同じ様に反応するのかな?
「俺の前世は日本と言うところになる」
「えええっ!?」
「ニホン……ですか?」
クロナは当然ながら知らないのでピンとこない様だが、麻里ちゃんは当然知っているので、驚きの声を上げる。
「そして俺の前世の名前は桂木 隼人と言う。そこにいる桂木 香奈の従兄になる」
「ええっ? ええええっ!?」
「えっ!?」
やっぱり驚きの方は麻里ちゃんの方が大きいみたいだ。クロナも俺と香奈を見比べている。そう思っていたら、突然麻里ちゃんが涙を流し出す。ど、どうした?
「よ、良かったですっ。隼人さんが亡くなってからずっとカナミンは悲しんでいて、私じゃあどうしようも出来なくて……」
「麻里……ありがとうね。今まで慰めてくれて」
隣にいた香奈も涙ぐんで麻里ちゃんを抱き締める。本当に良い子だよな麻里ちゃん。香奈にこんな友達がいてくれて良かった。
「麻里ちゃん。ありがとう。君のおかげで香奈も耐えられたと思う」
「いえ! 私は大好きな友達のためにやりたい事をしていただけですから!」
愛らしい笑顔で微笑んでくる麻里ちゃん。この子も、少し幼い雰囲気があるが、物凄く可愛いんだよな。学校にいた時もファンがいたな。
「よし。それじゃあ、俺の正体を明かしたので、次の話に移ろう。香奈たちは帝国を離れる事は出来るのか?」
「……出来ないと思います。私たちの戦力をそう簡単に手放さずはずがありませんから」
「だろうな。そういえば2人って何が得意なんだ?」
「私は魔法が全般的に得意です。称号に『天才魔法師』があるので」
麻里ちゃんは魔法主体ってわけだな。
「私は回復系と防御系が得意かな。称号に女神の加護があるから」
「なんだと!」
「ひゃん!? な、何?」
おっと、余りにも驚きすぎて香奈たちを驚かせてしまった。そういえば勇者組に女神の加護を与えたって女神アステルが言っていたな。
捕まえた勇者組にはいなかったので、この帝都に残っている中にいるとは思っていたが、まさか香奈がその1人だったとは。
「いや、悪かった。まさかの言葉が出てきたもので。その称号は?」
「あ、はい。私の持つ称号は『治せし者』です。攻撃魔法はうまく使えなくなるんですが、回復系と防御系の能力が上がります」
へえ〜、そういえば戦争中も「帝国の聖女」がいるって話を聞いたっけ。もしかしたら香奈の事なのかも。しかし、彼女たちをレガリア帝国から離れさせるにはどうしたものか。
彼女たちを普通に連れて行くと言っても、レガリア帝国は、はいとは言わないだろう。さっき香奈が言った通り、勇者という戦力を減らしたくないから。
それならルシアーナの護衛としては? ……駄目だろうな。事前の情報収集では、彼女と彼女の弟は皇帝陛下と侍女との間で出来た子どもらしいので、第2皇女、第3皇子と付いているものの、皇城内ではそこまで身分が高く無いらしい。
そんな彼女に、勇者が護衛に着くのは許してはくれないだろう。せいぜい女兵士が1人か2人ほどか。
う〜ん、どうしたものかね……なんだあれ?
「香奈と麻里ちゃん。その腕に付けている物は?」
今まであまり気にして見なかったから気が付かなかったが、香奈と麻里ちゃんの袖の中からチラリと武骨な腕輪が見えた。
「え? ああ、これはなんでも魔力を上げてくれる腕輪みたいです。ここに召喚された時に渡されたんですよ。ずっと付けておくように言われて」
と、香奈が教えてくれる。魔力を上げる腕輪ねぇ。俺は夏奈に近づいて腕を取って腕輪を見る。腕輪の裏側には魔法文字が書かれている。
……これは以前に何度も見た事がある。ティグリスの首輪にも書かれているからな。
「この国は本当にクソだな」
「……どういう事なのレイ?」
今まで聞きに徹していたアレクシアが尋ねてくる。俺の雰囲気に何かあると思ったのだろう。
「これは魔力を上げる腕輪とかそんな良いものじゃない。制約の首輪に近い物だ」
俺のこの発言に、誰も言葉を発する事が出来なかった。




