170.帝国内の問題
『香奈! 絶対に元の世界に返してやるからな!』
「あれはどういう事だったのかな……」
ここはレガリア帝国の皇城の中。私は自分用に用意された部屋のベッドに寝転んでいる、今は特にする事がなくて寝転がっているだけ。
ナノール王国との戦争から2ヶ月が経った。ガルガンテさんに助けられた私たちは、命かながらに逃げる事が出来た。
かなりの重傷で生死の境を彷徨っていた伊集院君たちも私の回復魔法で助ける事が出来た。『治せし者』が無かったら腕や足も再生しなかったと思う。
レガリア軍が帝都まで逃げれたのは3千にも満たなかったと思う。後ろから迫るナノール軍。左右色々なところから現れる連合軍相手に、私たちは逃げる事しか出来なかった。
無様に帰った私たちを見て、皇帝陛下は憤怒したけど、今はそれどころではないと、宰相が取りなしてくれた事でその時はお咎め無しという事になり、直ぐに前線に送り返された。
けれども、連合軍の攻撃は凄まじく、レガリア帝国の3分の1が占領された。その時点でどうにか侵攻を抑える事が出来たけど、これ以上戦えば、残りの領地どころか、レガリア帝国そのものが危なくなると、宰相は言う。
皇帝陛下は、怒りに顔を赤を通り過ぎて青くしていたけど、停戦を決断。レガリア帝国対ナノール王国の戦争が、レガリア帝国対5カ国連合軍となっていたけど、レガリア帝国の敗戦で戦争は終了した。
戦争は終わったけど、今度は敗戦国の賠償になった。帝都に各国の代表がやって来て話し合いをしたみたい。
その結果、シーリア王国、フォレストファリア王国、ランウォーカー辺境伯領には賠償金を、ワーベスト王国、アルカディア教皇国、ナノール王国には占領された土地をそのまま割譲という結果になってしまった。
この事により、レガリア帝国の国力は戦争前よりかなり落ちてしまう。
ナノール王国との戦争の敗戦の責任を取り、グレゴリウス将軍と、その部下たちを処刑された。私たちももしかしたら、と震えていたけど、これ以上の戦力低下は望まないと、私たち勇者組にはお咎めは無かった。
そんな物凄く濃い日々から2ヶ月が経った今でもあの言葉が忘れられない。
ナノール王国で出会った銀髪の少年。あの人はあの時に初めて出会ったはず。だけれど、あの少年は私を知っている様な雰囲気だった。
正直に言うと、隼人従兄さん以外に男には興味が無かった。それに私の中の思いも吹っ切れていなかったし。ただ、戦争があるからと心の奥底にしまっていただけ。
だけれど。どうしてもあの少年が頭に残ってしまう。何でだろう……。最後の言葉。あの言葉が物凄く心に残っている。赤の他人なはずなのに、私を心配する声。
「はぁ、意味わかんない」
そんな事を考えていると、扉がノックされる。私はベッドを起き上がり、扉を開けると
「……麻里」
廊下には麻里が立っていた。どうしたのだろうか?
「カナミン。皇帝陛下がみんなを呼んでる」
皇帝陛下がみんなを? あの戦争以降、戦争の報告以外であまり呼ばれる事は無くなったのに。何だろ?
「わかった。それじゃあ行こ」
「うん」
私と麻里は並んで歩く。だけど一言も話さない。別に仲が悪いわけじゃ無い。あんな経験をして、私も麻里も心が疲れてしまっているのだ。
こんな事を言えば、兵士の人たちに怒られるだろう。だけど、元々は戦争の無い世界から来た私たちだ。あの経験は思っていた以上に私たちに見えない傷を付けた。
そんな風に無言のまま謁見の間にやって来た。兵士に促されるまま中に入ると、私たち以外の勇者組はみんな揃っていた。
それに各皇子皇女たち。本来ならいないはずのクリフト皇子とルシィーもいた。珍しい。だけど、ルシィーの表情がどこか暗い様な……気のせいかしら?
私たちも勇者組の後ろに膝をつく。全員揃ったのを確認して、皇帝陛下を中に入れさせる。そして
「面をあげよ」
その言葉に私たちは顔を上げる。玉座に皇帝陛下が座っているけど、以前ほどの覇気は無かった。
「来たな、勇者たちよ。お主たちを呼んだのは、この前の戦争の事で、ナノールから使者が来たからだ」
ナノール王国から使者が。何かあったのだろうか。
「まずは、ナノールに捕縛されていた残りの勇者たち、ジン マダラメ、タダシ サトウ、ススム タナカ、カイ シミズたちは、犯罪奴隷として鉱山へ送られる事となった様だ。ただ、カイ シミズだけは、娼館に売られる事に変わったとも」
その言葉に私たちは絶句した。彼らが殺されてなかったのは嬉しい報告だけど、鉱山なんて……。清水君は娼館に。私たちも捕まっていたら娼館に……。そう考えると震えが止まらなくなる。
「それから、忌々しい事に帝国から割譲した土地の全てをナノール王国の王領とするらしい。他のアルカディア、ワーベストは辞退したらしい。代官としてナノール王国の第1王女、アレクシア・ナノールを派遣するとも」
「それなら土地を取り返す事も可能では?」
皇帝陛下の発言に、ある将軍が発言する。しかし、その言葉に皇帝陛下は首を横に振る。
「それは難しいだろう。今はまだナノールの軍が現レガリア帝国とナノールの王領となった土地の国境にいる。それに、ワーベストとアルカディアの国境もその王領の中にある。もし我々が攻めれば、即座にその2国が援軍を出してくるだろう。そうなれば、今度は割譲じゃあ済まないだろう」
皇帝陛下の言葉に、将軍は黙ってしまう。
「それに問題が、その代官のアレクシア王女は婚約をしているという事だ」
……? アレクシア王女が婚約している事の何が問題なのだろうか? 私はわからないまま聞いていると
「その婚約相手が、ガルガンテの情報にもあった、雷帝と呼ばれる少年だ。本当に忌々しい。我と同じ帝を冠するなど」
「たぶんですが、この割譲の辞退も3国の間で話し合われていたのでしょう。その土地をその婚約者に渡すために」
「だろうな。その少年はワーベストの第1王女、アルカディアの第1王女とも婚約している様だからな」
……何かの小説みたいね。従兄さんの持っていた小説にも似た様なものがあったけど。でも、少年という言葉と雷でわかった。あの時出会った少年だと。
あの凄まじい魔法と、圧倒的な威圧感。私は前に立っているだけで震えが止まらなかった。魔法が得意な麻里に、あの魔法の事を聞いてもわからないと言うし。
「本当に忌々しい話だが、ガルガンテが危惧する程の男だ。今の国力では敵対しない方がいいだろう。出来れば取り込みたいが」
「3国が黙っていないでしょうな。元々はランウォーカー辺境伯の嫡子と聞きますし」
「やはり敵対しないためには」
「仕方ありませんな」
私たちの知らないところで皇帝陛下と宰相の話が進んで行く。そして
「第2皇女、ルシアーナ・レガリア様、前へ」
「……はっ」
宰相の声で、ルシィーが皇帝陛下の前まで出て来る。そして皇帝陛下の前で膝をつき
「ルシアーナよ。お主をナノール王国のレイヴェルト・ランウォーカーに嫁がせる。これは国の為だ」
「……承りました」
「なっ!」
皇帝陛下のあまりの言葉に私たちは驚いてしまう。そして、私たちの中で1番驚いているのはもちろん匠くんだ。ルシィーとは婚約していたから不思議ではない。
「ナノール側も今は事を構えたく無いだろう。これは断らないはずだ。ナノールへは使者を送る。ルシアーナはいつでも発てる様に準備しておく様に」
「承知いたしました」
そして皇帝陛下は出て行ってしまった。私は血が出るほど手を握っている匠君を見ている事しか出来なかった。
◇◇◇
「ちっ、あの老いぼれめ。臆しよって」
「仕方ないよ。あれはかなりやばい相手だ。それにナノールには剣聖もいるからね」
「お前がそこまで言うほどか。警戒はしておこう。それで兄上の暗殺は?」
「準備は出来ているよ。いつでも大丈夫」
「よし。全く、奴も戦争で死ねば良かったのに。手間を掛けさせよって。丁度、ルシアーナの婚約者だったタクミ カイドウを使おう。奴なら婚約破棄されて、その上ルシアーナを政治に利用した事で皇家に恨みを持っているだろうからな。奴になすりつければ……」
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