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とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
9/22

約束

「考えてみれば、あいつが今の世界にいれば、そんな奴らの動きを許すわけもないよなぁ……」


 日も沈み、空がいくつもの星に埋め尽くされている光景を眺めながら、独り言をぽつんと呟いた。


 傍目には、痛い人にも見えなくはないが、落ち込んだ時は言葉にしてしっかりと自覚した方が後の立ち直りが早い。いつだって、一人で落ち込んだ時は自分が恥ずかしくなるような行動をとれば元気が出るものだと創志は経験的に知っていたが、今回に限ってはその例に漏れたらしく、照れも笑いも意識の端にやって来なかった。

 実に残念だ。お蔭で自分の心に湧き上がる絶望と顔を合わせなくてはいけなくなったと独り言ちる。


「面倒だな……」


 ある程度年を重ねて自我ができた後に、負の感情やら自分の絶望と向き合うなんて気の進まない作業である。だが、自分の場合はこれをしないと落ち込んでいて進めないから仕方なくやっているだけであって、本来ならば能天気に人生を過ごしたいのにままならないものだ。

 

 四千年。仮に人が百歳くらいまで生きたとすると、最低四十回は世代交代が起こっている年月。鶴だったら四代くらい代替わりするが、亀は未だ現役だ。別にだからどうというわけでもないのだが、かつて創志が会った人間は確実にこの世にいないだろう。


 それはつまり、あの泣き虫勇者を虐めることも、公害になるバカップルの騎士と僧侶に当てられることも、研究好きで頼もしかった魔法使いの話に相槌を打つこともなくなったということだ。


 まあ、普通は一度死んだら再会なんてことは出来ないのだから、元から会えなかったと思えば諦めも浮きそうな物なのだが、二度目の人生なんてものを体験してしまえば欲も出てこようというものなのか。


 幼女神め。少し先の時代とか言って、四千年も時期を外すというのはどういうことなのか。契約違反で真っ二つにしても文句は無いだろう。というか斬る。絶対に斬る。決意した。今生の内に神界に侵略して幼女神を叩っ切ることにする。


 そう決心すると思いのほか精神も落ち着いた。やはり仲間との再会という目標がなくなったのが悪かったのだなと他人事のように強引に結論を帰着させた。


 これ以上考えていたら、何かがおかしくなりそうだったので問題は一旦棚上げする。

 そうやって少しでも心を整理して落ち着いてみると、必然的に先ほど上級精霊との会話での失敗を思い出してしまう。


「しかし、どう考えても動揺しすぎたな~。説教した相手に心配されてりゃざまぁねえじゃん」


 突然無表情になったのは自分の精神が落ち込んだ時の反射的な対応だ。前世での戦闘は精神が揺れたらその瞬間に敗北し、死んでしまうような厳しい戦いばかりで、まともな手段では勝てそうもないと考えた創志が、ならばと、行動に支障を及ぼすほどの強い動揺を感じるのと同時に一度精神の状態をリセットするように心に反射を作っておいたのだ。


 つまりあの瞬間、創志は非常に大きな動揺を感じていたといえる。もし自分の精神領域に反射が存在しなければ、みっともなく取り乱してもおかしくは無かった。それほどの動揺を受けていたということである。


 ついでに言えば散々責任だのなんだの説教垂れた側がいきなりおかしくなり、それを説教を受けていた側が心配するなんて何ともまあ締まらないと反省していたのもある。自分が動揺したのはどう考えても私事であり、少なくともその動揺をあの場で漏らすべきでは無かった。


 もっと言えば、その前から聞いていた今の世界の話から、時代が随分と動いていることに気付いていてもよかった。冷静さも余裕も何もかも足りていない。何ともまた自分の不備に呆れてしまう。


「反省反省~って、お?」


 また気分が落ち込んだので適当に呟いて夜空を見上げていると、こちらに向かってくる足音がした。

 振り向かなくても正体は分かっていたが一応振り向く。そこにはやっぱり少しだけ成長したリナの姿があった。

 先ほどまで泣きながら創志に引っ付いていたので背中を撫でて慰めていたら、あっさりと夢の世界に堕ちたので放っておいて一人になれる場所に来たのだが、どうやら起きたらしい。

 急に長くなった腰まで届くサラサラの髪を、ちょっとばかり寝ぐせではねさせながらとてとてとこちらに向かってくる顔には、その可憐な容姿に見合わない不満がありありと溢れていた。


 そして座っている創志の正面に来ると、ちょうど開いていた足の間にちょこんと座り、こちらに背を向けて体育座りをする。丸まった背中からどことなく不満のようなものが伝わってくる。


「どうした?」


 流石に声を掛ける。いくら落ち込んでいても、ここまで不審な行動をとる子供に気付かないほど彼は鈍くなかったし、薄情でもなかった。


 返ってきた言葉は端的で、意味不明だった。


「……ひどい」

「何が!?」


 いきなりぶつけられた非難の言葉に、予想もつかなかった創志は動揺して反射的に聞き返した。謂れもない非難で、冤罪を受けた気分であるが、さきほど頼まれた手前、無視するわけにもいかない。


 全く身に覚えがない、といった声を出したことが分かったのか、リナは更に小さな体を丸めて前かがみになる。


「お父さんは私を置いてどこかに行った。ずるい」


 詳しい説明というかなんというか、拗ねている理由がとても簡単に分かる言葉を頂戴した。

 まあ、絶対に止めるように絡まれると思ったから何も言わずに出てきたのだが、そうはっきりいわれるときついものがある。これは反省するべきなのか、しかし何かを言えばこの後の生活で何らかの縛りを受けそうだ。下手なことは言えず、曖昧なまま言葉を濁すことにする。


「ずるい、ずるいか……そうなのかもな」

「うん。ずるい。お父さんはずるい。ずっとずっとずるい」


 追い打ちをうけてしまった。誤魔化すために少しだけ体を起こして、髪をゆっくりと撫でてやる。

 しばらくまったりとした時間が流れ、もういいんじゃないかなと創志が思ったタイミングで、体育座りだったリナが振り返り、創志と対面する形になる。壊れやすいようにも見える可憐な美貌を至近距離で受けて思わずのけぞる創志。そこに目をまっすぐと合わせてリナは斬り込んでくる。


「もう離れない?」

「あ~」


 それはどうだろうと創志は思った。こういう時、男としても父親代わりとしても、絶対に離れないというのが正解なのかもしれないと。

 もしくは、真正の紳士や漢であれば、女子供を安心させるのは義務であると「絶対大丈夫」というのかもしれない。


 だがどう常識的に考えても、ここでリナに求められているのは「ずっと見える範囲にいてほしい」ということだろう。流石にそれは無理だ。自分は凡人。守りたいものを守るために剣を取るしかなく、普通に怒りもすれば間違いもして、落ち込む時は落ち込んで、気に入らないものは助けたくないし、身内なら守ってやりたいと思う、そんな平々凡々な一個人でしかない。分身とかを習得しているわけでもないし、物語の勇者みたいに運命を上手くいかせるような芸当は絶対に無理だ。


 故に確約は出来ない。だから全力で頑張る。リナに嘘をつきたくない以上そう言うしかないが、それでリナが納得してくれるだろうか。


「それについては今後鋭意努力する―――じゃあダメだよね?」

「駄目」


 即否定を返されて泣きそうになる。つい今日の朝までは赤ん坊としてこちらを振り回していたが、ちょっと成長したら子供としてもっと振り回すとか勘弁してほしい。


 こういう相手を納得させるだけの理屈を考え、自分の経験から有効そうな方法を探し始める。傍を離れるな――とは流石に言われなかったが、似たような感じの勇者に使った方法があったのを思い出し、試しにそれをやってみることにした。


「あ~リナ。お前今、姿が成長した理由っていうのが精霊の部分が覚醒したからだよな?」

「うん」


 実際は半人半精霊であるリナの人間の部分が、姿の見えなくなった創志を強く求めたことで、本来はゆったりとした成長を行うはずだった精霊の部分を強引に引っ張り、創志を探しに行けるように成長したのが正解なのだが、そんな細かいことが分かるわけでもないので素直に頷くリナ。リナにとって大事なのは、自分で創志を探しに行けるようになったという一点であり、その他の副産物はおまけに過ぎないのだが、そんなことは言わない。創志が聞いていることは確かに間違いではないのだから。


「ということは、だ。これと同じ形のものを精霊の力を使って鉄で作れないか?」

「? できるよ」


 丁度腰に差していた木刀をリナに見せて、鉄刀の作成を依頼する。リナは首を傾げながらも素直にそれを了承し、手のひらを地面にかざした。


 すると、地面の中から黒い砂状の粒が尖がって集まり始め、それがまるでリナの手に引き寄せられるようにして上に上に登ってくる。最終的に一分くらいの時間をかけた後、その現象は一本の刀を生成するという形で終わりを告げた。


 鍔もなく、刃と柄の部分しかないという実に簡素な作りをした鉄刀。その刃は元となった木刀同様磨き抜かれたような鋭さを誇り、刀身は絶妙な反りが入っている。見た目だけは今まで振るっていた木刀と寸分違わぬそれはリナが自分の能力を実に高いレベルで使いこなしていることを如実に表している。


 とは言え術式に明るくない創志にとって、全くそっくりなものを作るのがどのくらい難しいことなのかは推測は出来ても理解はできない。故にその出来を測るのならば剣士らしく握って振るうのがいいだろう。


 地面に垂直に立つ刀の柄を右手一本で掴み、そのまま片手上段で前の方に構える。今座っているところは星が見やすいように崖のところまで来ていたので、目の前は丁度海だ。都合がよかったな、と思いながら刀を振り下ろす。


 振り下ろす直前に刀は一度だけ淡く発光した後、刀身がほんの少し揺らぎ、その次の瞬間には地面に刺さるスレスレでピタリと止められる。振る直前と振られた直後の動作以外が見えないほどの反則的な速さ。正確には、とある技による、単純な速さだけでは無い技巧的な迅さを持つ技能なのだが、見ているリナはそれが分からなかった。


 そしてその振り下ろしの斬撃線の延長上では海が真っ二つに割れ、海の底がすっかり顔を出していた。


 剣撃の魔法が発生するときとは全く違う、発光も時間差もないただの振り下ろしにも見える一太刀。それが海を二つに両断し、今もなお元の一つに戻ろうと押し寄せる水を押しとどめ、海に本来はあり得ない道を作り出している。その長さは遠くの地平線に届かないちょっと手前といったところまで進み、しばらくして道は上から落ちていく即席の滝に埋められていった。


 それを成した当人はぽつりと一言呟く。


「悪くは無い、な」


 今振るった刀の重心は木刀の時と近い場所にあり、振り心地はあまり違和感がなかった。

 そして肝心の刃自身は、今の創志の一太刀に存在が少々不安定に揺らぎながらもしっかりと形を保っている。即席に作ったにしては悪くない。それはお世辞でもなんでもなく、前世では二振りとして自分の力量に耐えられるだけ刀に恵まれなかった創志からの心からの賞賛だった。


「リナ」

「ふえ?」


 今しがた見た海が割れるという信じられない光景に、ポカンと口を開けていたリナは創志の言葉に舌足らずな返事をしてしまう。つい先ほどまではちゃんと話せていたのに、突然幼くなった口調に微笑ましさで顔がにやけない様にしっかりと表情筋に力を入れた。


 これからするのは真面目な話なのだから。


「俺はお前の傍にずっといられるとは限らない。精霊と人間じゃ寿命だって違うし、そもそも二つの違う存在がずっと傍にいるということは出来ることじゃない。俺もお前も、どっちにも意思があるからそういうことが起こるわけで、それでも無理して一緒にいたらいつかは壊れてしまう。それは分かるだろ?」

「……うん」

「だからさ、俺はこの後も今回みたいな感じでどこかに行くこともある」

「……」


 そのセリフは流石に気に入らなかったのか返事は返ってこなかったが、ふくれっ面になっているので耳にはしっかりと届いているようだ。

 聞いてくれているならいい、と次の言葉をつなぐ。


 盛大な爆発を起こす爆弾を。


「でも今みたいに、俺の剣が届く範囲だったらお前のことをいつでも守れる。だから、お前を守れる範囲で動くことは許してくれないか」


 要は傍にいないということが不安ならば、いつでも見守っているといえばいいのだと創志はリナの状況を解釈していた。多少一方的だが、心配であるならば安心させれば大丈夫だろうと。


 実はこのセリフは勇者の行く先々であった盗賊やらの犯罪集団をこっそりと退治していた創志に対し、それを心配した勇者が止めるのを、何を勘違いしたのか、勇者が不安がっていると思いこんだ創志が告げたセリフである。思いっ切りやらかしたセリフなのだが、勇者自身が真っ赤になって何も言えなくなったので今も今まで創志はやらかしたことに気付いていない。


 結局その後、勇者も多少ぎこちなくはあれど、そのまま見送ってくれたので今回も効果があるかもしれないと思って試してみたセリフだが……リナのキラキラした目を見る限り、効果は抜群だったようだ。


「本当に?」

「ああ。刀を持ってたらな」

「絶対の絶対?」

「……気づいたらな」

「約束だよ」

「はいはい」


 言いすぎたかな? と思いながらも否定はしない創志。少なくとも自分の剣技の範囲内でだったら数人くらい絶対に守り切れる自信はある。リナ一人くらい余裕で守れるので、間違っていないだろうと自分で自分を納得させた。


 そこで絶対と言いきれないところが彼がヘタレと言われる所以なのだが、そのことに幸いにして創志は気付かなかった。


 そして先ほどまで不安定に揺れていた心がまた安定していたことにも気づくことは無かった。


 結局彼はそのことに気付くことなく、二人で木陰で見守っていたいつもの精霊たちの下へと歩いて戻るのであった。

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