ゆりかごのような日々
上級精霊との邂逅の後、特に事件となる事柄も起こらず、また、危惧していたように何らかの組織がリナを襲いに来ることもなく、一年の時が過ぎた。
一年の間に創志はまた成長した。実年齢が未だに三歳に満たないというのに、既に身長は百センチを超え、筋力もそれなりについている。新陳代謝がいいのか、束ねた伸ばしっぱなしの髪は腰に届くまで伸びているし、毎日刀を振るっているお蔭か、手足にも少しだけ筋肉がついている。といってももやしのような腕が、枝のような腕に変化したような感じで特に太い腕でもないが。
ここまで来ると流石の創志も自分の種族に疑問を持ち始めた。前世が人間だったので、今世でも人間かと思ったのだが、どうやらそれは少しばかり違うらしい。
まさか奇形ではあるまいと、念の為そういうことが分かりそうな男に聞いておくことにする。
「なあ、俺の種族って何なんだ?」
尋ねる相手は上級精霊達の代表だった精霊である。ロド、という名前で仲間内では呼ばれている彼は、どうやら原初精霊と創志に全てを任せている状態が流石に不味いものだと痛感したらしく、極偶に調律の隙間を見つけては、この島にやってくる。
なので早速自分の種族について尋ねてみた。返ってきた答えは何とも曖昧なものだったが。
「ええっと多分長寿種の何かの突然変異ですね。魂格によって肉体の方が変質してるせいか、元の形から随分と変質しすぎてそれくらいしか分からないのですが」
「魂格に合わせてってどういうことだ? 詳しく教えてくれ」
その曖昧な答え方に、好奇心が刺激された創志が質問攻めにしてみると、ロドは意外と詳しく説明してくれた。
曰く、本来この世界の生き物は、魂の憑依、肉体の誕生、自我の形成の三つの過程で存在が定着する。この三つの要素は互いに影響し合い、丁度均衡が釣り合うところでその生き物の形は定まる。
しかし転生者となると、魂の憑依の以前から自我がすでに形成されており、その時点で肉体に変化を及ぼすことがままあるのだとか。この魂に肉体が引きづられるのを「魂格変異」と言い、それゆえにほぼ百パーセント、転生者は突然変異、特に魂の質が肉体の性質を引きずり切ってしまうような強い者だと、もう元の種族はさっぱり分からないというらしい。
初めて知った精神と肉体の神秘に、創志は感嘆の念を隠すこともなく頷いている。
「へえ~。でも俺の場合は転生者だから魂の年齢に体が合わせようとかいう話じゃないんだよな?」
「その影響もなくは無いが少ないでしょう。すぐにでも成長したいと望みましたか? 魂格変異は強く望まない限りそこまで影響をもたらすことは無いですね」
「あ~……そういえば赤ん坊の時はさっさと歩けるようになりたいとか思ったんだが、もしかしてそれか?」
「いや、確か魂格変異は常に願わないと効果がないと聞いています」
「だったらいいか。別に体に悪いわけじゃなさそうだし」
そう完結して結局その話は終わった。そもそも創志の種族とか本人もロドもどうでもよかったのもある。念の為というべきか、何らかの奇病にかかっている可能性とかも排除したかったのだが、そもそもそういうことが一朝一夕に分かるはずもなかった。
そうやってぼちぼちと自分のことは調べていこうと頷いていたら、横合いの方から水鉄砲が飛んできた。
子供騙しでもなんでもない本当に岩盤でも打ち抜けるくらいの”水鉄砲”をしゃがんで躱し、撃ってきた人物の方を向く。今創志とロドがいる場所からは少し離れた岩の上に、長いサラサラとした緑髪を自然のままに流して、無邪気な笑顔を浮かべる幼い少女。無垢とか純粋とかいった形容がぴったり当てはまる雰囲気に、可憐な容姿を合わせた姿は天使を題材とした一つの芸術に匹敵するだろう。
しかしそれが創志の精神に何らかのプラス作用を生むことは無かった。単に見慣れていたからだ。
「お~い。お父さ~ん。話してないで遊ぼうよ~」
「んあ? 分かった分かった。すぐ行くからちょっと待っとけ」
ここ一年で容姿的にはやっぱり成長しなかったリナは、中身は少しだけ成長して流暢にしゃべりながら元気よくその場で飛び跳ねている。その姿に苦笑交じりに返事を返し、リナに完全無視されて落ち込んでいるロドの方を先に元気づける。
「おい、ロド。大丈夫か」
「……いいんです。自分は所詮声を掛けてもらうことも出来ない存在……どうせ術の練習台にもならないんですよ……」
「いや、今のは術の練習とかじゃないからな? もしあいつが俺に攻撃を当てられるくらい強くなったら俺の旅に連れて行ってやるという約束で――――」
「なっ!? ど、どういうことなんですか!? う、家の姫様に何言ってるんですか! しかも旅に出るとか聞いてませんよ!? 逃げる気なんですか? やっぱり逃げる気なんですか!?」
「ちょ、詳しく話す! 話すから落ち着け! 首を揺らすな!」
創志の持っていた精霊の自由気ままな偏見をうちこわす勢いで泣いて縋りついてくるロドに対し、どうにか落ち着くように詳しく説明した。実はロドが腕に込めていた力はだんだんと大きくなっていて、結構創志の肩がやばかった。真面目な男の嫉妬とか怖すぎる。
「いやあのな? やっぱり狙われてるって聞いたわけだし、それなりにリナ自身にも強さがあった方がいいわけじゃないか。俺にだって幻覚を使うとか、眠りの魔術を使うとか正面から戦わないなら色々と通用する手段もあるわけだし。そうするとリナを鍛えようって話になったんだけどな、やっぱりリナが飽きっぽいし、同じことをやるばっかりなのもつまらないってわけで実戦形式で俺に攻撃を当てられたら何か好きな事を叶えてやるという遊びみたいな訓練をいれることにしたんだ。それが旅に連れていくってのはあいつが言ってたから知ってるだけだぞ」
「……旅に出るという話はどこから出たんですか」
「ああそれな。いや、ずっと孤島暮らしとか暇じゃん。取り敢えずお前らが忙しい間はここにいるけど、それが一段落したらどっか行こうと思って。なんか楽しいこともあるかもしれないし。まあ約束は果たすから心配するなよ」
今度こそロドの動きが停止して、創志は地獄の拘束からようやく解放される。
「じゃあな、先言っとくぞ? 一応リナにとりなしておいてやる。まあ、頑張れ」
創志はそれだけを言って、リナの後を追って走って行った。
ロドはしばらく停止したままだった。
★★★★★
創志がリナの走り去った方向に歩いて行くと、突然足元で地面がグンニャリと沈んだ。
足をのせる直前までしっかりと踏みしめられる固い地面だった一瞬にして泥上のぬかるみに変わる。何の変哲もない精霊製の靴はぬかるみに嵌まり、力を入れても抜け出せない状態が形成され、同時に前方と後方、それに上方から時間差で火球と水球と雷球が創志を狙って飛んでくる。
更に遠くには、風を高速で回転させた刃と光を集めて純粋な熱による攻撃の準備が行われていることが伝わる。丁度今創志が立っている場所から横手にあるところから狙っていて、風の方は隠密性を上げて最小限の魔力で行使されている。恐らくは地面の罠に嵌めてからの三方向からの攻撃を囮にして、そこを閃光で攻撃、更にその閃光さえ囮にして風の刃で切り刻むという作戦だろう。
作戦自体は悪くなく、特に最初の三つの球による攻撃に意識をとられていたら光にやられ、よしんば光の攻撃に対応できても風の刃で止めを刺されるという点に悪辣さを感じられるほどだ。逃げようにも足場がなく、防ごうにも威力が高い。
ただ、
「三十点かな」
創志は一言だけそう呟いて横薙ぎに刀を一閃させる。
斬撃の軌跡を追って二つの剣撃が同時に発動。赤い色をした重みのある斬撃が火球を潰し、絶妙な場所に現れた緑色をした剣撃が水球をあらぬ方向へと流す。流された水球は雷球とぶつかり相殺される。
そして刀を振る勢いで横に回転した創志はそのまま倒れ込むように体を傾ける。本来ならば最初の攻撃よりも一瞬早く創志に着弾するはずだった光の一撃は地面すれすれに創志が体を倒すことで回避。
そんなことをすれば勿論地面に呑みこまれるのだが、回転する勢いで黄色の鋭い剣撃を放ってあらかじめ地面を二つに割っておき、そこに切り立った崖のような亀裂を生じさせて飛び込む。泥と化していた土も多少はこぼれてくるが、それよりも創志が崖の中におちる方が速い。悠々と隠された風の刃を躱し、空中で一回転して崖の壁面を蹴る。反動で地上に戻ってきた後、空中にいる間に橙色の剣撃を木々の隙間を狙って放つ。
今まで放つどの剣撃よりも長いその一撃は、襲撃者の足元に当たり、更に術を使おうとしていたところを空中にはね上げる。術者が対象を見失ったことで構成途中だった術式は霧散し、本人は無防備に空中に浮かぶ。
丁度浮遊している術者の真下辺りまで地面をなめるように高速で移動。直立した体勢を変えず、常に地面につけていた足の裏から土煙を巻き上げ、移動しながら静止したように刀を構えている。
空中で風の精霊術式を編み、体勢を整えて術者が下の景色を見た時には既に真下に到着している。ここに来る途中で巻き起こしていた土煙を無くすように調節し、視覚的には今はまだ足元に到着していない様に誤解させる。勿論遠くから土煙の量を調節するような技能は無いので、土煙が途中で止まっているのだが、視界の聞かない場所を一瞬だけ誤魔化すのだったらそれでも十分だ。
そして相手がこちらを見失った隙に真下から跳躍。魔法の併用により増した跳躍力であっさりと背後を取り、左手で相手を抱え込んで右手で刃を首筋に当てる。
「俺の勝ち」
「むうぅ」
そしてこの瞬間に記念すべき創志の三百勝が決まった。
★★★★★
「どうして勝てないの!」
「まあ、年季と経験が違うしな」
地団太を踏むリナに対し、創志は飄々と肩を竦める。
さきほど突然始まった戦いは、創志がリナと行っている実戦訓練だった。
実戦はいつ起こるか分からない。故に日常のいつ仕掛けてきても、または仕掛けてもいいという実戦訓練だ。一日に一回お互いが朝食を食べてからはじまって勝敗が決まるまで行い、勝敗が決した後は戦いは終了。いつもの日常に戻るという具合だ。今のところ創志が全部勝ちこしているが、ご褒美が欲しいリナが段々と何も考えていない攻撃から、相手を追い詰めるような攻撃へとシフトして、手ごわさが増しているというのが最近の様相でもある。
とは言え、それでも創志には全然物足りない。リナの使う攻撃が精霊術式なためか、火水風土の四大元素と自然に存在する光や雷を扱う術には長けているが、創志が前世で戦った相手には悪魔と畏れられた同郷の魔法使いもいる。中々にクレイジーな仲間の戦い方を創志が想定している以上、今のリナの実力ではまだまだこちらに攻撃を当てることも出来ない。
「筋はだんだん良くなっているし、まあ後十年もすれば一流の使い手にはなるんじゃないか? 今の世界の一流のレベルは知らないが」
「そうなったらお父さんに攻撃も当たる?」
「いや。当たると痛いから斬るか避ける」
「ぶ~」
可愛らしくごねる姿に少しばかり当たってあげてもいいかな、とも思うのだが、やっぱり痛いのは嫌なので真剣に戦うことにする。幼女相手に大人げないといわれそうだが、リナは二十年くらいを赤ん坊の姿で過ごしていたので実際は……
「お父さん」
「な、何かな」
背筋にゾクリと怖気が走った。理由は分からないがこれ以上の思考は危険だと判断し、取り敢えず会話をして意識を逸らした。何故かそれが正解な気がする。背中をよじ登ってきたリナに対して原因不明の悪寒を感じながら、取り敢えず言葉を出す。
「ま、まあとにかく、今日の実戦練習は終わったんだし、昼ご飯でも料理しようじゃないか」
「あ、駄目だよお父さん。お父さんがやったら竈が爆発するから」
「な!? それは二週間前のことだろ!? いつまでも昔のことを言うなんて……」
「作った竈を壊したのは四回だし、俎板が切れたのは七回は超えてるよ。お父さんは諦めて料理は私に任せないと」
リナを肩車しまっすぐに進んでいく創志と、創志の失敗を嬉しそうに語るリナ。二人の実力はこの島の中でも頂点に立てるレベルなので、特に襲われても危ないということもなく元のところへ進んでいく。
そして戻ったところでまだ停止していたロドと一緒に昼食を料理して、何故か川の字になって原初精霊たちとともに今日は昼寝をするのであった。
★★★★★
どんな場所にも時間は流れ、季節は常に巡り替わる。
それは例え世界の果てと呼ばれる時間さえ氷で閉ざされたといわれている氷雪大陸でさえも、また、かつて世界中のどこよりも繁栄し、世界のどこよりも暗かったといわれる地下帝国ヴェダンの跡地であっても同様だろう。そしてその例に漏れず、この絶海の孤島「シナキリ島」でも時間は緩やかに、しかし確実に流れていた。
ここ五年ほどの間に、突然島の方から火山の噴火でもないのに煙が上がったり、夜中に空が散発的に照らされたり、唐突に島に向けて海の道が開いたりと、奇々怪々な現象ばかりおきて、漁師の間からは「不気味島」と呼ばれたりして段々と不思議な島として知られ始めていたが、それでも時間が歪んで進んでいるということは無かった。
今日もまた一日が過ぎる。
そしてとうとう創志が島を出る日が来た。




