表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
4/22

探検結果

 三か月が経った。


 涼やかな風が吹いて、頭頂部を通り、生えたばかりの薄い髪の毛を撫でていく。

 薄い地肌に直接当たる冷気を感じて、まるで毛髪が薄くなってきた中年のおっさんのような気分を疑似体験した。


(……ちゃんと生えてくるよね? 毛根死滅とかしてないよね?)


 そよそよと揺れる自分の産毛を感じ、そのあまりにも頼りない感覚につい不安になる創志。無論のこと、前世の赤ん坊の時期なんて全く記憶してない上、アルバムを見るような性格でもなかったので、自分が生後三か月にどのくらいの毛髪量を誇っていたかなんて知る由もない彼にとって、赤ん坊の毛髪量なんて知る由もない。故に、自分が将来ちゃんと髪の毛がふっさふさになるかどうかの不安が絶えないのである。


 特に、毎日風雨に晒されたままの状態で、食が動物の血という吸血鬼生活な現状では不安は増すことはあっても減じることは無い。非常に栄養の偏った生活を送っている自覚もある。


 長期間で見てみたが、一か月目に起こった事件のように案外体に拒否反応とかは無く、変調が無いので栄養量自体にはそんなに心配していないが、それでも基本一種類のものしか捕食してないのは成長の観点から見ても危険である。

 

 だが、


(ふふふふふふふ……そんな栄養失調に怯える日々も今日までだ。今日の俺は一味違う!)


 ハイテンションなままに、あばあば、とか、うー、とか意味不明な声を上げながら、きりっとした顔をつくる創志。

 赤ん坊なのにきりっとした顔とか(笑)とか思うかもしれないが、それでも今はきりっとした顔を取っている気分なのだ。野暮なツッコミは無しにして欲しい。


 そんな創志の今の状態はというと、両手を手のひらで地面に対してつっかえ棒のように立て、両膝を直立させるいわゆる四つん這いの状態で片手と片足を交互に同時に動かしながら前進しているのだ。


 これを見ればどんな人間でも分かるだろう。創志は遂に、地面にこすらない完全なるハイハイを会得したのだ。


 この三か月間、自分の能力である剣気を中心に、自分の四肢を上げたり下げたりして修業を積んでいたのだ。


 うろ覚えの知識では、建物が倒壊して内部に取り残された子供が、親の血を飲んで親子ともに生き延びたという話を聞いていたので、早々に死ぬことは無いと思っているが、それでも他の食べ物も探したい。そんな創志の執念が身を結んだ結果といえよう。


 長かった。この三か月色々な動物に襲われては剣気で撃退し、雨風を喰らっては熱を出して死にかけ、日に当たっては脱水症状になりかけて死にかける。そんな毎日の中で、必死に筋トレらしきものをした甲斐があったというものだ。


 創志は育児経験も知識もないので、三か月という期間がハイハイできるようになるだけの期間として長いのか短いのかどうかは知らない。もしかしたら何かの強い種族に生まれて動くのが早いのかもしれないし、栄養不足で体の発達が遅いのかもしれないのだ。そんな疑問も、今日近くを流れていた川の水面を見ることでようやく解消できる。


 ハイハイで進む創志。細かい砂利が手の平や膝から下に引っ付いて痛かったりするが、気にしても仕方ないので無視して進む。ハイハイなので当然視点が低いのだが、この三か月周囲の風景が変わることは無かったので、そんな低い視点の変化でも結構新鮮だ。


 そんな視界に感動しながら徐々に水のせせらぎのする方へ近づいていく。音の発生源は約三十メートルは遠いところにありそうで、ハイハイの痛みに泣きそうになりながら進んでいく。


 そしてようやく川の近くについたときには、次はできるだけ二足歩行の練習をしようと決意を新たにしていた。


(……偉い人は言いました。不便性こそが新たな発明を作ると)


 ハイハイという行為のせいで痛みを感じた以上、早急に二足歩行という技術を体得し、靴を作らなくてはいけない。必死で生き残ったのに、このまま歪に骨が変形するとか泣ける。そんな泣き言を頭の内で浮かべて水面を除くと、次の瞬間にはそんな不満の言葉などすっかり忘れた。


 何故かというと、水面に映っている姿があまりにもあんまりだったからだ。


 赤ん坊特有の白く柔らかそうな肌。それは黄人種であったかつての創志も日常的に周りの女子とかで見たことのある白さであり、特に違和感を覚えるようなものではない。あちらこちらが野外で風雨に晒されていたことで汚れていたり、垢のようなものがところどころついているが、問題は無い。

 だがしかし、肌以外の要素は随分と度を超している。


 顔の上方を形作る大きな瞳と言い、赤ん坊特有の丸っこい頬と言い、少々高めなのではないかと言いたくなる鼻梁といい、欲しくもない幼児美貌レベルがアップしまくっている状態である。

 さらに言えば、色素が抜け落ちたかのように白い髪の毛と右目は薄い蒼、左目は深い藍のオッドアイなどある特定年齢で発症する病気の最たるものではないか。まさか齢零歳にして発祥など縁起でもないのでやめてほしい。せめて本当に十四歳くらいになるまで待ってほしかった。


 一説には、鉛をそのまま直接飲まされた人間がそのあまりの苦痛に一瞬にして髪の色素を失い、白髪になったという話を聞き齧ったことがあったが、まさか白髪の原因はストレスだろうか。だとしたら将来的に髪の毛が禿げる心配を本気でしないといけない。


 十分ほど悩んだ後そもそも頭部の毛髪量とか自分にはどうしようもないじゃないかと気づき、適当に諦めて食料を探すたびに出ることを決定した。


 主にわかめひじき系を。

 

★★★★★


 藪の中に入って真っ先に分かるのは足場が非常に悪いということだろう。

 そして次に分かるのは暗いということだろうか。


 人の手の入ったことの無い藪は大自然そのままの繁殖力で地面に強く根を張り、その間の葉と枝の少ない悪路をハイハイで進んでいけば、隆起した太く堅い根に腕と足を取られそうになる。赤ん坊の皮膚など容易く裂いてしまうと自己主張するようなとげとげしい針葉樹を剣気で斬り払い、日が差し込まず手元が黒一色で染まるようなところを前進。偶に地面のささくれだった棘に引っかかれて傷を体につけながらも、多少の怪我は強い皮膚を作るためだろうと意識の外に追いやる。


 ところどころ空から細い針のように日の光が柱を作る。それを見れば光を避けて進むような稚気に溢れた遊びをしたくもなったが、避けて藪の葉に近づいてあえて体を傷つけるような真似をする気は無い。真面目に探索を続ける創志。


 目を皿のようにして辺りを見、地上に何かが落ちていないかを手で探り、時折丸い固形物を見つければそれが食料になるかどうかを確認する。植物判定眼などの持ち合わせがないために、藪とか木の葉とか幹を見て、ここいらに何らかの食料となる実でも落ちているかどうかの判断ができるような人間ではないことを自認する創志は、忍耐強く自分の足で一歩一歩探すことに集中する。


 仮にここで硬すぎて赤ん坊の生えかけの乳歯では食べれないものを見つけたとしても、この後年月を過ぎれば食べられるようになることは確実だ。確実に食べたいのだったら時期を見る必要も出てくるだろうが、今はどこに食べ物となるものがあるかだけでも知っておくのに損は無い。


 幸いにしてというべきか、赤ん坊は視点が低いので、藪の下の地面の中を舐めるように見ることができる。これならば地面の上に落ちているものであれば見落とすことは無い。


 だがこれは逆に言うと、赤ん坊の視点ではわかることはその位しかないということにつながる。例えば枝と枝の間に引っかかっているかもしれない木の実には手が届かないし、何かが引っかかっていることを期待して適当にそこいらの茂みを揺するとかも出来ない。あくまでできるのは、地面に落ちているものの回収なのだ。


 ついでに言えば、いくら赤ん坊が視覚以外の器官の方が優れているからと言っても、創志が体で覚えているのは大部分が視覚に頼った動きであり、例え多少の視力が悪くても見えさえしてしまえば視力に頼った動きをしてしまうのは必然。つまり非常に悪い視界の中を、慣れない動きをするために、神経を急激にすり減らすことになるのだ。まさか突然体の動かし方を変えるような器用な真似ができるわけでもないので、十分もすればあまりの単純作業と成果の無さに、集中力も途切れがちになる。


 それでも先を目指して辺りを探索したのは、まだ見ぬ食料への願望が大きい。出来ればココナッツミルク系の木の実が見つけたい。この際贅沢は言わないので、果汁系の果物が出れば何でもいい。とにかく、歯が無くても食べられる柔らかい部位を持った食料が欲しい。そんな慾塗れの、しかし切実な願いこそが今の創志の探検を支えていた。


 そうして一時間どころか二時間もの長時間が過ぎ、そろそろ三時間目に突入してお昼寝の時間にでも混ざろうかという時間になって、木々が根を張り、苔がその根を覆い、偶に岩がちらほらとあって起伏の激しいところで何か水に小石でも落ちたような音を聞きつける。


 その場所に来るまでに藪の中を一時間、密林の間を一時間、樹海の中を一時間近く進んでいた創志は既に戻るタイミングを逃してしまい、非常に疲れて判断力を失っていた創志は音のする方に向かっていく。明らかに自然音ではあり得ないような音だったのだが、道中襲われた野生動物や小魔物を瞬殺できた安心と疲労から、警戒心薄く反射的に体がそちらを向いていたのだ。


 ふらふらと四つん這いで進んでいけば、手のひらに感じる地面の感触はだんだんと湿り気を帯びた柔らかい物へと変わっていく。辺り一面に水を吸収して膨らんだ緑の苔が生え、それがここまでの長時間の移動に傷ついた手足の皮膚に少し沁みる。


 しかし、水は樹海の中ゆえか非常に冷たく、また苔の柔らかさも非常に心地が良い。そこいらを流れている表面が波立っていないとても緩やかな小川を見れば、その透明感は薄暗い森の中で容易く底を見ることができるほどだ。 


 ややもすれば、その薄暗い中から少しだけ明るいところへ出ていくようだ。光の反射が丁度進行方向から届いており、眼に入る灯りは先ほどまでの樹海の暗さになれていた目には少々眩しい。


 そんな光源を恐れずに光の下に出れば、そこは円形状に木々がなく苔だけが辺りの地を覆う空に開けた大地だった。


 広い。いや、狭いのか。今の創志は赤ん坊ゆえにどこもかしこも広く感じてしまうのだが、それを差し引けばそこまで広くは無いだろう。だが、今の小さな自分ではあまりの広さに眩暈がしそうになるほどの場所に見える。多分、いきなり目に入る光量が上昇してそれに体が酔っているような状態なのだろう。多少クラクラする頭を意識して揺らさない様に座り込み、警戒も兼ねて取り敢えず前方の風景を視界に収める。


 苔の広場の中心には円形の小さな湖ができていた。それには透き通るような小川の水が三本ほど森の奥から流れ込み、同時に二本ほどの流れ込んでくる川よりも大分細い川が他のところにつながっている。だというのに湖面は静かに水を湛え、辺り一帯の草木と苔の生い茂る幻想的な風景の中、静謐な空気を生み出している。


 川の傍にはいくつか石と岩の中間地点の大きさのような土の塊が苔生して座しており、多少は盛り上がったその地点から広がるようにして陽の光をたっぷりと浴びて明るい色彩の苔が広がっている。ここが丁度木の陰にならず、太陽を直接浴びられる場所であり、なおかつ清涼な気配が満ちる森の中でポカンと浮かぶ湖の冷気が辺りに満ちているお蔭だろう。


 そうやって感心するうちに視線を移していけば湖の淵の方をよく観察すればそこには少しだけ苔が水面に根を水に張ろうとでもするかのように浮かばせていて、内部が深く透明感のありすぎる水のせいで、中心に向かうほど、底にいくほどに、黒と青の絶妙に混ざった藍のような水たまりが形成されている。目に鮮やかすぎるまでの生命力にあふれた緑と深い蒼のグラデーションが、境界線を曖昧にされていることで一層の幻想性が際立たされる景色は絶景といえよう。


 花鳥風月とはこのことだろうか。かつての自分も、勇者の旅に付き従うという貴重な経験を積んで、相当に風流なものを見てきた自信があったのだが、これには圧倒されざるを得ない。素直に感嘆し、一時ばかり空腹と苦痛と疲労を忘れ去る創志。


 恐らくは絶妙なバランスで構築されているこの場所に対し、拍手をしたい気分でいっぱいになった創志ではあったが、そうして自分が何らかの動きをしてこの絶景を形作る要素である静けさを壊すのも何か違う気がした。手を洗おうかとも思っていたが、今は動いて湖に近づく気にはなれない。


 この風景をしばしの間、記憶に焼き付けたのちに少しだけお邪魔しよう。そう思って本格的に腰を据えようとしたその時、彼の左後方の頭上から何かが飛翔して急速に創志に近づいた。


 緩み切った意識の端で創志がそれを感知したときはすでに産着の肩の辺りを何か大きなものに掴まれていた。


(油断した! 一体何だ!?)


 寸前で少しだけ身を捻り、それに肩ごと掴まれるのだけは阻止した創志。しかしそれは創志の産着に何かを引っ掛け、急上昇して彼の軽い体を上空へと持ち上げる。 


 体に感じるのは急激な加速に伴う重圧と空を飛んでいるという事実に伴う浮遊感。反射で細めた目に映るのは、底抜けに青い空と、地上に広がる黒緑の絨毯だ。


 それを見れば、自分がどうやら空を飛んでいるらしいということは理解できたのだが、さすがにそれだけでは情報が足らない。頭の中でいくらか状況を整理して、急速に情報をまとめていく。

 

 感じた気配が上空からだったので、恐らくは肉食の猛禽類とか鳥の魔物だろう。肩の方を少し見れば、何かの鳥の爪が巨大化したような頑丈そうな足が視界に映る。そして自分の今の状況を考える限り、その鳥やら何かに攫われて空中散歩をしているという具合か。 


 理由としてありそうなのは、やっぱりお肉として認識されているということ。野生に生きる者が自分を見つければ、きっとおいしそうに見えることだろう。


 となれば自分のとる手段は撃退と殺傷か。これが野生の食物連鎖の一部であるというのなら、生きる気満々な創志であれば抗う手段を取ることに躊躇いは無いし、現状自分に手加減の必要がある相手もいない。剣気で小刃を形成し頭上にいる敵を倒し、重力に引かれて堕ちる体の方は激突直前に五十の小剣撃を放って、地面を耕す感じにクッションを生成すれば死ぬことはあるまい。


 そうと決めれば、後はできるだけその曲芸をやっても問題なさそうな場所を選ばなくてはいけない。遠くまで見えない視力を絞るようにして地上の絨毯を観察し、剣撃を放つための精神集中を練り上げる。


(悪いな。恨むならお前の判定眼を恨め……ってあれ?)


 躊躇いなく周囲の魔力を自分の精神で掌握し、剣気という形で放出しようとする直前に違和感に気付いた。 

 この鳥は実体ではない。まさかの精神体だ。


(これってもしかして、精霊なのか?)


 どう見ても実体の鷹としか見えないが、魔力で感知した事実は覆ることもなさそうである。

 精霊ならば周囲の魔力を補充して存在を維持している為、別に赤ん坊の創志を餌にする必要も無いはずである。ならば少なくともこちらの命は保障されているとみてもいいのではないだろうか。


 命の危険がないならば、今無理して危険を犯すのは少々無謀であろう。そう判断してしばらくの間は空の旅を大いに楽しむことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ