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とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
勇者編
19/22

プロローグ

 ストロス王国「白砂はくさの海岸」から陸地沿いに真東に二十キロ。


 まるで刃物でスパッと切ったかのように東西に伸びている海と陸の境界線が続き、その後陸地が南の方へと入り組んでいく形で海の領域が増えていく領海。

 

 更にそこから「バルト湾」と呼ばれている海を飛び越えて、範囲内の海域が原因不明の塩分過多の海「死海」を超えた先にある、「豊穣の海」と呼ばれる海の海面に翼を広げた巨大な影が映っていた。

 

 大きく広げた翼は優に横に二十メートルにも及び、およそ十五メートルの大台にも届きそうなほどの体躯。陽光を反射し、きらめく光を海へと向けるその白鱗により体を覆われ、その四肢の先にはギラリと光る恐ろしく切れ味の良さそうな爪が自己主張せんばかりに自ら薄く光を纏っている。


 額からは大の大人三人ほどが集まったように太く頑丈な角が生え、大きな咢の中には生えそろった牙がずらりと並んでいる。時折口内からは白くなるほどに高熱の火を噴き出しているが、決して荒々しい気配を感じさせず、むしろその大きさからは想像もできないほどに静かで穏やかな気配に包まれて空を進んでいるといってもいい。


 名もなき上空を人型・・生物種の頂点とも言われている最強種、竜族が優雅に飛んでいた。


 その背には言い争う二つの人影が。


「いい!? 分かってる!? 今回ばかりはあたしが一人でやるんだから絶対に手を出すんじゃないわよ!」

「いや、それを認めてしまったら死んでしまう可能性の方が高いから却下だ。というか、まだ私にも一対一で勝率三割くらいの癖にどうして一人でできると思うんだ? 馬鹿なのか?」

「はあ!? ふざけんじゃないわよ! あんたのその厄介な鼻が無かったら今頃あたしが百回くらいあんたの暗殺に成功してるっての! 馬鹿とかいってんじゃないわよ!」

「毎回毎回思うんだが……その自信は一体どこから来るんだ? それにそんな調子で大丈夫なのか? というかそもそもハーピィって暗殺なんてやったのか?」

「ええい質問が多い! アンタは黙ってあたしにしたがっときゃいいのよ! どうせ犬みたいなもんでしょう!」

「嫌だ。阿保には従いたくない」

「きいぃ―――――――!」


 生物種の中でも最強の一角を占める白竜の背に乗り、一切そのことに萎縮した様子もなく口論をしているのは二人の美少女。


 一人は、長い銀髪を頭の後ろで束ねた長身の少女。儚げな印象を与える令嬢風の見た目をし、日に焼けていない白い肌といくつかの薄い布を重ね合わせて作ってある服が何ともまたあつらったかのようにその容姿を引き立て、唯一強い色をした翠の瞳が儚げな印象を与える中でも少女に格別のアクセントを加えている。

 ただ、今全力で口論をしている様子からは儚かさなど欠片も見えない暴言と勝気な性格がドンドンと前に押し出されている。既にその白魚のような腕でもう一人の少女に掴みかかっている。


 対するもう一人は、赤銅しゃくどう色の耳を持ち、褐色の髪をそのままに流した少女。狼族の特徴である大きな耳と臀部から生えているパタパタと揺れる尻尾以外は一見して人族の女性と同じ見た目をしている。

 健康美というのか、それなりに日に焼けて体の線も折れそうに細いとは言わず、戦うもの特有の筋肉がついていることが読み取れるほどの体つきをしている。顔立ちもそれに見合った快活そうな表情なのだが、ノータイムで相手を無自覚に怒らせるほどにはこの少女にも癖があった。


 白竜の背中でしばらくごたごたやっていると、突然二人は急激に横に動いたときのような風を受けた。

 きっちりと風に飛ばされない様にそこらへんで尖っていた鱗のでっぱりで体を支え、再び飛行状態が安定してきた後、儚げな少女の方が白竜に文句をつけた。



「ちょっとシャラ! いきなり何蛇行運転してんのよ! 危ないでしょうが!」

「え~。ちょっと待ってよ。こっちだって危ないから避けたんであって仕方ないじゃん」


 少女のまた強気な発言に、シャラと呼ばれた白い竜はのんびりと言葉を返す。声は大分低いが、そもそも竜族である彼女が竜態である状態では、辺りに響くのはこんな風に地を揺らすほど低い音だ。威圧していなくとも威圧しているようになる声に対し、またややこしいなと思いながら狼族の少女の方が白竜の背中から先ほどまでいた場所を窺う。


 そこにあったのは、海から天を指す様に屹立した肉の柱である。片面に巨大な吸盤がいくつも規則的に並んでいるところを見ると、タコ系の巨大な魔物の足だろう。


 相手はどう見ても捕食対象としてこちらを狙ってきているように足を動かしてきており、脚一本で飛んでいるシャラの場所まで来たということは本体は確実にシャラの十倍以上の大きさだ。海洋系の魔物は非常に大きいものが多いことが常識だが、これはもしかすると近海の主クラスの魔物かもしれない。


「いや~困ったね。本当どうしようか?」

「うっさい駄目トカゲ!」

「ト、トカゲって……トカゲじゃないもん。竜だもん!」

「はあ? 何? ちょっと羽根生えて鱗あって爪あって飛べるだけでそんなに偉いとでも思ってるの? 偉いわけないでしょう? 偉いとかぬかしたら私が羽根毟って鱗剥いでホントにトカゲにしてあげるわ」

「ひぃぃ!? 酷い!」 

「……流石に空を飛べる種族は余裕だな」


 襲い掛かってくるいくつもの特大の足を躱すうち相手の大きさが特大であることが分かったのか、残りの両者も「面倒くさい」というような表情をしている。面倒くさいなのは、海の魔物程度にこれっぽっちも脅威を感じていないからだろうが、他二名と違い狼族の彼女は空を飛べない。なので、多少どころでなく彼女にとっては脅威なのだが二人は全然やる気を見せない。


 面倒だが、彼女がさっさと倒した方が早い。


 そう判断した彼女は自分の獲物である超特大の大槍”ブリューグント”を魔術で召喚し、さくっと竜の背中から海面にむけて跳躍する。


「先に行っておくぞ」

「あ! ちょっとラサーシャ! 抜け駆けよ!」

「リシャ! そんなこと言ってないで早く援護に行くよ!?」


 残った竜とハーピィの少女も、勇敢な狼の後を追って水しぶきを上げながら海の中に突っ込んだ。


★★★★★


「う~ん。別に血を吸いたいってわけじゃあないんだよなあ」

「何の話?」


 シナキリ島。そう呼ばれていた現在はほとんどただの岩礁地帯となった場所のひときわ大きな岩の上に二つの人影があった。


 言わずもがな、創志とリナである。


「いや、なんかあの黒男シェヴァストロだっけ? あいつが俺の事を末裔すえとか言ってきたんだけどさ、後から聞いた話だとあいつ吸血鬼らしいじゃん? でも俺、特に血を吸いたいとか思ったことないんだよなあと思ってさ」

「……突然変異だから?」

「あ、やっぱそうなるか。確かに人間だったころよりも傷の治りは早いし、成長もすぐだから吸血鬼かなって思ったりもしたんだが、特にあいつと容姿も似てなかったし、よっと」


 創志は話の途中で作った釣竿の餌を更に遠くに向ける。この釣竿は、リナに精霊術で元素抽出してもらって作ったミスリルの竿に、水を実体化させて作った「水雲の糸」、更にミスリルでできた針に、鉛の重りをつけた世界にまたとない特注品である。


 適当にリナに釣竿が欲しいと頼んだら片手間に作ってくれたものだが、地中に存在していた銀を含む鉱石を魔力で変質・昇華させているところを見た時点で、正真正銘最高級の竿だと創志は確信している。ちなみに餌は創志が適当に刀で斬って跳ねあげた頑丈な表皮を持つ突撃魚とつげきうおという魔物のミンチ肉である。


 魚を斬るときに、水中から”峰打ち”の剣撃で跳ねあげて、空中解体も出来なくは無かったのだが、味が無かったので退屈しのぎにも普通に釣っているのである。


「さっきよりも更に伸びた?」

「さあ? どうだろ」


 水雲の糸が半実態とでも言うべき不思議物質なので、また信じられないほど遠くまで飛んでいった餌を見て二人で首をかしげる。実に平和である。


「しっかし妙な謎も残すし、ついでに言うと精霊たち説明に来ないし、何やってんのやらすんごく気になるんだけどなあ。また話に置いて行かれている気がする」

「でも、ソージはソージだよ」

「あん?」


 創志の左腕に両腕をしっかり絡めて、ぴったりと引っ付いている状態のリナは唐突に、ぶつぶつと呟いて遠くの海を見据えていた創志に声を掛ける。


 あまりにも脈絡のない発言に、飛ばしていた意識を戻してリナの方を見る創志。その不思議そうな表情に、リナも自分の思ったことを告げる。


「ソージはきっとそういう種族とかあんまり関係ないんだよ。種族が吸血鬼でも、突然変異ってことはもう”ソージ”っていう種族だと思った方が早いと思う」

「リナお前随分と好き放題言いやがるな……」


 さりげなく何やら人外発言をされて、ちょっと傷ついた創志。リナは慰めのつもりで言葉を発したのだが、それにしてはフォローが下手である。創志も大体のニュアンスは伝わったが、なんとなく規格外扱いはショックだった。

 勿論、そもそも吸血鬼は人外だとかそういうツッコミはスルーである。


「いや、最悪自分の知らない生態とか出てきたら困るからある程度知っておきたいだけだよ。吸血鬼って俺は知らないけど、色々生態がありそうじゃん? 魅了とか再生力とか。そこらへんをちゃんと知っておかないと色々と後から面倒なことになりかねない気がしてなあ……あれ? 何かすごい勢いで引いてる?」

「そうなの?……あ、確かに、水雲の糸がものすごく速く伸びてる。でもいいの?」

「何が?」


 グイグイと引っ張るようにして釣竿を上げている創志に対し、リナが首をかしげて創志を見る。


「後十秒くらいで伸び切っちゃうよ?」

「は? ってうわっ!?」


 リナが発言した次の瞬間、創志とリナはものすごい勢いで先ほどまでいた岩から上空へと飛んでいた。


 創志は直前に引っかかった獲物を釣り上げるために全力で釣竿を掴んでいたことが、リナはそんな創志の左腕を決して離れない様にとぴったりくっついていたことが災いし、二人はすごい勢いで何か釣竿に引っかかったものに”釣り上げられた”のだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「わああああああああああああい!?」


 創志は驚きに、リナは喜びに声を上げて、見事なまでに空中を舞う二人。既に空中で釣竿は離してしまい、二人そろって団子のように多少絡まりながら空を一直線に突っ切っていく。ぐるぐると視界が回る中、取り敢えず創志は体を安定させようともがく。


 リナの方は半精霊なので風の精霊術式で飛ぼうと思えば簡単に飛べるのだが、創志の方はそうはいかない。なにせ、羽根もないし飛行術式も習得していない。


 そして現在の状態では創志は一応周りの状況を把握できているのだが、リナは高速で回る視界にキャーキャー嬉しそうに叫ぶだけで対応できていない。


 つまり、このままだと海面に落ちる。

 

「冗談きついぞぉぉぉぉぉお!?」


 取り敢えずリナが周囲の状況が分かるように体勢の安定を図ろうとしたとき、前方から巨大な鞭上の何かが振りかぶられてきていることを知覚する。飛んでいる蠅でも落とすかのような気楽さで、しかしとんでもない体積と質量でこちらを潰しに来た攻撃を確認し、抜刀。一撃を魔力を刀身で引き摺って放ち、可能性が増えたが故に長大に刀身を伸ばした刃で前方の肉の塊を両断する。


 その結果、切り落とした方は後ろの方に随分と飛んでいき、胴体に残った方はさきほどよりも随分と早く海面に落ちる。振り回す長さが急に短くなったせいで早くなったのだろうが、そのせいで海面にできた大波が落ちかけの二人を巻き込む。


「むぐう!」


 直前に何とかリナが水を吸い込まない様に口を抑え、自分も息を止めることができたが、相手のフィールドに引き込まれてしまったことに少々後悔する。どう考えてもあの攻撃を見た後では相手は巨大な凧しか思い浮かばない。そして何とも情けないことに創志は相手の土俵にむざむざと載せられたというわけだ。


 目を見開いて前方を確認する。恐らくは先ほどからの攻撃の方向を考えて、前方に敵がいると踏んでのことだったのだが、目の前の光景は彼の予想を大幅に上回っていた。


(……怪獣大戦争?)


 魔物がいたのは、前方で間違いない。およそ百メートルもなさそうなところで、随分気味悪い体躯が動き回っている。


 予想外なのはその周辺だ。


 白い鱗の竜が海中でも白く輝いている炎のようなブレスを放ち、タコの魔物の足を根っこから焼いて消滅させる。

 その竜を抑えようとタコが他の足を向けるのだが、襲ってくる足はほぼ一斉にいくつか銀光が奔っては、すっぱりと途中から両断される。遠くからでも確認できるほどの長大な槍を掲げた少女がいるので、恐らくは彼女の仕業だろう。


 その少女の周りは何故か海中なのに空気が集まっているように見えるのだが、どうやらそれはもう一人の白っぽい少女のお蔭らしい。何やら複雑な術式を即座に編み上げて、丁度槍を持つ少女が上手く攻撃しやすい位置へと導いている。


 それに相対するタコは、斬られた足などもろともせず、切れた端から太くて斬りにくそうな弾力ある足を何十本と生成していく。切れた端から再生している様子を見る限りでは、恐らくはでぶでぶと太った本体でそこいらから栄養をかき集めていると見える。その勢いのせいで、竜と少女たちは飽和攻撃についていけていないようだ。


 つまり、端的にこの状況で言えば、あのタコは美味しそうである。


(……斬るか)


 何をまかり間違ってとち狂ったか知らないが、創志の中では強い=美味しいの等式が成り立っている。すなわち、少女二人組と竜の方が見目麗しいとかそういう男っぽい理由では無く、単純に食い意地の張った理由で創志は参戦を決意する。


 幸いにも、リナは水中でも問題なく活動できるようなので、ジェスチャーして腕を離してもらい、創志も自分の刀を構える。食材の鮮度の為にも狙うは一点。脳を一撃せねばなるまい。


(……ということはさっきっから活発に魔力が活性化しているところだな。あの足を再生させるために何度も何度も術式を発動しているお蔭で術式を司る脳の部分が見える。大体あの位置に一撃入れれば問題はなさそうだ)


 海のごとすっぱりと斬るのもいいのだが、流石にそれをするのは少々効率的では無い。タコを斬るだけなのだから、海までは斬る必要も無いと、創志は刀を後ろに引いて構える。


 腰を限界までギリギリと捻じり、両足は水中で体勢を安定させるために開き、刀の切っ先の延長上でしっかりとタコの頭辺りを狙う。

 

 タコも不穏な空気を感じたのか、こちらにいくつも足を向けて伸ばしてくる。さっき足を両断したことで、恐らくはこっちに敵がいると気づいたのだろう。無数にある足をいくつもこちらに向けてきた。


 すべてを一斉には斬りにくい位置に置いていることは感心するが、残念ながら意味がない。創志はその足の一切を無視し、刀を一気に前方へと突き出した。


 さきほどと同じく魔法による剣撃ではない、魔力を刀身で引きずった剣技・・。可能性を引き出すことで鋭く、長大に伸び続けていく刃は向かってくる足の間をすり抜け、一直線でタコの脳を射抜いた。


 そして刺さった状態のまま、刀が伸縮する勢いで下の胴体まで切り裂いておく。途中にあった足も根こそぎ斬り落とし、大体二十メートルくらいの傷を体につけた。


 タコはその瞬間、全身をビクッと震わせて、筋肉が弛緩したお蔭かにふよふよと体が海面へと浮き始める。


 創志は遠くで何やらポカンとしている竜と少女二人には一切構わず、取り敢えず空気を吸うためにリナに海面へと押し上げてもらうのだった。

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