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とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
15/22

剣士と不吉1

 刀を突きつけた相手は、特にそのことに警戒する様子もなく、動きを止めた後、ゆっくりと立ち上がった。


「……違う、といったら?」

「どうでもいい。俺がお前を敵として認識しているということが重要なんだ。敵のいうことなんざ聴くかよ。第一、そこいらに倒れているこいつらを見ればお前が敵だってことは確信してるね」

「ほう? ただ助けようとした第三者とは思わないのか?」

「手前の……その魂の持ってる魔力じゃない、何故かこいつらのモノと同一の精霊力を見なかったらそう思ったかもな」


 口だけをにやける様に釣り上げて、目は一切笑わせずにシェヴァストロを直視する創志。

 それをシェヴァストロはまるで敵意を向けられること自体が楽しいことであるといわんばかりの暗い愉悦を浮かべた笑みで見返した。


 互いに交じる視線。


 動いたのは同時だった。


 創志が向けていた刀を突き出し、それがシェヴァストロの皮膚を切り裂いて体内の臓器に達する。

 それと同時にシェヴァストロは右腕に魔術の黒炎を宿し、斬られている自分の体の一切合財を気にせずにその腕で創志の頭を握りつぶそうと、逆に刀に刺さりに行くように創志に思いっ切り近づいた。


 本来ならば、生き物としてあり得ない、痛みに向かって前進していくという予測不能の行動に、しかし創志は焦らない。

 声も上げず、轟音も立てず、ただ空気を裂く音だけが響く立ち上がり。そこに交じった肉を裂く、湿っぽい音が耳に入るや否や、創志もシェヴァストロに対し肉薄。刀を使える間合いよりも短い、超至近距離に向かっていく。


 互いが近づく勢いを利用して創志は三度刀を振るい、相手の胴体に刺さったままの刀をそのまま動かして四角の形に切断していく。

 それをする間に相手の右腕は創志の頭部にたどり着くのだが、創志が突っ込んできたことにより力点が微妙にズレ、そこを創志の右腕で二の腕あたりを掴まれてすり抜ける様に躱される。


 だが、それだけではシェヴァストロも終わらない。自分の体で刀を封じ、攻撃によって腕の動きも封じたことで、創志は既にシェヴァストロの左手を躱すことは出来なくなっている。


 ほんの一瞬。まさに瞬き一つの時間でシェヴァストロは左手に黒雷の術式を発動し、黒く迸る雷を纏った貫手を創志の胴体に放つ。

 

 ずぶり、と貫手が体内に入った瞬間に、黒雷が当たりの空気を震わせるほどの激しい音とともに創志の体内を焼き焦がしていく。


 ニタリ、とシェヴァストロが創志に攻撃を当てたことで笑った瞬間、彼は自分の足元から迫る極大の光の塊に吹き飛ばされ、朽ちた木々の残る遠い森の上空を舞っていた。


★★★★★


「焼かれたのは右脇腹から神経と胃に近い臓器をいくつか……いや、これは骨まで焼けてるな」


 がくりと膝をついて自分の貫かれた右のわき腹に手をやり、損傷の具合を確かめるように上の方から撫で擦る。少し空気が触れただけでジクジクと痛み、触れば激痛が脳天を貫くほどの惨状だが、貫手に貫かれる寸前に位置を微妙にずらしたため、今すぐに命に係わるほどの致命傷では無いと判断する。


 ただ、ずらしたといっても相手の手がすでに何かの術式で雷を纏っていたので、周辺にあった臓器を全部痛めつけられた。特に肋骨などレアなんて感じでは無く、完全にヴェルダンである。体内に入ってきた瞬間に、敵の魔力を引き摺る形で強引に術式を散らさなかったらそもそも消し炭も残らずに焼け散っていただろう出力を、一瞬以下で編み上げた敵の実力は創志の思った以上に高いといわざるを得ない。


 が、この一瞬の戦闘に関しては七対三で創志の勝ちだ。焼かれる直前に創志は右足を振り上げる形で、足刀”樫木折かしきおり”の鈍くも重さのある鉈のような斬撃で敵を随分と遠くまで吹っ飛ばしておいた。

 巴投げに似たような形で蹴りと同時に投げを打ったので敵も二百メートルは先に飛んでいるだろう。あれ・・を避けないでまともに喰らったのだから、まともな生き物であれば少なくとも治療に三か月はかかる。


 まあ、そもそもまともな生き物であれば耐え切れずに肉片をまき散らして爆散するので、まだ相手も重傷を負っているわけでは無いと創志も確信しているが。もともと敵を二人のいない場所に飛ばすことが目的の一つだったので、敵を斬ることに変更は無い。それよりも問題はこちらの方だ。


「おい、ロド。大丈夫か?」


 返事は無い。それもそのはず、ロドはまるで砂漠を二十年くらい彷徨って、どうしてもオアシスを見つけられなかった不幸な旅人くらい干からびたように倒れているのだから意識もほとんどないのだろう。というかそもそも、創志も魔力の感知が出来なければとっくの昔にロドが死んでいると判断してもおかしくは無かった。


 勿論創志はそんな簡単にロドに死んでもらうのも嫌だったので、取り敢えず左手・・に持っていた敵の肝臓か何かを口の中に突っ込んだ。さきほど、敵を投げる直前に刀から手を離して、先んじて斬っておいた臓器みたいなのを取り出しておいたのだ。


 丁度そこがロド達のような精霊たちの力の元である精霊力を溜めこんでいたので、相手の魔力ごと臓器を切り離して返してもらった。今頃は回復の術式でも編んでいるだろう。


「お、生き返ったか?」

「……もうちょっと、方法を考えてほしかった……」


 いきなり口に肉の塊を突っ込むといった方法はともかく、力の元を返されたような格好になったロドは、乾いた砂が水を吸収するように急速に力を吸い出していく。元が自分の力だったからか、ほとんど抵抗なくロドも力を取り戻し、生死が危険な水準からは戻ってきて意識も多少ははっきりしてきたようだが、それでもまだ動けるような状態では無い。


「いや、この状況で方法を選んでられるほど余裕はないぞ。お前は餓死の半歩手前、リナは過負荷で昏睡状態。ついでになんかとんでもない魔力の塊ときたもんだ。骨が見えるくらいに斬っといたけど、多分あれまだ死んでないぞ?」

「……でしょうね。あれでも確か世界の頂点に君臨する実力者の一人なので」

「まじか。面倒なことこの上ないな。が、やることは一つだな」


 取り敢えずロドが死の淵から蘇ったので、創志も立ち上がって相手を投げるときに抜け落ちた刀を拾っておく。左手で敵の血肉を引き摺りだすのと同時にそこいらに突き立ったその一刀を、今度はしっかりと掴む。あの雷の影響による筋肉のひきつけなどは無いらしい。 


「ちょっくら斬ってくる。ロドはそこで半分死にかけてるリナ頼む。俺は魔力がないから術式干渉は出来ても、他人の体内の魔力の調整までは出来ないんだ」

「……私も死にかけてますが、まあ、このくらいの暴走でしたら容易く治せます。行くんですか?」

「ああ。このままで終わると思えるほど相手が弱くなかったしな。多分だけど、早くいかないとあっちから来るな。それに」


 創志は先ほどの戦闘による傷を感じさせない殺気を全身から噴き出した。


「――――数年、一緒に馬鹿騒ぎした仲間を傷つけられて、手を出さないほどに俺は心が広くないからな」


 次の瞬間にはもう創志はロドの視界から消えていた。


「……ソージ。君の実力は知っている」


 信じられないほどの剣の技量。内臓を焼かれてもまだ動けるだけの高い身体性能。常時襲い掛かる痛みをねじ伏せる意志力と、敵の思惑を簡単に覆せるほどの経験。何より迸るだけで当たりの空気を震わせられる殺気が彼の実力を裏付けている。


 だが、ロドは知っている。島の植物を枯れ果てさせ、ロドをあっさりと下し、リナを連れ去ろうとし、創志と敵対している男こそ、精霊王と竜王を相手取っても一歩も引かなかった実力者であると。


「無事で戻って来い……」


 どっちが勝つとも判断できない。超技量の二人が激突しようとしている中、ロドは友の勝利を祈るしかできなかった。


★★★★★


 見渡す限り、というか目に入ってくる全部の物が、朽ちた枯れ木か、ボロボロと崩れやすい土、そしてひび割れた岩しかないというのは何ともまた不気味なもんだと創志は思った。


 取り敢えず手あたり次第適当に生命力を吸い上げました、とでも言えばこんな風になるのだろう。目に入る枯れ木はちょっと力を入れればポッキリ折れそうなほどに細くなっているし、土は足を踏み出そうとしただけでぬかるんだ地面のようにグンニャリと形を変える。力一杯に踏み込むことも出来ない。何とも頼りない足裏の感触に、面倒だと思いながらも少々ばかりの失望を感じていた。


 今創志が走っているところは、確か森が生い茂ってりんごだかなんだかわからない美味しい果実が生えていたところだ。リナやロドと一緒にまだ熟していない実を食べて大騒ぎした記憶も残っている。


 もう少し行けば、創志が精霊に初めて連れ去られた時に感動していた湖に達すると思ったのだが、そこでもやはり残っているのはわずかな土塊と無骨な岩の塊が転がるのみ。


 どこまで言っても同じ光景。前のように、新鮮な空気も気持ちのよい水気も残っていない。

 住んでいた場所もなくなり、辺りには不気味な肌寒い荒野の光景しか残っていない。


 そこを全て薙いで進む。


 徐々に、しかし確実に、刀を振るう速度をあげて、道を開いては前進していく。踏みしめた地面が持たない? 持たなくなる前に先へ跳べばいい。邪魔なものが多い? 斬って進めばいい。


 思い出も、安息も、枯れ果てた地には一片も残っていないことなど創志は既に知っている。

 だから彼は斬り刻んで進むことができる。光の剣撃で枯れ木をへし折り、その斬られた幹を足場に次へと進む。


 胸の痛みなど、知るものか、今は痛みを抱えて泣くべき時でもない。


 敵の魔力がある場所は、残り五十メートルは先だ。ここまでくれば、彼の使う七種類の剣撃の内、どんな剣撃でも当たる。


「―――”対勇者アンチブレイヴ”」


 創志はそう判断して、さらに燃え上がった怒りを斬撃に込めて、ゆらゆらと炎のように赤く揺らぐ斬撃を、真正面に向けて振り下ろした。 


 前方が、赤に染まる。


 空から赤い絵の具が落ちてくるように。刀を振り下ろした軌道上で空を二分するような紅の巨大な斬撃が天からこの先にいるであろう敵をめがけて落ちていく。創志の使う中で怒りを反映し、最も重さのある斬撃である”紅炎こうえん”は地面に当たったところから地響きを立てて地上を揺らす。


「そして上ときたら下だ」


 空から血のように赤い斬撃が落ちたのと同時に、創志の手が本人すらも視認を許さないとんでもない速度で右から左に振りぬかれた。少しだけ下方向に向けられた横薙ぎの一撃は橙色の光を纏い、どこまでも長く伸びた剣撃の先で地面の表面を薄く削るようにスライスした。狙いは敵の足元。頭上から来る攻撃はこの”橙光とうみつ”で足場を崩されて躱せない。


「そしてこれが保険だな」


 そう呟いた後、創志が今度は紫の光に包まれた刀身を振るって、剣撃を放った。その剣撃はまるで雷を思わせるような圧倒的な速度で赤の境界線を左から袈裟懸けに強襲し、先にあった重い斬撃とかみ合って火山が爆発したかのような土煙を噴出させた。


 剣撃”紫電しでん”を形成する光が紅炎の赤と混ざり、赤っぽい紫が空中に消えていくのと同時に剣撃同士がぶつかり合った爆心地を中心にして辺りに爆風が吹き荒れた。


 思いっ切り向かってくる爆風によって枯れた木とぼろのような土は吹き飛び、転がっていた岩は何処かへ転がって飛んでいく。


 一切合財をすり抜けて、風が吹き抜ける様にとんでくる障害物を体をずらして避けていく。左に構えた青色光を纏いはじめる刀の柄を両手に構え、なんの感覚でも捉えきれないほどに混在した状況へと真正面から突っ込んでいく。


 およそ三秒とかけずして爆心地の中心に新たにできた巨大クレーターの端に到着し、大薙ぎに横一文字で刀を右へと振りぬいた。


 結果、青く光る剣撃が形成され、とんでくる岩をもろともせず、あらゆる全てを砕きながら煙の中を斬り進んでいく。振りぬかれていく剣撃が創志の正面、爆心地の中心を通る段に差し掛かって、唐突に青の斬撃は何か堅いものとぶつかったような硬質な音を立てて止まった。


 確認する必要も無い。この斬撃の中で最高硬度を誇る”青天せいてん”を止められたということは、敵が生きていたということだ。


 超硬度の物体同士の激突により煙が一気に晴れていく中で、両手で漆黒の剣を握り、側方の青の暴虐を防ぎ切った赤い瞳をした男は口を開いた。

 

「お前はすぐに壊れるなよ?」

「壊れるのは俺じゃねえよ。お前だ」


 二回戦開始。


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