表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
11/22

閑話 剣士が剣を取った理由

「ふ―――っはっはっはっはっは!!!」

「おおわぁ!」


 年の頃は四十半ばとも見える壮年の男の右腕にあった一振りの豪奢な宝剣が振り下ろされ、その延長線上にいた創志は全力で左に跳んで避けた。


 男の持っていた西洋風の大剣は、どう見ても創志の場所まで届かなかった。にもかかわらず、地面に深い亀裂が奔って、城壁の辺りまで中から地層が見える広い溝ができたことを創志が目の端で確認した瞬間、背筋に寒いものが流れた。言わずもがな、冷や汗である。


 ゴロゴロと転がった後に、その勢いのまま立ち上がり、ほぼ反射的に右手に持った刀を振るう。壮年の男の特に力を込めているようにも見えないただの剣の振りで、ここまでトンでもない破壊威力を発揮したのだ。少なくとも連続で攻撃させては拙いと考え、ならばせめて行動の範囲を狭めるためにも刀の形を模した剣撃を前方に放つことにした。


 しかし壮年の男は、その筋骨隆々の体躯からは想像もできないほどに速く大剣を動かし、それを創志の剣撃とぶつかるようにして右に薙いだ剣撃を発生させる。同じほどの大きさで、創志の方が早い剣撃を発生させていたというのに、壮年の男が放った剣撃は見事に少年の剣撃を”切り裂いて”進んできた。


 切り裂かれた創志の剣撃は光の粒子を残してすぐに霧散し、迫ってくる脅威に本能的な警戒を覚えた少年は全力で身を伏せた。


 その警戒は、創志の剣撃回避という形で報われることになる。

 ただ代わりに、七十メートルは先にあった城壁がごっそりと削れた。


「馬鹿かこのおっさんが―――――!」

「ざけんなこの餓鬼ィ! 俺はまだ七十だ!」

「ふざけんなこのジジイ――――!」


 あまりの威力と射程に半ば恐怖に感情を飲み込まれながらも思いっ切り壮年の男に叫ぶ創志。しかしその眼には怯えの色は無く、どちらかといえば狂乱していた。


 創志の脳裏には日頃から親しくしている城壁係の兵士達と大工達の顔が浮かぶ。もし後にこの訓練のせいで城壁が壊れたとなれば、絶対に自分は酷くののしられ、その後の酒屋で百パーセント奢らされる。訓練を望んだのは目の前の英雄とか呼ばれるジジイだというのに。


 怒りとともに右手に持っている刀を右下から左の斜め上方に振り上げ、そこから三連撃の剣撃を放つ。更についでのようにもう一撃を放とうとして、刀が端の方からまるで乾いた粘土のようにぼろぼろに崩れ落ちて使い物にならなくなったことを確認し、柄と少し残った刀身ばかりになった刀を投げ、地面を蹴って一気に距離を詰める。


 それぞれ外ぞりの刀を模した剣撃、直剣を模した剣撃、カマのように内ぞりかけた剣撃を放ち、その光の陰から壮年の男に向かう。瞬間、背筋に今度こそゾクリとした悪寒が奔り、足が勝手にその場に停止しようとした。ただし理性は勢いを殺せないと悟って前方に全力で跳躍することを選択し、結果としてそれはジンベイサメみたいに特大の剣撃を飛び越えるという幸運を引き寄せた。


 三つの剣撃が上手く一点で重なっているところを真っ二つにされたのだろう。光の粒子を残して儚く消えていく剣撃を空中に浮かびながら見て、壮年のおっさんを飛び越えたところに着地する。


 その間、刀を持たなかった自分には剣撃を一つも放てなかったのだが、代わりといわんばかりに鞘を棍棒に見立てて”棍撃”を連続で八回ほど狙っておいた。ただ全て、魔力すらまとわない通常の剣で斬られて霧散したが。


「くっそ、手加減してやがるな! 真面目にやれや!」


 そんな感じに全力で向かっているのに、壮年の男はふざけたことをぬかしてくる。

 何をもって手加減しているというのか。自分の武器が魔力崩壊を起こすほどに全力で攻撃し、それを完全に防いだ人間がいうことではない。

 カチンときたので、訓練をそこらへんで避難して見ていた兵士から投げられた次の刀を抜き放ち、切っ先を向けて、全力の叫び声とともに、剣の打ち合いを再開した。


「こんのお老害! 手前のせいで俺の貯金がパーになりそうなんだよ! 殺す気でやっとるわ!」

「あんだと小僧! 年長者を敬えとは習わんかったのか!」

「知るか! 若作り! 手加減してたらこっちの首が胴体と泣き別れするんだよ!」

「はっ!ひよっこの青二才が! ひょろひょろしてるからだ!」

「いつまでたっても引き際を考えない脳筋が言うな!」

「もやしが!」

「阿呆が!」


 剣撃の最中、相手をひたすらに罵倒し始める両者。だんだんとそのバリエーションは減っていき、最後には小学生のような暴言しか出てこなくなるが、互いの剣技は一流。

 

 創志の放つ剣撃は切断力に勝る刀型でさえ、壮年の男の切れ味の鈍いはずの大剣型の剣撃に切り裂かれるため、まともに打ち合えば創志の方が分が悪い。


 ただ、創志もそれを知っているので、速度と数で連撃の受け流しを行い、今なお英雄と呼ばれている壮年の男の剣撃を捌き、弾き、受け流し、あまつさえ反撃にまで手を伸ばしている。


 一切合財を叩き切り、ねじ伏せようとする王道の剣。

 技巧を凝らし、速さで一撃の威力を稼いで、敵を切り裂くことだけを考えた神速の剣


 行われている超絶戦闘とは対照的な、何とも品の無い低レベルの罵倒。


 見ていた兵士たちは、せめてもう少し静かに戦えば歴史に残る名勝負だったと後に語るのであった。


★★★★★


「はあ、はあ、はあ」

「おう、まあまあてめえも腕を上げてんな」

「こんの、くそじじい……」


 創志は全身から汗をふきだして仰向けになって大の字に倒れている。ぜーはーと息も荒く、黒で統一した革製の服もぴったりと吸い付くように体に張り付いている。

 特にここ最近は切ることが無かった黒髪・・は地面に広がっている。 


 そんな風に創志が疲労困憊で倒れているというのに、頭に時折白いものが混じる筋骨隆々の英雄のおっさん―――ラグル――はまるで堪えた様子を見せない。というか、いい運動をしたとでも言わんばかりに平気な顔して大剣を肩にのせている。


「……あんた本当に人間か?」

「何を失礼なことを。俺が人間以外の何に見えるっていうんだ」

「化けもん」

「黙れ」


 ガスッっという音とともに、創志の頭が蹴られた。ミスリル鋼を仕込んであるブーツによる蹴りは、創志の意識をお花畑のあと一歩手前まで連れて行ったが、そこを見事根性で戻ってきた。


 若干、向こう側に一緒に召喚されたリア充な仲間の影も見えた気がするが、気のせいだろう。


「しっかしまあ、お前本当にここに召喚されるまで何の武術も齧ってなかったのか? 確かに体力はお粗末なもんだが、太刀筋はそれなりにいいし、勘働きも野生動物並だ。相手が嫌がるところに一番嫌な攻撃を的確にしてくるセンスはまさに脱帽」

「褒められてないよな後半……」


 楽しそうに語るラグルに、疲れたように返す創志。別に褒められたいわけでもないのだが、このまるでお前は外道だとでも言わんばかりの表現方法は少々遠慮したい。


 そもそもいくら創志が一流とは言え、ラグルはそれを遥かに超えた超一流であり、手加減されまくった結果、体力尽きて終わるという何とも情けない今の状態では創志はあまり褒められた気もしない。


 十時間ぶっ続けで全力で刀を振り続ける体力がある時点で異常ではあるが。


「ただまあ、疑問があるとすれば、どうしてお前が戦ってんのかってことだな。自分でも分かってるだろう? お前は特別に戦いの才能があるわけじゃないって」

「おい……なんて嫌なとこをついてきやがる……」


 確かに眼の前の英雄という化け物が言う通り、創志の才能は特筆するほど高いわけでは無い。

 評価するのなら、全体の実力で言えば上の中。百人か千人に一人くらいの才能はあるが、決して並居る天才をなぎ倒して、英雄や、はたまた勇者から頂点を奪い取れるほどの実力では無い。

 

 非凡な発想とそこから生まれた剣技で戦いを上手く運べるだけの技量もあるが、そもそもが平和な世界から来た創志である。基本の性能、能力や経験に精神性といった者は、上位の実力者と比べればやはり一歩か二歩は見劣りする。


「まあ、戦うって決めたんだったら才能なんてものは道具の一つに過ぎないってわけだが、別に戦わなくても文化面とか作戦面で支えたりすればいいじゃねえかとは思ったりするんだよな。お前の戦い方はどう見てもそういう裏側の方に向いている」

「…………」


 戦場を渡り歩き、一軍とさえ張り合った伝説を持つ英雄の指摘は、的確に創志の心に突き刺さり、返事もできないくらい追い詰めていく。


「悪いっちゃあ言わねえが、流石に希代の軍師の才能を捨ててまで一兵卒になるのはちょっとばかり違和感があったんだよな」

「あ~」


 最後までラグルの話を聞いた創志は、面倒なことになったといわんばかりに頭を掻いて声を上げる。しかし不思議とそこに悲観の色は見られない。


 それよりはむしろ、納得というかそれに近い色を


「半ばそこらへんのことは確信してたんだけどな……デラスフィアに来る前、俺は名前もない星の海の辺境にある一つの星の、表面にある大陸部分のそのまた辺境の小さな島の、更に辺境に住んでたんだよな。周りを見れば人間よりも立ってる木の方が多いようなところに。で、だ。そんなところに住んでいた俺は当然のことながら人と話すことなんざざらにねえ。絵本、小説、図鑑、なんでも読んだよ。まあ、その中でも一番気に入ったのは、「巨悪に立ち向かう弱者」って感じの話でな。侵略してくる敵を一人の男が撃退するために剣を取る話だった」

「ほう」


 唐突に始まった創志の話に、ラグルは興味を持ったのか片眉を上げる。それを知ってか知らずか、少々その物語について詳しく語る創志。 


「まあ、幼心にも憧れるよな。会うたび会うたび強敵を薙ぎ払い、ギリギリのところで仲間を助け続ける、そして最後はどんな事件もハッピーエンドに持っていく。……こんな風になりたいと思わなかったら少々屈折した子供だろうなってくらいには美化された主人公だった」

「おいおい。いいのか? そんな風に言って」

「もう今は屈折してる子供だからな」


 掛け声とともに体を起こして、創志は今の今まで手に持っていた刀を鞘に納める。納刀した刀を抱くように片足を抱き、片腕で体重を支えた。


「で、まあ、しばらくの間は屈折してなかった俺は、その主人公みたいになりたいと思ったわけなんだよな。物語の中で”勇者”と呼ばれるような奴に。

 そうするとまず大事なのは、勇者になるにはどうすればいいかだ。それは人間性もだが、力も重要だろ? その物語ではいろんなピンチに主人公の勇者が覚醒したり仲間に助けられたりしてるんだが、それでもやっぱり恐ろしくつええわけだ。っつーわけで勇者の強さの理由を探って、探して、研究して…………勇者が嫌いになった」

「おお? 唐突だな」


 まあ、そうだよな。と相槌を打って創志は話を続ける。


「勇者が戦う理由って何だと思う?」

「ああ? そりゃ、この世界のことか? それともお前のいう物語みたいな世界でのことを聞いてんのか?」

「まあ、物語の方で」

「そうだな……想像でしかないが、その巨大な悪とやらから弱者を守るとかそういうところじゃないか? 金目的なら傭兵だし。名声目的なら貴族だしな」

「間違ってはいないな……というか正解ドンピシャだ。そうだよ。勇者が立ち上がったのは、世界の人々の為とかそういう理由だったんだ。初めは俺もその理由には疑問も何も持たなかった……でも、少しばかり勇者のことを読み続けていけば、すぐに疑問が浮かび上がった」

「なんだ?」

「勇者は……何で戦えるんだ?」

「何?」

「勇者が戦うと決めた最初のきっかけっていうのは、世界を救える聖剣に選ばれたからだった。別にそこに疑問は持たなかったけど、まあそういうもんだと理解した。でもその後から、だんだんと色々な功績を上げていくにつれ、いろんな奴らが希望とか嫉妬とかを向けていったんだよ。暗殺に狙われることもあったし、勝手に結婚されそうになったこともあったし、挙句の果てには、家族を悪に殺されてから、勇者が遅かったせいで助からなかったとか逆恨みも出てきたんだよな。そして勇者はそのすべてを最終的には赦してた」

「……」


 それは、少しばかり今のデラスフィアにいる勇者とかぶって聞こえる場面があった。ラグルは何も言わない。


「普通、生き物としてありえないんだ。自分に明確な殺意を向けられて、それが見知らぬ誰かだっていうのにただ自分が守るべきだって思って許せる存在なんて……。破綻してる」

「それはただ、勇者が異常な狂人でお人よしだったというだけのことだろう? 確かに嫌う理由にはなりそうだが、それだけでお前は勇者を諦めたのか?」

「いや、根本的に諦めたのは、勇者が狂ってるからじゃなかった。周りが狂ってたからだ」

「どういうことだ」


 ふと、ラグルは気づく。創志が先ほどから見ているのは東の尖塔。あそこは確か、女神の創った勇者召喚陣が存在していたはずだ。


「そうだなあ。その物語の中も何だけど、その勇者のいた社会というか共同体ではまず暴力を振るうことは悪だったんだ。基本的に話し合いで、絶対に人を傷つけるのはNG。そして理由が無ければ他の動物を徒に傷つけることも良しとはされない世界。それはとても純粋で、別に間違ってないと思うんだ。たださ、そんな場所で成長した勇者に周りの人間は悪を殺せっていう想いを押し付けていくんだよな。どんな奴でも。特に、民衆とか力のない弱者が一番ひどかった。作品の中でいつも勇者の勝利を祈ってたけど、それって実際は、勇者が上手く敵を殺せますようにってことだよな。余程の理由がない限り戦ってはいけないっていう主人公の人格とは完全に外れてるだろ? だって完全に全く知らない人間だぞ? それが目の前で死にそうでした。自分も死ぬかもしれません。でも戦います、なんて早々決意できない。そもそも、それは理由として成り立ってない」


 創志の言っていることは、ラグルにもなんとなく伝わった。要は、必要性にのみ迫られて殺傷をしていた人間が、他人からの有形無形の希望という形で虐殺へと向けられることが果たして正しいのかということだ。


 全く見も知らない、話したことさえない人々が、「助けてくれ」と縋ってくるのを本当に助けなくてはいけない理由はどこにあるのかということだ。ただ何かに選ばれた・・・・というだけで、戦い続ける必要があるのかということだ。


 つまり創志は―――――


「ふざけるなよ」


 疲れで投げ出していたはずの体には力が漲り、張りつめたような怒りと筋肉の緊張が漏れて辺りに不安定に揺れる魔力の光をまき散らし始めた。


 揺れる魔力に引きずられて、風が渦を巻いて辺りの草を集め始める。


「お前が強いから? 私たちは弱いから? 助けてくれと言ったら助けてくれるから? 選ばれたから? どれもこれもが戦いを強制していい理由じゃないよなあ。強いから? 弱者故に強者に持つ傲慢なんか知るか。弱いから? 弱いんだったら自分で強くなれよ。助けてくれ? 自分がそれを言われたら助けようともしないのにそれを言うのか? 選ばれたから? ならその選んだ存在すらもねじ伏せるだけの知恵でも知識でも使えばいいだろ。勝手に祭り上げたいんだったら人形でも作って神輿の上に転がしとけよ」


 そこまで言って、ようやく自分が興奮していることに気付いたのか、まき散らしていた魔力を抑えた。


 既に訓練場の堅いの土にいくつかの傷跡を残していた暴風は、少しずつ音を立てて収まっていく。


「別にこの世界の人間を恨んじゃいない。その物語みたいに、無責任に押し付けるだけじゃないってのはあんたみたいなやつを見ればわかるからな。でもな、俺たちはそもそも暴力を許されなかった世界から来たんだよ。程度はどうあれ、ここみたいに常に脅威と殺生が身近にあるような生活じゃなかった。なのにいきなり、殺してくれって頼まれる世界に来たんだ。あいつが壊れない保証なんてどこにもない」


 代わりに今度は声に一つの芯が入っているかのような強い声が辺りに響く。


「ここに来た当初から確信していた。多分、元の世界みたいに、無条件の友愛とかを根本的に信じられる奴は、一緒に召喚されたやつら以外にはほとんどいないって。そして十中八九、戦いの溢れた世界において、そんな奴らに会うことは出来ないって。そこまで言ったら話は簡単だ。俺は一人が嫌いだしな。他の奴らが何かの悪意で壊れる前に、誰かの善意と希望で壊される前に、すべての問題を解決することを考えた。だったら力は確実にいるし、勇者の拠り所にならないといけない。何よりも俺が見たくないから」


 辺りの魔力も、可能性の素子も、どれにも反応しないけれど、確かにそこには強い意思があった。

 それだけ告げて創志はラグルに礼を言い、後始末の為に城の方に帰っていく。


 残っていたラグルは、いつかの自分にも覚えのある感情に、口から呟きを漏らさざる得なかった。


「……お前は勇者を、勇者の心を守りたいんだな」


 それは風にまぎれて、夕日の空に消えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ