雷華の夕闇に、鍵は目覚める~始まりの虚蝕~
ちょっと厨二要素が入った異能バトルの学園ものです。
あまり重い話ではないのでラノベ感覚で読めると思います><
1. 夢の果てと真夏の残像
暑い夏の強い日差しが、公園の遊具を白く灼き立てていた。
「俺、大人になったら世界一の手品師になる!!」
元気いっぱいに叫ぶ幼い陽翔の手を、小さな女の子がぎゅっと握り返す。
月城愛——アイちゃん。幼馴染で、陽翔にとっては世界で一番優しく、大切な存在だった。愛は目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを咲かせた。
「ほんと!? 楽しみにしてる! 約束だよ!!」
ふたりは幼い小指を強く絡め合わせ、固く指切りをした。陽翔の指は緊張で少し震えていたけれど、愛の笑顔を見ているだけで胸の奥が熱くなった。
「絶対に、世界一になるから……アイちゃんに見せたいんだ!」
「うん、待ってるね。陽翔ちゃんの手品、ずっと大好きだよ」
——その瞬間。
画面が切り替わるように、鮮やかな夏の光が一瞬で途絶えた。
充満する鉄の臭い。倒れた重い鉄骨。周囲から聞こえる絶叫。
血に濡れた小さな女の子が、冷たい地面の上に倒れていた。
『……とうちゃん……よう、ちゃん……!!』
「——っ!?」
叫び声とともに、陽翔は教室の机に突っ伏した姿勢から飛び起きた。
口元にはよだれが伝い、心臓が肋骨を突き破らんばかりに激しく脈打っている。額には嫌な冷や汗がびっとりと浮かんでいた。
「あ……あ……俺、寝てたのか……」
呆れたようなため息が、すぐ隣の席から聞こえてきた。
「もう! もうすぐ期末テストなのに居眠りなんてひどすぎ! そんなんじゃ誠峰大学なんて絶対に受からないよ!?」
呆れ顔でこちらを覗き込んでいたのは、秋月茜だった。
茶髪のショートカットがよく似合う、明るくて世話焼きなクラスメイトだ。高校1年生の時から同じクラスで、気づけばいつも一番近い場所にいる存在になっていた。
陽翔は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。
「ああ……わりいわりい。つい、な……」
茜はぷくっと頬を膨らませたが、すぐに自分のノートを陽翔の方へ寄せて方程式を指差し始めた。
「ほら、この問題はこの公式を当てはめて……ここ、ちゃんと理解してる?」
少し怒ったような語気だが、そこには包み込むような優しさがある。陽翔は頷きつつも、上の空で彼女の横顔を見つめていた。
(……茜は、いつもこうやって俺の面倒を見てくれるよな)
ふたりは恋人同士というわけではない。だが、友達以上・恋人未満のような心地よい距離感が、ずっと続いていた。
朝の挨拶に始まり、放課後一緒に帰るのも当たり前。お弁当を分けてもらったり、テスト勉強を教えてもらったり……茜は自然と、陽翔の日常に深く溶け込んでいた。
(……この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに)
ふと、茜が手を止め、陽翔の顔を覗き込んできた。
「……なんか、顔色悪くない? また……例の夢、見たの?」
一瞬だけ——。
茜の瞳の奥に、いつもの明るさとは真逆の、底知れない影のようなものがよぎった気がした。まるで、陽翔の過去に刻まれた絶望のすべてを知っているかのような、静かで、冷ややかな哀しみ。
しかし次の瞬間には、彼女はいつもの太陽のような笑顔に戻っていた。
「まあいいや! とにかく、ちゃんと勉強しなきゃダメなんだからね!」
「……ああ」
陽翔は小さく頷きながら、胸の奥に芽生えた微かな違和感を静かに飲み込んだ。
(……気のせい、だよな……)
2. 異形の襲来と青き雷華
キンコンカンコン……。
『午後5時になりました。生徒の皆さんは速やかに下校してください』
「あっ、もうこんな時間! 帰らなきゃ!」
二人は急いで勉強道具をカバンに押し込み、夕闇の迫る教室を後にした。
しかし、長い廊下を歩いている途中で、陽翔は自分のミスに気づいて足を止めた。
「あ、しまった……数学のノート、机の中に忘れた」
「もう、うっかりなんだから。分かった、私校門で待ってるね」
「わりぃ! すぐ戻る!」
引き返した陽翔は、夕暮れ時の誰もいない教室へと足を踏み入れた。自分の机からノートを引っ張り出し、カバンへ突っ込んで教室を出ようとした——その時。
「……あれ? 桐谷先生……?」
廊下の奥に立っていたのは、担任の桐谷だった。
だが、その首が——まるで折れた人形のように、不自然な角度でガクリと横に傾いている。
「…………は……やく……かえっ……て……べん……きょう……しろ……」
歪んだ声。次の瞬間、先生のシャツが内側から弾け飛び、胸元から禍々しい黒い血管が浮き出た。顔面がドロドロと崩れ落ち、両目が黒塗りの穴へと変わり、口が耳の裏まで不気味に裂けていく。
「異能者……殺す……コロス……っ!!」
鋭く伸びた漆黒の鉤爪が、床のフローリングを激しく抉りながら迫ってくる。
「ひっ……!?」
陽翔は後ずさり、背中が教室の扉に強くぶつかった。だが、扉はびくとも動かない。外の音も遮断されている。
「誰か……助けてくれ……!!」
怪物が陽翔の首元へ跳びかかろうとした、その瞬間——。
バシュゥッ!!
大気が凍りつくような異音とともに、怪物の動きがピタリと停止した。
次の瞬間、窓ガラスが派手に砕け散り、青白い炎の弾丸が一直線に飛来して怪物を爆炎で包み込んだ。
「ぐぎゃああぁぁぁっ!?」
猛炎を突き破り、二つの人影が教室へと躍り出る。
一人は金髪を揺らし、凛とした構えで日本刀を抜く少女。もう一人は、黒髪をなびかせながら後方で印を結ぶ少女。
二人の周囲に光り輝く符が浮かび上がり、青白い雷光が渦を巻く。
「……間に合ったようだな。この程度の雑魚に殺されかけるとは、情けないぞ」
黒髪の少女——清坂翠が冷徹に言い放ち、手を前方に突き出した。
「——『雷華招来』!!」
ドゴォォォン!!
巨大な雷の奔流が教室を駆け巡り、稲妻となって怪物を叩き落とす。その隙を逃さず、金髪の少女——結愛が影のように踏み込み、怪物の核を一閃で斬り裂いた。
「先輩! もう大丈夫です!!」
静かに息を整えた翠が、薄く笑みを浮かべる。
「ふん……当然だ。私は東洋魔術師の末裔だからな」
怪物は黒い粒子となって散らばり、夕闇の中へと消滅していった。
3. SAPT同好会と封印された異能
呆然と立ち尽くす陽翔に向かい、翠が口を開いた。
「私たちはAS(Special Abilities)——いわゆる『異能力者』だ」
「あなたも、そうなんですよね?」と結愛が問いかけてくる。
状況が全く理解できない陽翔に、後ろから小柄でクールな雰囲気の少女——魔那美が顔を出した。
「……ここでは目立つわ。とりあえず部室で説明しましょう」
陽翔は頭の整理がつかないまま、二人に導かれるように校舎の最果てにある部室棟へと向かった。
古ぼけた表札には『娯楽研究会』と書かれている。
表向きは次世代の表現を追求する部活とされているが、具体的な活動内容が謎に包まれていた場所だ。
部屋に入ると、結愛がお茶を淹れて差し出してきた。
「あ、あの……さっきのは一体……ていうか、委員長!?」
目の前に座る清坂翠は、陽翔のクラスの学級委員長であり、文武両道・才色兼備を体現したような人物だ。去年まで生徒会長も兼任していた学校の有名人である。
「先ほどの怪物はAggressor(通称AG)。この世界を侵略し、脅かそうとしている異界の存在だ」
「は……? 何言ってるんだ……? ラノベじゃあるまいし……」
「先輩はまだ自分の力に目覚めていないかもしれませんが、私たちはASとして選ばれた人間なんです。そしてAGは……ASを滅ぼすために作られた存在。私たちの命を狙っています」
陽翔は首を横に振ったが、翠は静かな目で見つめてくる。
「君にもあるのだろう? ずっと隠していた『異能の力』が」
「お、俺……超能力なんて持ってないです!」
叫びかけた陽翔だったが、脳裏にふと「あれ」の記憶がよぎった。それと同時に、胸を刺すような忌まわしいトラウマが蘇る。
「……違います。俺はそんな怪しい力なんて持ってない!」
「私たちは古来より続く魔術師、暗殺者、魔法詠唱者の末裔だ。以前からこの街で仲間を探していた。何か心当たりがあるのではないか?」
陽翔が口ごもっていると、部室の奥から重厚な声が響いた。
「騒がしいな。今日の活動は終了したはずだが……」
現れたのは、部活の顧問である大暮明憲先生だった。普段は無口で存在感の薄い教師だ。
「む……最後のASが見つかったか」
「あの、俺帰ります」と立ち上がろうとする陽翔に、結愛が必死に訴えかける。
「このままじゃAGに殺されちゃいますよ! 私たちも最初は命を狙われたんです!」
大暮先生が眼鏡の奥の目を光らせ、静かに言った。
「君の能力は……おそらく『物体転移』だな」
陽翔の身体が大きく跳ねた。
「あ、あれはただの手品で! 小さい頃に少しやってただけで、今はまったく使ってないです!」
「まだ力に目覚め切っていないようだな。だが私には分かる。……使ってみせてくれ」
逃げ場を失った陽翔は、諦めたように息を吐いた。
「……一回だけですよ。もう7年も使ってないから、できるか分かりませんけど……」
陽翔は静かに目を閉じ、机の上のペットボトルに意識を集中させた。
——7年前の、あの惨劇以来封印してきた感覚。
次の瞬間、ペットボトルが淡い光に包まれ、眼前から掻き消えた。
同時に、空中に光の輪が現れ、そこから小さなぬいぐるみが落下する。そして、さっきまでテーブルにあったペットボトルは、部屋の隅にある遠くの棚の上に「ドスン!」と音を立てて出現していた。
翠が目を見張る。
「なるほど……特定の位置にある物体同士を瞬時に入れ替える能力か。直接的な戦闘型ではないが、使い方次第では我々の強力な戦力になる」
「ここは表向きは娯楽研究会ですが、対AGのアジト……SAPT同好会なんです」
「私たちも最初は戸惑ったけれど、今はもう慣れたわ」と魔那美も頷く。
大暮先生の説明によれば、元々は普通の部活だったが、異界の脅威に対抗するために自然とこの形になったのだという。
翠が真剣な表情で陽翔に向き直った。
「頼みがある。君には優れたASの才能がある。その力を見込んで、SAPT同好会に入ってくれないか?」
「……お断りします」
陽翔は即座に首を振った。
「俺はもう……二度とこの力を使わないって決めたんです」
「でも! 私たちが協力し合わないとAGは殲滅できません! 世界平和のために協力を——」
「宗教勧誘みたいなこと言わないでください! 俺は世界の危機なんて興味ない! 自分の目の前の生活だけで精一杯なんです!」
頑なな陽翔の態度に、魔那美は静かに息を吐いた。
「本人がそこまで拒絶するなら、無理強風はできないわね……」
翠が後ろで何か叫んでいるのを無視し、陽翔は逃げるように部室を飛び出した。
4. 夕暮れの誓いと潜む影
校舎を出て校門へ向かうと、遠くに茜の姿が見えた。
(あ……茜、ずっと待たせちゃったな。怒ってるだろうし、どうやって謝ろう……)
気まずさに足を緩めながら校門へ近づいた陽翔は、ハッと足を止めた。
校門の傍らに立つ茜は、いつもとは違う金色に染まる空を見上げていた。
その顔には——普段の明るい笑顔からは想像もつかない、どこか遠くを見つめるような、深く、冷たい哀しみの色が浮かんでいた。
(茜……? なんで、そんな顔……)
陽翔が声をかけるより早く、茜はハッと気付いたように振り返り、いつもの眩しい笑顔を作ってみせた。
「あ! 陽翔ちゃん! 遅いよ〜っ!」
何事もなかったかのように駆け寄ってくる茜。
だが、陽翔の胸の奥で、先ほど芽生えた不気味な違和感が、より一層大きく、冷たく広がっていくのを消すことはできなかった。




