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途切れた道のその先は  作者: 月の輝く夜に
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終章 道

自宅で目覚めた。いつもの夫婦の寝室だ。


身体が重かったし、頭も重かった。まあ、当然だろう。桐島修二は四十九歳のサラリーマンだ。中堅商社の営業主任課長として、それなりに働いている。昨日は取引先のトラブルで散々な一日だった。大和田たちと帰りに飲んだ。最近、アルコールが抜けにくくなっている。


布団の中で、天井を見た。

台所から音がした。恵子が朝食を作っている音だった。廊下で言い争いの声がした。美鈴と拓海だった。美鈴は今春からIT系の会社に入ったが、何かと便利だということで実家に戻ってきている。拓海はこの春から大学生になったばかりで、まだ生活のリズムが定まっていない。二人が一つ屋根の下にいると、こうなる。


桐島は布団から出た。

洗面台で顔を洗い、鏡を見た。四十九歳の顔だった。

朝食の席に、久しぶりに四人が揃った。美鈴と拓海の言い争いは食卓でも続いていた。恵子が「うるさい」と言った。二人が少し黙った。また始まった。桐島は味噌汁を飲みながら、それを聞いていた。

今日は、草サッカーの試合の日だった。

*  *  *

グラウンドに着くと、瀬川がいた。

「遅い」と瀬川は言った。

「まだ集合時間5分前だ」と桐島は返した。

更衣室でユニフォームに着替えながら、桐島は自分の体を見た。二十代の社会人リーグでやっていたころは、それなりに締まっていた。あの頃は試合と仕事と飲みを繰り返しながらも、体が応えてくれていた。今は違った。加齢と不摂生が、着実に筋肉を削っていた。腹まわりに、かつてなかったものがついていた。

それでも、四十九歳にしては立派なものだろう、と桐島は思っていた。


試合が始まった。

シニアリーグは、激しいフィジカルコンタクトが、暗黙のルールとして抑えられていた。

桐島は中盤でボールを受けた。無理なボール運びはしなかった。簡単に散らした。相手の裏をかくパスを通した。それが通ったとき、やはり楽しかった。うまく相手の動きを止められたときも楽しかった。どんな時でもサッカーはやはり楽しい。


試合の途中、相手のボール運びが急に速くなった。

ドイツの至宝が素早くボールを散らした。アルゼンチンの神の子が、パスコースを一瞬で見つけた。そこに走り込んできたFWは、フランスの怪物だった。


桐島は体を寄せようとしたが、間に合わなかった。怪物が強烈なシュートを撃った




...目が覚めた。

夢だった。

場所は同じ、自宅の夫婦の部屋だった。

違うのは、棚の上に飾ってあるものだった。

ワールドカップ得点王のトロフィーが、朝の光を受けていた。


桐島は布団の中で、自分の体を見た。パジャマの胸元に、二つの膨らみがあった。裾から覗いている足は、白くて小さかった。

台所から音がした。恵子が「朝ごはんよ」と呼んでいた。

廊下で言い争いの声がした。美鈴と拓海だった。

桐島は布団から出た。

*  *  *

ワールドカップが終わり、合宿地で解散式が行われた。

簡単なものだった。テーブルに料理が並び、全員が集合した。成し遂げた笑顔があった。寂しそうな姿があった。その2つが両立していた。


宮内は空港からもう次の所属クラブへ向かうことになっていた。欧州でのシーズンが待っていた。川田も同じだった。他にも、日本に帰らずに、それぞれの生活の場所へ散っていく選手が何人もいた。


選手とスタッフ一人一人が壇上で言葉を述べた。

多くの選手が言っていたのは、日本が今後は追われる立場になる、ということだった。次に目指せるのは連覇だけだ。その重さを自覚し、さらなる成長を目指す、四年後もこのユニフォームを着たいという言葉が、何度も出た。


中には、年齢や家族のことを考えて、後進に道を譲ることを口にした選手もいた。迷いのある顔をした選手もいた。それぞれの現実があった。

誓いを述べた選手の中にも、四年間のどこかでケガをしたりでプロ生活を終える者がいるかもしれない。代表の座を後進に奪われる者がいるかもしれない。それも含めて、それぞれの道だった。


最後に、浜田が短く言った。「みんなありがとう。このチームと戦えたことは、俺のサッカー人生で一番の宝物で、きっとこれからもそうだ」

拍手が起きた。長かった。


解散の前に、ご褒美として桐島にハグを求める選手が何人かいた。桐島は少し間を置いてから、応じた。チームメイトとして戦った仲間だし、まあそれぐらいなら今日だけはよしとすることにした。


空港まで行くバスの中は、静かだった。誰かが窓の外を見ていた。誰かが眠っていた。誰かが小声で話していた。

搭乗口の前で、少しずつ人が減っていった。宮内が先に消えた。川田が振り返らずに歩いていった。欧州組が次々に別の方向へ向かい、跳んで行った。


日本へ帰る選手たちは、成田で熱烈な歓迎を受けた。空港の外に人が集まっていた。カメラがあった。声があった。

それが終わると、また全員がバラバラになった。

桐島は協会が手配した車で、家に帰った。

恵子が玄関で待っていた。泣きながら「お帰りなさい」と言った。

美鈴と拓海も出てきた。

桐島は「ただいま」と言った。

それだけで、しばらく何も言えなかった。


*  *  *

近所の道を、桐島はジョギングすることにした。

朝食の後、少し走りたくなった。まだワールドカップの疲れは取れていないが、軽く走るくらいは調整のため必要だ。


住宅街の道を、ゆっくり走り、河川敷に向かった。


海外クラブとの交渉は、これから始まる。クラブの事情もあり、移籍には自分の意向だけでは決まらない要素が多い。自分自身、色々な制約もある。最終的にまとまるかどうかはわからない。それでも、一番後悔しない道を選びたい。


河川敷の堤防にたどり着いた。


堤防の上を走りながら、桐島は思った。2年前もここを走った。まだ、サッカーも再開するまえのことだった。しんどいこともあったが、本当に奇跡のような2年間だった。


この時間は、桐島修二の男性としての四十七年間に対する、ロスタイムなのかもしれない。

いつ終わるかはわからない。明日、拒否反応が来るかもしれない。それでも後悔だけはしたくなかった。


なお、恵子は海外についていくつもりでいる。「海外旅行気分で行ってみる」と言っていた。それを聞いたとき、桐島は苦笑した。


朝の空気が、肺に入ってきた。

河川敷に、サッカーのグラウンドが見えてきた。


今日も、あそこで誰かがボールを蹴っている。


Fin


最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

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