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記憶の運び屋  作者: 輝 静
姫に恋した姫の記憶
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姫に恋した姫の記憶 後編

 私が彼女と出会ったのは五年前。社交パーティーという名の、婚約者を見つける為の社交会。

 十もすれば立派なレディー。同い年くらいの人、父上よりも上の人、会場にいる皆が私の婚約者候補。

 真意の見えない嘘塗れの笑顔の仮面を私も相手も皆つけている。

 そんな時間が長く続き、私は隙を見つけてしまった瞬間に逃げてしまった。


 庭で迷ってしまった事、帰った時に怒られる事、その二つが組み合わさり、私はその場で縮こまってしまいました。


 パーティーの音は聞こえるのに、私は一人ぼっち。どうしようもなく怖くて、私は声を押し殺して泣いてしまいました。


「せっかく泣いているんだから、声出さないともったいないよ」


 そんな声が聞こえて顔を上げると、同い年くらいの青髪に黄色目の女の子が笑顔を浮かべて私に手を伸ばしていました。会場で見た偽りの笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべて。

 私はきっとこの瞬間、恋に落ちてしまいました。


 彼女に手を引かれて会場に戻るまでの間にたくさん話をしました。思えば、私を元気づけるために明るく話しかけてくれたのでしょう。

 彼女は私と同い年の隣国の王女、サニー・エレメント。まだ婚約者はいないようです。


 彼女と離れるその瞬間。手は体温を失っていき、心にはほんの少しの喪失感がありました。

 両親の叱責も耳に入らぬほど、私の心には名残惜しさしか存在しませんでした。

 それは何日経っても消えず、日を重ねるごとに大きくなる胸の穴を埋めるように、空を見上げ続けました。


「お嬢様。そろそろ婚約者の方をお決めになるようにと旦那様がおっしゃっております」


 侍女が手紙の束を持ち、私の部屋を訪れました。

 読む気のしない手紙を読んだふりをする為に開封していますと、エレメントという、見知った名が目に入りました。


 その名が愛おしくて、笑みを溢しました。

 こうして、私はエレメント家の十離れた長男と婚約を結びました。


 結婚までの間に何度か婚約者の方との逢瀬を重ねました。時には我が家で。時には相手の屋敷で。


「レインさんは空を眺めるのが好きなのですか?」


 庭を眺めている私を見て、彼はそう問いました。


「ええ、好きです。晴天が特に」


 空を見ていると、彼女の髪を、目を、思い浮かべられるのです。それに、空はどこまでも繋がっています。私が空を見上げている時、彼女もまた空を見上げれば、繋がることができるのではと、そう思い込めるのです。


「妹もよく空を見上げているのです。彼女は外が大好きですので。空が大好きなレインさんの事を妹もきっと気に入るでしょう」


 頬が自然と綻び、私は手で影を作りながら太陽を見上げました。


「それはとても喜ばしい事です」


 日も暮れ始め、私は彼に見送られ、馬車に乗りました。

 私が完全に乗り込むまで手を離さない、とても紳士的な方です。でも、彼女の時のように、離した瞬間の名残惜しさはありません。


「本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 長い庭園を抜け、門を潜ろうとした瞬間、急に馬車が静かに止まりました。

 馬車がノックされ、恐る恐る小窓から顔を覗かせますと、泥だらけになっているサニー・エレメント様が笑顔を浮かべて私に手を振っていました。


 私は慌ててドアを開け、その勢いでうっかり馬車から落ちてしまいました。


 サニー・エレメント様が私を受け止め、下敷きになって笑っていました。


「も、申し訳ありません! お怪我は⁉︎」

「あっはは! 元気でよろしい、泣き虫少女。君は笑顔が素敵なんだから、そんな顔せず笑っていないと」


 サニー・エレメント様は両指を使い口角を上げ、笑ってみせました。


「こう、ですか?」

「うーん、ぎごちない! もっと感情を爆発させよう!」

「こ、こうですか!」

「うん! 最高に可愛いよ!」


 その言葉一つ一つに鼓動が刺激され、赤面してしまいそうでした。


「ありがとうございます」

「お姫様という立場にいると大変だろうけど、私みたいな姫もいると思って、もっと正直に生きていいからね」


 サニー・エレメント様はそう言って、泥のついた花を一輪私に与えてくださいました。


 萎れてしまうから力を入れる事ができませんが、その分心に力を入れて、その花を肌身離さず持ち続け、帰宅後に栞にし、常に側に置きました。何年もずっと。


 そうして五年経ち、私も十五の成人となりました。クラウド・エレメント様と正式な婚姻関係を結ぶ年になり、定期的にエレメント家の別邸で過ごす事になりました。もちろん、サニー・エレメント様との距離も近くなります。

 この気持ちは色褪せることも、慣れることもなく、ただ日に日に肥大化していくだけでした。

 近くにいるのに、決して手に届かない。それがどうしようもなく辛くて、悲しくて、虚しくて、抑えられなくなって、サニー・エレメント様を押し倒してしまいました。


「レインちゃん……?」


 その瞬間、血の気を引いたのを覚えています。


「も、申し訳ありません!」


 私は馬車に乗り込み、急いでウェザー邸に戻りました。

 このままではきっと、私は誰とも婚約できないと、サニー・エレメント様を傷つけてしまうと気づいてしまいました。


 記憶の運び屋の存在を知った私は、淑女となる為に、未来の王妃となる為に、この気持ちを、彼女との思い出を、善意を、捨てる事にしました。


◇◆◇◆◇


 運び屋とレイン・ウェザーは手を離した。


「依頼は完了しました」

「ありがとうございます」


 運び屋は依頼金を受け取り、キャスケットを再び被った。

 レイン・ウェザーは運び屋を外まで見送る。


「運び屋さん、私、空を見上げるのが好きなんです。特に快晴が。五年前からです。運び屋さんはこの記憶だけは残してくれたんですか?」

「依頼外の記憶はいただきません」

「そうですか。本日は遠路はるばるありがとうございました」


 レイン・ウェザーが丁寧なお辞儀をする。運び屋はキャスケットのつばを軽くつまみながら、会釈をする。


「またのご利用をお待ちしております」


 衛兵から短剣を受け取り、運び屋は屋敷を振り返る事なく歩き進む。

 旅をしながら、次の依頼人の元へ。

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