表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏界のエデン  作者: 雪菜
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/58

第26話 責任は、誰の手に?

 ようやくシオンの言わんとすることを呑み込んだらしいアウレラが、茫然と呟く。


「生贄では、なかったと?」

「憶測ですが、魂の竜(エインヘリヤル)が求めたのは、竜のために創作された独創楽譜オリジナルの聖歌だと……僕は思います」


 どこで誤解が生まれたのかはわからない。翻訳した者が間違えたのか、そもそもが、竜の魂(エインヘリヤル)と言葉を交わした者が誤って受け取ってしまったのか。

 伝承に書かれているとおりに聖歌を紛失して以来目覚めていないというのなら後者の可能性が高いけれど、生贄の制度が始まった年次第では前者もありえる。何百年も前のことなのだ。もはや真相など知りようもない。


 言葉も出ないというように唇を戦慄かせていたアウレラの紫苑の瞳が大きく見開かれたかと思うと、徐々に苛烈な色を帯び始めた。


「馬鹿なことを言うな! そのようなことがあってたまるものかっ! 現に贄を捧げてきたからこそ、幻竜は街に被害を出していないのだ!」


 確かに、幻竜に年若い少女や女性を捧げたからこそ、街は襲われなかったのかもしれない。幻妖種ニーズ・ヘッグがどのくらいの感覚で血肉を求めるのかなど知る由も無いが、定期的に餌を与えていたからこそ、過剰に求めることをしなかった可能性は考えられる。


 幻竜の知能が高いことは文献に書かれていたし、空の竜(ラグナロク)も主張していた。


 だが、捧げるものが間違っていたという証拠ならある。だからアウレラの主張に、シオンは大きく首を横に振った。


「生贄を捧げるようになってから、魂の竜(エインヘリヤル)は一度も目覚めていません。神とも崇められる七神竜セブン・オラリオンが偽りを語ったと……陛下はそうお思いになるのですか?」


 七神竜は人と交わした約束を違えない。それは神としての彼らの矜持。魂が生贄を指したというのなら、魂の竜(エインヘリヤル)は目覚めているはずなのだ。


 シオンの反論に、アウレラは椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がる。


「では、先代の王たちがしてきたことが無駄だったと言いたいのか? 口を慎みたまえ、空の調律師! 私を惑わせ、先王を愚弄するなど傲慢が過ぎるぞ!」

「傲慢なのはそちらでしょうっ!」


 冷静に諭さなければ――そう思いながらも、気づけばシオンの語気も強くなってしまっていた。


 アウレラが目を背けたくなる気持ちは、もちろんわかる。


 ヴェルスーズの歴代の王たちは、数百年に渡って未来ある少女たちの命を無為に散らしてきたということになる。

 女王は生贄となった一族に永遠の繁栄を約束してきた、と言った。だが、命に代わりなんてないのだ。そんなものが免罪符になるはずがない。


 アウレラは民を犠牲にしたくないからシオンたちを贄にしようとした。


 さきほど確かにそう言っていた。シオンの憶測が真実であればその望みは叶うというのに、過去の過ちを認めたくないばかりに否定するだなんて、勝手すぎる。


 だからシオンは、軽蔑をこめて決然と言い放つ。


「もし聖歌を捧げることで魂の竜(エインヘリヤル)が目覚めるのなら、生贄なんて必要なくなる。無駄な犠牲を出さずに済むのに、誤りを認められないだなんて、馬鹿げてる! あなたが本当に犠牲を出したくないと願っているのなら、この事実を受け入れるべきでしょうっ!」

「……ッ、黙れっ! 何の責務も持たない風来坊の調律師風情に何がわかるというのだ! 私の背負うものが、どれだけ……っ!」


 アウレラの端正な面立ちは苦しげに歪められ、瞳はわずかに湿っていた。


 アウレラが王位に就いたのは七年前と記憶している。彼女は最期の儀式から、五年と経っていない、と言っていた。

 それはつまり、彼女もまた水晶谷エーテル・ケイアに生贄を捧げたということ。


 幻竜が街を襲わないという事実にだけ目を向けて、魂の竜(エインヘリヤル)が目覚めないことに疑問も抱かず。風習だからと調べることもせずに受け入れ。無責任に、生贄となる少女の死を後押しした。


 これでは、アウレラが五年前に生贄となった誰かを殺したようなもの。彼女はそのことを認めたくはないのだろう。


 シオンにも、故郷で果たすべき責務があった。


 だからこそ、自分のしたことが取り返しの付かない事態を招き、進んできた道が誤っていたと気づいたときの絶望と失望の苦しみは、痛いくらいによくわかる。だが、いま彼女にそれを告げても理解は得られない。


 言い返したくなる気持ちを懸命に押し殺して、シオンは声音を落ち着かせた。


「……仰るとおり、僕には陛下の担う重責は理解できかねます。ですが、理不尽に生贄に捧げられる者の気持ちはわかるつもりです。それが街の人たちの平穏に繋がるのなら、犠牲になることを進んで受け入れた者もいたかもしれません。でも、その犠牲が必要のないものなら――僕は、誤りを正すべきだと思います」


 アウレラは何かを言いかけ、けれど上手く言葉にできなかったのか、のろのろと口を噤んだ。よろけるように椅子に腰掛けた女王は、しおれた花のように力なく見えた。


 麗らかな陽射しが降り注ぐ庭園に長い静寂が満ち。


「……君は、私や先王たちを愚かだと嗤うか?」


 ぽつり、と。独り言のような調子で投げかけられた問いに、シオンはしばし沈黙した。


 ヴェルスーズの血生臭い風習は、シオンの推測が正しければすべて無駄な歴史。間違いなく愚かだ。けれど、彼女たちの浅慮を嗤えるか、と問われると。


 うなだれる女王を見上げ、


「地位も肩書きも関係なく、どんな行動にも必ず責任が伴うものだと、他人に言われたことがあります。些細な選択が最悪の結果に繋がったとき、深慮をせずに為した当人が責任を取るのは必然。後悔を恐れ、責任の取り方もわからないのであれば、選択などせずに傀儡であればいい、と」


 まだ帝国に居た頃に、空の竜(ラグナロク)から突き付けられた言葉だった。彼の言うとおり、意志など持たずに惰性で生きれば、後悔する機会は減るだろう。

 だが、女王であるアウレラはそうもいかないのだ。


 耳に残る竜の台詞を淡々と告げたあと、シオンは石造りの橋へと視線を落とした。


「僕も昔、過ちを犯しました。陛下を責める権利なんてないくらいに、大きな過ちです。だから僕にはこの国の歴史を否定することはできません。ですが、この先も過ちから学べないというのなら、それは愚かだと思います」


 シオンの為すべきことは、変わらない。


 それは、アウレラを労わることでもヴェルスーズの歴史を悼むことでも、ましてや嘲笑うことでもない。


 シオンの目的は、最初からたったの一つ。


 だから、揺れる女王の瞳を真っ直ぐに見据える。


「僕は魂の竜(エインヘリヤル)の力を求めてこの国に来ました。目覚めた竜と交渉し、幻竜の問題を解決することができたら、贄の制度は――」

「皆まで言われずとも、わかっているよ。廃止にするさ」


 シオンの言わんとすることを察したらしいアウレラは、弱々しくもはっきりと頷いた。しかし、その瞳はすぐに曇る。


「……だが、儀式の日まであと六日しかない。聖歌の創作には賢人アナティウムでも優に半年は要したと伝えられている。一体、楽譜コードはどうするつもりだい?」


 一般の調律師が独創楽譜オリジナルを創作するには、年単位の試行錯誤が必要になると言われている。だが。


 途方に暮れた幼子のような顔になるアウレラに、シオンは尋ねる。


「その点につきましては、問題ありません。僕が空の調律師と呼ばれる所以を、陛下はご存知ありませんか?」

「……空の称号の由来は、作曲にかけては空の世界(フル・フィアラル)で右に出る者がいないから……だったね。これほどうってつけの者もいない、か」

「教主さまから頂いた称号が過大評価ではないと、証明してみせましょう」


 シオンが微笑んでみせると、アウレラは憑き物が落ちたかのように少しだけ笑んだ。


 話が付いたのでシオンがこの場を辞する旨を伝えようとすると、


「サージェント家には、申し訳ないことをしたな……」


 ドレスの裾をさばいて立ち上がりざまに女王がこぼしたのは、ロゼリアの家名だった。生贄に選んだことを悔やんでいるというわりには、言い回しが微妙な気がする。


 眉をひそめたシオンが質す前に、アウレラの声がかかった。


「……すまないが、これから公務があるんだ。こちらの都合で済まないけれど、ウェイラーも焦れている頃合いだろう。これで失礼させてもらうよ。勝手なことだけれど、幸運を祈っているよ」

「……いえ。貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」


 追求する隙はなく、シオンは深々とこうべを垂れるしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ