表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

紡がれざる物語

「英雄の時代の終焉」の小説パートではなく、チャットセッションをPL(参加プレイヤー)がSS化したもの。


 魔導具アストリア。

 神の力を奪い去る悪魔のアイテム。

 だがアイリーンの力に蝕まれる花木蘭の命を救うただひとつのアイテムでもある。

 しかしながらそれがあるのは死者の宮殿。

 ありとあらゆる災厄を集めたと言われる場所だ。

 しかも弱った木蘭の身体を狙ってシャミイとカラミティが上屋敷へと向かっている。

 木蘭の身体を乗っ取り、それを依り代として魔王としてこの世に君臨するつもりだ。

 木蘭を殺して灰にしてしまえばそれ以上利用のされようもない。

 だが、シルヴィアは、それをよしとしなかった。

 いや、上屋敷に陣取りシャミイ達を迎え撃とうという数多くの戦士達も、世界や国というよりは木蘭ひとりを守る為に、自らの命をなげうつ覚悟である。

 大陸暦2009年1月17日夜、花木蘭と世界の命運を賭けた激戦の幕が、人知れず開こうとしていた。


----------------------------------------


「シン、ティア。

 一緒に、来てくれる?」


 共に死者の宮殿の多くの化け物達と戦ってきたふたりの仲間にシルヴィアは問い掛ける。


「行かない理由があるのか?」

「ふむ」


 二つ返事は信頼の証か。


「もう、あたしは何度も飛べない。

 だから、ギャンブルするしかない。

 8階と9階。

 2階層を一気に抜く。分が悪い賭けだけど……」


◇ ◇ ◇


「シルヴィアさん、シンさん、ティアロットさん。

 私も行かせて下さい」


 レストが言う。

 シルヴィアの恋人であり精霊使いである彼は、この時ばかりはと彼女についていく事を望む。


「レスト。ダメだよ。

 危険さは今までの比じゃないんだ」

「だから、行くんです。

 シルヴィアさんを放っておけませんから」


 普段はヘタレと呼ばれている彼もこの時ばかりは瞳に強い光を宿していた。


◇ ◇ ◇


「……ジャマ、かなあ?」

「来るなら、来る。

 待つなら待つ。

 そこは自己の判断だ」

「行くっ」

「ん。

 じゃぁ行くぞ」


 シェルフィ・カノン。

 彼女は先日シンとの子がお腹に宿った事が判明したばかり。

 本来ならいくら後衛とはいえこのような戦いに参戦するのは何重の意味においても避けなければいけないものだろう。

 それでも彼女は戦う事を選んだ。

 恋人の身を案じてじっと待つなど、性に合わない。


◇ ◇ ◇


「しばらく出発はまだかな」


 キキ・インクはカウンターでのんびりウイスキーをなめていた。

 セムリナ神を奉じ、自ら武器を取って戦う神官戦士。

 彼女にとって魔王の復活など許せるものではない。


◇ ◇ ◇


「あれくーこれあげる~♪」


 ディクテュナがアレクセイに手渡したのは、ブレス・オブ・タリスマン。

 彼らの始まりは、死者の宮殿の探索だった。

 ディクテュナが残る事を決めたのは、力不足を感じたため。

 今度は見学という訳にはいかないから。


「帰りを信じて待っててくれよ?」

「ん~しゅくしょーかいの準備でもしとく~?」


 あっけらかんと。

 信じるということに悲壮感は必要ない。


「おう、帰ってきたら祝杯だな」


 こちらもにかっと笑う。

 少女の笑顔を守るためなら、なんだってできる。

 彼とて騎士なのだから。


◇ ◇ ◇


「なんか大事?」


 いつものように女神亭を訪れたサムライの娘、芦原香(アシハラコウ)

 通称コウは普段とは少し違う宿の雰囲気と面子に首をかしげた。


「香。木蘭さまが死にかかってる。

 あたしたちは救いに行く。

 そういう話だよ」

「良く分からないけど、人手がいるのなら、行こうか」


 冒険者であり、侍である彼女にとって、戦う事に大きな理由は要らない。

 そこに戦いがある、助けを必要としている人がいる、それでじゅうぶんなのだ。


◇ ◇ ◇


「なんか人多いなー。

 ま、当然といえば当然か」


 弓使いフォイボス。

 冒険者である彼は木蘭を助けたいわけでもなければ、世界を救おうと思うわけでもない。

 しいて言うなら自分のため。

 自分も含め世界の運命を左右するような事を勝手に運ばれるぐらいなら、自ら選べる場所に立つ。


◇ ◇ ◇


「まぁ……役に立って、バカシリングの鼻を明かしてやるか」

「らんす……」


 のんびりと立ち上がるランスの袖を少女が引っ張る。

 ジュリアという名の少女は、先日ある盗賊団からランスが取引によって「譲り受けた」。

 自分を人の所有物と思って生きてきた彼女は、今は自分をランスの物だと認識している。

 この宿で過ごしていけば、彼女は自由を覚えることが出来るだろう。

 その時には自らの手を離れる事が前提なのだ。




 それぞれが、思い思いにシルヴィアが血でえがく魔法陣に入る。

 彼らに与えられた時間は、そう長くはないのだ。


----------------------------------------


「泣いておる女がおる、見ている以上不意打ちではないが」


 死者の宮殿8階層のある部屋のドアに手をかけ、竜眼で近未来の姿を見ることの出来るティアは、顔をしかめた。

 このようなタイプは魅了や視覚毒といったパターンが多い。厄介なのだ。


「よし!

 助けに行こう!」


 ランスがいきまく。

 鼻の穴が大きく開いている。

 それを見た周りのものは呆れたため息をつく。


「迷う時間もあるまい。

 皆部屋の中を見るな」


 ティアが扉を開ける。


「えーん。

 えーん。

 閉じこめられちゃったよう」


 ティアの言に皆が従う。

 ランスひとりを除いて。

 ランスは彼女にまっすぐ近づいていったのだ。


「アタシはミア。

 閉じこめられちゃったの。

 お願いっ 一緒に連れて行ってっ」

「まぁ、女の子が困っているんだから、助けてあげようぜー」

「警戒の意味、理解せよ」


 ため息まじりにティアがたしなめるも、動じる様子はない。

 もう既にチャームにかかっているんではないかと勘ぐりたくなるが、いつも通りかと思って納得する。


「アタシを連れて行くと役に立つよ」

「じゃぁ、俺が面倒見るわ」


 ためらいもせず手を差し出す。

 ランスにとっての正義とは美人と可愛い女の事なのだ。


----------------------------------------


「竜の秘宝ー?

 それならダゴンが持ってたかなぁ」


 ミアはティア達に探しているものを聞き答えた。

 神託によれば、アストリアは竜の加護と共にあるという。


「階段のあった部屋の、もういっこの扉の先にダゴンがいて、たしかそいつが竜の秘宝を持ってたきがする。

 あと、この先にはバルログがいてこいつまったく話通じないよ」

「……何者じゃ……こやつ」


 ユーワーキー。

 人を騙す悪魔の名がティアの頭をよぎる。


「ダゴンは弱点しってるけど」

「ほう、弱点?

 なになに?」


 興味深々にランスが聞く。


「弱点っていうか、あいつ、アタシが苦手だから。

 アタシがいると、お得意の滅びの水つかえないし、死の6番も使えないしね」

「で、何故使えぬのじゃ?」

「そのふたつは、アタシが封じられるのさー」


 あまりの都合のいい話に、ティアはしばらく思案にくれた。


「よし。とりあえず先に進む。

 敵は炎の魔獣じゃて。速攻する」

「じゃあバルログが相手だねー」


 ティアロットが扉に手をかけ、皆が一斉に構える。

 扉を開けたとたんの炎に、全員が顔をしかめる。バルログの突進にシンが弾き飛ばされる。

 即座に応じたのはシェルフィ。

 アルテミスを思わせる完成された美しい射姿勢から三本の矢が光の線のように伸び炎の魔獣に突き刺さる。

 ついでシンが起き上がりざまに自らを風と化したかのように空を舞い突進する。


「大気に散る光よ その力を解き放ち 小さきものを守れ セイントフィールド」


 キキの祈りが部屋全体に聖域を作り出す。

 ついでフォイボスが矢を放つ。

 シルヴィアの血で強化された弓から放たれた矢は強力だ。

 魔族の持つ力。

 だが力はそれ自体に善悪はない。

 使う者の心次第。

 与えられた力を最大限に活かす、彼の心はそれのみだ。


「ぐあはっ……人間どもめっ」


 さすがに苦しみによってか、バルログが悪態をつく。


「人間で悪かったなぁ!」


 叫びながら愛用の槍で突撃するアレク。

 彼の槍も血の力で闇色に輝いている。


「何張り合ってんだよー」


 フォイボスが茶化す。

 彼の目からはこの友人の槍使いは少し単純に過ぎる。


「おごあっ」


 バルログが苦しそうにうめく。


「きさまらぁっ……殺す。

 絶対殺す!!」

「とう!」


 コウが刀で切りつける。

 清流と銘のつくこの刀は、闇に属する怪物に対し聖なる力を発揮する。

 続けざまにレストが血で強化されたフランベルジュで斬りつける。


「喰らえっ!」


 気合一閃。付与された闇の力に耐え切れなくなり、フランベルジュが折れ飛んだ。

 だがその気合いが通じたか、バルログは断末魔を残し灰になって消えていく。

 守護者を失いその場に現れた宝箱。

 シンが罠を外しながら開けると、一振りの剣が出てきた。


「剣か。

 無駄にいいタイミングだな」


 レストの折れた剣の代わりになるとアレクが口笛で囃す。


「イェール時代のものだね。

 魔力はかかってないけど。すごい切れ味だよ、それ」

「とりあえず、今折れたのの代わりにレストが持っとけばいいよな」


 また、この部屋には下階に続く階段が現れていた。


「さー すすもー。

 てか、ダゴンいいのー?」

「わしの知る限り、確かわしが探しておった竜剣は9階層にあるはずじゃ。

 それが神託とイコールであれば先に進むべきじゃが、ダゴンの秘法、行く価値をどう見る?」


 ティアが仲間を見回す。


「単純に進んだ方がいいと考えている。

 なぜなら、ここは戻れない訳ではないからな」

「口出すようであれですが。

 とりあえず、判断は先見てからでも良いんでないですか?」

「ミアはこの下の階のことも知っているのかなぁ」


 ランスが親しげに尋ねる。


「うんっ。

 まかせてー」


 無邪気。

 そう表現するに相応しい笑顔で答える。


「そんなら、下の階に一度行って、ミアの情報が正しかったらー、この階に戻って、だごん?とか言うのをやっつければいいんじゃないー?」


 話はそれで決まりになった。

 一行は更なる深部へと足を進める。


◇ ◇ ◇


「うえっ、そっちいくの?

 そっちやめた方が良いって。

 性悪の悪魔が陣取ってるのよー。

 あーもん?

 だっけ」


 迷宮の9階層。

 ある部屋の扉にティアが手を伸ばすと、ミアが顔をしかめた。


「アモン、か」

「あもん。

 それそれ」

「……不味い相手じゃ。

 悪魔版のルーン神のようなやつのはずじゃ」

「知恵の悪魔、か」

「むしろこっちだって」


 ミアは廊下を挟んで反対側にある扉を指す。


「そこには誰がいるのー?」

「こっちになんて、ぼろきたじーさんがいるだけだし、ちょろいちょろい」

「いや、その老人。

 確か魔術師かなにかじゃろ」


 智恵の悪魔と魔術師らしき老人。

 どちらがより厄介か。

 経験から言っても、まだ悪魔の方が話が通じる可能性が高いのだ。


「どっちの実力もわからないんなら……わしはアモンを選ぶ」

「目当ての物を知っていそうな悪魔なんだろうけどねー、取引出来るような何か持っているかなぁ?」


 コウが首を傾げる。


「取引材料、ここからの開放。

 十分だ」


 シンが何でもないというように答える。

 これまでここで何度も同じような取引をしてきたのだ。


「ああ、皆、扉を開けても攻撃せぬようにな。

 話をする」


 ティアの言に突撃の体勢で身構えていたアレクが慌てて構えを解く。

 交渉と聞き何人かは部屋の外で待機を決め込んだ。


◇ ◇ ◇


「失礼する」

「客人とは、珍しいな」


 ティアの声に読んでいた書物から顔を上げた悪魔が挨拶を返す。


「わしはここを探索する者じゃ。

 珍しいとはよく言われる」

「美しき夜の娘も一緒か。

 久しいな」


 アモンがある女性を目にして微笑む。


「アンタに親しく挨拶されるおぼえはないけどね」


 つっけんどんに返事をしたのはシルヴィア。

 どうもこの悪魔は彼女に惚れているらしい。


「まあ、よい。

 わしらはここで探し物をしておる」

「アストリアか。

 またぞろ聖戦でもはじめるつもりか?」

「聖戦を始めさせぬために。

 シャミィが大暴れしておる頃じゃ。

 アストリアの場所、知っておれば教えていただけぬか」

「なるほどな。

 私が持っているなら渡してやるのに吝かではないが、もっているのは、あの老人だよ」


 シルヴィアへの好意もあるのだろうが、あまりのあっさりした答えに一同は拍子抜けする。

 とはいえ、これで目的に大きく近づいた事を感じ、一同は色めき立つ。


「ふむ。

 好意に甘えるようで悪いが、このミアという悪魔、わしらに老人の下へ行けと急かした。

 その魂胆知っておるかえ?」


 その言葉にアモンは皮肉げな笑みを浮かべた。


「お主らをあの竜の老人と戦わせ、アストリアを手に入れようというところだろう?

 違うか? 小娘」

「なんじゃ、老人とは竜族かえ。

 そして、アストリアを……か。

 まぁ、予想はしておったがの」

「浅はかな事よな。

 この者たちだけでどうなるものでもあるまいに」

「シャミィの手の者か」


 一同の視線が厳しくミアに注がれる。


「…アンタになにがわかるのよ」

「アストリアをやるわけにはいかんの」


 ティアの目が冷たさを増す。


「アンタなんかに、わかるわけないっ」


 ミアの叫びとともに部屋にいた戦士達が虚ろな目でティアを睨みつける。


「アタシは、アストリアを手に入れて新しい世界を築くんだっ」

「ふぅ」


 ティアが辺りを見回してみる。

 精霊使いレストを除く、部屋にいる戦士たちは軒並みミアに操られているようだ。


「配して至れ 常なる世界 狂いを律し 我に伏せ 聖域」


 素早く聖域を展開してレストに呼びかける。


「魅了にやられた、ミアを速攻で叩く」

「了解」


「おいおい、まずい流れだな?」


 部屋の外でアレクが、ただならぬ気配を察知して槍を構える。


「なんかあるんかー」


 フォイボスも身構えている。


「アレク、ボス、シェルフィ。

 入らないで」


 部屋の中の様子を見たキキが、仲間に呼びかける。


「チャーム……かな」

「ちゃーむぅ~?」

「マズそうっ!?」

「もう発動は済んでるだろうけど、やめた方がいい。

 二人は弓でしょ? 部屋の外から補助してくれる?

 アレクは二人の壁になって」

「ぅん?

 ん……とりあえず溜める……」


 シェルフィはゆっくりと弓を上にあげ引き絞ろうとする。



「みなのものっ!

 あの小娘を殺せ」

「了承した。

 マイマスター」

「ちょっ!?

 シルヴィアさんまで!?」


 まさかの展開にレストが悲痛な声を上げる。

 魔族の血を引くこの娘ですら、操られてしまうとは……脇を見るとシンが今にも剣をティアに振り下ろそうとしていた。


「意思持て舞え魔竜の牙 貫け 竜牙」


 ティアが素早く詠唱し三つのマジックミサイルがミアに襲い掛かる。


「逃げてください」


 ランスはミアを助けようとあわてて手を引くも、マジックミサイルは軌道を変え、ミアを貫いた。


「うそ……?」


 それだけの言葉を残し、ミアは灰となって崩れていった。

 戦士たちは正気を取り戻す。

 これまでの事態を把握するかのようにきょろきょろとあたりを見回したりしている。


「あ、あれ? 

 ミアちゃんは?」


 ランスがきょろきょろとしながらミアの姿を探す。

 ティアはその様子を見てため息をつく。


「おぬし、本当は操られてなどいなかったんじゃないかえ?」


 何のこと、とばかりにきょとんとした顔のランスに、もう一度ため息をついた。


◇ ◇ ◇


「どうしようもねえ、のかねえ」


 ため息混じりにアレクが槍を迎撃の構えに構えなおした時、ティアの竜牙に貫かれるミアの姿が見えた。


「って、おぉ?」


 アレクは慌てて身を乗り出す。


「ん。

 流石ティア」


 キキが感嘆の声を漏らす。


「どーなった?」


 フォイボスが構えかけたその手を止めて目を見張る。


「ほんと……消滅したみたい」

「あいつがやったのかー」

「こんなあっさり終わっていいもんなのかね……いいけど」


 アレクはもう大丈夫とばかりに構えを解く。

 部屋の仲間たちも正気を戻しているようだった。


「楽なほうがいいに決まってる」


 フォイボスはそれだけ言うと弓を下ろす。

 ま、楽な方がと言ってしまえば木蘭を殺す方が楽なんだろうが……心の中だけで呟く。


「うん。

 っていうか、度胸据わってるよね」


 シェルフィは若い二人の戦士に笑いかける。


「ん?」

「ん?

 あたしは未だに怖いから」


 ほら、手に汗かいちゃった、というふうに手のひらを開いたり閉じたりして見せる。


「怖いって思えなきゃ、生き残れねーと思うぞ?」

「ん、それ シンさんにも言われた」


 アレクの言葉にシェルフィは微笑む。


「やるべき事をやってりゃ同じだろ。

 心の中なんて他人にゃみえねーんだし」

「やってないから後悔してるんだよ」


 口元に人差し指をあてながらそういうその姿に、フォイボスは言葉をなくす。

 彼の見たところ、シェルフィの戦いぶりは文句のつけようがないのだが、どうしてこうも自分を小さく見ているのだろうか。


◇ ◇ ◇


「アモン殿。

 わしらは解放を望む者には開放の手助けをしておる」


 世話になったお礼、とばかりにティアが切り出した。


「かまわないさ。

 私はここで本を読んでいる方が、性に合っている」

「……然様か」

「美しき夜の娘。

 お前が呼ぶならば話は別だがな」


 アモンはシルヴィアに笑いかける。


「だれがアンタなんかを」


 つっけんどんに拒否するシルヴィアを制し、レストが言った。


「もしかしたらお力を借りるときがあるかもしれません。

 そのときはよろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げるレスト。

 このように知識が豊富で、しかも協力的な魔物は死者の宮殿では貴重な存在だ。


「気が変わるのを、ここで待っていてやるさ。

 美しき夜の娘。我らには永遠というときがある」


「……ときに、もう一つ聞くが、汝 竜姫の剣を持っておるかえ?」


 ティアがこれまで死者の宮殿を探索してきた目的は、魔法使い用の竜剣の存在だ。

 その剣はここ9階層にあるはずだ、という。


「持っていた。

 だな、結論から言うと」

「……いた?」


 過去形にティアが首をかしげる。


「もう何百年になるか、ここにきた人間にくれてやった」

「……然様か」


 ティアは少し残念そうにため息をついた。


「ここにあると聞いておったんじゃがなぁ。

 さて」


 ティアは仲間を振り返り、声をかけた。


「では、竜の老公に会うとしようかの」


◇ ◇ ◇


 ティアが扉に手をかけ、竜眼で未来の姿を見る。

 竜の老人と悲愴な顔をして戦っている仲間たちの姿が見えた。

 戦いは避けられぬ、という事だろうか。

 ティアはしばし逡巡する。


「皆、ここもわしだけで入る」

「話ができそうなのか?」

「話が通じんかったらまぁ、一度上に戻って宝箱を確認してくれい」

「んーじゃぁ、中に入っている間にちゃっちゃと取ってきちまおうぜ?」


 ランスはさっさと上階へと上がってしまう。何人かは彼について上へと上がる。


◇ ◇ ◇


「失礼する」


 扉を開け、竜語で挨拶をする。

 相対するはぼろ布を纏った、雰囲気に長い年輪を感じさせる老人。


「あなたと話がしたいのだけど」

「汝が、わしに滅びを与えてくれる勇者か?」


 滅びという言葉にティアは顔をしかめた。


「滅び…?

 いいえ。私は可能であれば、竜とは戦いたくない。

 竜族を私は親しく思っている。

 この言葉もマルドゥークに教えてもらった」

「マルドゥーク。

 あの娘のな」

「私たちはここに、あなたの護るアストリアを探しに来たの」

「わしとて手荒なことはしたくない。

 わしと戦う気がないのならば立ち去られよ」


 竜の老人はティアの願いをはねつける。


「再び聖戦を起こさないために」


 ティアは訴える。

 聖戦が起これば、犠牲は計り知れない。

 そうなるわけには行かないのだ。


「世の徒然も、もうわしには関係なきこと。

 アストリアはたしかにわしが預かっておる」

「お願いします。

 それを私に委ねてもらえませんか?」


 ティアは懇願した。

 時間もない。

 竜の老人と戦うなどという危険を冒すわけにも行かない。


「わしの願いは、ただ一つ。

 この身を滅ぼす勇者とまみえることのみ」


 ティアの口から思わずため息が漏れる。

 この竜とどうしても戦わねばならないのだろうか。


「ならば、この条件ではどうでしょう。

 私は再びこの地に来ます。

 あなたが望む勇者を連れて。

 聖騎士、これ以上の勇者はいないでしょう」


 今この場にいる仲間たちより、もっと強い人間なら、あるいは竜の老人にもかなうかもしれない。


「賢き娘。

 なんと頼まれてもこれは曲げられぬ。

 わしはずっと待っていたのだ」

「一刻も早く、それを届けたいのです」


 ティアはなおも食い下がる。タイムリミットは刻一刻と迫ってくる。


「わしの屍を越えていけ」


 ため息をひとつ。ティアは後ろを振り返る。ミアの部屋の宝を取ってきた仲間達が戻ってきていた。


「皆……この老は自らの死を願っておる」


 仲間たちの顔が沈痛な色に染まる。

 やはり、この戦いは避けては通れないのだろうか。

 ほぼ諦めかけたその時、であった。


「それとも賢き娘。

 そなたが竜の秘宝を使ってくれるのか?」

「太古の昔。

 バハムートが、あの小僧が剣と身を成した秘宝」


 竜の秘宝。その言葉にティアははっとする。


「秘宝とは……ダゴンが有するアイテムでしょうか?」

「ダゴン?

 あの下等神がもっておるのか」

「そう聞きました。

 上階に居座っていると」


 竜の老人はそこまで聞くと愉快そうに笑った。


「では、それを手に入れる事ができたなら、賢き娘。

 貴女を勇者と認めよう」

「では、のちほど」

「待っておるぞ」


 ティアは部屋を辞し、後ろに控えている仲間たちに話した。


「ダゴンを倒し、その持ち物を持ってくることが条件とな。

 老竜と戦うよりマシじゃろうが」

「……結局戦闘必須、なんですね」

「やるしかないの」


 水の神、ダゴン。

 難敵を前に一同は皆厳しい顔になった。


◇ ◇ ◇


「……シルヴィア、ミアが言っておった特殊能力、わかるかえ?」


 ダゴンの部屋の前。

 皆はこれから起こるであろう過酷な戦いに備えていた。


「たぶんだけど【死の6番】は、禁呪だよ。

 元ネタは、さっきのアモンのばーかが使ってた。

 運が悪い人は、詠唱を聴いただけで死んじゃう」


「耳栓とかで何とか……ならねーよな」

「さいれんす?」


 フォイボスの呟きを聞いたジュリアが言う。


「それだ」


 サイレンスなら、たとえ呪いの言葉を詠唱されたとしても、耳に届く事はないだろう。


「【滅びの水】ってのは、これもたぶんだけど全てを腐らせる水のことだと思う。

 高価なものとか出してると、腐っちゃうかも知れない」

「魔術防壁で防げるのかえ?」

「難しいかな。

 やってみないとわからないけど」


 シルヴィアはしばらく考え、やがて口を開いた。


「みんな、あたしの血を、1滴ずつのんでおいて」


 皆の顔に疑問符が浮かぶ。


「どーなるんだ?」

「かりそめの命をつくっておく。

 自分の運に自信のある人はいいけど」

「アバターがわりという訳か」


 ティアがマジックカードを取り出し呪文を詠唱する。


「我が干渉は 万物を支配する 浮舟」


 ティアの魔法がカードに封入されていく。


「シン、持っておけ。

 タイミングは任せる」

「じゃあ、開けて下さい。

 詠唱準備完了です」


 呪文を唱える構えを取ったレストが言う。

 風の精霊魔法、サイレンスを唱えるつもりだ。

 扉が開くと同時にシェルフィが狙撃の構えを取り、シンが部屋の中に踊り出る。


「コレが全力!

 飛竜乗雲!」


 竜剣の加護を得たシンが何人もの姿になってダゴンに切り掛かる。

 いや、動きが素早いためいくつもの残像ができているのだ。

 味方から感嘆の声があがる。

 目には自信のあるフォイボスでも、その動きを完全にとらえる事は出来ない。

 いくつもの斬戟はティアの浮船をも得て、ダゴンの身体に打ち付けられていく。

 次いでフォイボスの弓から矢が次々と放たれ、ダゴンの身体に突き刺さる。

 シルヴィアの闇の魔力に耐え兼ねた弓が悲鳴を上げるように裂け割れる。

 二人の戦士の全力を賭した攻撃を受けながら、ダゴンは平然とした顔をしている。


「あはは、効いてないみたいだね。

 もう、笑うしかないわねー」


 味方の顔がどんどん曇っていく。

 ミアの言っていたダゴンの弱点という言葉が頭を過ぎる。

 弱点をつかなければ、いくら攻撃しても効果のないモンスターもいるのだ。


「……ひであぶる?」


 ジュリアが呟く。

 魚の姿をしたモンスターならば、焼いてしまえばいいかも知れない。


「風よ 静寂を サイレンス」


 レストが精霊に命じダゴンの周囲から音が消える。

 ダゴンの口からダイヤモンドすら切り裂く危険な水がほとばしりランスに襲い掛かる。

 シルヴィアの魔法防御をもう少しで壊してしまいそうな勢いに一同の背中に嫌な汗が流れる。


「ディアゴッド……」


 キキの熱心な祈りはセムリナ神に届く。


「セムリナ様、ダゴンを倒すにはいかがすればよいでしょうか」


『水を制するには火をもってせよ』


「ありがとうございます!」


 キキの顔が輝き、仲間を振り返る。


「皆!

 火です!」


 キキの叫びに仲間達が頷く。


「火っつってもなー」


 フォイボスが鞄を取り出し油壺を探す。

 火炎瓶を作ろうという訳だ。


「シリングみたいでいやだなー」

「さっきの攻撃……効いてない訳じゃない。

 ダゴンの体力が有り余っていて、あの程度では大して堪えないだけ……」


 ジュリアの鋭い目がダゴンをとらえる。

 彼女はかつてある盗賊団の道具であった。

 アサシンとして訓練された彼女は、敵の能力を正確に見抜く事が出来るのだ。


「なら……もっと叩けばいいって事だな。

 ……ええい、持ってくれよ相棒!」


 アレクが気合いの雄叫びをあげながら部屋の中央に突撃する。


「カミカゼぇ!」


 かつて東方の小さな島国が隣の大国に襲われた時、その大船団を蹴散らした自然の猛威。

 その名を冠した大技は自らの体力を限界まで痛め付ける。

 ましてやその槍にはシルヴィアの血により闇の魔力を与えられ、絶大な威力となっている。

 嵐のごとき攻撃に槍が甲高い悲鳴をあげ、砕け折れる。


「今までありがとうよ!」


 この宿での最初の冒険の報酬で買った愛槍は、冒険者アレクとともに多くの戦いをくぐり抜けてきた。

 そんな槍を労るように声をかける。

 これからアレクは、そのまっすぐな心根をそのままに、騎士としての道を歩むのだ。

 ついでコウが愛刀での必殺技、奔流をお見舞いする。


「神炎の王 煉獄より至りて吼え猛れ 輝夜」


 闇がダゴンを包み込み、金色の粉が舞い散る。

 その粉に触れたところから炎が燃え上がっていく。

 闇の炎。

 ティアの得意魔法のひとつだ。


「ぐおおお……」


 ダゴンの顔が苦痛に歪みのたうちまわる。


「やったか?」

「どうだろう?」


 だが、ダゴンは目を血走らせ、剥き出しの敵意を冒険者達に向けている。


「そううまくはいかねーか」


 とは言うものの、明らかに傷つき苦しむ怪物の姿に、冒険者達は勇気づけられる。


「どうこう言ったってっ、あたしにはコレしかないんだからっ。

 いけっっ!」


 シェルフィが気合いの声とともに極限に引き絞った弓から渾身の矢を放つ。

 弓精ともアルテミスとも呼ばれる彼女の究極と称するに相応しいその技に、弓使いの少年が感嘆の声を漏らす。

 一度はお目にかかりたい、だがそれは懐妊により叶う事はないだろうと思っていただけに、最初で最後になるであろうこのチャンスを逃すまいと脳裡に焼き付ける。

 深々と矢が食い込みダゴンが片膝をつく。

 そこにシンが、キキが続けざまに攻撃を叩き込む。

 ダゴンは苦しげな呻きを漏らす。


「俺にはまだ、こいつがあるんだっ!」


 アレクが腰に挿した剣を抜き放ち突撃を仕掛ける。

 先程の攻撃でアレクの身体は既にボロボロだ。

 だが……アレクはタリスマンをくれたときのディクの顔を思い浮かべていた。

 あの笑顔を守るためならば、限界くらい何度だって超えてやる。


「あいつもう一回やる気か。

 なら……アレクっ!」


 フォイボスの投げた火炎瓶の炎がダゴンに降り注いだ瞬間、それを巻き込むようにアレクが自ら台風となったような強烈な攻撃を繰り出す。

 ダゴンの胴はこれまでのいくつもの傷をえぐるように深く切り刻まれ、ボロボロになっていく。

 ダゴンは最後の力を振り絞り呪いの言葉を紡ぎだそうとした。

 だが、風の精霊の力に阻まれそれは誰の耳に届く事もなかった。

 ダゴンはもはや何も残す事が出来ず、その姿を灰へと変えていく。

 アレクはもはや柄だけになった剣を高々と掲げ、雄叫びを上げていた。

 静寂の精霊に包まれ仲間にその声こそ届かないものの、皆彼の叫びを聞いた心地だった。



 ダゴンの守護する宝を持って一行は先程の老人の部屋に戻った。


「諦めて、わしと戦う気になったか?」


 皮肉げに笑う老人に、ティアが答える。


「老。

 約束の物、持ってきた」

「なんと」


 老人の顔が驚きに包まれる。


「よかろう」


 宝玉を受け取った老人はそれをしばし見つめる。


「老。

 死は良き未来ではないよ……」

「死ではない。

 わしはこうして生き続ける」


 その言葉とともに宝玉が輝きを増していく。

 あまりの眩しさに一同はたまらず目を閉じる。

 輝きが収まった時、床には一丈の杖が落ちていた。


「やはり……竜剣化の秘術かえ」


 杖を拾いながらティアが呟く。

 老いに絶望を感じ死を望んでいた竜の老人は、新しい姿に希望を見出だしたのだ。



「アストリアだ……」


 部屋に現れた宝箱の中身を取り出したシルヴィアが言った。


「さあ、帰ろう。

 早く木蘭様に届けないと」


----------------------------------------


 こうしてアストリアは無事木蘭の元に届き、木蘭は一命を取り留めた。

 だがこの冒険者達の活躍はどんなサーガにも語られる事はなかったという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ