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27.ちょっと昔の話をしようか

「あれはまだ父や母がいらっしゃった時でしたね」


 幼い時のエイダーは、内向的で静かに本を読むのが好きな子どもだった。そのエイダーを少し歳が上のアルノーが外に連れ出していた。


「エイダー! 今日は西の国の大陸の船が港に来てるんだって見に行こうぜ」

「今日はこれから歴史の授業が入っているから駄目だよ。それに遊びに行くなら先に言ってくれないと護衛の人が困るよ」

「その護衛まくのが楽しいんじゃん。全然危ないことなんてないのにあれは駄目これは駄目って窮屈じゃね」


 エイダーもアルノーの言い分もわからないでもない。時々言いようのない不安があってそれがなんなのか苦しい。相談しようにもそれを言葉に出来ないほど曖昧で言葉を知らな過ぎた。もっと自由に動ければ何か変わるかもしれないが、自分自身の生活が人によって支えられていると父が言っていた。


「窮屈でもやらなきゃいけないし。僕が勝手に動いたら護衛が罰を受けるんだから慎重になるよ」

「でもそしたらどこにもいけなくなるじゃないか」


 アルノーが不貞腐れているとオンラードがアルノーの頭に拳骨を落とした。


「そういう調整をするのがお前さんの父や母なんだ。出かけられないと文句を言うなら出かけられるようにせい」

「だって」

「まぁ、わしとしても坊っちゃんの見識を深めるよい機会じゃから出かけるのは賛成じゃ」

「でもオンラード翁、歴史の授業は」


 歴史は、オンラードが先生となり教わっていた。


「歴史というものは、書かれていることばかりが歴史ではないんじゃよ。人々の生活は突然始まったのではなくいくつもの歴史が積み重なり今になっとる」


 シワが刻まれたオンラードの目は、一体何を写してきたのだろうか。それとともによく笑い活発な年上の友人にも違ったものが見えているのだろう。


「港に出かけるぞ」





「オンラード様は、昔からいらっしゃったのね。いったいおいくつなのかしら」

「祖父の代からいたそうです。元々友人というのでだいぶ高齢でしょう」

「そのわりにはとても元気ね。今度秘訣を聞きたいわね。それで港町に行ったのよね」

「はい、その時一緒に行ったのは僕とアルノーとオンラード翁が声をかけたサージュでしたね。今は、夫婦になっていますがアルノーがサージュにちょっかいをかけて嫌われかけてましたね」

「あら、気になるわ」




 港には、たくさんの積荷が降ろされ船員や商人達が忙しなく動いていた。積荷は、木箱や樽、麻袋であり見たことのない言葉が書かれている。


「読めない」

「まだ教えておらんからの。あの木箱には名前と番号が書いてあるのぉ」

「なんで中身がなんなのか書かねえんだ」

「ふむ、二人はわかるかの」


 オンラードが突然話をしてきたのでサージュは、驚いて服の裾を強く握ってしまった。アルノーは、それを面白くなさそうに睨みつける。


「サージュ、先に答えていいよ」

「中身がわかると盗んじゃう人がいるからだと思う。それに何があるのかまとめやすい?」

「そうじゃ、サージュは賢いの」


 オンラードが褒めると母に習ったのだとサージュが笑みを浮かべた。


「ふっ、ふん。それくらい俺もわかってらぁ。サージュだけじゃねえぞ」


 アルノーがサージュに詰め寄るとオンラードの後ろに隠れてしまう。オンラードは、さらに詰め寄ろうとするアルノーを手で制した。


「ほうほう、それは上々。他にもあるのじゃがわかるかの」

「文字が読める人だけではありませんから数字にすることによって荷運びに指示を与えやすくしていると思います。それに荷下ろししたときに連続した数字を一塊にすることによって管理しやすい」

「その通りじゃ。ここにいるのはさまざまな場所から来ておる。その中には文字が読めず言葉も通じないものもおるんじゃ。数字と文字の形だけを教えれば労働者も動きやすい」

「なら文字教えればいいじゃん」

「でも文字を教えてくれるとこってとても少ないから難しいと思うよ?」


 たしかにアルノーのいう通り文字を知っていれば出来ることが増える。


「そうじゃ、でものぅ。大体の貴族は平民や奴隷に教育はいらないとしておるから知らない方が多いんじゃ。子どもに学習の機会を与える侯爵様がすごいのじゃぞ。次は」


 オンラードの話を聞いてしばらくして港街の広場で休憩することになった。途中で市場を経由し食べ物と飲み物を買い込んだ。


「肉うまっ」

「あの本当に私も食べていいの?」

「爺はな子どものおやつくらいで怒らんよ」

「ありがとうオンラード様」

「ありがとうございます」


 広場は、言葉や見た目が異なる様々な人々が行き交っている。普段屋敷にも様々な者が訪れるが多様さではここが一番だ。


「少し周りを見ても大丈夫でしょうか。範囲としては広場だけで」

「それなら大丈夫じゃろう」


 オンラードは、何処かに目配せした。アルノーも着いていくというので一緒に歩いていた。広場にもお店があり貝殻を加工して小物置きにしたものが売っていた。


「坊っちゃん、気になるかい」

「父と母にお土産を買ったら喜ぶんじゃないかと思って。それと、それでいくらですか」

「その歳で親に贈り物とか泣けてくるね。いい子にはご褒美だ。これでいいよ」


 提示された金額なら買えるとお小遣いから出して商品を鞄にしまう。


「よろこんでくれるといいな」

「はい、アルノーは何か買わないんですか」

「この前出かけたときにこづかい使い切ったからねぇよ。ちょっと残してりゃよかったな」


 アルノーがガラス玉とリボンがついた貝殻のブローチを指さしている。アルノーがつけるとは考えられないしアルノーの母に渡すものとしては若すぎた。ならば最後に残るのは、年下の女の子のサージュだろう。


「サージュにあげるんですか」

「ちょっと態度悪かったなって。それに他の子つけてるの目で追ってたから」

「よく見てますね」

「小さいんだから迷子になったら困るだろ。だいたい困っても自分でなんとかしようとするのが見てられないんだよ」

「へぇー」


 面倒見がよいのは知っていたが最後は自己責任でどうしたいのか聞いてくる。エイダーを連れ出す時もむりやりではあるが本当に嫌がっている時の引き際がよい。だからこそメントルや両親もお目こぼししているのだろう。それにもかかわらずサージュに対してだけはそれがうまくいかないようだ。

 色々本を呼んでいるがこれは、アルノーがサージュのことをとくに気に入っているということだろうとあたりをつけていた。エイダーは、本でそういうことがあるとは知っていたがどんな気持ちなのだろうと思う。


「気にかけるのはいいと思うけど言葉の選び方を考えた方がいいと思うよ。サージュが傷ついてるってわかってるよね」

「そうだけど」


 なぜ素直な言葉を言えないのだろうと思っているとどこかから声が聞こえた。必死に何か言っているようで気になった。


「なんだか声が聞こえる」

「声? どこから」

「あっちなんだけど裏道……だよね」


 オンラードを見ていると隣に座ったサージュと仲良く話しているようだ。子どもと老人だけで歩かせるわけもなく護衛もどこかにいるはずだがどこにいるのかわからない。本来ならば大人に任せて安全なところにいるべきだろうがこの声が聞こえなくなったら。


「行こう」

「は? 何言ってんだ」

「今行かなきゃ後悔すると思う。だから来てアルノー」


 アルノーの返事を待たずに聞こえる声の先へ足を向け走った。声が聞こえるので思ったよりも近いと思ったのだがまだみつからない。息切れしても走り続けると身なりの良い少女が男に抱えられていた。


「離せ! 誘拐犯」

「うるせぇ、黙れ! 小さい方が扱いやすいと思ったのにうるせぇ」

「その子を離せ」

「なんだこのチビデブ」


 少女を抱えている男がいぶかし気にみていたがさっきまで見えていなかったもう一人の男が何かに気が付いたようだった。


「見たことあるぞ。領主のガキだ。王族と関わりのある貴族らしいからがっぽりだ」

「まじか。ならこいつも攫うか。兄貴も喜ぶだろ。そっちよろしく」

「重そうな方をまかせんな」


 次期当主として鍛錬をしているのでなんとかなると思っていたが歯が立たなかった。エイダーと男の腕と身長が違うので腰に当たっただけだった。それに慣れたように襟元を掴まれて樽のように担がれ動けなくなる。


「エイダー!」

「まだ餓鬼がいるのか。でもこっちは貴族じゃなさそうだ。このデブの知り合いみたいだな

。痛い目にあいたくなけりゃこれを大人に持っていけ」


 アルノーは、男が捨てた紙を拾って睨みつけた。男の舌打ちが聞こえていますぐにアルノーを逃がした方が良さそうだった。


「アルノー、言うことを聞いて。僕は人質だからひどいめにあわないはずだ。だから」


 アルノーは、深呼吸すると広場の方向に向かって走り出した。エイダーは、大変なことになったぞと唾を飲み込んだ。

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