26.そんな反応をされるとは思いませんでしたの
そのまま解散すると思っていたらハニーンが神妙な面持ちになった。
「それでこんなとこに何を買いにきたんです? えっ、パジャマ会。お泊り会ってことですね。楽しそうでいいわねぇ。懐かしいわぁ。あたしも娘時代に」
とてもハニーンの話が早く、返答もはいやいいえしか言えないような質問をしてくる。この話の誘導方法商人として見習いたい。しかし天気が良いので喉が乾き薄手のドレスとはいえ汗も酷い。横目でサージュを見ればずっと侯爵領にいるためか、暑さや日差しも気にならないようだった。
「ハニーン様、申し訳ありませんがもう少し話を続けられるなら日差しをさえぎれる場所か飲食が出来るところにエルメス様をお連れしたいのですが」
「女性だけで入れる食事どころってないねぇ」
「ないのですか」
「自宅に呼んでお茶をすればいいからねぇ。それに下手な店に入って散財しても嫌だし」
ハニーンの言葉になるほどとエルメスは納得した。女性達が集まって飲食店に入るという文化は、比較的最近でかつ自立した職を持つ女性が多かった。もしくは貴族女性が内密に話したい時などに使用していた。
夫の不在が多く女性が強いといってもそういった生活が浸透するのは、帝都から離れたことでは遅れていてもおかしくない。
「でもそういうところがあると助かるねぇ。寄合で自宅に招くってことがあるけどうちもそこまで広いわけじゃないからお隣さんに迷惑かけてて悪いと思うんだよ」
「家庭がある女性だと子どもを見なくてはいけませんものね。私も結婚しておりましたが元夫との間に子どもがおりませんでしたら想像でしかありませんが」
「そうかい、苦労しただろう」
ハニーンの言葉が思った以上に優しくて、幼いころに亡くした母を思い出してとても懐かしかった。
「家臣たちが良い方たちでしたので過ごしやすかったですわ。たぶん先代伯爵の人柄のおかげだったのかもしれませんわね。仕事が忙しくても時々一緒にお茶をしてくれるメイドや騎士たちが懐かしいわ」
「エルメス様は、どこでも家臣に優しく出来る方だったのですね。さすが閣下ですわ」
サージュは、純粋な瞳で見てくるがエルメスにとっては当たり前のことだった。シュルプリーズ家は、領地持ちの貴族ではなく家臣はおらず従業員くらいのものだ。シュルプリーズ商会が帝国一の商会としてなりたっているのは誠心誠意働いてくれている従業員たちがいるからであり無体を強いるなど言語道断だ。
「支えてくれる人がいるから貴族が成り立っているのに無体を働くなどありえませんわ」
「そういう御貴族様もいるんだねぇ。あ、ご領主様は別ですよ」
「わかっておりましてよ。エイダーならそういうことはしないでしょう。貴族としてありえないくらい優しい性格だもの」
そんな話をしていると時間を告げる鐘がなった。ハニーンとずいぶん話し込んでいたようだ。いろいろ買いたいものがあるので急がなくてはと思い顔役ならよい商品を知っているのではと思いつく。
「ハニーン、そろそろ買い物に戻らなくてはいけないのだけれどパジャマ以外に買いたいものがあって貴方なら知っていそうだから教えていただけないかしら」
「なんだい? あたしよりそっちの侍女の方が知ってそうだよ」
「いいえ、ハニーンが適任ですわ」
思わずにやりと口角をあげてエルメスは話し出した。
アフェクシオン侯爵邸に戻り夕食後ゆっくりとお茶をしながらエイダーに街の話をしていた。
「それで買ってこられたのがこの花瓶ですか。我が家にも花瓶がいくつかあったはずですが気に入りませんでしたか。高価な花瓶や壺は、お金に困って売ってしまいましたが」
「侯爵家にふさわしい良い花瓶ばかりですわ。でもエイダーから毎日貰っている薔薇を飾るための花瓶があればよいなと思いましたの。貴方が私に薔薇を選んでくれているように」
エルメスが微笑むとエイダーは、顔を真っ赤にした。本当は、顔を覆いたいようだったが手にしている花瓶の手を離すわけにはいかない。
「それと婚約して最終的にここに住むならこれほど価値のある花瓶はありませんわ。この領地で作られた陶器ですもの。あつらえたかのように繊細な緑の光沢が美しいが白薔薇にあうでしょうね」
「地味ではありませんか。帝都でよく飾られるような大胆な柄や鮮やかな色を使用していないのですよ」
最近の流行りは、様々な鉱物や素材で作られた釉薬を使用しての華やかな陶器だ。主張が強い花やさまざまな花を飾るならよいが、白薔薇の花束を飾るにはうるさい。
「花が主役なのですからこれがよいのですわ。虹色の光沢がさらに美しく見えませんか?をなんというのでしょう それに」
言いかけた言葉を思い出してだいぶ恥ずかしくなってきた。エルメスが理解していた以上にエイダーのことが好きになっている。
「エルメス嬢、どうしましたか。どこが具合が悪いですかすぐに医者を呼びましょう。アルノー」
「具合が悪いわけではありませんわ。緑色があなたの瞳の色と同じだから欲しいと思いましたの!」
エイダーは、手に持っていた花瓶を近場のテーブルに置いてからエルメスを抱きしめた。
「なんでそんな可愛いことを仰るんですか。まだ婚約者でしかないのに結婚まで耐えられるか心配になります」
体格差で顔が見えないがエイダーがこんなに取り乱すとは思っていなかった。落ち着かせるように頭を撫でると癖っ毛の茶髪が思ったより硬い。てっきり甥のようにふわふわしていると思っていた。
「エルメス嬢?」
「頑張っている人は褒めないと」
「ふふっ」
何がおかしいのかわからないが落ち着いたらしくエルメスを抱き締める腕の力が抜けた。
「昔もしてもらったことを思い出しました。どうやら忘れているようなので話してもいいですか」
「この体制で!? ちょっとは痩せたけど重いわよ」
ソファーに座ったかと思うと膝にエルメスを乗せた。
「そう思ったら座り直しますから心配しないでください。それに領民を守るためにそれなりに鍛えているんですよ」
エイダーが自信満々で言うので大人しく座ることにした。




