25.ここに居たいと思ったのよ
港町に着くと様々な人々がいて自国にいるのに他国の雰囲気がある。それでも疎外感がないのは、開けっぴろげで他人を排除するというところがないからだろうか。
「やっぱりここはとても賑わっているわね。屋敷に来てもらうというのも悪くないけれど買い物が楽しいというのは空気感が大事だわ」
「確かに静かな買い物もいいですが高揚感がありませんね。最初にパジャマを選びましょうか。おすすめがこの通りを曲がった店なんです」
「裏通りって危なそうだわ」
侯爵領の兵が巡回しているだろうがそれでも表通りに比べて人の目が少なく治安が悪くなりやすい。
「そうなんですが表通りにあるのは高級なお店が多くて手が出にくいんです。それに裏通りだと掘り出し物が多いんです」
「土地代が安いから新人の人が店を出しやすいのでしょう。表通りって土地代がとても高いのよね。その分大きなお金を動かす商会しか借りれないのよ」
「だから表通りのお店って偉そうなんですね。普段着で私が行くといい顔をされないですし。確かにあまり買い物は出来ないんですけど」
「なるほどね。あら、あの通りかしら女性客が多いわ」
「はい、平民の女性客が多い通りなんです。女性ものの服や雑貨が多くて来やすいんです」
女性たちがとてもいい笑顔で商品を吟味していて、微笑ましく自然と笑顔になった。カルミヤに会いに行った時に見た悲惨な娼婦達を見ていたからかもしれない。そもそも女性が働ける場所が少なく給料が低いので娼婦になるしかない人もいた。誇りをもってその職業を選ぶ人もいるだろうが、それしかないというのはとても窮屈だ。
「エルメス様? どうかされましたか」
「女性の職業が少ないのはどうしたらいいかしらって。大抵の女性は、夫の収入に依存してしまうでしょう? 夫に万が一のことがあると生活がままならなくなってしまうのよね」
「そうですね。子どもがいる家庭だとさらに働ける場所が縛られてしまいますわ」
「ずいぶん深刻な話をしているねぇ」
顔役をしているハニーンが恰幅の良い体を揺らして笑いかけてきた。
「まぁ、ハニーン様。お久しぶりですわね」
「様なんていらないよ。それより働く場所が少ないっていうのはあたいも気にしていたんだよ。あたしもある程度斡旋していたんだけど限度があってねぇ。ここは、船乗りが多いだろう? 船が難破して夫が行方不明とか亡くなったっていうのは珍しくないのさ」
「それは残された人は不安ではないのかしら」
「もちろん不安さ。でも不安がっていてもご飯は食えないからね。次の結婚相手が見つかればそうでもないけど」
平民女性も貴族女性も生活を維持するには、結婚相手次第というのは変わりないのだろう。
「それにね。生きてりゃあ色々金がかかるもんさ。病気や怪我、住んでる所が壊れりゃあ直さないとね。そういう出費が痛くて直せないってとこ少なくないね」
「修理依頼も安くありませんものね」
「だからもし安心して働ける場所があるなら働きたいのさ」
「そうですわねぇ。考えておきますわ」
何か出来ないかと考え込むとハニーンは不思議そうな顔をした。
「なんか変わったねぇ。いや前から変わった方だと思っていたけどね。居候って感じがなくなったような。貴族のお嬢様に居候っていうのもおかしいか」
居候という言葉に少しおかしく思ってしまう。確かにいつかは出ていくかもしれないと思っていたが、ここにいて当事者として関わっていきたいと思う。たぶんそんな些細な違いなのだろう。
「アフェクシオン侯爵の婚約をお受けしましたの」
「それは目出たいねぇ。でもあたしに言っちまっていいんかい? お披露目とかするとかあるんだろう」
「次の豊穣祭で行うと旦那様は仰っておりました」
「そういう話でしたね。でもこの港町を守っているのはハニーンでしょう? 誰かから教えられるのではなく私自身が言いたかったのよ」
「思った以上に義理堅いねぇ。そこまでしなくてもいいかもしれないけどやられて嫌な気分にはならないねぇ。今後が楽しみだ」
差し出された手は、手の皮が厚くザラザラしていて貴族女性の手とは違った。




