ストーカーです
※ミネット視点です。
「帰れアーサー、仕事はお前がしろ! 僕は忙しい!」
「殿下の仕事は城下ではなく執務室にあるんです。いい加減にストーカーはやめて帰りましょう」
やいのやいのと喧しいのは、ここが城下町の活気あふれる表通りだからではありません。
それなりに人の波があるにも関わらずそのすべてが私を避けるほどに、偽ろうとしない上に近すぎる後ろのお二人がうるさく目立つのです。
なぜ変装なり庶民に合わせた服に着替えるなりしてこないのでしょう。
ロクレンツ殿下は普段のまま煌びやかに着飾っていますし、アーサー様も殿下にお仕えする品格あるお召し物です。
隠そうとせず私の後ろに張り付いているものですから、私はとても居た堪れないです。
……まぁ、殿下はいつもこんな感じで隠れようともしていないみたいですけど。気持ち悪い。
アーサー様に殿下の監視役として雇われ、城下町の路地裏で絡まれている所を殿下に助けられたのは偶然でした。
いつもの殿下なら自ら飛び込むことはないので油断していた私が悪いのです。
まさか飛び込んできた上に、あのように助けられるとは思ってもいませんでした。
……助け方はあれでしたが。殿下がお怪我をされない最善でしたので、そこに文句はありません。
それから一時は殿下の城下町通いが頻繁になり、仕事が減らないとアーサー様が嘆く日々が続きました。
私は監視という仕事もありますがメイドという建前も持ち合わせていたので、殿下が城にいる間はそちらの仕事をこなしていました。
王族の生活区域には立ち入ることのない下層のメイド、そして下層のメイドが働く区域には立ち入る必要のない殿下。
まさか、洗濯場で出会うとは思いませんでした。それも突然現れて抱きしめられるなんて。
咄嗟のことで盥を放り投げた私は、暗器を殿下に向ける寸前でした。
アーサー様が引っ張っていってくれて助かったのを覚えています。鳥肌がすごかった。
その二度目の出会いから殿下はぱったりと城下町へ通うのをやめました。
代わりになぜか私のことをこそこそと遠巻きに見ていることが増え、さらにはメイド長や先輩メイドから「ろくでなし殿下に気をつけて」と心配されるようになりました。
それと同じくして、アーサー様から「どうやらミネットのことを気に入ったようです」と教えられました。
私としては、監視対象がちょろちょろと出歩くよりも監視しやすくなりましたので、まぁいいのでは? くらいに思っていました。気持ち悪さはありましたが。
私に付きまとっている間はアーサー様もご自身の仕事を片付けられるので、ちょうど良かったのです。
ですが、頻度と距離感が問題でした。殿下は人目を気にすることなくストーキングするので、先輩メイドから「あそこにいる」「丸見え」と教えられることもしばしば。
仕事も毎日サボっているので、アーサー様の苦悩もあり、気持ち悪さもあり、つい私も冷たくあしらってしまいました。
それでもめげずに私の後を付きまとう殿下は、存在こそ隠れていませんが私の前に出てくる時はいつも助けてくれる時だった気がします。
助ける必要はあったのか、助け方にしても微妙ではありますが、私のために出てきてくれました。
その時ばかりはストーカー特有の気持ち悪さはなく、私への好意しかなかったように思います。
……殿下のお考えはアーサー様が「殿下の日記おもしろいよ」と教えてくれようとしますが、それだけは丁重にお断りさせていただいているので。
純粋な好意だけを受け取って、私はそれに報いるために私も正体を隠さず短剣を抜きました。
きっと殿下は驚かれたでしょう。
メイドでありながら監視役、けれど短剣を持つ私の正体。まだ明かしていませんが、アーサー様がどこから私を引き抜いたか。
騎士といったら、めげずに私を口説こうとしたあなたは慄くのではないですか?
だから、「運命」と言いたげなのを知ってあえて「ストーカー」と返したんですよ。
間違ってはいませんし、それでもまだ私を見続けるのなら、その時にようやく「運命」となるのでしょう。
サボり癖、脱走癖、助け方はカッコがつかないし、私より体力もない。ストーカーをするくらいなのだから、妄想もひどいのでしょうね。
けれど、一直線に私を見てくるあなたを嫌悪しながらも突き放しきれないのは、それでもやっぱり私のためなら身を挺してくれるからだと思うのです。そう、守ってくれるからです。
ろくでなしのロクレンツ殿下と揶揄されるあなたに惹かれてしまった抗いたいのに抗えない苦しさを抱えるのもまた、私の運命なのです。
…………はぁ。