ダンスホールに出現せし輝き
「ファーストダンスは僕だね。」
アランは再会するや私のダンスカードを私から取り上げ、そこに勝手に自分の名前を書き込んだ。
大丈夫、まだまだ私が踊れる曲はたくさん残っているし、未婚女性は同じ男性と二曲続けて踊ってはいけない慣わしだ。
ヤスミンと踊れる曲はまだまだあるでしょう、マルファ。
「そのあからさまに嬉しくなさそうな顔!リリアーヌ、君のダンスカードを渡してくれるかな。君の踊りたい曲に僕の名前を記入するから。」
リリアーヌはヘイゼルの瞳の目元をほころばせて、おずおずという風に自分のダンスカードをアランに差し出した。
彼女は私とほとんど変わらない白いドレス姿であるが、私にはない素晴らしき金髪の巻き毛を結って遊び毛を出した頭をしている。
くるくるとした巻き毛の小さな束が零れ落ちる様は、まるで天上の天使みたいに可愛らしい。
「光栄ですわ。アラン様に踊って頂けるなんて!」
アランはリリアーヌの喜びの声を受けるや、ほら、という風に私に抗議するようにして視線を寄こした。
私はそんなアランに困惑するばかりだ。
デビュタントは女の子は白ドレスに男の子は黒スーツと決まっているが、デビュタントではないアラン様は一人で金と銀に輝いていらっしゃる。
ブルーグレーシルク地というジャケットを羽織ったアランは銀色の光を帯び、キラキラ煌く金髪の後光も相まって、美しさのあまり白鳥に姿を変えられた王子様の神話を彷彿どころかそのものでしかなくなっているのだ。
いまや、デビュタントどころかホール中の未婚既婚問わず女性達から、彼は溜息交じりの熱い視線を独占している。
そんな素晴らしき人なのに、こんな普通の私なんかに、夢中、なんて振る舞いをなさっているのよ?
彼は本当は近眼だったのかしら?
だって、こんな素敵な男の子が夢中になる私だったら、ヤスミンだってもう少しユベールがイモーテルにするみたいにして下さるんじゃないの?
ああ、ヤスミン!
私は溜息を吐きながら会場を見回した。
彼はまだいない。
挨拶の終わったデビュタント達が二重の輪になって、拍手して二回回ってお辞儀して、また数歩歩いたら二回回ってお辞儀という、小さな子供でも踊れる本当のファーストダンスは終わっている。
今は、その後に連続して三曲続くワルツなどの大人のダンスの時間だ。
その間に次のデビュタント用ダンスである、カドリールの相手をデビュタントたちは頑張って探さねばならないのである。
デビュタントって、早い話、結婚市場に並べられた新鮮なお肉、みたいな存在でしかないのだもの。
好きにパーティを楽しむには、社交界の重鎮になるか既婚者になればいい。
ああ、帰りたい。
でもヤスミンに会いたい、踊りたい!
「ワルツはデビュタントには禁止だからって、集団円舞ばっかりは飽きちゃいますわよね。」
「え、ええそうね。今日は適当に踊って、あとは化粧室でお喋りに興じます?」
昔の泣き虫の面影も無いリリアーヌの言葉に私はもの思いから覚め、ここはパーティを楽しむどころか親友との旧交を温めようという気になった。
しかし、私に笑顔を向けていたリリアーヌは、一瞬で私を裏切った。
「私はあなたと違ってお相手がいませんの。化粧室?そんな所に閉じこもったら、あのチョコレートの王子様を手に入れられません事よ!」
急に肉食獣の目の輝きとなったリリアーヌにあっけにとられながら、私は彼女が一瞬で夢中になったチョコレートの王子様へと振り向いた。
「うわ、とろけそう。」
口から勝手に下品な言葉が出てしまっていた。
お母様もバルバラも踊りに行っていてくださっていて助かったわ。
下品な口ぶりを見咎められたら、今夜はヤスミンと踊るどころじゃないだろう。
そうよ、彼との再会とダンスは死守しなければ!
だって、彼がいるのよ!
ヤスミンはホールを我が物顔で歩いていた。
そして、彼が纏うダンススーツは、飾り気も無い黒だ。
だけど、彼をデビュタントだなんて誰も思わないだろう。
潔すぎる、黒、なのだ。
ジャケットのボタンを開けているので、長い足を動かすたびにジャケットが閃き、白いドレスシャツを纏ったしなやかな筋肉のある上半身やカマ―ベルトで絞められた腰の細さを見せつける。
「黒い豹みたいに美しい人。」
リリアーヌが感嘆声で溜息を吐いた。
私も同意見だわ。
ヤスミンは右足を引き摺ってもいるが、そんな事など全く問題無いぐらいに、彼の足さばきは猫のようなしなやかさもあるのだ。
「あの目立ちたがりめ。」
金銀財宝そのものの王子様が呟いた。
あなたも眩しすぎる程ですわよ?
でも、アランが不機嫌になったのは仕方が無いだろう。
アランに向けられた視線はほとんどが女性のものだったのだが、たった今ホールに出現したヤスミンが集める視線は、男女問わず!なのである。
それも語弊があるでしょう。
全員よ、全員の視線を浴びているのよ、彼は!
踊っている人達だってヤスミンを見返しては、次々にステップを踏み間違えているじゃないですか!
いいえ、視線ぐらい集めるでしょうよ。
だって、だって、あのお髭が無いのよ?
艶のあるチョコレート色の髪はオールバックにさせて素晴らしき額を完全に出し、そのために整った顔立ちをさらに際立たせている。
本物の彼のお顔は童顔だってフェリクスから聞いてはいたが、それは本当ね。
二十代後半の彼が二十代前半にしか見えないぐらい。
でもその童顔のお陰で、今の彼は乙女が夢見る柔らかい雰囲気の貴公子然としているのだ。
ああ!あなたこそ私の夢見る王子様よ!
あ!ヤスミンが私に気が付いた!
ああ、あなたのチョコレート色の瞳が、これ以上ないぐらいに、大理石の台で練られたチョコレートよりも蠱惑的に輝いているじゃないの。
彼がこちらを見返しただけだが、周囲の女性達が色めきだって小さな悲鳴を上げ、そこいらじゅうで扇をパタパタと仰ぐ音が一斉に聞こえ始めた。
わたしだって仰いじゃったわ。
頬が熱くなっている。
きっと真っ赤になっているわね!
お母様やバルバラが男の人が体を熱くさせるって言っていた意味を、私はたった今経験させて頂いたわ。
ヤスミンは私の変化を気が付いたのか、ニヤリと悪辣そうな笑みを浮かべた。
すると、優しそうで美しい貴公子だった彼が、一瞬にして魔王様に変化為されたのだ!
今度は悲鳴だけじゃない!
はふっと追い詰められた獲物が吐くような吐息を、ヤスミンを見つめていた私を含めた周囲の女性達が一斉に挙げたのだ。
あなたに捕えられたい!
そんな共通意識ですわ!
それなのに、そんなにも素晴らしき彼が、誰もがひれ伏してしまいそうな最高の笑顔のまま私の所へと真っ直ぐに向かって来るではないか。
それで、ああ、目の前に立つや、姫君の救難を助けに来た騎士の如く私に向かって胸に手を当てるというお辞儀までしてくれたのだ!
彼はゆっくりと身を起こすと、私が気絶してしまいそうなほどの甘い甘い笑みを顔に浮かべた。
「初めまして。私はププリエ伯爵、アルセーヌ・セレストと申します。美しい人。紹介も無く挨拶いたしますご無礼、それは仕方がないとお許しください。」
私の両目はまだ顔についている?
驚き過ぎて零れ落ちていない?
ヤスミンは何をし始めたの?
ヤスミンは自分の振る舞いで言葉を失っている私を知って、さらに嬉しそうにして微笑みを深くした。
やめて!足元がフワフワして、私は本気で気絶しそうよ?
ハハハ。
低くて滑らかな笑い声が私の背筋をゾクゾクさせ、私の体を熱くさせたりゾクゾクさせたりする男は、本当に嬉しそうに笑い出した。
手だって差し出した?
あ、私の手が私の意思など関係なく、勝手にヤスミンの手へと動いて彼の手の上に乗っている!
「奥ゆかしき美しき人。お名前を教えて頂ける栄光を賜れなかったが、可愛らしいお手に触れる事をお許しになったことは感謝します。」
ちゅ。
私の手の甲は髭のない柔らかな唇に触れられた。
「君をヒヨコって呼んでいいかな?」
「ん、まああ!台無しですわ!」
ヤスミンは本気で楽しそうな笑い声を高らかに上げた。
お読みいただきありがとうございます。
ヤスミンさんは可愛いマルファの為には頑張るのです。
そのせいで登場シーンだけで一話分、三千文字になってしまいました。




