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朝起きたら間違い探し?

 どおおおおおおん。


 私は朝を告げる憎々しい時計の音に目を開け、枕元に置かれた時計にいつもの習慣の様にして目線を動かした。


「お嬢様。その時計の針みたいに怠け者になるおつもりですか?」


 アンナはそう言って私を揶揄って、私を起こしに来たものだ。

 私は時計に動かしたはずの目線を何もない空間に移動させ、再び時計に目線を動かした。


 この陶器の古ぼけた時計は、以前の家では秒針が動いては戻るだけの時計だった、はず。


 でも、今現在、壊れていた時計はちゃんと時を刻んで動いている。


 壊れた陶器の時計はカチカチと音を鳴らすだけだったガラクタだったのに、いつのまにやら正確な時を刻む時計に直されているようである。


「え?」


 私は周囲を見回した。

 何かが起きているような?これは夢の中なのか?という混乱だ。


「もう一回寝たら、目が覚めるかしら?」


 ぎゅうと目を瞑ったが、目を瞑った途端に夢じゃなかった場合の自分の今日のスケジュールを思い出した。

 昨日の話合いで決まったのだが、朝食後からお昼過ぎまで、世間知らずの私がミネルパ様から教えを頂くために、ブルーノ雑貨店のお手伝いに行かねばならないのだ。


 それで、先ほど見えた時計の時刻は?


「ま、まあ!八時じゃないの!どうして!」


 ぴょこんと飛び起きて、さらにしっかりと時計を見てみたが、やはり時計の短針は八時を指している(長針は三の位置に近いけれども)という、八時台だ。

 頬をつねったが、痛い。

 夢じゃ無ければ時計が直っているのも現実で、そして今はもう八時!


「ぶっ通しで眠れたなんて私はすごいと自分を褒めてあげたいわ!怠け者とヤスミンに罵られても構わない!」


「凄いな。開き直りやがった。」


 私はきゃあと叫んで声のした方へと振り向いた。

 ベッドの脇にヤスミンが立っており、木綿の薄手のシャツと動きやすそうなウールの半ズボン姿の彼は、運動をしてきたように衣服には汗が滲んでいた。

 また、いつも彼の足元に纏わりついている白いぬいぐるみは、ヤスミンの腕に抱え上げられていたが、タオル掛けに掛けられたタオルみたいにだらっと脚をぶら下げているという状態である。


「すごいわね。犬を疲れさせる事が出来る人って、あなたぐらいなものよ?」


「言いたい事はそれだけか?寝坊してごめんなさいとか、朝の洗濯を今からするわ!とかないのかな?大体さ。今日から君はブルーノ雑貨店に働きに行くという予定じゃなかったのかな?」


 私は自分を見下ろす男を見上げてニコッと笑い、笑顔を顔に張り付けたまま、ごめんあそばせ、と謝った。


「今すぐに用意しますわ。ですから、部屋を出て行ってくださる?でないと私はベッドから出る事は出来ません!」


「俺がいない時だってベッドから出ないから、今俺がここにいるんじゃないか!ほら、動け!お前の裸を見て俺がどうかなるか!」


「ま、まあ!なんて酷い方!」


 私は掛布団を撥ね退けてベッドに立つと、両手をヤスミンの両肩に向けてエイっとヤスミンを押した。


「きゃあ!」


 撥ね退けられたのは私の方だった。

 ヤスミンに向けた力そのものが私自身に反射して、私はそのままベッドへと仰向けに転がって、じゃない!

 私の両足はシーツの上でずるっと滑った。

 大きく股を開いた格好で、ヤスミンをその股に挟む格好にして、私はずしんと大きなベッドの上に転がってしまったのだ。


 寝間着が無い私は、肩ひもに幅のあるシュミーズだけを着て寝ている。

 どうして昨日ヤスミンと洋品店に行った時に、幼い子供向けのパジャマというものを買ってもらわなかったのだろう?


「おへそが出ない作りだぞ?布団を蹴とばしても大丈夫だ。」


「おへそなんか出して私は寝ていません!」


 反射的に言い返さずに買ってもらえば良かったじゃないの!

 パジャマを着ていたら、シュミーズの裾が大きく捲れ上り、私の膝上まで明らかにしている、という破廉恥な格好をヤスミンに晒さなくても良かったはずであるのに!


「ああ!昨日は無理矢理にパジャマを買っておかなくて良かったよ!」


 まあ!

 ヤスミンは私の足に意識をしてしまったというの?


 私は慌てて起き上がり、裾を下そうと手を伸ばした。

 だが、やっぱりというか、ヤスミンの方が早かった。

 彼はそっと私の裾を直し、起き上がった私の頭に顔を寄せた。


「君がどこもかしこもヒヨコさんで嬉しいよ。色気、全くなし。」


「もう!」


 私は恥も外聞も無く、脚でヤスミンの足を蹴とばしていた。

 蹴とばしたそれは左足。

 彼は右足をケガしているからか、左足のほんの少しの揺らぎに右足が耐えられなかったのか、揺るがないはずの彼が揺らいだ。


 ヤスミンはその大きな体で私に圧し掛かり、掛かるはずなのに……掛かってこない?

 寸前で彼は持ち直していたようだ。

 してやったぞという優越感まる出しの顔を私に向けた彼は、私の額に彼の額をこつんと軽くぶつけた。

 ヤスミンが私に見せる顔は優しく、昨日ヨタカ亭で夢想した暖炉の前の彼のイメージを思い出させた。


「乱暴者。」


「あ、あなたこそ。」


「では、元気が余っている我々は、日が高いうちに洗濯をしよう。そして、君の白いだけの色気のないドロワースと俺のタイツを旗みたいに掲げようか?」


「いやらしい!」


 ヤスミンは私の額を指先で軽く突くと、急げよ、と言って部屋を出て行った。

 私は頬を膨らませながらシュミーズを脱ぎ、彼の言う通りに着替えて支度をしなければと、今日のドレスを選ぶべくクローゼットの扉を開けた。

 選ぶ?

 ドレスは三枚しかないのに!と自分の頭に浮かんだ単語に微笑んだ。


 けれど、扉を開けたそこで、私の手は動きを止めた。


 ブランディーヌのクローゼットはとっても大きくて広々としたもので、そんな場所に三枚だけドレスが揺れる光景は少しだけ侘しいものだ。


 だった。


 ドレスが、増えている?


 なんと!

 新たな一着は、私のドレスと一緒にハンガーにかけられて揺らいでいた。

 ハンガーにかけられていたのは、新品にしか見えない、生成りのパフスリーブのハイウエストドレス。

 これはコルセットが不要なので、女性が自然体でいられると最近の流行りのドレスであり、ちょっとしたお茶会ぐらいならば対応できるものだ。


「ま、まあ!まあ!どうして?ええと?」


 洋品店のトルソーが着ていたのは覚えている、けれど?

 もうあんなふうなドレスを着る事は無いのね、そんな風に見てしまっていたけれど?ヤスミンは気が付いていたっていうの?


「ほら早くしろって!」


 ヤスミンはドアを開けて私を怒鳴って来たが、すぐに真顔に戻ると人形のような動作で私の寝室のドアを閉じた。


「おかしなヤスミンだこと。」


 閉まり切った扉の向こうから、本気で怒ったような怒鳴り声が響いた。


「急いで服を着ろ!」


「もう!だからこれから服を着ようと、服を?」


 …………!


 あら、いけない。

 私ったら何も着ていない姿だったじゃないの!

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