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実存的異世界チート無双

杉村まさゆきは異世界転生で得たスキル「全知全能」を封印し、一般庶民としての人生を選んだ。

結婚し、定年まで勤め上げ、子供と孫が生まれ、その生涯を全うした。

しかしスキル「全知全能」取得時のショック死を拒否したまさゆきは、死そのものに拒否される存在となっていた。

死を得るためには、全知そのものへ自身の精神を押し上げなければならない。

精神拡張の旅路の第一歩として、まさゆきは魔王に転生した。

まさゆきは異世界「ウィンドウリッカーズランド」における史上最悪の魔王として、人類を蹂躙する。

 苔生した石畳の上で、まさゆきは目を覚ました。辺りは木々が生い茂っており、どこかの森の中だろうと彼は考える。

 まさゆきが立ち上がろうとすると、その体に植物の根が絡み付いていた。苔もキノコも生えている。本当に長い時間、ここで眠っていたようだ。


 シュールレアリスム絵画のように、森の中に木枠の窓が浮かんでいる。その窓が開きレムレースが顔を出した。髪はボサボサでほとんど下着姿。彼女も寝起きのようだ。

「おおおー、随分と久しぶりじゃのう、まさゆきよ。やっと起きたか。気分はどうじゃ?」

「うーん、なんだか眠いな。ずいぶん長く寝ていたみたいけど…ここはどこなんだ?」


「魔王城じゃよ。もうとっくに朽ち果ててしまったがのう」

 そう言われてみると石畳や、ところどころに点在する苔むした石材に面影が見える。まさゆきは、自分が一体どれだけの時間眠っていたのか…十年か百年か、考えようとしたが、頭が回らなかった。

「みんなはどこに行ったんだ…?四天王は?リナータは?」


 レムレースはまさゆきの目の前にいる。窓はもう無い。

「何を言っておる。お前さんがみんなオモチャにして殺したじゃろ」

「え?」


「四天王はお気に入りだったようじゃの。あやつらの丈夫さは魔族の中でも群を抜いとったからな。

水の奴は特に悲惨じゃったのう。お前さんが右腕を焼けた鉄に変えて○○○に○○○して、叫んどった。あんな叫び声は異世界史上でも他にあるまい。それを死んでは生き返らせ、死んでは生き返らせ…お前さんはそれを見て笑っておったな」


「……フハハハハ、あれは愉快だったな」

「いやいや、魔王人格はもういい、すっこんどれ。

出てこいジジイ。忘れたとは言わせまい。ワシはお前さんが知っとることを、ちゃーんと知っとるぞ」


「…あれは夢じゃなかったのか」

「それは夢の定義にもよるのう」


「まさに異世界チート無双じゃったな。

この異世界のわずかな生き残りは、すっかりお前さんに怯え辺境に散って暮らしておる。何せこの世のどこに居ようと、一瞬で目の前に現れて、なぶり殺しじゃ。今やこのウィンドウリッカーズランドでは、住居を構えることさえ危険という認識じゃの」


「そうか…そうだ。みんな俺が殺したんだっけ」

「そうしょげるな。人類史上のキルスコアランクトップ独占じゃ、誇るがいい」


「何がキルスコアランクだよ。末期ガンのおじいちゃんになってからスコア伸ばしたってだけで、もうギネス級だろ」

「はっはっは、言うではないか。

人型の知的生命体を人間と定義するなら、お前さんの総スコアは三億以上じゃ。命は地球より重いなどと言う話もあるが、じゃとするなら中性子星やブラックホールがいくつも出来てしまうのう」


「もう止めにしよう、こんなこと。良くないだろ」

「止める?何を言っとる、お前さんはやり遂げたのじゃ」


「周りを良く見てみろ。怨嗟が渦巻いておるじゃろう。苦痛に喘ぐ声、お前さんを呪う声、命乞いの声。一生取れんじゃろうな。お前さんはこの先ずっとこの中で、寝起きし飯を食い、クソ小便を垂れ、笑ったり泣いたりするのじゃ。

どうじゃ、面白いじゃろう?地球で暮らす者には、決して見ることのできん景色じゃ」

 まさゆきにはレムレースの言う景色は見えなかったし聞こえなかったが、その言葉の意味は理解できた。二人がいる森は静まり返っており、風にそよぐ木々の音だけが聞こえる。


「この異世界の人間は絶滅したぞ。みーんなお前さんが殺したのじゃ」


「そうか。…レムレースちゃん、前も聞いたかも知れないけど、これ、何の意味があったの?」

「ふむ。いわゆるレベリングとか、ファーミングの類じゃな」



 この異世界に住む人間の根絶。大昔に聞かされた魔王軍の目的である。それを聞いた時、まさゆきには自分がそれを本当に行うとはとても信じられなかった。

 レムレースはいつものゴスロリ姿、まさゆきが見たことのある姿に戻った。髪も顔も綺麗に整っている。

 森の中にテーブルと椅子と皿とBLTサンドとオレンジジュースとカフェラテが現れ、二人は数百年ぶりに食卓を共にする。まさゆきはレムレースがジュースを飲む様を見る。

 ひとつの地獄が終わった後でも、それが始まる前と全く変わらない様子だ。


「意味が無いよね。みんな無意味に苦しんで死んだ。…まあ、意味があったからどうしたって話だけど。

例えば現世でいっぱい苦しめば天国に行けるとか、悪人は地獄に落ちるとか…今にして思えば、それこそ異世界転生みたいにふざけてる」

「ふむ。この異世界でその手の福祉施設を運営していた神々も、みなお前さんがしばき殺してしまったしのう」


「レムレースちゃん。君は…俺が、人を殺すように仕向けたんだろ?人が大勢死ぬのが分かっていて」

「そうじゃそうじゃ。全てはワシが仕組んだことじゃ。ワシのせいワシのせい、ぶっ殺して良いぞ」


 実際まさゆきは、彼の地獄の中で何度もレムレースを呪い、殺そうと思った。しかし今のまさゆきの心は、怒りという感情を忘れ去っていた。それは不気味なほど静かで凪いでいる。

「君は……俺がそうしないことも知ってる」

「その通りじゃ。残念なことにな。

これから先のことを思えば、いっそここで殺して欲しいところじゃがの。一人でゲームをやるのにもいい加減飽きたわい」


「あの地獄の中で色んなことを考えていたけど、何もかも終わってしまった後のような気がする。君の言った通り、俺が殺した人たちのの無念を感じ取り、向き合うべきなのに…何ていうか、失礼を通り越しているけど。

今となってはどうでも良いことのように感じるんだ」

 レムレースはまさゆきをじっと見つめて、それから言った。

「……レベリングと言ったがな、それはお前さんの人間性を粉々に打ち砕き、地獄のどん底に突き落とし、生まれ変わらせることじゃ。前世の記憶を引き継いだだけの、見せかけの転生ではないぞ。精神構造の根本から作り変える、ガチガチのガチ転生じゃ。

そしてそれはひとまず終わった。おめでとう、まさゆきよ。お前さんは完全に人間では無くなったぞ」



 まさゆきは魔王として人々を殺している最中、ずっと神に祈っていた。それは異世界を運営するふざけた神ではなく、地球の宗教で示された神でもない。ただ許しを請い、すがる対象としての神である。スキル"全知全能"が神に代わって彼の祈りに応え、まさゆきが望む罰を与えた。

「お前さんは途中から、他人に与える苦痛を自分のものとして感じ取っていたのじゃ。魔王がスキル"全知全能"で他人を傷つける一方で、お前さんは自罰のためにスキルを使っておった。責任感の強い、実にお前さんらしいやり方じゃったな。

魔王人格が主導権を握っている中で、お前さんにできることはそれぐらいしか無かったからのう。何度も何度も廃人になって、その度に復活させられた。ここの女神が受けた無限の苦しみを、お前さんも同じように受けた。アキレスと亀の小話のように、終わりのある無限じゃったがの」


「地球の思想家どもは"ただ苦しみだけが人を成長させる"などと言っておったが、与えた苦しみも受けた苦しみも…お前さんに並ぶ者は誰一人としておらん。

お前さんは今さっき、生まれ変わって目覚めたというわけじゃ。まさゆきよ、気分はどうじゃ?」


「……やっぱりくだらないよ。もういい、わかった。俺のことはほっといてくれ」

「良いぞ。ハーレムを作るなりスローライフするなり、好きにせい。今のお前さんはそんなものに興味は持て無いじゃろうがの」


「え?魔王、辞めてもいいの?」

「すでに人間も魔族もおらんのに、魔王も何もあるまい。それに地球時間換算で、もう六百年は過ぎとるよ」




 魔王を辞めたまさゆきは田舎で暮らすことにした。魔王城がすでに人の寄らない秘境であったため、すこし歩いた先の川沿いが彼の田舎になった。

 朝に水を飲もうと考え、立ち上がるだけで日が高くなっている。水辺に映った自分の顔を見ているだけで日が沈む。まるで世界に置いていかれているようであったが、それはむしろまさゆきにとって自然なことのように感じた。


 まさゆきがぼんやりと思いを巡らせていると、隣に妻を名乗る女がいることに気が付いた。この女とは、遠い昔にどこかで会ったような記憶がある。

「お気づきになられましたか?私はリナータです」

 リナータはまさゆきの記憶にあるものとは、顔も声も違っていた。

「嘘だろ?君は俺が殺したはずだ」

「ええ、何度も殺されましたとも。また、そうなさいますか?いつでも構いませんよ」


「え、何?怖…というかごめんね、いっぱい殺しちゃって」

「エルフの執念をおナメにならないで下さい。あなた様が授けてくださった知恵によって、転生の秘術を完成させたのです。あなたが生きておられる限り、いつまでも、どこまでも付き従わせていただきます」



「あれは一体どういう感情なんだ…俺のこと好きなの?恨んでるの?」

「前にも言ったが、スキルやら才能やらが重視される世界じゃからな。とりわけエルフはそういったものを絶対視しておる。スキル"全知全能"を知ったエルフの娘にしてみれば、お前さんはこの異世界の神よりはるかに格上じゃろう。

事実、この異世界の神はみん…お前さ……滅ぼし………」


 まさゆきがある時気がつくと、リナータと自分の子供たちが駆け回っていた。これは一体どうしたことだと少し考えに耽っている間に、まさゆきの血を引く一族は一国を作っている。

 わずかに生き残った種族を刈り尽くし、この世界を完全に終わらせるための国だとリナータは言った。


「レムレースちゃあん!なんかおかしいんだ。時間が…すっごくスキップしてる!なにこれ!?」

「今や時間感覚さえ通常のそれとは異なるからのう。お前さんにも"自覚"が芽生えてきたというわけじゃ。

それに、今のお前さんは地球時間換算の七百歳超か。十年二十年なんぞ、あっという間……」



 またある時まさゆきが気がつくと、辺りが火の海に包まれていた。まさゆき自身も燃えていたが、彼は"熱い"ということさえも忘れてしまっていた。

 目の前にエルフと思しき青年が立っている。それが息子であるとまさゆきは思った。彼の後ろには、どこかで見たことがある者たちが立ち並んでいた。エルフ、獣人、翼人、リザードマン、ドワーフ、ノーム、フェアリー…彼らはまさゆきが殺してきた者たちの子孫だろう。何らかの魔法の力をまさゆきの息子に集めているようだ。


「父さん…魔王よ!これで終わりだ!」


 こうして魔王の息子と、災厄を生き延びた全ての種族の協力によって、過去最悪の魔王まさゆきは消滅した。

 魔王の手によって、ウィンドウリッカーズランドの九割以上の命が犠牲となった。根絶やしにされた種族も多数あった。しかし彼らの尊い犠牲を礎に、残された種族は手を取り合う。かつて互いに殺し合った種族は協力し合い、神なき世界の復興を目指すのだ。





 まさゆきが過去に二度訪れた転生の間。レムレースの足元に、再生されたまさゆきの精神がうずくまっている。

「めでたし、めでたし。

これが異世界ウィンドウリッカーズランドにおける、予定調和のハッピーエンドじゃ。一応言っておくが、ワシは裏ボスなんぞやらんからな」


「うう…ここどこ?こわいよー。あっ、ママー」

「誰がママじゃ!

しかしふむふむ、幼児退行か。また新しく自己防衛のためのダミー人格を作り上げたというわけじゃな。次の転生先はすでに世界樹の苗に決まっておるが……よし、次の次の転生先では神の幼児で初めてみようかの。

ゲームで言えば、まだまだチュートリアルじゃ。おいジジイ、親指しゃぶっとる場合では無いぞ!」

お読みいただきありがとうございます。


おかげさまで「異世界転生スペキュレイション」、"元"日本人男性の杉村まさゆきさんの魔王生が終わりました。

人間生から魔王生、その次は植物、アニミズム的な神、スターチャイルド、惑星…と転生しながらその一生の桁をガンガン上げていく予定ですが、区切りが良いので一旦手仕舞いとさせていただきます。


ブクマ&ご評価、および応援いただきました皆さま、本当にありがとうございました。


呑川つつじ

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