負けヒロインは名前呼びが嬉しいらしい
「間取りは全然変わんないんだな」
俺は水瀬の部屋に荷物を運びながら、喋らないのもたいくつなた水瀬に話しかけた。
「階が違ったら部屋の間取りが変わるなんてのは稀だよ?」
水瀬は食器を棚に納めながら、何言ってるのみたいな呆れ顔を浮かべながら返事をする。
「いや、でも天井の高さとかは変わると思ってたんだけどそこも同じだからさ」
「そこは、まぁ二階建てのアパートだからじゃないかなー」
「家賃は?」
「確か共益費抜いて5万かな」
「じゃあ一緒か」
「そうだね。正直こんなに広いと持て余しちゃいそうだよね」
水瀬はそう言って部屋を見渡しながら苦笑いを浮かべた。
「俺も。二つ部屋があっても使い道ないよなー。精々物置かな」
「私もだ。服が沢山あるからそれを収めようと思ってる」
「ダイニングキッチンなのもなー、一人だと寂しい」
「なら、バイトがない日は一緒に食べる?」
俺が、寂しいという言葉を発したからなのだろう。水瀬は少し調子に乗ってご飯を一緒にしようと提案してくる。
ここで断っても今の彼女ならなんだかんだ理由を付けて俺の部屋に訪れるだろう。なら、この提案を受け入れておいた方後々楽な気がする。入る、入らないの問答をしなくて済むから。
「別にしていいけど、味は期待するなよ?」
「そこは心配ご無用!私も手伝うから。なんなら私が全部作ってもいいよ」
「流石にそこまでされるのは気が引けるな。交代制でどうだ?」
「えぇっ〜せっかくなら奏くんと共同作業したいから。その意見却下」
水瀬は口を尖らせながら俺の意見を論外と言わんばかりに一蹴した。
「いやでも「却下」効率的な面「却下」はぁ、分かった分かった。二人でするぞ。後、何ナチュラルに下の名前呼びになってんだよ」
俺は何とか二人でやるのは変えようと努力したが、水瀬が尽く止めてくるので根負けし、折れた。が、しかし名前呼びは許可していないので、俺は水瀬に突っ込んだ。
「さっきお義母様に湊川だと私達も反応しちゃうから、奏くんのこと下の名前で呼んでって言われたから。えへへ///親公認だよ」
「母さんのやつ」
(はぁ、本当余計なことを)
俺は片手で目を覆いながらやりやがったなと心の中で母を毒づく。
「ねぇ、奏くん、奏くん?」
「何だ?」
「呼んだだけー。えへへ///」
くそ、何だこの可愛い生物は、危うくキュン死するとこだったぞ!?
リアルでされたら、ただ腹が立つだけなのに水瀬がするとぐっとくるな。
「そうーくんー、奏くん♪」
嬉しそうに俺の名前を呼んでいる彼女を見ると名前で呼ぶなとは言いにくいな。
はぁ、相当俺は彼女に絆されているようだ。
彼女は俺が築いている壁を関係ないとばかり入り込んでくる。
「………小鳥早く終わらせるぞ。そろそろ飯時だ」
だからだろうか、さっきまで離れないとと思っていたのに今は離れたくないと思った。我ながらの身勝手な奴だと思う。
前世大好きな子を見殺しにしてしまった俺は同じ失敗を繰り返さないと思っていたのに。
人を好きにならないと決意していたのに、奏が俺の背中を押してくる。
だから俺は少し歩みよる。これが俺のできる小さな一歩。
小さな一歩だが俺にとってはかなり大きな一歩。まだ恐怖は消えないけど前に進みたいと思う。
前を向いた彼女のように。




