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5話……好きと言って下さい

すいません(T_T)思った以上に長くなりました

 ここ最近体調が悪い

原因は分かっている、叔父さんから新しく教わっている訓練のせいで、胸の奥にある魔石が活性化してるんだ

本当は魔力が希薄な場所に行って療養するべきなんだろうけど……それは出来ない


 だって、今日は星羅がお弁当を作ってくれる日なんだから!

好きな女の子の手作り弁当なんだよ!スーパーの半額弁当じゃないんだよ!例え変態の二つ名で呼ばれようとも、僕は命よりお弁当を取るね!


 ……ごめん大袈裟に言った、実際は軽い体調不良程度なんだよね


という訳で、学園のお昼休み、いつもの五人で机を寄せ会いお昼を食べている


「うまーい!星羅はどんどん料理が上手くなっていくよね、流石は巨乳!抜群なプロポーションは伊達じゃない!」


「む、胸は関係ありません!」


 恥ずかしがる姿に、僕の食は益々進む!

最近は恥ずかしさのあまりに泣くことは少なくなったけど、ちょっとからかうだけで真っ赤になる星羅は、やっぱりかわいい!

この顔だけでお茶碗三杯はイケるね!


「あんたねー、それセクハラだからね」


「……そういう花園さんも、よく見たら巨にゅ痛ーーい!」


「あらやだ、お箸が汚れちゃったから洗って来るわ」


 あの女、躊躇なく箸で僕の額を突き刺しやがった!

お、恐ろしい、怒りより先に恐怖が来たよ


「血が出てますよ、こっちを向いて下さい」


 星羅がハンカチを取り出したので、顔を向けて目を閉じた、柔らかいハンカチで僕の額を拭いてくれている

ああーいいっ!好きな子に傷の手当てをされるのって、最高だね!花園さんありがとう!


 不思議な事に、最近星羅が優しい

訓練やジョギングの後にタオルで拭いてくれたり、部屋の掃除とかしてくれるようになったのだ……お弁当も毎日作ると言い始めたんだけど、それは流石に悪いと思って辞退した

何か裏があるのかも知れないけど、好きな子が甲斐甲斐しくお世話してくれてるのだ、例え罠だったとしても、僕は甘んじて受けるね!


 だから今も身悶えながら星羅の手当てを受けている

そんな、じっとしててくださいと言う星羅を、右京くんと前田くんが安心したような顔で眺めていた


「良かった、木須……木令さんもやっと調子が戻ったみたいだね」

「うんうん、いざとなったら空の息の根を止めようと思ってたけど、そうならなくて良かったよ」


「あっ……はい、ご心配をおかけしました、無事平穏に過ごさせてもらっております」


 二人にニッコリ微笑む星羅

……あれ?今いい話風なのに、物騒な言葉が紛れてなかった?

ていうか、平穏無事ってそれは違うぞ!


「僕は無事じゃないよ!部屋に外から鍵と窓には鉄格子がはめられてるんだよ!ご丁寧にトイレまであるから、夜は一歩も外に出れなくなったんだからね!これは虐待だよ、警察に連絡しなきゃ!」


 僕は断固抗議する!

でも、そんな僕の言葉に星羅はジト目で応じた


「……因みに鍵をかけないでいいと言われたら、どうするおつもりですか?」


「手始めに寝顔を見に侵入する!そしてエアコンの温度を上げて、毛布や寝巻きが乱れるのを期待する!」


「木令さん、鍵を増設してもらいなよ、こいつは変態だ」

「うん、これは男の俺でもドン引きする」


 こいつら……人の事を変態呼ばわりしているけど、お前らも大概だぞ

あとで、昨日した妄想談義を星羅に教えて、どっちが変態か白黒つけてやる!


「そうですね、南さんと相談してみます」


「止めて!それ絶対に叔父さんの耳にも入るやつじゃん!最近は星羅を孫を見るような目で見てるのに、そんな事がバレたら僕はまたボコボコにされちゃうよ!」


 夕食の時間に星羅の学園生活を聞く度に……主に僕が星羅を恥ずかしい目にあわせる話を聞く度に、訓練が厳しくなるんだ……寝顔を見る為に侵入するなんて聞いたら、あの叔父さんは間違いなく激怒するよ!

ついでに黒服さん達も星羅の味方だから、気軽に死んじゃうよ!


 ダメだ、恐怖で頭がクラクラしてきた

僕が頭を抱えていたら、星羅が不思議そうな顔で聞いてきた


「あの……そんなに嫌なら、何故自分に不利益な事は言うなと命令しないのですか?」


「はあ?僕は星羅が恥ずかしがる命令しかする気はないよ、そんな言動を制限する命令なんかしてたら際限なくなって…………いや待てよ、語尾に『にゃん』は有りか」

「無しです!」


 慌てて星羅が止めに入った

でも一度思い付いた事は実行しなければならないと僕は思っている、にゃんいいよね?


「星羅に命令する、今日は学園が終わるまで…」

「待った!」


「何右京くん、邪魔するようなら容赦はしないよ」


 僕は半ば殺気を放ち睨むが、右京くんは真剣な面持ちで僕を見返している

星羅、安堵してるみたいだけど、僕は止まるつもりはないからね


「にゃんも確かにいい、だが良く考えて欲しい……木令さんには、『わん』の方が似合うと思うんだ」


「な、なるほど!」


「なるほどじゃありません!」


 星羅はちょっとタレ目がちで髪の毛はふわふわロングだ、これは猫というより犬!

言われてみれば『にゃん』より『わん』の方が断然似合う!


「俺は『ぴょん』がいいと思うが」


 前田くんの言葉はスルーして、僕は星羅を見詰めた

全てに絶望したように涙を流しているが、お構いなしだ


「星羅に命令する、今日学園が終わるまで語尾に『わん』を痛ぁーーい!」

「いでぇー!」「ガフッ」


「星羅を泣かせてんじゃないわよ!」


 激痛に背後を振り替えると、鬼のような顔をした花園さんが立っていた

手に持った真っ赤なお箸がとても綺麗だ……


『犯人は花園』


 頭から流れる血でダイイングメッセージを書くと、僕はそのまま意識を失った



───

──



 夢を見ている、ダンジョンに飲み込まれた時の夢だ

その時の僕は折れた足をそのままに、潰れた家を掻き分けて必死に家族を救おうとしていた…………一目で誰も生きていないと分かる状態だったのに


 半日ほど経った頃、胸に激しい痛みを覚えると不思議と力が沸いてきた、落下の時に折れた足も痛みが無くなっていた

……でも、同時に全てを壊したい衝動にかられる、熱に浮かされたような頭で、考えが纏まらず、ただ、全てを壊したいと心が叫んでいた


 考えが纏まらない頭が、これは魔力の結晶化

魔石が体内で生成されたんだと気付いたのは、それから更に半日後だった


 全ての根元たる魔力、それは混沌の残滓と言われている

結晶化した魔力は宿主に力を与える代わりに、世界を混沌へと還す事を渇望させる

(たち)が悪い事に、この壊したいという欲求は物だけに留まらない……人間関係や他人の人格さえ、壊したいと訴えかけるのだ


 叔父さんからメンタルトレーニングを教えて貰い、毎日やっていたけど……ダンジョンという濃密な魔力が渦巻く中では、半端な鍛練では太刀打ち出来なかったみたいだ


世界は混沌を(ことわり)で征している、簡単に言うと、理性という名の認識でだ

それは自身の身体という、一つの世界にも適用される……強く律した心は、混沌の残滓すら書き換える

全てに向ける破壊衝動に方向性を与え、日常や安寧を脅かす者へと誘導する


 あの時、メンタルトレーニングが未熟で魔石の破壊衝動を完全に制御出来なかった僕は……ただ一つを守るためだけに理性を使った


 ───この家を、僕の家族を襲う者を壊せ!


 それから二日間僕はダンジョンの最奥で戦い続けた

魔石に完全に乗っ取られ醜く変貌した獣や虫……死肉に牽かれてやって来る魔物から、家族を守り続けた


でも、守りきれなかった……僕を救いに来た冒険者によって、家を真っ二つにされたんだ……僕の憧れと共に



───

──



 目が覚めると、そこは保健室だった

星羅が横に座っている……意外だ、彼女が僕の看病をするなんて


「目が覚めたのですね、いきなり気絶されるからびっくりしたんですよ」


「頭割られたら誰だって気絶すると思うんだけど」


 何故か口から嫌味が出た

もっとも家でやってる訓練ではこれくらいは日常茶飯事だから、星羅には通じないんだけど


「……今日は顔色も優れませんし、お体の調子が悪いのですか?」 


「ちょっとね、新しい訓練のせいで疲れが溜まってたんだよ……それより今何時?」


 まただ、突き放すような声が出る

駄目だな、魔石を……破壊衝動を上手くコントロール出来ない

彼女は家族なんだ、僕は家族の敵を破壊するだけでいいんだ、あんな夢を見たからって拒絶するような態度を取らせるなよ


 僕の態度のせいで星羅の表情が硬い、まるで知らない人を見るかのようだ


「放課後です、もうすぐ南さん達が迎えに来られますが……一度病院へ行きませんか?」


 放課後か、結構寝てたんだな

よく見たらベッドの横にカバンが置いてあった……なんだ、看病じゃなくカバンを届けに来ただけか

当たり前だ、なんで僕なんかの看病をする必要がある……でも、嫌だな


 好きな人に心配もしてもらえないのは、とても寂しい

星羅が喜ぶ物でもプレゼントしたら、少しは僕の事を見てくれるかな…………そういえばアレがあった

家まで遠いけど取りに行こうか、あんなところに置き去りにしてたら、婆ちゃんに怒られそうだし


「必要ないよ……それに用事が出来たしね」


「用事ですか?」


「うん、だから叔父さんには、今日は遅くなると言っておいて……よっと」 


 ベッドから飛び起きると、カバンを取り保健室から出る

すぐに後ろから靴音がして……振り反ると星羅がいた


「何?」


 面倒だと言わないばかりの声が出た

星羅は不安そうな顔で僕を見ながら


「何処へ行かれるのですか?」


行かないで下さいと目で訴えたが、僕は気付かない振りをした


 何処……あれは何処と言ったらいいんだろ?

星羅から目を反らすように前を向き直すと


「…………実家だよ、忘れ物を取りにね」


 まるでタバコの煙を吐き出すように、そんな言葉が口から(こぼ)れ出た



───

──



 そしてやって来ました僕の実家、今は元ダンジョン!

田んぼに囲まれたそれは、まるで積み木で作った無秩序な家のようで、結構味わい深い

地上に出ているだけでも三階建ての豪邸並みに広く、地下も五十メートルくらいの深さがあるらしい

生まれたてのダンジョンにしてはそこそこ大きいそうだ


 現在このダンジョンは、コアと呼ばれる魔力溜まりを破壊されて、ただの研究対象になっている……なっていたが正しいか、粗方調査されて、今は無人なんだから

解体する費用も馬鹿にならないから放置してあるようだ

万が一だけど中に魔物が残ってる可能性があるから、入り口は壁で囲まれてセンサーとカメラが設置してあるけど


 僕はその前で、頭を抱えて悶絶していた


「やっちゃったぁぁーーーー!!いくら夢見が悪かったとは言っても、あの態度はないでしょう!」


 なんだよあれ、僕は中二な病が再発しちゃったの!完治してたはずでしょうが!?


「何が………………実家だよ、忘れ物を取りにね……だ!かっこつけてんじゃないよ過去の僕!」


 恥ずかしくなって、思わず全力で逃げて来ちゃったじゃないか!

魔石持ちが全力で走ると、車より速く走れるって知ってた?僕は今日知ったよ!普通は国道を全力疾走なんてしないからね!


「はぁー、もういいや、さっさと用件済ませよ」


 僕は無造作に壁ごとセンサーを飛び越えると、カメラに布を被せて映らないようにすると、元ダンジョンへと入った

目指す場所は最深部、潰れた実家がある場所だ



★★★【三人称視点】



 南の運転する車に乗って、星羅は空の生家があった元ダンジョンにたどり着いた

空のGPS情報もここを指している


 あの後、窓から飛び降りて走り去って行く空を止める事が出来なかった星羅は、迎えに来た南に説明をして車を出してもらったのだ

その際話を聞いた大地も着いてきてしまったので、現在三人である……北野は大地の代わりに黒服達の鍛練をみている


星羅は車から降りると息を飲んだ


「ここが……ダーリンのいたダンジョン」


 目の前にあるのは歪な屋敷だった

古今東西のあらゆる種類の家をパッチワークで繋ぎ合わせたかのようなそれは、醜悪と言ってもいいオブジェにしか見えなかった


 大地は南に空の痕跡を探すように指示すると、星羅の横に立ち、忌々しい物を見るかのようにダンジョンを睨む


「ダンジョンを見るのは初めてか?」


「……はい」


 大地のぶっきらぼうな言葉を、心此処に在らずといった星羅は肯定する

授業で映像を見た事はあったが、実物は初めてだったのだ

それに資料のダンジョンは岩や木で出来ているのがほとんどで、こんな出鱈目なのは見たことがなかった


 信じられない物を見たかのような星羅に、大地は説明する


「教わってると思うが、ダンジョンは最初に飲み込んだ物を増殖させる事で成長する、増殖させると言っても複製するわけではない、同じ種類の物を無秩序に作りダンジョンを形作る……俺が初めて見た人工物のダンジョンは自動車で作られていたな、壁の外では岩や大樹のダンジョンばかりだから、初めて見たときは俺も驚いた」


 どういう原理でそうなるかは分かっていない

魔石が宿主を強化し凶暴化させるのもそうだが、魔力は現代科学でも、まったくといっていい程解明されていないのだ

ただ何処からともなく現れ、そういう現象を起こす自然現象と捉えられていた


「空はここに、何をしに来たと思う?」


 大地がダンジョンを見ながら問い掛ける

星羅も歪な屋敷を見詰めながら返答した


「はい…………あんなダーリンは初めて見ましたから」


「…………そうか」


 答えになってない星羅の言葉に、大地は言葉を濁す


───あんなか……俺にしてみれば、今の空が別人みたいなんだがな


 大地は空が産まれた時から知っている

子供の頃から冒険者の話を聞くのが大好きで、大地が遊びに行く度にせがんでいた

大柄の上に強面のせいで、子供に泣かれた事はあっても懐かれた事がない大地は、そんな空を盛大に甘やかした

そしてせがまれるままに、冒険者になるためのトレーニング方法まで教えていた


 冒険者試験に合格する為には、肉体の強さだけでなく、魔石の破壊衝動に負けない強い精神も必要である……そしてそれ以上に、清廉潔白な人格であることが必須なのだ

魔石を身に宿した者は人を越える力を手にいれる、そんな物を加虐趣味やヒステリー持ちが手に入れたならどうなるか等、想像に難くない

事実とある国では、魔石持ちは爆弾付きの首輪を嵌める事が法律で定められている───冒険者を志すなら忘れてはならない、魔石持ちは人を越えた存在であり、簡単に恐怖の対象になるという事を


 だから大地は、人に優しく思いやりがある人間でないと冒険者になれない、と教えていた

空もその教えに従い、常に優しい人間であろうと自分を律してきた

その甲斐あってか、高校に入学する頃には、空は誰からも好かれる好青年に成長していた……今では考えられないが、大地を見習い寡黙で優しい人物を心掛けた空は、その鍛え抜かれた体と言笑自若な佇まいが相まって、非常にモテた


 だがそれも、ダンジョンに飲み込まれるまでの話だ

折り悪く壁の外の作戦に参加していた大地が駆け付けた時には、空は自暴自棄な考え方をするようになっていた

言葉には出さないが、もう冒険者になるつもりはないのだろう、風評などどこ吹く風のように振る舞い始めたのだ


───魔石を宿すと性格が変わる奴もいるが、空はそうじゃない……あれは自分だけ助かった事が赦せないでいるんだ


 大地は考えた、どうすれば空を救えるかを

体を動かしたら多少は気が張れるかと思い、黒服達と一緒に鍛練をさせているが効果はなさそうだ

この前行ったデートもそうだ、大地は頭が真っ白になるのを承知で、空の気が済むならと出掛けた……何故か星羅の空へ対する態度が軟化しただけだったが


───やはり、自分の手で家族を救えなければ、空は吹っ切れないか


 その為の手段を大地は教えている

もっともその訓練のせいで、空の魔石が活性化しているのだが



「誰かがダンジョンへ入った形跡がありました、まだ新しいので、空くんの可能性が高いです」


 大地は南の報告を聞くと頷き、星羅に顔を向けた


「星羅くんに頼みがある、君に空を救う手助けをして欲しい」


「……どういう意味ですか?」


 顔を上げながらも、止めれなかった無力な自分に何が出来る?とでも言いそうな顔で星羅は聞き返した


「そのままの意味だ……星羅くんは興味ないか?君に出会う前の空がどんな人間か」


 大地はそう言いながら、持っていたバッグからビニール袋を取り出すと、星羅に作戦の概要を説明しだした

全てを聞き終えた星羅は、受け取った袋を胸に大地を見詰める


「それでダーリンが元に戻るなら、私はやります」


 あんな顔の空を見たくない、ただそれだけの理由で、星羅は大地の作戦に乗る決意をした



ただ、それを見ている南は呆れ顔である


「空くんも何があったかは知りませんが……災難ですね」



───

──



 ダンジョンの最深部、元は魔力溜まり……コアのあった場所に空はいた

広い空間は壁はもちろん天井や床も家で出来ており、残留している魔力によって淡く発光している

その為周囲は薄暗くはあるが見渡す事が出来た……とはいえ、空が居た頃よりは暗い、そう遠くない内に残った魔力も霧散して、ここは暗闇に閉ざされるだろう


 コアと一緒に一刀両断された家は、ただでさえ崩れていたのに真っ二つである

更に遺体や貴重品を取り出した為に、瓦礫と言ってもよい物に変わっていた


 そんな瓦礫の山をかき分け、空は黙々と何かを探している

周囲に散乱する冒険者の本から察するに、空の自室辺りなのだろう

汚れる事も構わず、崩れた壁を押し退け埋まった机を持ち上げ、必死に何かを探している


 ピタリと空の動きが止まった……瓦礫の奥に黒い何かを見付けた空は、片手を肩まで潜り込ませて掴み、引っ張り出した

出て来たのは学生カバンであった、幸運なことに損傷は少ない

空はこれならば中身も無事なはずと、半ば祈りながら鞄を開き……一つのメモリーカードを取り出した


 目の前にかざして傷がないのを確認すると、まるで宝物を見つけたように、満面の笑みを浮かべる


「よっしゃー無事だー!友達から貰ったエロビデオ詰め合わせ!当時は関心なかったからカバンの中に入れっぱなしにしてたけど、なんて勿体無い事をしてたん…」

「忘れ物ってそれですか!意味ありげな顔で誤解を招く言い方はしないで下さい!」

「痛ぁぁーーーーい!」


 喜びも束の間、星羅にげんこつを喰らう空であった


「え、なんでここに星羅が!……叔父さんと南さんまで!」 


 突然の来訪者に固まる空に、南はため息一つついて駆ける

一足飛びで空の背後に降り立つと、メモリーカードを取り上げた


「娘を心配させた罰です、これは没収します」


「ちょっ、それは友達のだから…」

「なら俺が返しておいてやる……ったく、心配させやがって」


 呆れる大地を他所に、空は地団駄を踏む


「そんなー!苦労して掘り返したのにー!」


 だが誰も呆れた顔をするだけで、救いの手を差し伸ばさない

少なくともここに空の味方はいない……当たり前である


 星羅が空の顔を心配そうに見る


「そんな事より体調はいいんですか?ここは薄暗くて顔色が判りませんが、一度倒れてるんですよ」


「そんな事扱いされた!」


「茶化さないで下さい、これでも心配してるんですから」


「……心配してくれるんだ」


 どこか自虐的な声を出す空に、星羅は詰め寄る……どうやら怒っているようだ

手で空の前髪をかき上げ、顔を覗き込む


「心配くらいします……名義上とはいえ、私はあなたの妻なんです……お昼に倒れた時もすぐに起きると思っていたのに、全然起きないから私まで授業をサボってしまったんですよ……最近調子も悪そうですし、一緒に病院へ行きましょう」


 ───ずっと居てくれてたの?


 空の心がスッと軽くなった気がした

偽りの結婚なのに、星羅は自分の妻だと言ってくれた、その言葉でダンジョンに飲み込まれてからずっと張り詰めていた心が、ほんの少しだけ(ほど)けた気がしたのだ


空が穏やかな笑顔を向ける


「優しいね、星羅は」


そんな自然な表情を見たことなかった星羅は、息を飲んで一歩退いてしまった


「っ?……突然、どうしたのですか」


困惑している星羅に笑みを深めると、空はポケットから小さな箱を取り出し

星羅に捧げるように、その蓋を開けた


「そんな優しい星羅にはこれをあげよう」


 そう言って、無造作に渡されたのは


「……指輪……ですか」


 金と銀の輝きを放つ指輪であった


「婆ちゃんから結婚する時にはあげるって言われてたの思い出してね……いやー、仏壇の中に置いていたから、回収するのを完璧に忘れてたよ」


「……もしかして、これが忘れ物だったんですか」


 壊れ物を扱うように優しく手で受けとる

渡された指輪は金とプラチナを捻り合わせたかのような形状をしており、プラチナの部分にはクローバーの花と葉の精巧な彫刻が施されていた


───形見の品ですよね……


 星羅は空からプレゼントを貰う理由が分からなかった

それも形見の指輪だ、空にとっては掛け替えのない物のはずである


───そんな大切な物は貰えない


 そう言おうと空を見返すと、はにかんだ笑みを浮かべていた

返そうと思っていたのに、その顔を見た星羅は指輪を手で包んでしまい


「指輪くらいは渡さなきゃ、偽装結婚だとバレちゃうだろ……僕に貰っても嬉しくないだろうけど、一応持っといてよ」


「いえ……嬉しいです、大切に預からせてもらいます」


 裏腹な言葉が(あふ)れ出た

自分でも何故受け取ったか分からず、星羅は困惑する

でも一つだけ確信があった


───ここで受け取らなかったら、きっと一生後悔する


 何故そう思ったのかわからない

ただの勘である……しかし星羅は、その勘が外れているとは欠片も思っていなかった


 大事そうに指輪を両手で握る星羅に、空は顔を赤く染めると上擦った声を出し


「そ、そう、なら良かった」


 逃げるように瓦礫の山を下り始めた

星羅も慌てて後を追うが、薄暗いダンジョンの中は足元がよく見えず、更には空が掘り返したので周囲には様々な物が散乱していた 


 案の定それの一つに足を取られ


「きゃっ」

「危っ!」


 バランスを崩した星羅は、空に引き寄せて抱き締められた


すっぽりと空の胸に収まった星羅は、一瞬の思考の空白の後……ドキドキした

倒れないように背中に回された手と胸の間で、鼓動が高鳴り動けなくなった

指輪を貰って浮き足だっていた心が、少女漫画のような展開に五月蝿く(はや)し立てる


 空はそんな星羅に気付かず、ふーと安堵の息を吐くと、腕を伸ばして星羅を立たせた

怪我はないか尋ねるが、心がお祭り騒ぎの星羅には届かない

初めて男性()に抱き締められたからか、星羅はふわふわして危なっかしい


「大丈夫?瓦礫(いえ)から降りるまでは僕に捕まってて、危ないからね」


「はっはい」


 言われるままに空の手を取る

てっきり服を捕まれると思っていた空は、一瞬驚きで固まるが……顔を赤らめながらも、その手を握った

そしてゆっくりと歩き出す、まるで付き合いたてのカップルのように、初々しく、たどたどしい足取りで



とても優しい空気が辺りを包む……しかしこの男、恥ずかしそうな顔をしているが


───星羅の手、すべすべして柔らかい!なにこれ!なにこれ!女の子の手って、絶対材質違うよね!大人になるまで禁止されるのも解るよ!


 内心とっても残念な事を考えていた

だが、悲しい事に星羅には届かない

畳み掛けるようなドキドキ体験に、今の星羅はまともな思考が出来なくなっていたからだ



 それを後ろから微笑ましそうに見詰める二人がいた、すっかり空気になっている大地と南である

南が大地に小声で呟いた


(もういいんじゃありませんか?あんな事をしなくても、空くんならきっと立ち直りますよ)


 大地はその言葉に少し悩むが、ゆっくり首を振って否定した


(……いや、もし駄目だった場合、その時にここに入れる可能性はかなり低い、この機を逃すと次は無いかもしれない……悪いが手筈通り頼む)


(……分かりました)


 南は渋々頷く

大地の言うとおり、コアを失ったダンジョンは自重で崩壊する事が多いのである、こんな無理矢理家を積み重ねたダンジョンなら高確率で崩落するであろう

そうなると空のトラウマになった場所は永遠に失われてしまう、それを克服出来る最も適した場所が失くなってしまうのだ


 ───気が乗りませんけど、大地様の言うことも一理あるんですよね


 心の中でごめんなさいといいながら、南は足元にあった手の平サイズの木片を拾うと、ナイフで先端を切り取った

そして切断面に透明なゲル状接着剤を塗ると、持っていたナイフを投げた


 ナイフは上空に吸い込まれるように飛んで行き、天井にある窓とレールの間に突き刺さる

カタンとずれて落ちる窓、その先には空がいる……空の歩幅を計算し、当たるように落としたのだ


「危ない星羅ちゃん!」


 南が叫びながら星羅をタックルするように抱き締め、そのまま瓦礫の上に倒れる、その際に空を突き飛ばし離すのも忘れない

そして星羅のお腹の辺りの服をちょっと切り裂き、接着面が隠れるように、ペタンと手に持っていた木片を貼り付けた


 直後、空と星羅の間に、落ちてきた窓が地面に当たり粉々に砕け……散らない

いつの間にか駆け寄って来ていた大地が、片手で受け止めていたのだ


大地は他に落ちてくる物が無いか警戒しながら


「二人とも怪我はないか」


棒読みで安否を確認する


「僕は大丈夫だけど、星羅は怪我してない」


空の言葉に星羅は答えない……思わず「大丈夫です」と答えそうになった星羅であったが、南に口を手で塞がれたのだ

星羅の耳元で南が囁く


(星羅ちゃん作戦、作戦!空くんのトラウマ克服させるのに協力するんでしょ?)


(ひゃふふぇん(作戦)?)


 作戦ってなんでしょう?と星羅は考える、未だ抱き締められたショックから回復してないのである


 ───……あっ!そうでした、ダーリンの為にやらなければいけない事がありました!


数瞬してやっと思い出した星羅は、思わず起き上がろうしたが、南に抱き付かれているので動けない


(落ち着いて、血糊を破いて寝た振りをしていたらいいから)


 星羅はコックリと頷くと、お腹に仕込んでいたビニール袋をこっそり破いた

じわりと冷たい水が腹部を湿らせてながら滴り落ちていく、後は気絶したふりをしていれば、大地が全部やってくれるはずだ


「星羅どうしたの?もしかしてどこか打った?」


 いつまでも返事をしない星羅に、空は駆け寄ると、南はとても申し訳ない顔をしながら、星羅を仰向けにした


「っ!!」


 それを見た空は言葉を失った

星羅の下腹部に木片が刺さっており、その服を真っ赤に染めていたからだ


「星羅!」


 南から奪うように星羅の両肩を握り、呼び掛けるが……その声に反応は無い

まるで眠っているかのように、穏やかな顔をしているだけだ


 空は大地の方を向き必死な形相で叫んだ


「叔父さんポーション持ってない!」


「落ち着け空、ポーションを持ち歩ける訳ないだろ」


 落ち着き払った大地に、空は苛立ちを隠せない


「星羅が怪我してるのに落ち着けるもんか!もういい、僕が家まで運ぶ!」


 全速力で運ぼうと、お姫様抱っこをしようとした空の肩を、大地は片手で押さえつけた


「だから落ち着けと言っている!幸い急所は外れている、急がなくても大丈夫だ」


「叔父さんこそふざけないでよ!好きな子が苦しんでるのに、急がなくてもいいわけないでしょ!」


 ド正論である、思わず南も頷きそうになった


───と言うか、急所以前に、腸が傷付いていたら腹膜炎になるので早急な治療が必要なんですけどね……後で間違って覚えないように教えておきましょう


 場違いな事を考えている南であったが

もう一人、もっと場違いな事でパニックを起こしている人間がいた……空の腕の中にいる星羅である


───な、なんでこんな時に告白するのですか!もっと時と場所を考えて下さい!


 むしろこんな時だからこそであるが、心の中でお祭りが再開した星羅には、正常な判断ができないみたいだ

現在、意識を失った重傷者であるはずなのだが……頬が紅潮し、とても血色が良い

更に恥ずかしさでモゾモゾしているが、テンパっている空は気付いていない


南がグダグダですね、と思っても仕方がない状況である


 そんな二人を蚊帳の外に、空と大地の睨み合いは続く

大地は懐から小瓶を取り出すと、空に差し出した


「これを使え」


「使えって何を……これ、魔石」


 小瓶に入っていたのは透明な液体に沈む赤黒い石、小指の爪程の魔石であった

それはどんな傷でもたちどころに治す、ポーションの原料であった


 空は大地の手から小瓶を受け取ろうとして止まる

星羅の顔を見て、今一番大事なのは確実に治す事だ……ポーション作りの訓練は始めているが、まだ失敗も多い自分が作るべきではないと考えたのであろう


 内心自分の手で治せない事に悔しく思いながら、空は大地に頭を下げた


「叔父さんがポーションにしてよ……僕じゃ失敗するかも…」

「空がやるんだ!そして今度こそ家族を救ってやれ!」


 だがそれは、大地に一喝されてしまう

真っ直ぐに空の目を見詰める大地は、小瓶を突き出し、お前ならやれると無言で語っていた


 ───僕に家族の死を乗り越えろとでも言いたいのか……くそっ、どうしたらいいんだ!悩む時間も勿体ないのに!

こうしてる間にも星羅からどんどん血が流れて……え?血が止まってる


 空はバッと星羅を見ると、血が完全に止まっていた

あり得ない、最初あれ程の出血をしていたのに止まるなんて!と困惑するが、すぐに、まさか心臓が停止したのか!と思い至り、首筋で脈を測ろうと顔を見ると……まるで寝てるかのような穏やかな呼吸をしていた

重傷者なら荒い呼吸をしていそうなのに、とても穏やかな呼吸をしていた


 空の心が急速に静まった

まるで沸騰したお湯は、極寒の地で振り撒けば一瞬で凍り付くかのように、空の心がとても冷たくなっていく


 空の顔から表情が消えた

そっと自分の手に付いた血を鼻に近付け嗅ぐと……絵の具の匂いがした

星羅の顔を見る……血色が良い、顔だけみたら健康体そのものだ

最後のだめ押しに、星羅の耳元で囁いてみる


「愛しているよ星羅、僕は絶対に君を死なせない」


 ビクっと体が震え、薄暗いのにハッキリ分かるくらい顔が紅潮した

空は目を瞑りゆっくり頭を伏せると

 

 ───こいつら騙しやがったなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 心の中で絶叫した!

本気で心配していた分だけ空の怒りは大きかった、うっかり愛していると言ったのを忘れるくらい大きかった

沸々と沸き上がる怒りに、堪忍袋は吹き飛んでしまった


 空は大地を見る、大地も空の目に強い意思を感じ、これなら成功する!と確信した……間違いではない、ふざけるな!という強い意識が宿っているのだから


「分かったよ叔父さん……僕がやるよ」

「ああ、頑張れ」


 空は星羅をそっと降ろすと、小瓶を受け取った

姿勢を正し、両手で合掌するかのように小瓶を包み、意識を集中させる


 ポーションを作るには魔石が必要だ

魔石は混沌の残滓である、破壊衝動を植え付けるのは回帰の為であり……本質ではない

宿主に様々な超常を引き起こすが、その主な効果は強化と再生だ


そう、ポーションとは、魔石が宿主を再生させる力のみを最大限に引き出す事によって作られるのだ

理性によって魔石を完全にコントロール出来た時、魔石は生まれ変わるのだ


 静寂に包まれたダンジョン内に、小さいが力強い厳かな言葉が響く


「祓え給い……清め給え……(かむ)ながら…守り給い……(さきわ)え…給え」


 空が紡ぐ祝詞(のりと)である

これは精神統一で口に出しているだけで、別段祝詞である必要はない

だが空は、ポーション作りの際には祝詞を唱える事にしていた、これが一番しっくり来たのだ


本来は『邪心よ無くなれ、身よ清められよ、神様僕を守り幸運を授けて下さい』という意味になるのだが


空の解釈は少し違う、祝詞に(こと)なる意味を乗せている


 ───魔石よ浄化されろ、その力を清めろ、神々の慈悲を宿し、癒しへと成れ


 自分の中にある魔石の制御を放棄して、一心に願う

当然の事ながら、胸の中の魔石が全てを破壊しろと喚き始めるが……空はそれを、完全に無視した

魔力が濃いダンジョンに取り込まれた時より遥かに劣るといえ、胸の奥から沸き上がる破壊衝動を、手の内にある魔石に集中する事で無視している


 今の空には容易い事だ、何故なら、心が破壊衝動等になんて負けない一つの想いで満ちているのだからだ

そう───こいつらふざけるな、目にもの見せてやる!という想いで満たされており、他の意思が入り込む余裕などないのだ


 理性と意思は比例する、強い想いは強い理性となり、混沌の在り様を決定付ける


───魔石よ、あらゆる傷を治す存在になれ……他の何物でもない、お前は全てを癒す力になるんだ!


 空の小瓶を包んだ手が赤く染まり、隙間から赤い光が抜けていく……まるで小さな赤い蛇が宙に舞うようだ

薄暗いダンジョンを赤く染めながら、虚空へ溶けるかのように消えていく


(つぶや)かれる祝詞と溢れて消えていく赤い蛇、それはまさに、穢れを祓う儀式のようであった


 ……次第に光が収まり、赤い光が途絶えると……空はそっと手を開いた

……そこには淡く輝く透明な液体に満たされた小瓶があった


 大地は出来上がったポーションを見て、安堵の息を吐く


───よし成功だ!後は星羅くんに飲ませれば、空もきっと立ち直るだろう

今度こそ空は、自分の力で家族を救えるのだから!


 大地は空が自暴自棄になった理由を、家族を救えなかったからと考えていた……そんな空の気持ちを理解しながらも、同時に「たった一度の失敗くらいで挫折するな!」と思っていた


魔物と戦う冒険者であるならば、仲間の死を見る機会が必ず訪れる

それだけではない、星羅が始めて大地に会った時のように、ポーションを求めてやって来る人間を、見捨てなくてはならない日もやって来るのだ


 冒険者を目指すなら、例え何度自分の無力感に(さいな)まれようとも、止まる事は許されないと大地は考えている


 ───だから覚悟を見せろ!


 空を見るその目には、お前なら乗り越えられるという、信頼が込められていた



 そしてその想いは……届いた

空だけでなく、星羅や南にも届いており、各々が覚悟を決めていた


(ふっふっふっ、星羅、僕は本当に怒ってるんだからね)


(あ、愛しているって言われました!へ、返事をするべきですよね!)


(途中から空くん絶対気付いてるわよね……誠心誠意謝ったら許してくれるかしら)


 大地の想定とは全く違うが、 三者三様に覚悟を決めていた

もはや大地の計画は完全に破綻しているのだが、当の大地だけが、その事に気付いていない



 南がどうやって空に謝罪しようか迷っていると、空がそっと星羅の顔を持ち上げるのに気付いた

すでに負傷しているのは演技だとバレているはずなのに、何をしているのかと疑問に思っていると

空は小瓶に口を付け、星羅に顔を寄せた


───まさか!


 これから空のやろうとしているのに気付いた南は、それを止めるべく空に駆け寄る

だが、それより空の行動の方が早かった!


「星羅、二度とこんな悪ふざけはしないで、本当に心配したんだからね……だからこれはお仕置きだよ」


「えっ?」


 思わず目を開けた星羅に空の顔が迫る───そしてその口を塞がれた!


「んんんんんんっ!」


 いきなり唇を奪われて星羅は慌てふためくが、口を塞がれ喋れない


「そ、空くん、止めなさい!」


 駆け寄った南が空の暴挙を止めるべく、その脚を大きく振りかぶり……振りかぶったまま止めた

近付いて気付いたのだ、空と星羅の間に不自然に差し込まれた手に

そう、空はキスをしていなかった、口と口の間に指を二本挟んで、指の腹を星羅の唇に押し当てていたのだ


 簡単に説明するならば、空はヘタレたのである!

怒りのままに唇を奪う直前で、ヘタレて指を差し込んだのである!


 南が足を降ろし、どっと疲れた顔を空に向けた


「……空くん、確かに私たちが悪かったですけど、心臓に悪いことをしないで下さい」


 顔を上げた空が、悪戯っぽく笑う


「こっちの方が百倍心臓に悪かったんだけど……南さんなら許せる?叔父さんに死んだ振りされても」


「それは……許せませんね、私なら本当にそのまま既成事実を作ってます……ごめんなさい空くん」


 南が剣呑な顔で頭を下げた……どうやら妄想の中で、怒り狂って無理矢理押し倒したみたいである


空は、これは見ちゃいけないと思い、大地の方を振り向くと

ようやく一連の流れに唖然としていた大地が正気に戻ったようだ


「……ハッ!空はこれが演技だと気付いていたのか!」


「むしろ騙される方が難しかったよ……あっそうだ」


 そんな馬鹿な!と言いそうな大地に、空はポケットから小瓶を出して渡した

中にはポーションが入っており、減ったようには見えない


「飲んでなかったのか」


「流石にね」


 ───一個作るだけでヘトヘトになるのに、そんな勿体無いこと出来ないよ


 空もポーション作りの訓練をやり始めて知ったのだが、ポーションは一つ作るだけでも大変疲れるのだ

そしてそれ以上に、魔石に飲み込まれてしまい魔物になる危険性があるため、数を作る事は出来ない

そんな物を怒ったからと言って、捨てるように使えるはずがなかった───特にポーションの大切さを知っている星羅には


 だから、飲んだ振りをしたのである

それを口移しで飲ませる名目でキスしようとしたのだが……直前でヘタレてしまったのだ



 空は立ち上がり、パンパンと手の汚れを落とすと、星羅に手を伸ばした


「さあ、星羅帰るよ、もうここに用事はないからね」


 だが、声を掛けられた星羅は動かない……小刻みに震えているだけだ 


「えっと、星羅?」


 もう一度呼ぶが立ち上がろうとしない

それどころか両手で顔を覆い……


「うわあぁぁあぁぁぁーーーーーーーん!」


「うぇっ!」


 盛大に泣き出した!

学園で恥ずかしさのあまり涙するのとは違う、ガチの大泣きである

これには空も予想外だったのか、狼狽えた


「えっ、ちょっ!」


 とりあえず落ち着かせようと手を伸ばすが、南にバシンッと叩かれた

南はそのまま星羅に抱き付いて、ヨシヨシと背中を擦りだす


そして空を睨み付ける


「あのね空くん、いきなり空くんのような変態にキスされたら、誰だって泣きます」


「てっ、違う!あれキスしてない!指、指で押さえてただけだから!」


「それでもです!あなたは変質者に指越しとはいえ無理矢理キスされても泣かないんですか?」


「例えが酷いよ!……あーーーーもーーーー!なら星羅の好きにしたらいいよ、どんな罰でも受けるからさっ!」


 空は拗ねた、拗ねて大の字になって寝転んだ

実際に星羅は泣きじゃくっているのだ、ならば南の言うとおり、星羅にとって自分は変質者並の扱いだと思ったのだ


 だが違う、星羅はそんな理由で泣いてはいない

空に突然キスされた衝撃と、本当はされてなかった安堵で、頭がぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ


直前に愛していると言われて、なんと返事をしようと悩んで(・・・)いたのに、それが言えなくなったのも大きい

キスされてビックリしたにも関わらず、両手はしっかりと指輪を握り締めて、空を突き飛ばさなかったのも、混乱に拍車を掛けていた


 今星羅は、怒りと悲しさと驚きをの感情の渦に、嬉しさと愛しさが混じって、自分でも理解できない心境にいた

溢れる感情が大きすぎて、もう何が何だか分からなくなってしまい、泣き出したのである


 しばらくして、ようやく星羅は泣き止むと、自分の心をぐちゃぐちゃにした空をキッと睨む

 

「ぐすっ……どんな罰でもいいんですよね」


「おう、どんとこい!」


 大の字になって、なげやりに答える空……変質者にはお似合いの最期さっ、とぶつくさ言っている

空が拗ねているのに気付いた星羅は、ニヤケそうな口元を必死で引き締めて


頬を染めながら、罰を言い渡した


「……なら、好きと言って下さい」


「……え?」


空は予想外の罰に思考停止した

ガバッと起き上がり星羅を見ると、恥ずかしそうに自分を睨んでいる


「ちょっ、ちょっと落ち着こう、それは罰にならないよ!」


「空くん、落ち着くのは君」


「そうだぞ空、いい加減自分に正直になれ」


「その言葉、そっくりそのまま叔父さんに返すよ!」


「ダーリン、話を反らさないでで下さい」


「うっ」


「私の事が好きなんですよね?」


「……う、うん」


 淀みながらも肯定する空を見て、指輪を握る手に力が入る

もう二人とも、耳まで真っ赤である


「……なら、大きな声で好きだと言って下さい…………学園のクラスメートの前で」


「う、うん……うん?」


「聞こえなかったのですか?教室で、私の事が大好きだと叫んで下さい」


「なんで!」


 思わず、素で聞き返す空に、星羅は意地悪な顔で応えた


「私ばっかり恥ずかしくて泣かされるのは不公平だと思っていたんです、これからはダーリンにも同じ辱しめを受けてもらいます」


「ちょっ!」


 想像するだけで恥ずかしくなった空が抗議するが、それがいけなかった

星羅の中で、愛の告白イコール空が恥ずかしがるの数式が完成してしまったのだ


 これは効果的だと思った星羅は、調子に乗って口を滑らせてしまう


「安心して下さい、エッチな命令はしませんから……ただし合意の場合は除きますけどね」


「え!」


それってどういう意味!と叫んぶ空から星羅は顔を背けると、どこか楽しげに微笑み、握っていた指輪を左手に嵌めた


 ──そうです、ダーリンにも同じ気持ちを味わってもらいます

この指輪を返すその日まで、ずっとずっと私に愛を囁いてもらいますからね!


 今日は一日色々な事が起き過ぎて、星羅の頭はまだ湯だったままみたいだ

きっと明日になれば冷静になり、今日言った事を思い返して悶絶してしまうだろうが

今の星羅は、とても良い考えだと疑ってすらいない


 天に向けて手を伸ばすと、結婚指輪(マリッジリング)が優しく輝いた


「やれやれ、本当に馬鹿な二人だ」


「あのやり取りを見せ付けられるクラスメートには、同情しますね」


 呆れた声を出す大地と南


「待ってよ星羅、今のどういう意味なの!」


だが、その声は二人には届かない


「教えてあげません」


 微笑みむ星羅は嵌めたばかりの指輪を見詰める


それは、(あつら)えたかのようにピッタリと薬指に嵌まっていた




 



読んで下さいありがとうございました。

個人的にラブコメは、このくらいの距離感が一番好きです


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― 新着の感想 ―
[一言] 短編から来ました。 面白かったです。 最後はニヤニヤが止まりませんでした。 後書きに書いてあった通り、これくらいの距離感良いですよね。
[一言] とても楽しくニヤニヤしながら読めました! ありがとうございました!
[良い点] とてもよいラブコメでした! ラストの距離感、良きですね。 最初から最後まで、安心して楽しく読むことができました。
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