谷を下り村へ荷物を運ぶの巻
ここはよくある普通の剣と魔法の世界……テイマー、魔物使い……魔物と心を通わせる職能を持った人々がいる、その多くは少数民族であり、魔物と共にあるがゆえに弾圧されていた時代もあったが、人間や役畜では難しいことをこなせるこの職能はやはり有用であるため、今も差別は残りつつそれなりの社会的地位を確立している。
ここに一人の少女がいた、名はムツハ、テイマーの一応何でも屋ということになるのだろうか、何でもできるというより、できることならなんでも、というだけなのであまり当てにしてはいけない、テイマーの仕事は共にある魔物に依存するのだからそうとしか言えないのだ。
季節は秋、木々の葉は色づき始めてはいるものの、まだ概ね緑といったところであるが、ドングリは地面に落ちているし、里では芋の収穫や秋蒔き小麦の播種で忙しいことだろう。
薄暗い森の中で中型犬大のハエトリグモの魔物イカヅチオオホンチが二体、体を振動させながら対峙している、彼らは喧嘩っ早く、雄同士が出会えばすぐに喧嘩が始まる。
まずは両第一脚を万歳するがごとく上げ、片腕を交互に上げ下げする度、体からスパークが走る。
そして両者は急接近、至近距離でにらみ合いながら両者背伸びをし、広げた腕を上下左右に動かす、体格をアピールしているのだ。
「ノリユキ、カニーナ、クモンビーを止めて、こりゃ勝てっこないよ」
ムツハはマキグソスライムと第五脚で大きな荷物を背負う巨大蟹ジゴクオニホモラに言ったが、二体とも動かない。
「ブリブリブリ、ブリリャ」青いマキグソの如き体を伸縮させながら言う「ブリブリ、ブリブリブリブリ」
(わかってねーな、ムツハは……男にゃあんだよ、引けねえ時ってやつが)
男を語るノリユキも若い個体で、強くもないし基本的にはモテないが一度だけ成功体験をあり、それをクモンビーに盛って語るちょっとウザい先輩である。
「いや、でも……イカヅチオオホンチはナイーヴで一回負けちゃうとひどく落ち込んじゃうからさ……」
「ブリブリブリブリブリ、ブリブブリブリブリブリ! ブリブリブリブルァァアア!!」
(負け戦は漢の華、いつだって前のめりよ! 特攻めクモンビィィアアア!!)
「ブクブク……ブクブクブク……」
(まったく……男って馬鹿よね……)
巨蟹ジゴクオニホモラのカニーナは少し悲し気に笑う。彼女は亡き母の相棒でかなり長く生きている、男の悲しさも女の悲しさも数多く見てきた、ベテラン蟹である。
「ブリブリブリブリブリィ! ブリブリブリャーッ!」
(足りねえ分は気合でカバーしろぃ! 気おされんなーっ!)
クモンビーは引かず、やんのかコラァ! と体を振動させ闘志を燃やす。この前成体になったばかりの若雄だからなのか今相当オラついているのだ。
急接近し至近距離で帯電しつつガンの飛ばしあい……両者スパークしながらの取っ組み合いが始まった。
ハエトリグモの喧嘩は熱い、魔物であるイカヅチオオホンチにもなれば結構な迫力……だったが、あっさり決着がつき、クモンビーは敗走し戻ってきた。
「ま、まぁ……そう気を落とさないで」
「ヴヴヴ……」(おれは弱い………)
「ゆっくり休んでなよ……次、がんばろ、ね?」
イカヅチオオホンチもハエトリグモであるから、一度敗北してしまうと心が折れ、立ち上がるまで時間がかかる、こうなってしまうとしばらくは戦えないのだ。喧嘩っ早く乗っているときは強いが一度負けるとなかなか立ち直れないため、雌のほうが扱いやすいとされるが、縁があって仲間になったのだから仕方がない。
「ブリ、ブリブリブリブリ」(まぁ,気を落とすなよ)
「ヴヴヴ……」(ノリユキ先輩……)
「ブリブリ、ブリブリブリ、ブリブリブリブリ、ブリブリ」
(男ってのはな、戦って負け、惚れてフラれてを繰り返し一丁前になってくもんだ、俺っちみてーにな)
「ヴヴ……ヴヴヴヴヴヴヴ……」(おれ……先輩みたいにはなりたくねーって思ってるっす)
「……ブリッ……ブリ……?」(……なん……だと……?)
傷心ゆえに出た投げやりな一言ではあったが、ノリユキはショックのあまり返す言葉がなかった。
負けて落ち込んでいるクモンビーは歩かずカニーナの背中に乗っている、別に歩けないわけではないが、みんな新人である彼に対してはちょっと甘いところがあるのだ。
なだらかな地面を選びつつ進む一行、どこからともかく「ブリブリ~♪」歌声が聞こえてくる……
「ブリ?」ノリユキは立ち止まる「ブリブリブリブリ……」
(おや? この甘く切なく美しい歌声は……)
そして地面に残っている粘液をべろべろ舐める「ブリブリ」ちょっとアレな光景だが一同見慣れているので、またか、程度の反応である。
変な声を上げつつ粘液をなめながら進むノリユキ、進んだ先にはマキグソスライムの雌が歌いながら木の実を食べていた。
「ブリッ、ブリブリブリブリ」(フッ、こいつはいい女だぜ)
「ノリユキ、前みたいに」
「ブリブリ」ノリユキが勇ましく雌の前に飛び出した「ブリブリブリブリーッ!」
(見てろよ、俺が手本を見せてやるぜーっ!)
そして「ブリブリーッブリブリーッ」と連呼しつつ体を伸縮させ求愛ダンスを踊るノリユキ、それをきょとんとした様子で見ている雌。
クモンビーは喧嘩に負けて落ち込んでいるのだが、喧嘩と雌の奪い合いは密接に関係があることもあり、ノリユキの中ではいつの間にか「落ち込んでるなら交尾だ、手本を見せてやる」という結論に至っていた。我々の世界のハードボイルド作家が迷える若者にソープに行けとアドバイスしたのと近い感覚かもしれない。
「ブリリアーント!」
(一発やらせろ!)
ビシッとポーズを決め、ノリユキは思った、決まった……と。
ムツハとカニーナは思った、ダメだコイツ……全然学習していない……と、彼の求愛ダンスは概ねこんなノリであるから当然そんな態度で女心をつかめるはずもなく、雌の目は冷ややかだった。
「ブリ……」そこに(マキグソスライム基準で)涼し気な目をしたやや縦長の雄が現れた。どことなく気障な鳴き声「ブリ、ブリ、ブリ……」そしてこの物憂げな求愛ダンスである。ひたすら元気に伸縮するだけのアホっぽいノリユキと違いどことなく知的でテクニカルでありつつも力強い求愛ダンスである。
「ブリリ、アントゥ……」
(さぁおいで、日暮れにはまだ間がある……)
結果は言うまでもなく、雌はイケメンマキグソスライムとどこかへ行ってしまった。
「ブリビュリブリャリャーッ!!!」
(ちぃくしょぉーっ!!)
「ブクブク……ブクブクブクブクブク……」
(泣くがいいわ……そのやるせなさがお前を男にするのよ……)
「ヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴヴ……」
(いやだなぁ……ああはなりたくないなぁ……)
ノリユキの慟哭が森の中に響き渡る……これはよくあることであるし、ノリユキはほっとけばすぐに立ち直るので問題はない。
森の中を進んでゆくと谷になっており、底には集落があり、谷の狭くなったところに頑丈そうな屋敷が見える、ここが目的地だ。
平地の面積は狭いが農産物はちゃんと穫れるし、森からも恩恵が得られる、何より水資源が豊富なのが魅力といったところだろう。
ただ交通の便は悪く、谷あいにあるこの集落へ荷物も運ぶには回り道をしなければらならない、だがジゴクオニホモラは剛力で走破性も高い、第五脚で荷物を担ぎつつ、残りの脚で急斜面を下りることができる、その気になればオーバーハングした崖も歩ける。
「ブクブクブク……ブクブクブク……」
(水資源が豊富ね……脱皮場所にちょうどいいわ)
「ああーそろそろ脱皮したいって言ってたもんね……どれくらい時間かかる?」
「ブクブクブクブク……」
(一週間はほしいわ……)
「ん、わかった」
「ブクブクブクブク……」
(私なしで大丈夫? ちゃんと村の人たちに挨拶して怪しまれないように……)
「う、うん……わかってるよ……」
カニーナなしで野宿か……いや、ノリユキとクモンビーなら宿に連れ込めるかな、でもお金ないしなぁ
ムツハの主な収入源は大道芸やカニーナの力もあって荷物持ちやちょっと特殊な運送業だ。テイマーの中には強力な魔物で要人を護衛する者や、特殊部隊を率いる社会的地位の高い者も存在するが、ムツハはとてもそんなテイマーにはなれそうにない、将来に関する漫然とした不安はあるが、不安になったところで何にもならないので今は考えないようにしている。
屋敷についたムツハ一行、ここには老魔女一人に若い魔女がふたり住んでいる。
老魔女はディア、若い魔女は赤毛でおさげがアスセナ、ブルネットでボブのほうがユリンと名乗った。
何故こんな広い砦のような屋敷に住んでいるかと言えば、谷で土砂崩れが起きたとき、建物の頑丈さと魔法的な処置により村を守るためらしく、今回運んだ荷物もその魔法の維持に必要な大きな魔石数個と、村では手に入りにくい諸々の雑貨、そしてこのあたりには自生していないという生の薬草が数種で、馬車便だと時間がかかってイキが下がってしまうとのことである。
薬草は早速若い魔女がたちが刻み、いろいろなものと一緒に火にかけて壺で煮込んでゆく、これらにいくつかの魔法的な処置を施すことで魔法薬が出来上がると言い、魔女が得体の知れないものを煮込みながらイッヒッヒと笑うステレオタイプなイメージの元ネタでもあるらしい。
ついでに出来ることなら何でもやるといった旨を説明すると天井裏の鼠の駆除も頼まれた、これはクモンビーの仕事である、喧嘩に負けはしたが腹も減るし、腹を満たせば少しは元気になるだろう。
魔法薬の下ごしらえをすませた魔女たちはお茶と小さな皿に入った謎の粉を出してくれたが、これは菓子かなにからしい。
苦労話を冗談を交えて話してみると、今日は泊めてくれるということになった。
「いやー助かります、わたしらが困るのって遠出したときに泊まる場所なんですよねー」
「ウチは三人しかいないのに部屋は一杯あるから」
「こういう時のために無駄に部屋がいっぱいるんだと思いますよ」
テイマーの多い地域ならともかく、魔物同伴で宿泊できる施設というものはあまりないため、基本的に野宿である、魔物を連れている自分を泊めてくれるだけで、ムツハとしても嬉しくいろいろとサービス精神も出てくる。
「衛兵さんが不審者扱いするもんだからわたしは言ってやりましたよ、人を見て判断してくださいって、そしたらカニーナが見て判断した結果だと思うわよ……ってブクブクいうわけですよ」
このように都市によっては簡単にはいれてくれないことすらあるのだから困るといった苦労話をやはり冗談を交えつつ話す、まぁ大変だけど笑える程度の話ですよと、笑えないこともあるが笑い話にしたら気が楽になることもある。
「とにかく、魔物を連れてると世間様が怖がらないよう、勘違いされないよういろいろと大変で」
「それはまぁ」
「実際はほとんどの魔物は、野犬より安全じゃないかなーって思ってます」
「そういうもんなんですかねぇ」と魔女たちも深くは突っ込まない、若いテイマーは概ねそうしたものであることを老魔女ディアは知っているし、ふたりの魔女も空気を読んでいる。
そこは事実半分、テイマーゆえの認識のズレが半分あることを彼女たちは知っている。テイマーは魔物が人間襲う理由のほとんどは人間がテリトリーを荒らしたり狩ろうとするからだと認識しがちなのだ、頭では普通の人間は魔物と心を通わせることが難しいことを知ってはいる、だがその魔物と心を通わせられない普通の感覚を若いテイマーは本当の意味で理解しておらず、それゆえのふるまいもまた世間のテイマーに対する偏見の一つの理由となっているのだが、そこを下手に否定すれば傷つくし却って頑なになってしまう、一般的な人間について説明するのは、ある程度信頼関係ができてからじゃないと聞き入れにくいものだと老魔女は考えているからだ。
キリがよさそうなところで「そうそう、このお菓子なんですが」と話題を変え、食べ方を教える。
「まず、水を入れて練ってください」粉に少し水を入れ、練れば寝るほど色が変わってゆく……
「それくらいでいいですよ、それをこのソースにつけて食べるんです」
「ブリブリブリブリブリ」
(俺っちにもくれ)
「あ、ごめん」練った菓子にフルーツソースをつけて、口に落とす。
「ブリリ!」(うまい!)
ノリユキの中でテーレッテレーというファンファーレが響く。
「……ブリブリブリ、ブリブリブリ……」
(……まったりとしていて、それでいてしつこくなく……)
「どれどれ……あ、ほんと、おいしいです!」
「気に入っていただけたなら何よりです、これは魔女に伝わる秘伝のお菓子なんですよ」
「魔女ってやっぱりかき混ぜるんですねぇ」
「イーッヒッヒッヒ……」と笑いつつアスセナはお菓子を練る「なーんてね」
「ところで、この子たちの食事は何がいいのかしら……?」
「マキグソスライムはなんでも食べますし、ジゴクオニホモラは……蜘蛛の食べ残しの鼠の死骸で大丈夫です、蟹って小食なんですよー」
テイマーが魔物を選ぶ基準において重要な事柄にえさの確保があり、ジゴクオニホモラは頑丈で剛力となかなか強力な種だが、食費があまりかからないという優等生だ。
「ブクブクブクブク……」カニーナが泡を吹いている。
ムツハはカニーナの口に水魔法をかける、陸上に適応した魔物とはいえ蟹は蟹、鰓が湿っている必要がある、テイマーにとって魔物の体調を体調を管理するために必要な程度の魔法は必須であるが、それで戦える程度の力は多くの場合必要とはしない。
「あの、とても図々しいことをお願いするのですが……カニーナがそろそろ脱皮したいといっておりまして、滞在する期間は一週間ほどでも大丈夫でしょうか?」
「ええ、一週間でも一か月でも」
「あ、ありがとうございます!」
「ところで……ムツハさんは今お付き合いしている男性はいらっしゃる?」
「はい?」
「最近このユニコーンが現れて……この間も若い娘が襲われたんです、幸い大事には至らなかったのですが」
「は、はぁ……」
つまり処女であるならそのテイマーとして力を使いユニコーンをどうにかしてほしいということなのだろう、聖獣とされる希少な生物で角には不思議な力が宿り薬になることもあって乱獲が問題になっているが、その生娘が大好きで、非処女を激しく攻撃するキモアニマルという厄介な気質も有名だ。
どのみち世話になるのだ、断る理由はない。そしてここを殺さず納めてこそ、魔物と心を通わせるテイマーの腕の見せどころではないか。
「あと、女同士の場合だとユニコーンとしてはどうなのかしら?」
二人の若い魔女はもじもじしている、つまりそういうことなのだろう。ムツハの民族の場合、巫女なんか大体そんな感じなので、そう言う人は割といるという認識である。
「すみません、ユニコーンについてはよくわからないのですが……御厄介になるわけですし、出来る限りのことはしますよ」
「ありがとうございます、私たちも協力しますので」
「うん、あたしたち魔法は使えますから」
「ま、まぁでも、危なかったら逃げてくださいね、わたしはテイマーですし、自分でなんとかしますから」
とはいえ、ユニコーンってウチのみんなみたいに人に近い心を持っているのかな……そうじゃなかったら、厄介だけど……
ムツハは異性と縁はない、語られているとおりの性質ならばまぁ大丈夫だろう、だがそうでなかったら……個体数の少ない生物であるし、俗に語られている話が真実とは限らないのだ。よく知らない相手を対処しなければならない、これは難儀な話である。
「村の人としては複雑かもしれませんが、わたしはテイマーですし、できれば殺傷せずことを納めたいところです」
「そこはお任せしますよ、村人が襲われたこと以上にユニコーンの角のことで色めき立ってますし……そんなものあっても争いの元になりかねませんから」
戦力として一週間カニーナを当てにできないのだから、ユニコーンとの対峙は脱皮後であってほしいがそんな都合よくもいくまい。クモンビーは傷心……絶好調だったからといってユニコーンは敏感であると聞くしクモンビーの不意打ちは通じそうにないから制圧は可能とも思えないし、ノリユキはそもそも戦闘力が低い。
そして、魔女たちもああは言っているが、本当に命を狙わないという保証はどこにもないし、用心深いだけではなく戦闘力が高く危険な生き物であるとも聞いている、ユニコーンのことも魔女たちのこともろくに知らない状況であるから複数のトラブルが想起される。
テイマーという立場としては殺傷は避けたいが、豊かとはいえない村にとってユニコーンの角は思わぬ臨時収入でもある、だから狙う人々を責めることはできまい……ただ、老魔女の言った通り争いを産む可能性も高い。
さっきまで乗り気だったが、冷静になって考えると厄介なことに巻き込まれてしまったことに改めて気づくのであった。
こちらはとりあえず全三話となっております。




