41 手紙 その二
手紙だけでここまで人を傷つけることができるのも、ある意味才能だと思う。
これがまだ何も面識のない他人だったらよかったのだ。
けれども昔から聞きなれた家族に近い人間の言葉で、存在も魔法も否定され、生まれも貶されれば自然と涙が出てきて、もう手紙を閉じようかと考えた。
しかし最後に目で追った文章は何か方向性が変わっていて、惰性で読み進めた。
『そんなお前にも、唯一救われる方法があるわ。
戻ってきてわたくしたちの為にすべてをささげなさい、メルヴィンの面倒も特別に見させてあげる。
一度は愛し合った仲だもの、本当は寂しくて仕方ないのでしょう? あんなごく潰しの第三王子なんかより、わたくしの王子様の方がずっといいはずよ。
あなたも勝ち馬に乗りたいでしょう? そちらにいるだけでは、お前は永遠にわたくしたちを貶めたクズ女のまま、そのままあなた死にたくないでしょう?
城の地下牢に閉じ込められて、魔力を搾り取られる生活を送りたいの?
違うわよね。もうその時は迫っているわ。
子供を救ったり、反抗してみたり、実家の事業に文句をつけてみたり、本当に幼稚ですわ。どうせ誰かにみとめてほしかったんでしょうけれど残念。
あなたのような罪深い魔法を持つ汚い女狐なんて、誰も真の意味で必要としない。それにフィオナ、あなたがそうしてわたくしを否定したことによって、過去のあなたも同時にあなたにとって罪深いものになっているとに気が付いていないの?
あなたが否定すれば否定するほど、あなたの罪はより顕著なものになる。
過去に犯した罪の数々はもう決して消えはしない。記憶が戻らないようにあなたがわたくしに加担していた事実は変わらない。そのことをマーシアたちはあなたの第三王子は心の奥底で軽蔑しているわ。
汚い女なのよお前は。
自覚したなら戻ってらっしゃい、あなたならいつでもわたくしの離宮の中に入れてあげる。もちろんわたくしに許されるための手土産を忘れずに持参しなさい。
それではあなたの正しい行動を期待しているわ』
最後の最後まで、言われたくない言葉のオンパレードだった手紙はそんな言葉を最後に幕を閉じた。
心の底にはジワリと苦しい気持ちが広がって、いやな後味が残っている。
痛みがじくじくと響いて苦しい、血が流れ出ていって冷たくなっていく感覚がする。
ヴェロニカは前に向いている自分を後ろから、鎖をかけて引き戻そうとしているのだ。
抗うことは容易なほどの理論も破綻していて、勢いだけで書かれた手紙に説得力なんかないはずだ。
それなのに、たくさんの言葉に傷つけられた後だと、うまく心の整理をつけるのが難しくて今朝から考えないようにしていたことが頭に浮かんだ。
そしてくしくもヴェロニカからの手紙の一部がその内容とかぶっていて、妙に説得力を感じてしまう。
それは、フィオナは、恐ろしい魔法を持っていて人に認められない化け物だという事だ。
触れたくないとノアは思ったのだろう。そしてそれをヴェロニカはずばりと言い当てた。
フィオナがヴェロニカを否定して、反抗すればするほど過去にヴェロニカに加担していた過去があるフィオナもどんどんと罪が深くなっていく。
今、ルイーザを助けようが、ヴェロニカの悪行を止めようが、その事実は変わらない。
端からフィオナは胸を張って日の元を歩けるような人間ではなかったという事だろうか、自分の望む色を纏うことなど許されないような、生まれたことすらも許されないような罪深い人間なのかもしれない。
だとしたら、抗うことは無意味なのだろうか。
そんなふうに気分が落ち込んでいく、涙はぐっとこらえるけれども、手が震えて苦しい。
マーシアがこの手紙をきちんと把握していると示してフィオナに渡してきた理由が分かった。
これはたしかに苦しくて揺らいでしまいそうなのだ。
戻りたくないけれど戻りたいと思ってしまうような否定感、これは初めから主張しなければ感じることのなかったはずの気持ちだろう。
……でもそれなら、正解はどこにあったんでしょうか? 私はどこから選択を間違っていたんでしょうか?
自分に問いかけてみるけれども答えはわからない。
ついに悩み始めたフィオナはこんなことをしている暇はないのにと思いながらも項垂れて表情を険しくしたのだった。




