40 手紙 その一
フィオナはそれなりに凹んでいた。理由はたった一つ、ノアに拒否されたことだ。
フィオナなりに勇気を出してやった事だったのだが当てが外れたというか何と言うか、自分はそれほどまでに魅力もなく愛されるに値しない生き物なのかと思うぐらい悩んでいた。
しかし悩んだってしょうがないのが現状であり、やるべきことは山ほどあるのだ。
そんな風に自分を奮い立たせてフィオナはヴェロニカの行動パターンやフィオナの魔法の使用頻度から、どのような記憶を消したかまでこと細かに記載して思いだしてレポートに書き起こしていた。
思い出せば思い出すほどにフィオナは自分のやってきたことの罪深さに改めて気が付いた。
もともと凹んでいたからかはわからないけれども、昔のヴェロニカの夢も見てしまって、つい考え込んでしまいそうになる。
しかしなんとか頭を切り替えて机に向かう。そして同時にどうすればヴェロニカの数々の秘密を暴くことができるだろうかと考えた。
フィオナは彼女を罪に問える最大の悪事を知っているが、どのようにすればそれを達成することができるのかはわからない。
しかしこの作業が終わってマーシアたちとまた話をする機会があったらその方法も話し合うべきだと思っている。
そのためにもフィオナはさっさと報告書を書き上げなければならない。
そう考えてバリバリとペンを動かした。
「フィオナ様、マーシア王妃殿下よりお手紙です」
ふと、ロージーに声をかけられてフィオナは驚いてびくりと体を動かした。彼女にはマーシアの元に出来上がった報告書の一部を提出しに行ってもらっていたのだ。
いつの間に入ってきていたのだろう。考え事が多すぎて気がつかなかった。
「あ、ありがとうございます。マーシア様からですか……」
「はい。フィオナ様宛てにヴェロニカ王妃殿下より届いたものだそうですが、内容は確認したのでフィオナ様に渡すようにと言われました」
「……なるほど。やはりマーシア様に検閲されていましたか」
「そうですね。ただ、こうしてマーシア王妃殿下がその行為を認めるような形でフィオナ様に示すのは初めてですね」
この場所に来た時点でそういう可能性があることは理解していた。手紙というのは直接会う以外で一番確実性の高い情報交換ツールだ。
マーシアの懐に飛び込んだ以上、中身は見られていると考えて、フィオナもテリーサと手紙のやり取りをしている。
テリーサだって余計なことは言わないし、それぐらい当たり前のことだ。
しかしながら、当たり前だと思っていても、喜ばれる行為ではない。
ある程度は、個人的なプライバシーを守っていると思わせる程度の細工がされてフィオナの元へと手紙が届く。
けれども、今回はマーシアから直接フィオナに宛てられた手紙が検閲を終えたのでやってきたというわけだ。
ヴェロニカに対する報告書を提出しに行った、そのついでに渡されたというのも意味深い気がしてならない。
……分かり合うことはできたし、協力する意思もある。しかし警戒すること自体をやめてはいないという意味でしょうか?
考えつつ受け取ってフィオナは封筒を開けた。
こんな風にされなくともヴェロニカから手紙が届けば自分で報告をしに行くし、ヴェロニカの元に戻る気などサラサラない。
しかしだからと言って、急に完璧に信用しろと言っても無理だろう。
だからこそ行動で示すしかないとフィオナは思う。
便箋を引き出してみると、紙の裏がざらりとしていて強い筆圧で書かれたことがわかる。
そしてここまで来て、指先が固まって緊張してしまう。
あの人は怖い人だ。平気で人を不幸にする。それでいて人一倍強欲だ。
ここに書かれている内容にフィオナは何も思わずにはいられないだろう。
しかし、それでも逃げてしまうことはできない。便箋を開いて文章を目で追った。
『よくもやってくれたわね。まさかあなたが裏切るだなんてそんな不義理なこと思いつきもしなかったわ!
ああ、可哀想なメルヴィン、あなたのせいで今でも子供のころの自室から出てくることが出来ずに泣いているのよ? 今まで面倒を見てくれた婚約者になんて仕打ちなの?』
挨拶もなしに始まった文章は殴り書きとまではいかないが、苛立ちをそのまま文字にしたような文体だった。
それにメルヴィンには非がなかったかのように書き記されているが、それは大きな間違いだ。
序盤から嫌な気持ちになりつつもフィオナは真顔で読み進めた。
『勝手にあなた達が婚約を破棄した時、わたくしはそれでもあなたの反抗期を許容してあげる気でいましたのよ。
メルヴィンの経歴に傷をつける行為になるのだから本来、許されるような行為ではないのだけれど、頭の悪いフィオナの事だから自分のやっていることの重大さに気がつかずに、やりすぎてしまっただけだと思ってあげていた。
それなのに、わたくしを裏切っただけではなくマーシアに加担し、メルヴィンの将来まで奪うなんて許せない。
あの子は将来、わたくしを王太后にしてくれるはずだった希望の子だったのに、あなたがすべてを奪ったのよ。
この疫病神、黒魔法なんて呪われた魔術を持って生まれたお前など殺してしまえと、アシュトン伯爵に言っておくべきだった。
心臓をえぐり取って、家畜に食わせて二度と人間に転生しないようにしてしまえばよかった。
今はお前が憎くて憎くて仕方ない。
このままでは頭に角が生えてしまいそうだわ』
つらつらとつづられる呪いのような言葉たちに、彼女がフィオナに向かってそう今話しているような錯覚を覚える。
今この場にはフィオナとロージーしかいないはずなのに、手紙を持つ手が震えてしまった。
『あんなに目をかけてやったのに、自分の娘のように手塩にかけて育てたのに、わたくしの大切な王子様をこんな風にしてただで絶対に済ませない』
自分の息子を王子様呼ばわりとは気持ちの悪い表現に吐き気がした。
『夢に悪魔が出てきたら真っ先にお前の命をくれてやるとわたくしは言うわ。
そのぐらいの覚悟を持ってやったんでしょう? この人殺し。お前は今までのあの子のすべてを壊したのよ。それなら殺したも同然だわ。人殺し。母親から子供を奪うなんて悪魔の所業だわ。やっぱりあなた人間ではないんじゃないの?
お前は無情な化け物よ。人の記憶を操るなんて化け物でもなければなんだっていうの?
ああ、嫌ね。こういう人間はさっさと殺す法律を作った方がいいと思わない?
あなたの事を言っているのよ、フィオナ、今すぐに死んでほしいわ、わたくしの目の前で懺悔をしながら死んでほしいのよ』
心にぐさぐさとナイフが刺し込まれているような感覚だった。
これ以上は読んでいられずに、流して文字と単語だけを追っていく。
許さない、恩知らずという言葉が立ち並んでいる。それでも手紙を放棄することはできなかった。




