11 フィオナの策 その一
翌日、フィオナは自分にとって大人の象徴とも言える桃色のドレスに身を包んで、腰に剣を携えた。いわゆる勝負服というやつである。
子供を引き渡すのはいつも日が落ちて視界が悪くなる夕暮れすぎだ。
朝から身支度をしてダグラスに無理言って先触れを出してもらい、フィオナはもう一度馬車でアシュトン伯爵家へと向かった。
一昨日と同じ話し合いの席には、当たり前のようにテリーサがいて彼女は、にっこり笑みを浮かべていた。
テリーサの話を聞いて帰ってくる気になってくれたのだと思っているに違いない様子だった。
しかし、今日はとにかくやりたいようにやりに来たのだ。テリーサには悪いが、フィオナは自分の意見を通すことにした。
「……テリーサ、今日はね、仕事の話をしに来ました。……だからこそ当事者にも聞いてほしいと思っています。これから自分がどうなるかルイーザはとても不安だと思うんです。是非聞かせてあげたいです」
「!……でもそれは、余計な事じゃない? だってあの子まだ十歳くらいよ? 聞かせてもわからないでしょ」
「そ、そうよ。フィオナ何言ってるの、テリーサの話を聞いて戻ってくる気になったんじゃなかったのかしら?」
「そうだ、子供に余計な情報など不要だ!」
父と母は明らかに動揺して、この話し合いの場に、ルイーザを呼んでくることを拒み始める。
それはそうだろう、今回フィオナが協力してくれなかったら、彼らは記憶を消すことが出来ない。
つまりは目的を知っていて親元から預かって売春目的で売り渡していると知られてしまう。
余計なことを言われては困るのだろう。
「余計なことだからと何も与えられなかったら、いつまでたっても子供のままではありませんか。時には難しい話も聞いて自分の行く先を考える、そうして大人になっていくのだと私は思います」
テリーサの言葉だけに真剣にまっとうな言葉を返した。
たまに怒り心頭で取り乱していることもあるけれど、フィオナが真面目に向き合っていると知れば、話し合いをすることが出来る。
「そんな必要はない! 余計な情報を与えるな!」
「そうよ、せっかく、今日でおしまいなのに」
そんな風に言う父と母に、テリーサは少し考えてそれから「わかった」と短く言って席を立った。
「そんな、私たちがよしなさいと言っているのよ?」
「テリーサ、親に反抗するのはやめなさい!」
「大丈夫よ、お父さま、お母さま、だって悪い事はしていないのだから、きちんと話をすれば頑固なフィオナもわかってくれる? でしょ?」
「……そういう話をしているんではなくてな」
「じゃあ、どういう話? 私の何が間違っているわけ?」
いくら父や母でも、破綻した論理をテリーサに呑ませることは出来ない。彼女たちの力関係は、とっても不思議なものなのだ。
褒められたいとテリーサは思っていて、おおむね思惑通りに動くが、一時彼女が指摘をすると、両親は途端に黙る。
……お父さまとお母さまって基本的に子分気質というか、人の親らしくない感じなんです。
押しの強い人の意見を呑んで、甘い言葉に誘われてなんでもしてしまう、良い思いがしたいと思っているけれど苦労はしたくない。
「間違ってないって事だね! じゃあ、ルイーザを呼んでくる!」
「あ、こら」
「待ちなさい!」
結局止めることが出来ずに、テリーサはカツカツとヒールの音を鳴らしながら去っていく、
そんな彼女を見送ってからフィオナは両親を見つめた。
「お父さま、お母さま、私、一昨日は勘違いしていました。テリーサは本当にあなた方が何をしているのか知らないんですね」
「……」
「……」
「悪い事をしている自覚があると思います。……犯罪ではないにしろ、グレーなことです」
父と母と三人になったのでフィオナは、一昨日言えなかった彼らの”仕事”に関する話を始めた。
「基本的に人身売買には多額の税金が課せられています。そしてもちろん、貴族の子供を奴隷のように売り買いすることは禁止されています」
「私たちそんなおぞましい事……してないわよ、ねぇ、あなた? 」
「そうだ……勘違いじゃないのか?」
「たしかに、平民のようにわかりやすく売り買いはしていないはずです。ですが、ヴェロニカ様を通して、幼く穢れをしらない貴族の子を経済状況が厳しい家から手に入れて、そういう無垢な子供を汚すのが好きな貴族に金銭と引き換えに渡しているのは事実です」
こうして、アシュトン伯爵家をはさむことによって、ヴェロニカに子供の売買を注文した貴族、買い手の貴族それぞれ両方に言い訳が出来る。
子供は、アシュトン伯爵家に渡した、金銭はアシュトン伯爵家から受け取った、だからこそ子供を売ってなどいないと、言い訳をすることが出来るのだ。
一定期間をこの屋敷で過ごさせるのは、売り手の屋敷の人間が不思議に思わないように工作するためだ。
子供死体を用意したり、死亡届を出すのに相応の理由作りをしたり、ヴェロニカが相手を探したり、それが終われば、少女達は、貴族としての登録もないただの魔力持ちの子供になる。
彼女たちはきっと二度と日の目を見ない。
「私は知らず知らずのうちに、その手伝いをずっとしてきました。隠ぺい工作に私の魔法は都合がよすぎました」
「……」
「……」
「でもだからこそ、私がいなくなればあなた達は”仕事”をやめると思っていた……そうでないなら、やめさせます」
そう言葉を締めくくると、タイミングよくテリーサが戻ってきて、その傍らには不安そうにこちらをみるルイーザの姿があった。




