12 フィオナの策 その二
「いや、何を言っているんだかわからんな。や、やめさせるも何も私たちはただ善意で活動をだな」
「そうよ、そんなのは勝手な妄想よ!」
父と母は大袈裟にフィオナの話を否定した。
テリーサにもルイーザにも聞かれたらまずい事なので、まったく意味が分からないとばかりに否定しだす。
しかし、ことはそう簡単に言い逃れできる様な問題ではない。
「フィオナ、連れてきた……けど、なんの話?」
「……」
必死にフィオナの話を否定する彼らは、とても焦っていて、それを不思議そうに見ながらテリーサはフィオナに問いかけてきた。
しかしその問いかけに応えずに、フィオナは立ち上がって、ルイーザの方へと向かった。
腰に携えた剣に手をかけて、両親の言葉に応える。
「ではなぜ、こうしてアシュトン伯爵家に来る子は全員、女の子なんでしょうか?」
「それは、ただの偶然だ!」
フィオナの言葉に、父が間髪入れずに答える。
フィオナはただテリーサを見ていた。
「ではなぜ、私は魔法で取引相手の記憶を消す必要があるんでしょうか」
「それは、こ、子供のプライバシーを守るためよ!」
今度は母が答える。
テリーサはキョトンとしていて、その瞳に訴えかけるように、フィオナは最後に問いかけた。
「では、送り出した子供の現在を一人でいいので私とテリーサに見せてください。このルイーザも、より良い家庭に送られるのでしょう? 悪い事は起こっていないんでしょう? なら、できるはずです」
「……フィオナ、どうしてそんなことが必要なの? だってお母さまたちは、家計が厳しい家の子供を、子供がいなくて困っている人への橋渡しをしているはず━━━━」
フィオナの言葉に両親は答えなかった。しかしキョトンとしたままテリーサは言った。
まったく疑いのない純粋な瞳、それを曇らせることは心苦しいがそれでもやるべきだと思う。
「違うッ!! 違う違う違う違うッ!!!」
決定的なことを口にしようとした。しかし、先に口を開いたのはフィオナではなくルイーザだった。
「違うのッ、丁度良い歳になったら出されていった! 売れる歳になったら上から順にいなくなった!!」
「え?」
「女の子は売れるから、いくら産んでもいいんだってお母さまが言ってたの! 私ッ、私も、私はこれからッ、慰みものになるの! 捨てられたから、もう私ッ、普通には生きていけないのッ」
その小さな体には似合わない大きな声だった。
一昨日見た必死な姿は、これから先に対する不安ではなく、これから待っている未来への不満を言いたかったのだと気がつく。
「でもッ、どうしたらいいのかわからない! どこにもゆく当てもないのに! 逃げ出したい!どうか、 助けてくださいッ」
主張がくるくると変わって、ルイーザもとても混乱しているのだとわかる。髪を振り乱して必死に主張するその姿はあまりにも痛ましい。
親の元から離れて、迫りくる恐怖に怯えつつもどこにも行けない。それはあまりに辛い事だろう。
「私ッ、私は、いい子です! 頭の良いいい子になりますッ、わがままも言わないからっ、だからぁっ、ぅ」
テリーサの手を離すとルイーザは子供らしくわーんと泣き出した。混乱しているのか、テリーサは固まったままで、呆然としていた。
父と母の”仕事”について正しく理解できたかどうかはわからない。けれども、フィオナの目的は、テリーサにすべてをかけることではない。
「っ、」
「フィオナ!」
両親に仕事を辞めさせる。そうするには確実な方法がある。
フィオナは思い切り息を吸って、泣き出したルイーザの体を力の限り持ち上げた。
背後から母の声がする。しかし、フィオナは、そのまま力いっぱいルイーザを抱きしめて応接室から飛び出した。
人身売買はばれたら売っている方も買っている方も相当なリスクだ。子供が途中で行方不明になったら、どちらからも苦情が来る。失敗は許されない、ヴェロニカからの信頼も地に落ちるだろう。
「ルイーザッ……がんばってしがみついていてください!」
大きな声でそういってフィオナは必死に足を動かした。
思ったより人間は重たい。子供だし、捕まえて攫ってしまえばいいはずだと簡単に考えていたのだが、抱えたまま走るのは難しい。
「待ちなさい!」
「誰か、フィオナを止めろ!!」
両親の怒鳴るような声が聞こえてきてフィオナはさらに頑張って走った。
その背中をテリーサはただ茫然と見つめていた。
状況がうまく理解できなくて、姉がみっともなく走っている後姿を見ていた。
あの人は昔から頑固な人だった。頑なで自分の正しいと思ったことはどんな目にあっても主張を変えない。そういう根性のある人だ。
だからこそ、嘘は言わないし、なによりずっと面倒見てあげていたあの内気なルイーザが叫んだ言葉。
去っていく彼女たちの言葉はきっと事実だとテリーサは思った。
「…………」
フィオナを捕まえるために使用人まで動き始めて、これではきっと逃れられない、捕まえるべきではないだろう。
だって、彼女たちの言葉を信じるのならば必然的に両親の言葉が嘘だということになる。
廊下を駆け抜けていく彼らの必死さに、フィオナが言った疑問がテリーサの頭の中をよぎっては消えていく。
「まって」
考えたくもない可能性だった、そんなことがあるはずない、心はそういまだに否定しているのに、事実は決定的で、逃げるルイーザは一生懸命フィオナにしがみついていた。
それをみてテリーサは自分が悪者なのだとやっと気がついた。
「待ちなさい!!!」
幼い子供を、不幸にする手伝いをしていたなんて思いたくない。でも、気がついてしまったからには手遅れだ。
感情があらぶると、魔力が炎の魔法になって廊下にまで広がった。
エントランスに向かって走るフィオナたちを守るように使用人たちの行く手を阻み、両親は顔をしかめてテリーサの方へと視線を向けた。
「説明して、この私を騙してたってこと?!」
感情のままに怒鳴りつけた。そのテリーサを見る両親の顔は、醜く歪んで見えて、動揺の仕方で今までの事が嘘だったのだと理解できる。
「信じられない! 自分の子供に他人の子供を不幸にさせる手伝いをさせていたなんてッ、ああ、お母さまたちのこと疑ってすらいなかったのに!」
「いや、まて! テリーサ、お前はずっといい子だっただろ?」
「そうよ、テリーサ落ち着いて、っあなたは、魔法持ちなんだから、すこし落ち着きを……っ」
怒鳴りつけるごとに炎の勢いが増していく、壁紙を燃やしながら壁に薄く炎が走って、母のドレスにふわりと火の粉が待った。
「ひっ、ひいぃ! テリーサま、待ちなさい謝るから!」
「このッ、親に魔法を向けるなんて」
父が拳を振り上げようとして、それから母が何とかその手を掴んでとどまらせる。
……フィオナが、合ってた、間違ってたのは……私だったっ。
気がついてももう手遅れな気がした。沢山子供を見送ってきた。しかし手遅れだからと言って、容認するつもりも、加担するつもりもない。
テリーサは目を血走らせて、炎で取り囲み両親に向かっていったのだった。




