表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DRAGON SEED  作者: みーやん
第二十章
21/31

ラスター伯爵弟の陰謀

主な登場人物


ロナード…漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な、傭兵(ようへい)業を生業(なりわい)として居た魔術師(まじゅつし)の青年。 落ち着いた雰囲気(ふんいき)の、(じつ)年齢(ねんれい)よりも大人びて見える美青年。 一七歳。


エルトシャン…オルゲン将軍(しょうぐん)(おい)で、新設(しんせつ)された組織『ケルベロス』のリーダー。 愛想(あいそ)が良く、柔和(にゅうわ)物腰(ものごし)好青年(こうせいねん)。 王国内で(ゆび)()りの剣の使い手。 二一歳。


アルシェラ…ルオン王国の将軍(しょうぐん)オルゲンの娘。 カタリナ王女の命を受け、新設(しんせつ)される組織に渋々加わっている。 一六歳。


オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心(ふくしん)で、『ルオンの双璧(そうへき)』と(しょう)される、幾多(いくた)戦場(せんじょう)活躍(かつやく)をして来た(ろう)将軍(しょうぐん)。 魔物(まもの)退治(たいじ)専門(せんもん)の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。


セシア…ルオン王国の王女、カタリナの親衛隊(しんえいたい)の一員で、魔術(まじゅつ)に長けた女魔術師。 スタイル抜群(ばつぐん)で、人並(ひとな)み外れた妖艶(ようえん)な美女。


レックス…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)()えていた騎士(きし)見習(みなら)いの青年。 正義感(せいぎかん)が強く、喧嘩(けんか)っ早い所がある。 屋敷(やしき)の中で一番の剣の使い手と自負(じふ)している。 一七歳。


カタリナ…ルオン王国の王女。 病床(びょうしょう)にある父王に代わり、数年前から(まつりごと)を行っているのだが、宰相(さいしょう)ベオルフ一派(いっぱ)所為(せい)で、思う様に政策(せいさく)が出来ずにおり、王位を(おびや)かされている。 自身は文武(ぶんぶ)に長けた美女。 二二歳。


サムート…クラレス公国(こうこく)に住む、烏族(からすぞく)の長の妹サラサに(つか)える烏族(からすぞく)の青年。 ロナードの事を気に掛けている(あるじ)(ため)に、ロナードの様子(ようす)時折(ときおり)、見に来ている。 人当たりの良い、物腰(ものごし)(やわ)らかい青年。


デュート…元・トレジャーハンターの少年。 その経験(けいけん)をかわれ、ケルベロスに加わる。 飄々としていて(つか)みどころのない性格。 一七歳。


メイ…オルゲン侯爵家(こうしゃくけ)(つか)えていた元・騎士(きし)見習(みなら)いの少女。 レックスとは幼馴染(おさななじみ)。 (みずか)志願(しがん)してケルベロスのメンバーに加わる。 ボウガンの名手(めいしゅ)。 十七歳。


シャーナ…元・傭兵(ようへい)で槍を得意(とくい)とする猫人族(マオぞく)の女性で、ケルベロスのメンバーの一人。 面倒(めんどう)()の良い、姉御(あねご)(はだ)


アロイス…クラレス公国(こうこく)領主(りょうしゅ)の弟。 ロナード達『ケルベロス』に魔物(まもの)退治(たいじ)依頼(いらい)をした人物。


トータス…クラレス公国(こうこく)領主(りょうしゅ)をしているラスター伯爵家(はくしゃくけ)当主(とうしゅ)。 酒と女性に目が無く、散財(さんざい)し、堕落(だらく)した生活を送っており、自分本(じぶんほん)()政策(せいさく)ばかりする為、(たみ)からの評判(ひょうばん)もすこぶる悪い。


ベオルフ…ルオン王国の宰相(さいしょう)で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に()こうと(たくら)んでいる。 相当(そうとう)な好き者で、自宅(じたく)別荘(べっそう)に、各地(かくち)から集めた美少年美少女を(かこ)っていると言われている。


ラシャ…クラレス公国に住む烏族(からすぞく)の長。 (かつ)てはクラレス公国の三羽烏(さんわからす)の一人として、その手腕を振るっていたが、現代(げんだい)領主(りょうしゅ)からは(けむ)たがられ、里に追いやられている。


サラサ…サムートの(あるじ)でラシャの妹。 従姉(いとこ)息子(むすこ)であるロナードの事を何か時に掛けている。


セネト…エレンツ帝国の出身で、とある理由からロナードを助けに現れた、炎の魔術を得意とする少年。

「どう言う事だ? アイツ等は間違(まちが)いなく、このマケドニアに到着(とうちゃく)しているのだろう? 何故(なぜ)、ここへやって来ない?」

茶色の長髪(ちょうはつ)に茶色の双眸(そうぼう)、良く日に焼けた赤銅(しゃくどう)(しょく)の肌、ロナードより背は低いが、横幅(よこはば)は倍以上あろうかと言う、ガッチリとした体格(たいかく)の、二十代後半と思われる若い男は、(あせ)りの表情を浮かべながら叫ぶ。

「何か、問題が生じたのかも知れません」

白髪(しらが)()じりの、壮年(そうねん)執事(しつじ)が落ち着いた口調で言った。

「問題だと? 依頼(いらい)(ぬし)の下に来られない様な問題など、そうそうある訳が無いだろう! いい加減な事を言うな!」

貴族(きぞく)と思われる若い男は、声を荒らげて壮年(そうねん)執事(しつじ)に言い返すと、乱暴(らんぼう)にテーブルの上に置かれていたティセットを片手(かたて)()(はら)った。

 食器が床の上に落ち、それが(くだ)()る音がリビングに(ひび)(わた)り、苛立(いらだ)ちを(あら)わにしている(あるじ)を前にして、部屋の(すみ)(ひか)えていた侍女(じじょ)たちはすっかり(おび)えている。

「何や。 随分(ずいぶん)()れとるなぁ」

そう言いながら、明るい茶色の髪に、深い緑色の双眸(そうぼう)は猫の目の様で、両耳は猫の様な耳、肌の色は褐色(かっしょく)、両腕には刺青(いれずみ)の様な模様(もよう)があり、猫の様な長い尻尾(しっぽ)が生えた、筋肉質(きんにくしつ)で背の高い、二十代半ばくらいの女性が部屋に入って来た。

「何よ。 まだ朝食の用意すらされてないの? カリンたちを呼び付けておいて、この待遇(たいぐう)ってどう言う事よ?」

肩まであるクリーム色の巻き毛、大きな琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)胸元(むなもと)に大きなリボンの付いた、(たけ)膝上(ひざうえ)までのフリルに白のレース付きの、可愛(かわい)らしいピンクのワンピースに身を包み、頭にも、服とお(そろ)いのリボンを付けた、一五歳くらいの、小柄(こがら)可愛(かわい)らしい女の子が、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにしながら言う。

「そう言うてやるなて。 昨日の内に来る(はず)やった連中が来なかったから、()れとるんや」

猫人族(マオぞく)の女性は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、クリーム色の巻き毛の女の子に言う。

「でも、ロナードちゃん達は、この街には来てるんでしょ?」

彼女は、落ち着いた口調で言う。

「その様やけど、夕方まで街の中を散策(さんさく)してたのを最後に、パッタリと行方(ゆくえ)が分からんくなったらしいで」

猫人族(マオぞく)の女性は、淡々(たんたん)とした口調で言うと、肩を(すく)める。

折角(せっかく)、ロナードちゃんとペット対決(たいけつ)が出来るかと思ったのに、何処(どこ)に行っちゃったのかしらね?」

クリーム色の巻き毛の女の子は、残念(ざんねん)そうな様子で(つぶや)く。

「カリン。 ラン。 今から兵士たちに捜索(そうさく)をさせる。 お前たちも一緒(いっしょ)に行け」

貴族(きぞく)の若い男は、苛立(いらだ)った様子で二人に言う。

「え~」

クリーム色の巻き毛の女の子は、面倒臭(めんどうくさ)そうに言う。

「ウチは、追加(ついか)料金(りょうきん)をもらえるんなら(かま)へんよ」

猫人族(マオぞく)の女は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、貴族(きぞく)の若い男に言うと、

「人の足元を見やがって!」

彼は、不愉快(ふゆかい)そうな表情を浮かべながら言い返す。

「別に、(いや)ならええんやよ? ウチは。 見付かるまで、のんびり待たせてもらうさかい」

猫人族(マオぞく)の女は肩を(すく)め、何処(どこ)挑発(ちょうはつ)する様な口調で言った。

「チッ」

貴族(きぞく)の若い男は、忌々し気に舌打(したう)ちをしてから、

「金ならくれてやるから、早く(やつ)らを連れて来い」

渋々(しぶしぶ)と言った様子で、猫人族(マオぞく)の女性に言うと、

手足(てあし)()いかも知れへんけど、生きとけばエエよな?」

彼女はニヤリと笑みを浮かべながら、貴族(きぞく)の若い男に問い掛ける。

(だれ)だかわからない様にはするなよ」

貴族(きぞく)の若い男がそう言うと、

「そんなヘマはせぇへんて」

猫人族(マオぞく)の女性はそう言うと、片手(かたて)をヒラヒラとさせながら、部屋を後にする。

仕方(しかた)ないわね。 どうせ(ひま)だし、カリンもペットちゃん達の運動に連れて行って来るわ」

クリーム色の巻き毛の女の子は、軽く溜息(ためいき)を付いてから、『やれやれ』と言った様子で言うと、先に部屋を後にした猫人族(マオぞく)の女の後に続く。

「チッ。 神に(つか)えているくせに、薄汚(うすぎたな)拝金者(はいきんしゃ)(ども)め」

彼女たちが立ち去った後、貴族(きぞく)の若い男は、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、()き捨てる様な口調で言った。


(いそ)いで下さい。 アロイスが若様たちを(さが)(ため)私兵(しへい)を街に放ったようです」

サムートが、(あせ)りの表情を浮かべながら、ロナード達に言う。

「おい。 アルシェラ。 聞いているのか」

移動(いどう)している最中(さいちゅう)だと言うのに、店の方にばかり気を取られているアルシェラに、サラサが苛立(いらだ)った口調で声を掛ける。

「昨日も散々(さんざん)見てたくせに、何をそんなに買わなきゃいけない物があるんスか」

デュートは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

「……やっぱり、向こうの色にしとけば良かった」

アルシェラは、店頭(てんとう)に並んでいるワンピースを見て、そう(つぶや)いてから、(おもむろ)に先を行くエルトシャンたちに向かって、

「アタシ、ちょっと昨日買ったのと、(ちが)う色と交換(こうかん)して来る」

そう言うと、荷物(にもつ)の中から、この店のロゴが入った紙の(はこ)を手にすると、(おどろ)いて振り返ったロナードが制止(せいし)をする間もなく、アルシェラは店の中へ()い込まれていった。

「えっ……」

「マジかよ」

彼女の行動を見て、セネトとレックスが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず(つぶや)いた。

「どうするんだい? アレ」

シャーナは、特大の溜息(ためいき)を付いてから、ゲンナリし表情を浮かべ、アルシェラが入って行った店を見ながら、エルトシャンに問い掛ける。

仕方(しかた)がない。 (ぼく)が残るよ。 (みんな)は先に行って」

エルトシャンは、溜息(ためいき)を付くと、仲間たちに向かって言う。

「それでは、落ち合う場所が分からないでしょうから、(わたし)も残ります」

サムートが落ち着いた口調で言ってから、

「申し訳ございませんが、サラサ様。 案内をお願い出来ますでしょうか?」

サラサに向かって言うと、

「分かった。 出来るだけ早く来い」

サラサは(うなず)き返し、落ち着いた口調で返した。

「ったく。 団体行動(だんたいこうどう)が出来ない子だねぇ……」

シャーナは、(あき)れた表情を浮かべ、溜息(ためいき)混じりに(つぶや)く。

「先を(いそ)ごう。 人を待たせてある」

サラサは、落ち着いた口調でロナード達に言うと、彼らは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。


 (まち)の外れ、森の入り口に()()かると、そこに、(そろ)いの黒い外套(がいとう)に身を包んだ男たちが数人、木の根元(ねもと)(そば)などにしゃがみ、(だれ)かが来るのを待っている様であった。

()たせたな」

サラサは、その男たちに向かって言うと、彼らは(あわ)てて立ち上がり、片手(かたて)胸元(むなもと)()え、(うやうや)しく彼女に(こうべ)()れる。

 どうやら、烏族(からすぞく)の男たちの様で、瞳の色はそれぞれ(ちが)うが、髪の色だけは、黒に近い紺色(こんいろ)系統(けいとう)だ。

「姫。 ()たれますか?」

烏族(からすぞく)の男の一人が、(おもむろ)にサラサに問い掛ける。

「いや、少し待ってくれ。 サムートと(ほか)に二人、(おく)れて来る。 彼らが来たら()つぞ」

サラサは、落ち着いた口調で男たちに言うと、彼らは(うなず)き返し、

御意(ぎょい)に」

そう答えた。

「暑いのに何で、()(まま)な姫様を待たなきゃなんないスか」

日が高くなり、日差しも強くなってきたので、デュートは木陰(こかげ)に行きながら、不満そうにぼやいた。

「その荷物(にもつ)だって、ずっと持って行く気なのかい? (まと)めて送ってもらえば良いのに……」

シャーナは、レックスが引っ張って来た、商人たちが使う荷車(にぐるま)に、ぎっしりと積まれている、色取(いろと)り取りの箱を見ながら言う。

 荷物(にもつ)の下の方は、マイル王国で列車(れっしゃ)襲撃(しゅうげき)された(さい)に、荷物(にもつ)を置いて来てしまった(ため)、新たに買いなおした、それぞれの着替(きが)えなどが入った(かばん)だが、(ほか)(ほとん)ど、アルシェラが行った先々で買った、洋服や装飾品(そうしょくひん)土産物(みやげもの)などだ。

「着てみたいから、持って行くそうよ」

セシアは、はぁ……と溜息(ためいき)を付き、ゲンナリとした表情を浮かべながら言った。

馬鹿(ばか)なのかい? いや、馬鹿だったね……」

シャーナは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

 しかし、一時間が経過(けいか)しても、アルシェラたちは一向(いっこう)に来る気配(けはい)が無い。

「まさか、落ち合う場所を間違(まちが)えたって事はないですよね?」

メイは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「それは無いですよ。 落ち合う場所を決めたのは、サムート自身なんですから」

烏族(からすぞく)の男たちの一人が、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「アルシェラが、また何処(どこ)かに()り道をしてるだけじゃないスか?」

木陰(こかげ)でしゃがみ込んでいたデュートが、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

流石(さすが)にそれは、二人が止めていると思うが」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「そうよね……」

セシアも、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言う。

「まさか、(つか)まったとか言わないだろうね?」

シャーナが、(あせ)りの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「少し、見て来てくれるか?」

サラサは、(そば)に居た烏族(からすぞく)のと男たちの一人にそう声を掛ける。

「分かりました」

声を掛けられた、烏族(からすぞく)の男は、片手(かたて)を自分の胸元(むなもと)()え、そう答えると、背中の(つばさ)を広げると、街の方へと飛んで行った。

「何事も無ければ良いが……」

烏族(からすぞく)の男の一人が、遠ざかるのを見送(みおく)りながら、サラサは不安そうに(つぶや)いた。


「もう! (きゅう)に飛ぶから、荷物(にもつ)を落としちゃったじゃない!」

アルシェラは、自分を小脇(こわき)(かか)えて、空を飛んでいるサムートに向かって、(うら)めしそうに言う。

「そんな事を(おっしゃ)っている場合ですか! (いそ)いで助けを呼ばないと、エルトシャン様が(あぶ)ないのですよ!」

サムートは、苛立(いらだ)ちを(かく)せない様子で、アルシェラに言い返す。

「サムート!」

そこへ、サラサに(たの)まれて、様子を見に来た烏族(からすぞく)の男が、そう言いながら寄って来た。

「良かった。 早く若様に知らせてくれ。 エルトシャン様が……」

そう言っていると、何処(どこ)からがボウガンの矢が(いきお)い良く飛んで来て、サムートの(つばさ)(かす)めた。

「居たぞ!」

()がすな!」

見れば、馬に乗った、アロイス(てい)私兵(しへい)と思われる、武装(ぶそう)した兵士たちがボウガンを手に、口々に叫んでいる。

「追い付いて来たか!」

サムートは、忌々(いまいま)し気に(つぶや)く。

「サムート……」

様子を見に来た、烏族(からすぞく)の男は、(あせ)りの表情を浮かべながら声を掛ける。

(わたし)は、アルシェラ様を連れて身を(かく)す。 早く、若様たちにこの事態(じたい)を伝えてくれ」

サムートは、眼下(がんか)に居る兵士たちの動きに注意を払いながら、落ち着いた口調で言った。

「わ、分かった。」

様子を見に来た、烏族(からすぞく)の男は(うなず)き返すと、大急(おおいそ)ぎでロナード達が居る森の方へと向かう。


(もど)って来た!」

サムートたちを待っている、ロナード達と共に、(まち)の外れの森の入り口に居た、烏族(からすぞく)の男たちの一人が、何やら黒い物がフラフラと此方(こちら)に向かって飛んでくるのを見て、そう叫んだ。

()び方が変だ」

それに気が付いたロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言っていると、(はね)を生やした人型のそれに向かって、何かが(いきお)い良く飛んで来て、飛んでいた(はね)を生やした人型は()ち落され、グルグルと旋回(せんかい)しながら、(いきお)い良く地面に向かって急降下(きゅうこうか)しはじめた。

「くっ!」

「落とされた!」

それを見て、烏族(からすぞく)の男たちは口々に言うと、()ち落された仲間を助けようと、とっさに背中の(つばさ)を広げるが、サラサは二人を片手(かたて)(せい)し、

「待て! お前たちまで()ち落されたいのか!」

強い口調でそう言った。

「し、しかし、姫様……」

「あれでは助かりません!」

烏族(からすぞく)の男たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、サラサに言う。

 烏族(からすぞく)の男が()ち落される様を見て、ロナードは(くや)しそうな表情を浮かべ、ギュッと(こぶし)を強く(にぎ)りしめる。

退()くぞ」

サラサは、落ち着いた口調で、烏族(からすぞく)の男たちと、一緒(いっしょ)に居るロナード達に向かって言った。

「えっ……」

「姫様たちは……」

デュートとメイは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、サラサに問い掛ける。

「彼らの事は我々(われわれ)(さが)す。 今ここで、お前たちが(つか)まる訳にはいかんだろう」

サラサは、落ち着いた口調で、戸惑(とまど)っているメイ達に言った。

「そ、それは……」

「そうかも知れないですけど……」

デュートとメイは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

「ロナード」

サラサは、()ち落された烏族(からすぞく)の男が、落ちて行った方を見据(みす)えたまま、苦々(にがにが)しい表情を浮かべているロナードに声を掛けるが、彼は、その事に気が付いておらず、今にも助けに向かいそうな雰囲気(ふんいき)だ。

「ロナードっ!」

その様子に、近くに居たセネトが咄嗟(とっさ)にロナードの腕を(つか)み、強い口調で怒鳴(どな)りつけると、彼は、ハッとした表情を浮かべ、怒鳴(どな)りつけて来た彼の方へと目を向ける。

「しっかりしろ! 大局(たいきょく)見誤(みやま)るな!」

セネトは、ロナードの腕を(つか)んだまま、強い口調で(たしな)めると、ロナードは、物凄(ものすご)(つら)そうな表情を浮かべ、(うつむ)く。

 セネトの言動(げんどう)に、レックスたちは(おどろ)いたが、言っている事は至極(しごく)()(とう)なので、(だれ)も何も言わなかった。

「若様。 ここは危険(きけん)です! 森を少し抜けた所に開けた場所があります。 そこで我々(われわれ)(からす)変化(へんげ)し、背中に皆様(みなさま)をお乗せして、里まで飛びます」

烏族(からすぞく)の男の一人がそう言うと、ロナードの肩に手を回し、森の奥へと(うなが)そうとした時、何か黒い(かたまり)(いきお)いよく、彼らに向かって()っ込んできた。

「!」

ロナードはそれに気が付くと、自分の(そば)に居た烏族(からすぞく)の男を横へ押し飛ばす様にしながら、自身も一緒(いっしょ)に横へ飛ぶ。

 黒い大きな(かたまり)は、物凄(ものすご)(いきお)いで、横へ倒れたロナード達の足元を通り過ぎ、そのまま先を歩いていた別の烏族(からすぞく)の男を背後(はいご)から(おそ)い掛かった。

「ぐあああっ!」

肩を思い切り食いつかれ、烏族(からすぞく)の男は悲痛(ひつう)な声を上げ、その場に(うずくま)る。

 彼の悲痛(ひつう)な声を聞いて、先に行っていたセシアやシャーナ達が(おどろ)いて、足を止めて振り返った。

 そこには、一体どこから(あらわ)れたのか、獅子(しし)の頭に山羊(やぎ)の胴、ドラゴンの尾を持つ、(おす)のライオン(ほど)の大きさの異形(いぎょう)の化け物が、(きば)()き出しにしてロナード達を威嚇(いかく)している。

 それは『キマイラ』と呼ばれる、屈強(くっきょう)魔物(まもの)である。

「み~つけた♥」

何が起きたのか理解できず、戸惑(とまど)い、立ち尽くしているレックス達に向かって、何者かがそう言って来た。

 肩まであるクリーム色の巻き毛、大きな琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)胸元(むなもと)に大きなリボンの付いた、(たけ)膝上(ひざうえ)までのフリルに白のレース付きの、可愛(かわい)らしいピンクのワンピースに身を包み、頭にも、服とお(そろ)いのリボンを付けた、手にはピンクの短い、スティック型の(むち)を持った、一五歳くらいの、馬に乗った小柄(こがら)可愛(かわい)らしい女の子が、兵士たちを数人連れていた。

「追い付かれた!」

シャーナは表情を(けわ)しくし、背中に背負(せお)っていた槍を手にし、素早(すばや)身構(みがま)える。

「ううっ……。 若様。 お怪我(けが)は?」

ロナード共に、突進(とっしん)して来たキマイラを()けた、烏族(からすぞく)の男は、片手(かたて)を肩に()え、表情を(ゆが)めつつも、ゆっくりと身を起こしながら、自分よりも先に身を起こし、立ち上がろうとしていたロナードを見上げながら問い掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)だ」

一緒(いっしょ)に横へ転げた所為(せい)で、黒い上着は土埃(つちぼこり)が付いて汚れていたが、当人の言う通り、怪我(けが)などはしていない様だ。

(ひど)いじゃない。 アロイスとの約束(やくそく)をすっぽかすなんて」

肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、ロナード達を見ながら、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

 ワンピースの両肩(りょうかた)には、緑の百合(ゆり)刺繍(ししゅう)がある所を見ると、どうやら、『イシュタル教会』の手の者の様だ。

(あ、アルシェラの仲間?)

(姫と同じ趣味(しゅみ)(やつ)が居た!)

デュートとレックスは、アルシェラと同じく、ロリータファッションの少女を見て、心の中で(つぶや)いた。

「教会の(いぬ)か……」

ロナードは、少女見据(みす)えながら、(けわ)しい表情で呟きながら、立ち上がる。

「いやぁん。 そんな(こわ)い顔で(にら)まないで。 カリンこわ~い」

少女は笑いながら、可愛(かわい)らしく、身をくねくねしながら言った。

 彼女の声の調子(ちょうし)などから、もしかすると見た目より、年を食っているかも知れない……少なくとも、アルシェラよりも年上で、自分たちと同じ位……下手をすれば年上も有り得る。

(この女、何かムカつくぞ)

それを見て、レックスは(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

 この少女、自分が(すご)可愛(かわい)いと思っている様で、これでもかと可愛(かわい)い子ぶるのが、何故(なぜ)かアルシェラと重なり、とても鬱陶(うっとう)しいく思え、レックスの(しゃく)(さわ)った。

「ロナード様!」

「下がって!」

セシアとシャーナがそう言いながら、ロナードの下へと()()る。

邪魔(じゃま)しないでくれる? カリンが用があるのは、ロナードちゃんだけよ」

肩まであるクリーム色の巻き毛の少女はそう言うと、何やら(つぶや)いた途端(とたん)整備(せいび)した街道(かいどう)煉瓦(れんが)(めく)れ上がり、無数(むすう)(するど)(とが)った破片(はへん)となり、セシア達に向かって飛んできた。

「セシアさん! シャーナさん!」

それを見て、メイが(あせ)りの表情を浮かべながら叫ぶ。

 ロナードは咄嗟(とっさ)に、片手(かたて)を前に突き出すと、緑色の風の(かべ)がセシア達の前に(あらわ)れ、飛んで来た無数の煉瓦(れんが)破片(はへん)(ふせ)いだ。

「助かったよ」

それを見て、シャーナは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言っていると、

「うわあああっ! こっち、来んな!」

デュートが、(なさ)けない声を上げる。

 見れば、彼の前にキマイラが(せま)って来ている。

「何やってんだい!」

それを見て、シャーナは苛立(いらだ)った口調で(つぶや)くと、舌打(したう)ちする。

 キマイラを前にして、(こし)が抜けて動けないデュートの前に、セネトが彼を(かば)う様に立ち、

「早く、立って走れ!」

背中(せなか)()しにデュートを怒鳴(どな)りつけた後、

「お前の相手は(ぼく)だ! このライオン(もど)き!」

そう叫ぶと、何やら言葉を口ずさみ、片手(かたて)をキマイラの方へと向けると、その足元から紅蓮(ぐれん)の炎が()い上がり、それには、流石(さすが)のキマイラも(ひる)み、(あわ)てて後ろに飛び退()いた。

「アイツ、魔術師(まじゅつし)だったのかい」

シャーナは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「これでも、食らえ!」

セネトはそう言うと、何かをキマイラに向かって投げ付けると、(かみなり)()びた(おり)の様なモノが(あらわ)れ、バリバリバリッという音共に、(かみなり)が放出され、閉じ込められていたキマイラが感電(かんでん)し、ガクガクと体を(はげ)しく痙攣(けいれん)させている。

「な、なんですか? あれ?」

メイは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛けると、

()道具(どうぐ)だ。 長く持たない。 ()げるぞ」

表情を(けわ)しくしたまま、メイにそう言うと、彼女の手を(つか)み、サラサたちのいる森の中へと駆け出した。

「早く!」

戸惑(とまど)っているロナード達に向かって、セネトは()中越(なかご)しな叫ぶと、彼らは(はじ)かれた様にその場から駆け出した。

()がさないんだから!」

肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、忌々(いまいま)し気に言うと、何かを口ずさむ。

 すると、彼女の足元に真紅(しんく)魔法陣(まほうじん)が浮かび上がり、そこから、凶暴(きょうぼう)そうな化け物が()い出て来た。

 (あらわ)れたのは、血の色をした人間の顔に、ライオンの体にサソリの尾を持ち、目の色は灰色(はいいろ)に近い青、大きく開いた口には、三列に並んだ(きば)が見える魔物(まもの)……。

 その魔物は、ロナードとレックスが『ケルベロス』の採用(さいよう)試験(しけん)会場(かいじょう)であった、ルオン高原の森の中で遭遇(そうぐう)した『マンティコア』と呼ばれる魔物(まもの)であった。

(()獣使(じゅうつか)いか。 面倒(めんどう)な)

それを見て、ロナードは忌々(いまいま)し気に心の中で(つぶや)くと、足を止め、剣を手に身構(みがま)える。

「おいおいおい……。 マジかよ」

腰が抜けて立てないでいたデュートの(そば)に駆け付けていたレックスは、それを見て(あわ)てる。

「何や。 こんな所におったんかいな。 見付けたなら教えてくれへんと分からんで。 カリン」

明るい茶色の髪に、深い緑色の双眸(そうぼう)は猫の目の様で、両耳は猫の様な耳、肌の色は褐色(かっしょく)、両腕には刺青(いれずみ)の様な模様(もよう)があり、猫の様な長い尻尾(しっぽ)が生えた、筋肉質(きんにくしつ)で背の高い、槍を手にした二十代半ばくらいの女性が、別の兵士たちを引き連れ、肩まであるクリーム色の巻き毛の少女に言った。

(おそ)いわよ。 ラン」

カリンと呼ばれた、肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、苛立(いらだ)った口調で言い返す。

「はいはい」

ランと呼ばれた、猫人族(マオぞく)の女性は、肩を(すく)めながら言ってから、

「アンタ等、ボサッとしとらんで、()よう(つか)まえたらどうなん?」

一緒(いっしょ)に居た兵士たちに言うと、彼らはハッとした表情を浮かべ、武器を手に、ジリジリとロナード達に()め寄る。

「マズイわね……」

セシアは、兵士たちと対峙(たいじ)したまま、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら呟いていると、

(かぜ)()烈風(れっぷう)!」

突然(とつぜん)、若い男の声が後方からして、ロナード達の背後(はいご)から何か黒い(かたまり)がすっ飛んで、彼等(かれら)()め寄っていた兵士たちの(はる)か頭上を飛び()え、ドサッと地面の上に落ちた。

「な、なに?」

カリンは戸惑(とまど)いつつ、自分たちの頭上を()え、何メートルか後ろに落ちた何かへ目を向ける。

 そこには、カリンのペット一号である、キマイラと思われる物が、肢体(したい)をズタボロに引き()かれて(ころ)がっていた。

「ああ……。 そんな……。 カリンのペットちゃんが……」

変わり()てたキマイラの姿(すがた)を見て、カリンは愕然(がくぜん)とした表情を浮かべ、ヨロヨロと歩み寄ると、その亡骸(なきがら)の前に力なくへたり込んだ。


(しつけ)のなってない、ペットだな」

そう言いながら、ロナードの背後(はいご)から(だれ)かがやって来る……。

 背に(からす)の羽の様な黒い(つばさ)を生やした、黒に近い(あお)紫色(むらさきいろ)の髪、目尻(めじり)が少し(つり)上り気味(ぎみ)の紫色の双眸(そうぼう)、ごく薄い赤銅(しゃくどう)(しょく)の肌、スラリと背が高く、二十代前半くらいと思われる、精悍(せいかん)な顔立ちの人物で、何となくだが、ロナードと雰囲気(ふんいき)()ている青年……。

「ラシャ……」

その青年を見るなり、ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

随分(ずいぶん)と、同胞(どうほう)世話(せわ)になったようだな? さて、どう返してくれようか」

ラシャは、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべながら、ドスの利いた声で、ランと、彼女と一緒(いっしょ)に居るアロイス邸の私兵(しへい)たちに言うと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

 ランと、彼女と一緒(いっしょ)に居るアロイス(てい)私兵(しへい)たちは、ラシャに圧倒(あっとう)され、思わずたじろいだ。

 ラシャは、何やら聞き()れない言葉を口にすると、あっという間に、その身を巨大(きょだい)(からす)に変え、ブンと思い切り風を切る音共に両翼(りょうよく)を、カリンたちの方へ向かって()ばたかせると、もの(すご)風圧(ふうあつ)により、彼女たちはあっという間に、数メートル後ろに吹き飛ばされた。

 それと同時に、ラシャの背後(はいご)に居たロナード達も一緒(いっしょ)に、後ろに吹き飛ばされる。

(見境(みさかい)なしか!)

風圧(ふうあつ)で後ろにスッ()けつつも、(さら)に吹き飛ばされる事がないよう、地面に()り付くようにして、必死に()えながら、ロナードは後を(おもむろ)に振り返ると、仲間たちが吹っ飛ばされ、木の(みき)などに体をぶつけ、うめき声をあげて(たお)れているのを見て、心の中で(つぶや)く。

 ラシャは、自分の里の者が傷つけられた事に(いか)り、周りが見えていない様だ。

「ラシャ!」

ロナードは、風が止んだと同時に(いそ)いで立ち上がり、すっかり頭に血が上っているラシャに向かって叫ぶ。

 だが、ロナードの叫び声も(むな)しく、ラシャは数メートル向こうへすっ飛んだ、カリンたちに容赦(ようしゃ)なく(おそ)い掛かり、(いく)つもの悲鳴(ひめい)が上がる。

(()めないと! (まち)にも被害(ひがい)が!)

ロナードは、(あせ)りの表情を浮かべ、ラシャの下へと駆け出した。

「ロナード様!」

「若様!」

それに気付いた、セシアと烏族(からすぞく)の男が叫ぶ。

(からす)(おう)(やつ)、頭に血が上ってしまってる!」

とっさに、木の裏側(うらがわ)に身を(かく)し、吹き飛ばされずに済んだセネトはそう言って立ち上がると、(あわ)ててロナードの後を追いかけた。

「ラシャ! ラシャっ! もう良い! ()めてくれ! このままでは(まち)被害(ひがい)が!」

ロナードは、ラシャの下に()け寄ると、ありったけの声を張り上げて叫ぶ。

「ロナードっ! 横っ!」

(おく)れて()けつけて来ていたセネトが、何かに気が付き、ロナードに向かって叫ぶ。

 セネトの叫び声を聞いて、ロナードは気配(けはい)がした方へ振り返り、とっさに持っていた剣で、マンティコアが(いきお)い良く()り下ろした(つめ)を受け止めた。

 しかし、後ろの二本足で立てば、ロナードと背丈(せたけ)が変わらず、体格(たいかく)(おす)ライオンより大きいので、ロナードは力負(ちからま)けして、徐々(じょじょ)に後ろに押し倒されそうになる。

「このっ!」

ロナードは咄嗟(とっさ)に、背中に(かく)し持っていたショートソードを左手で引き抜き、思い切りマンティコアの首に突き立て、その腹を力一杯(ちからいっぱい)()()ばした。

 ロナードに蹴飛(けと)ばされ、後ろに(ころ)げたマンティコアだったが、直ぐにムクッと立ち上がり、(はげ)しく首を()ると、ロナードが()()したショートソードが外れ飛び、地面の上に音を立てて(ころ)がった。

(浅かったか……)

それを見て、ロナードは苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら(つぶや)く。

「ロナード!」

ロナードと対峙(たいじ)するマンティコアに向かって、魔術(まじゅつ)()り出した火の玉を何発か見舞(みま)いながら、セネトが()け付け、

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

心配そうに声を掛ける。

「ああ……」

ロナードは、剣を手にしたまま、マンティコアの動きに注意しつつ、返事をした。

(早くコイツをどうにかして、ラシャを()めないと……)

ロナードは、目の前に立ち(ふさ)がるマンティコアを忌々(いまいま)し気に見据(みす)えつつ、心の中で(つぶや)いていると、(きゅう)に黒い大きな影が、彼等(かれら)とマンティコアの頭上を(おお)ったと思った瞬間(しゅんかん)巨大(きょだい)な黒い(くちばし)が、マンティコアの頭に食らい付くと、そのまま、ブチッと頭を力任(ちからまか)せに()じり切り、胴体(どうたい)と別々にしてしまった。

 頭と(どう)を別々にされたマンティコアは、そのままゴトッと地面の上に倒れた。

「――っ……」

目の前の凄惨(せいさん)光景(こうけい)に、セネトは思わずサーッと顔から血の気が引き、目の前が真っ白になり、そのまま失神(しっしん)してしまったので、(そば)に居たロナードは(あわ)てて(だき)き止めた。

(グロ過ぎだろ!)

マンティコアの頭を(ねじ)じ切られる様を見て、ロナードもあまりの光景(こうけい)()き気を覚え、顔を青くして、口元を片手で(おお)いながら、心の中で(つぶや)いた。

「セネト!」

「ロナード様っ!」

シャーナとセシアが、(あわ)てて二人の下に()け寄ってきた。

「真っ青だけど、大丈夫(だいじょうぶ)かい?」

ロナードが、真っ青な顔をして、失神(しっしん)したセネトを()(かか)えたまま、片手(かたて)で自分の口元を(おお)っているので、シャーナは思わず問い掛けると、彼は青ざめたまま、コクコクと(うなず)き返した。

 そして、幾分(いくぶん)か落ち着くとロナードは(あらた)めて周囲(しゅうい)を見回す。

 街道(かいどう)に並んでいた木々は()(たお)され、美しく煉瓦(れんが)()()舗装(ほそう)された道は、馬車が走れない(ほど)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になり、近くにあった乗合(のりあい)馬車(ばしゃ)待合所(まちあいじょ)の小屋は()()微塵(みじん)に吹き飛んでいる。

(やり過ぎた。 ラシャ……)

ロナードは、(あば)れまわったラシャに対し、ゲンナリとした表情を浮かべながら(つぶや)いた。

 ラシャは昔から、頭に血が上ると、周りが見えなくなり、(てき)見做(みな)した者に対しては、(なさ)容赦(ようしゃ)がない。

 そんな事をロナードが思って居ると、向こうから、背中(せなか)(はね)を生やした背の高い男が、大事そうに何かを(かか)えてやって来るのが見えた。

 それは、全身(ぜんしん)(くろ)ずくめの、背中(せなか)(はね)を生やした若い男で、(すで)絶命(ぜつめい)している様で、(かか)えていた(からす)(おう)ラシャは、とても(かな)しそうな表情を浮かべていた。

(あに)(さま)!」

そう叫ぶサラサと共に、傷の手当てを済ませた烏族(からすぞく)の男と、無傷(むきず)のもう一人の烏族(からすぞく)の男が、(あわ)ててラシャの下に()()った。

()まん。 手遅(ておく)れだった」

ラシャは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、()け付けた三人に言った。

(あに)(さま)……」

サラサは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、ラシャを見ている。

 その様子を、ロナードやシャーナ達も、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべて見ている。

「この者は里に連れ帰り、手厚(てあつ)(ほうむ)ります」

無傷(むきず)烏族(からすぞく)の男は、(かな)しみに満ちた表情を浮かべつつ、(なみだ)(こら)え、声を(ふる)わせながらラシャに言った。

(たの)む」

ラシャは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま、静かにそう言うと、絶命(ぜつめい)した仲間の遺体(いたい)を、烏族(からすぞく)の男に引き(わた)した。

「ラシャ。 追手(おって)たちは……」

ロナードはおずおずと、自分たちを(とら)えに来た、カリンたちの事を(たず)ねる。

「兵士たちは全員(ぜんいん)始末(しまつ)したが、猫女(ねこおんな)とワンピースを着た娘は、取り()がした」

ラシャは、淡々(たんたん)とした口調で答えた。

「あ~。 (ころ)しちゃったのかい……」

シャーナは、ボリボリと頭を()きながら、困った様な表情を浮かべ、(つぶや)いた。

「何か、問題でもあったのか?」

ラシャは小首を(かし)げ、ロナード達に問い掛ける。

「サムートと、ロナードの連れが二人、アロイスに(つか)まったかも知れません……」

サラサが、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、ラシャに理由を説明すると、

「何だと?」

ラシャは、困惑(こんわく)した表情を浮かべ、思わず声を上げた。

「そもそも、ウチの馬鹿(ばか)(ひめ)(さま)が店なんかに()らなきゃ、アロイスの兵士たちがアタシ()に追い付いて来る事も、そいつが死ぬことも無かったんだ」

シャーナは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、ラシャに言う。

「チッ」

ラシャは、忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、思わず舌打(したう)ちをする。

(かく)()()()められる危険(きけん)がある。 (まち)(もど)るのは()めた方が良い。 予定(よてい)(どお)り、一旦(いったん)、里へ行こう」

サラサは、落ち着いた口調で、シャーナ達に言うと、

「そうですわね。 このまま、ここの街に(とど)まるのは危険(きけん)ですわ」

セシアは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、同意(どうい)(しめ)す。

「だね」

シャーナも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ロナードも(うなず)き返した。


 逃げる事に失敗(しっぱい)したアルシェラは、一緒(いっしょ)にいたサムート、そしてエルトシャンと共にラスター伯の私兵(しへい)たちに(とら)われ、アロイスの兄、トータス・フォン・ラスター伯爵の屋敷(やしき)にある、地下牢(ちかろう)幽閉(ゆうへい)されていた。

「何でアタシが、こんな目に()わなきゃならないのよぉ!」

アルシェラはそう叫ぶと、すっかり冷めた不味(まず)いスープが入っていた、木で出来た(うつわ)を思いっ切り蹴飛(けと)ばす。

 肌寒(はださむ)くて薄暗(うすぐら)く、湿(しめ)っぽく、カビ(くさ)地下牢(ちかろう)に閉じ込められ、(すで)に半日が経過(けいか)していた。

「元はと言えば、君の所為(せい)でしょ!」

()らえられる(さい)抵抗(ていこう)した所為(せい)で、兵士に思い切り顔を(なぐ)られたのか、顔に(あざ)があり、(くちびる)が切れ、髪もボサボサのエルトシャンが、如何(いか)にも()心地(ごこち)が悪そうな、粗悪(そあく)なベッドの上に腰を下ろしたまま、(うら)めしそうに言い返す。

「若様たちは、無事(ぶじ)()げられたのでしょうか……」

エルトシャンとは反対側の壁際(かべぎわ)にある、ベッドの上に腰を下ろしているサムートは、心配そうな表情を浮かべながら(つぶや)く。

「それより、寒くない?」

アルシェラは身を(ふる)わせながら、エルトシャンに問い掛ける。

 クラレス公国(こうこく)は、ランティアナ大陸の中央(ちゅうおう)位置(いち)し、夏は暑いが、ルオンの様に海からの湿気(しっけ)が無く、カラッとしていて比較(ひかく)的過ごし(やす)く、朝晩は、ランティアナ大山脈(だいさんみゃく)から吹き降りてくる冷たい空気が入り込む所為(せい)で冷える。

 加えて、カビ(くさ)毛布(もうふ)以外(いがい)、何の暖房(だんぼう)設備(せつび)も無い、無機質(むきしつ)(つめ)たい石の(ゆか)()き出しの地下牢(ちかろう)では、その寒さも一層(いっそう)()()みる。

大体(だいたい)、アタシたちが、何をしたって言うのよぉ?」

アルシェラは、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で叫ぶ。

 すると、複数(ふくすう)の足音が、こちらへ近付いて来るのに気付き、アルシェラ達の顔に緊張(きんちょう)が走る。

面会者(めんかいしゃ)だ」

アルシェラ達の前に(あらわ)れた兵士は、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、彼女たちに()げた。

「え?」

咄嗟(とっさ)に立ち上がり、身構(みがま)えていたエルトシャンは、キョトンとした表情を浮かべ、(つぶや)く。

面会者(めんかいしゃ)とは、何方(どなた)の事でしょうか……」

サムートも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ言って居ると、白い外套(がいとう)を身に付け、白いローブを着た人物が静かに歩み()って来た。

((だれ)だ?)

相手を見るなり、エルトシャンは心の中で(つぶや)く。

「ああ……。 アリシア様」

その人物は、アルシェラの姿(すがた)を見るなり、そう言って来た。

 深々(ふかぶか)とフードを被って居る所為(せい)で、顔が見えないのだが、声色からして女性の様だ。

「えっ……」

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、目の前に立つ白いローブを着た人物を見る。

(わたくし)です。 オリヴィアです。 お(わす)れですか?」

その人物はそう言いながら、(かぶ)っていたフードを両手で静かに(はら)った。

 長い白銀(はくぎん)の髪に深い緑色の双眸(そうぼう)(とし)は五十歳くらいだろうか、今は、顔に深い(しわ)が入っているが、若かった頃は、さぞ美人であったであろうと思われる、(ととの)った顔立ちをした、上品な物腰(ものごし)細身(ほそみ)小柄(こがら)な女性……。

 彼女の顔を見た瞬間(しゅんかん)、アルシェラは表情を強張(こわば)らせる。

 この女性は以前(いぜん)、黒いローブを着た(あや)しげな男たちと、この街で何かの儀式(ぎしき)をし、青い炎を(まと)った狼の巨大(きょだい)な頭を呼び出した(さい)、それと言葉を交わしていた女性だ。

「あ……」

アルシェラは、顔を青くして、たじろぐと、思わず、二、三歩ほど後ろに下がった。

 その反応(はんのう)を見て、エルトシャンとサムートは戸惑(とまど)う。

(あれは……。 夢なんかじゃ無かったって事?)

アルシェラは、恐怖(きょうふ)小刻(こきざ)みに身を(ふる)わせながら、青い顔をしたまま、心の中で呟いた。

貴女(あなた)は一体……」

アルシェラの様子を見て、エルトシャンは警戒(けいかい)し、(てつ)格子(ごうし)の向こう(がわ)に立つオリヴィアと名乗った女性に問い掛ける。

(わたくし)は、イシュタル教会の神官(しんかん)で、アリシア様の身の回りのお世話(せわ)をしていた者です」

オリヴィアは静かに、自分の素性(すじょう)をアルシェラ達に明かす。

「どう言う事です? 教会の方が、オルゲン家に(やと)われていたのは、可笑(おか)しくないですか?」

サムートは思い切り眉を(ひそ)め、オリヴィアに言うと、

「そうでは無く、アリシア様は元々イシュタル教会の方です。 シスターの修行(しゅぎょう)一環(いっかん)として、私共(わたくしども)と共に各地(かくち)支部(しぶ)巡礼(じゅんれい)していました。 ですが、立ち寄ったこのマケドニアで『血の粛清(しゅくせい)』の騒動(そうどう)に巻き込まれ、アリシア様は行方(ゆくえ)不明(ふめい)になってしまわれたのです」

彼女は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで事情(じじょう)をエルトシャン達に説明すると、彼等(かれら)は一様に戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(たが)いの顔を見合わせる。

「確かにアルは、このマケドニアで伯父上(おじうえ)保護(ほご)され、記憶(きおく)をなくし、身寄(みよ)りも無い事から、不憫(ふびん)に思って養女(ようじょ)にしたと聞いているけれど……」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「『血の粛清(しゅくせい)』は、本当に地獄(じごく)さながらに凄惨(せいさん)(きわ)め、見るに()えないものでした。 まだ(おさな)かったアリシア様には、あまりに(むご)たらしい光景(こうけい)でしたのでしょう。 そのショックで記憶(きおく)が飛んでしまったのかも知れません……。 それ(ほど)(ひど)い物でしたから……」

オリヴィアは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語った。

(確かに。 生き残りであるロナードも、その時の事が(いま)だにトラウマになっている……)

エルトシャンは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

私共(わたくしども)はずっと、行方(ゆくえ)()れずのアリシア様を(さが)しておりました。 ひょんな事から、神殿(しんでん)に来られていたラスター伯爵(はくしゃく)様から、貴方(あなた)(さま)特徴(とくちょう)を聞いて、よもやと思い、駆け付けた次第(しだい)です」

オリヴィアは、ここに(おとず)れた経緯(けいい)簡潔(かんけつ)に語った。

「つまり、貴女(あなた)はアルを教会に連れ(もど)(ため)に、(たず)ねて来た……と言う事だよね?」

エルトシャンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちと、何処(どこ)警戒(けいかい)した表情を浮かべながら、オリヴィアに問い掛ける。

「ええ……。 ですが、記憶(きおく)が無いとなると、それも(むずか)しそうですね……」

オリヴィアは、(こま)()てた様子(ようす)で言い返す。

「いきなり(あらわ)れて、そんな勝手な事をされては、此方(こちら)も困るよ」

エルトシャンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、オリヴィアに言う。

其方(そちら)の言い分も分かります。 ですが、アリシア様の実のご家族は長い間、アリシア様の身を案じていらっしゃいました。 ご息女(そくじょ)一刻(いっこく)も早く会いたいと言うのが、親心(おやごころ)では無いでしょうか。 (わたくし)も早く、ご家族に会わせて差し上げたいと思っております」

オリヴィアは、沈痛(ちんつう)な表情浮かべ、(かな)しそうに言うと、エルトシャンは困った表情を浮かべ、返す言葉を失う。

 オリヴィアの言い分は(もっと)もだ。

 エルトシャンには、子供こそ居ないが、長く行方(ゆくえ)が分からなかった人と、早く会いたいと思う気持ちは、何となくだが理解(りかい)出来(でき)る。

(すご)く、(むずか)しい問題ですね……」

サムートは思い切り顔を(しか)め、両腕を胸の前に組み、(つぶや)く。

「そうだね。 伯父上(おじうえ)もアルの事を()が子同然(どうぜん)に育てて来ているし……。 でも、本当のご家族の事を思うと……」

エルトシャンも複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言った。

「ですが、いきなり、この人に付いて行かれても困ります。 オルゲン将軍(しょうぐん)に何と(もう)し上げれば(よろ)しいのか……」

サムートは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、エルトシャンに言うと、

「それは、(ぼく)も同じ気持ちだよ」

ゲンナリした表情を浮かべ、答えた。

「そうですね。 記憶(きおく)の無いアリシア様を連れ(もど)しても、アリシア様を困らせるだけでしょうし、養父(ようふ)の方の気持ちも無下(むげ)には出来ません。 今回は、連れ戻す事は断念(だんねん)します」

オリヴィアは特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた後、残念(ざんねん)そうに言った。

(さが)してた君たちには悪いけど、それが最善(さいぜん)だと(ぼく)も思うよ」

エルトシャンは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、オリヴィアに言い返した。

「アリシア様。 この事はルオンへ(もど)られたら、養父(ようふ)(さま)と良く話し合われて下さい。 ですが、本当のご家族は、貴女(あなた)様の事を心から心配し、会える時を心待(こころま)ちにしていると言う事を、どうか(わす)れないで下さい」

オリヴィアは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、アルシェラに向かって言うと、

「あ、うん……」

アルシェラは、戸惑(とまど)いながらも(うなず)き、返事をする。

「もしも、本当のご家族に会いたくなった時は、教会の支部(しぶ)にお()し下さい。 貴方(あなた)様の事は、話を通しておきますから」

オリヴィアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、アルシェラは戸惑(とまど)いながらも、(うなず)き返した。

「あと、これは()くなられた、貴女(あなた)の母君から(あず)かっていた物です」

オリヴィアはそう言うと、(おもむろ)(ふところ)から古びた指輪を取り出し、アルシェラの片手(かたて)を掴み、彼女の(てのひら)の上にそっと乗せた。

「『()くなられた』って……。 アタシの本当のお母さんは、もう居ないの?」

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、オリヴィアに問い掛ける。

貴女(あなた)を生んで直ぐに、体調(たいちょう)(くず)されて亡くなられました。 ですから、(わたくし)貴方(あなた)の母親代わりとして、貴女(あなた)のお世話(せわ)をして来たのです」

オリヴィアは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語る。

「そうだったんだ……。 なのにアタシ、貴女(あなた)の事を(わす)れちゃってるなんて……」

アルシェラは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、オリヴィアに言い返す。

「……時間が()てば、思い出す事もあると聞きます。 それを信じて、私共(わたくしども)貴女(あなた)の帰りをお待ちしております。 アリシア様」

オリヴィアは、(おだ)やかな笑みを浮かべて、(やさ)しくアルシェラに言うと、彼女の両手を優しく、自分の(てのひら)(つつ)み込んだ。


偵察(ていさつ)(からす)たちから集めた情報(じょうほう)では、どうやら三人は兄のラスター伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)に連れて行かれた様だ」

部下たちから報告(ほうこく)を受け、部屋に(もど)って来たサラサは、落ち着いた口調でロナード達に言った。

「マジか! 早く助け出さねぇと!」

レックスは(あせ)りの色を浮かべ、ロナード達に向かって言った。

「落ち着け。 お前の様なガキが(いき)がって、考え無しにラスターの所へ乗り込んで何になる?」

ラシャは、落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスに言うと、

烏王(からすおう)の言う通りよ。 何の(さく)も無しに(てき)(ふところ)に飛び込むのは、無謀(むぼう)以外(いがい)の何物でも無いわ」

セシアも、落ち着き払った口調(くちょう)で、(あせ)って居るレックスに言った。

「それに、クラレスとルオンの諸侯(しょこう)()の目もある。 表立って、君たちがラスター伯と(あらそ)うのもどうかと思うぞ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ(つぶや)く。

上手(うま)い事、屋敷(やしき)(しの)び込んで、アルシェラたちを助け出せれば、良いスよねぇ……」

デュートが、両腕を胸の前に組み、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)くと、それを聞いたロナードが、

「ラシャ。 この(まち)の地図は、手に入れる事は出来ないか? 出来れば『血の粛清(しゅくせい)』の前後、二種類欲しいんだが」

彼は、何か思い付いたらしく、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでラシャに向かって言うと、

「ある。 ()ぐに用意させよう」

ラシャはそう言うと、妹のサラサの方を見ると、彼女は(だま)って(うなず)く。

「地図なんて、呑気(のんき)に見てる場合かよ!」

レックスが不満(ふまん)そうに、口を(とが)らせてロナードに言うと、

「いや、僕達(ぼくたち)は地の()の無い。 地図でこの(まち)がどうなっているか、知っておく事も大切な事だ」

セネトが落ち着き払った口調(くちょう)で、レックスに言った。

「けどロナードは、マケドニアの出身スよね? 地図が無いと分らない(ほど)、この街は、複雑(ふくざつ)な作りなんスか?」

デュートが、不思議(ふしぎ)そうにロナードに(たず)ねると、

「『血の粛清(しゅくせい)』で(まち)の大半は焼け落ち、街並(まちな)みも変わってしまった。 ラシャたちは()(かく)(おれ)事件後(じけんご)にマケドニアへ(もど)るのは、今回が始めてだ」

ロナードが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えると、それを聞いたデューとは返す言葉を失った。

 ロナードが、『血の粛清(しゅくせい)』を生き残ったにも(かか)わらず、これまで一度も、故郷(こきょう)(もど)らなかった辺り、彼の心の傷が如何(いか)に深いかをデュートは感じ取った。

 当時(とうじ)(おさな)い子供だったロナードには、きっと悪夢(あくむ)以外の何物でも無かったであろう。

(しばら)くして、地図を持った部下たちを引き連れ、サラサが(もど)って来た。

 彼等(かれら)から、新旧(しんきゅう)二つのマケドニアの街の地図を受け取ったロナードは早速(さっそく)、テーブルの上に二つの地図を(なら)べて広げる。

「うひゃあ。 これはチェス(ばん)の目の様な造りですね。 これは、分からないのも無理ないです」

地図を一目(ひとめ)()て、メイはそう言った。

 彼女の言う通り、四方を城壁(じょうへき)(かこ)まれた街は、碁盤(ごばん)の目の状に道が走っており、街は、その道を沿って作られている事が、地図を見れば一目でわかる。

「ラシャ。 現在のラスター伯の屋敷(やしき)何処(どこ)だ?」

すっかり様変(さまが)わりしてしまった、今のマケドニアの街の事は分らないので、ラシャに(たず)ねる。

腹立(はらだ)たしい限りだが、今のラスター伯の屋敷(やしき)は、ノヴァハルト大公(たいこう)屋敷(やしき)(しゅう)(ふく)して使っている」

ラシャは、面白(おもしろ)く無さそうな口調(くちょう)で言うと、ロナードは(にわ)かに表情を(けわ)しくする。

「『血の粛清(しゅくせい)』の後、何年かは手付(てつ)かずだったんだが、統治権(とうちけん)を父親から受け()いだ息子(むすこ)のトータスが、(たみ)の反対を押し切り、(みずか)らの権威(けんい)(しめ)(ため)に、自分の屋敷(やしき)にすると言って修復(しゅうふく)したんだ」

サラサが、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにして言うと、

「小さい頃から、威張(いば)()らす事しか(のう)の無いアホだからな。 その様な真似(まね)をすれば、レヴァールを(した)っているマケドニア市民の感情を逆撫(さかな)でする様なものだと言うのが、分からんのだろう」

ラシャが冷ややかな口調(くちょう)で言うと、サラサも無言で何度も(うなず)いている。

「トータスは、真っ当な政策(せいさく)はせず、金と権力(けんりょく)に物を言わせて、好き放題(ほうだい)しているらしいわ。 クラレスの(たみ)からは(すこぶ)評判(ひょうばん)が悪いのは確かよ。 しかも、人身(じんしん)売買(ばいばい)(もく)(にん)している話もあるわ」

セシアは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、自分が集めた情報(じょうほう)を元に語る。

「じ、人身(じんしん)売買(ばいばい)? マジかよ……」

セシアの話を聞いて、レックスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(つぶや)く。

「それが事実(じじつ)だとしたら、本当にどうしようもないカスだね。」

シャーナは、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにして(つぶや)いた。

「それで、地図なんて持ち出して、どーするんスか?」

デュートは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛ける。

「この辺りに、屋敷(やしき)の庭にある()井戸(いど)へ通じる抜け道があった(はず)だ。 (もっと)も、(ふさ)がれて無ければの話だが……」

ロナードが、古い街並(まちな)みが描かれた地図に書かれた、ノヴァハルト大公(たいこう)屋敷(やしき)裏手(うらて)(あた)りを指差(ゆびさ)しながら言うと、それを聞いた一同は、(そろ)って(おどろ)きの表情を浮かべる。

「マジかよ?」

レックスが戸惑(とまど)いながら、ロナードに言った。

「ああ。 兄と(あそ)んでいた時に何度かそこへ出た事がある。 調子(ちょうし)に乗って出入りしていたら、巡回(じゅんかい)の兵士に見付かり、こっ(ぴど)(しか)られたが」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、レックスに答えた。

 彼には兄が居て、家族が居て、この街で(ほか)の者たち同じ様に、普通(ふつう)()らしていたのだ。

 なのに『血の粛清(しゅくせい)』で、家族や()む場所を一瞬(いっしゅん)(うば)われ、(おさな)いロナードは一人、焼き出されたのだと思うと、レックスやメイの心境(しんきょう)はとても複雑(ふくざつ)であった。

 家族を(うしな)い、住む場所を失い、街に住む多く人をも虐殺(ぎゃくさつ)された所為(せい)(おそ)らく、近くに(たよ)る事の出来る大人も居なかったであろう。

 (おさな)い子供が一人生きて行く(ため)には、彼の想像(そうぞう)を絶する苦労(くろう)が、あったに(ちが)いない。

 自尊心(じそんしん)の強いロナードは、そんな境遇(きょうぐう)で育った自分に対し、同情(どうじょう)される事を物凄(ものすご)(きら)(ふし)があるが、彼の境遇にレックスやメイは同情(どうじょう)せずにはいられなかった。

 セシアやシャーナたちの話を何度か聞くうちに、傭兵(ようへい)と言う稼業(かぎょう)如何(いか)(きび)しい世界であるか、少しずつだが、レックスやメイも理解出来(りかいでき)る様になってきた。

 そんな血も(なみだ)も無い、生きる(ため)(おそ)ろしくシビアな世界に、(おさな)くして身を(とう)じる事を余儀(よぎ)なくされ、(きたな)い大人の世界を目の当たりにしてきたロナードが、色んな葛藤(かっとう)(かか)えながら生きてきたであろう事は、容易(ようい)想像(そうぞう)する事が出来た。

「確かにそれを使えば、相手に気付かれず、侵入(しんにゅう)する事が出来るスね」

デュートは、嬉々(きき)とした表情を浮かべ言った。

(ため)してみる価値(かち)は、ありそうだ」

セネトも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

「ふむ。 オレも一緒(いっしょ)に乗り込んで、あの(ぶた)野郎(やろう)一撃(いちげき)見舞(みま)って来るか……」

ラシャが、ポツリとそう(つぶや)くと、それを聞いて、ロナードがギョッとした表情を浮かべ、思わず彼を見る。

「何だ?」

ロナードの反応に、ラシャはムッとした表情を浮かべながら問い掛ける。

「い、いや……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつも、そう言うと(あわ)てて視線(しせん)()らした。

(ラシャが乗り込んだら、屋敷(やしき)瓦礫(がれき)の山と化すぞ)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)くが、(こわ)くてそれを声に出す事は出来なかった。

「そりゃ、(たの)もしいねぇ」

シャーナが嬉々(きき)とした表情を浮かべながら言う。

(()めろよ! ラシャが(あば)れてどうなったか、もう(わす)れたのか!)

ロナードは、泣きたい気持ちになり、心の中で叫んだ。

「お前たちだけでは、心許(こころもと)ないからな」

ロナードの気持ちに反し、やる()満々(まんまん)の様子でラシャは言う。

(駄目(だめ)だ……。 行く気満々(まんまん)だ……)

ロナードは、心の中で呟くと、物凄(ものすご)くゲッソリした顔をして、両手で頭を(かか)え、その場に(うずくま)った。

「どうした? (はら)でも(いた)いのか?」

ロナードの様子を見て、ラシャがキョトンとした表情を浮かべ、問い掛ける。

「……心臓が(いた)い……」

ロナードは(うずくま)ったまま、ボソリと言った。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

その様子に、セネトが(あせ)りの表情を浮かべ、身を(かが)め、ロナードの背中に手を()えながら声を掛ける。

「あまり……大丈夫(だいじょうぶ)じゃない」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべ、セネトに体を(ささ)えられ、ちょっとフラ付きながらも立ち上がると、力のない声で返した。

便所(べんじょ)なら、廊下(ろうか)を出て左だぞ」

ラシャが、真顔(まがお)でロナードに言う。

(ちが)う!」

ロナードはイラッとして、強い口調で言い返す。

「なんだ。 元気じゃないか」

ラシャは、ロナードの反応を見て、拍子抜(ひょうしぬ)けした様子で(つぶや)く。

(はあ……。 自覚(じかく)が無いって(こわ)いな。 さっき、あんなのを見せられて、不安にならない方が可笑(おか)しいだろ。 (ぼく)ももう、あんなグロイのは御免(ごめん)(こうむ)る)

表情を(ゆが)め、(しき)りに胸の辺りを押さえているロナードを見て、セネトは彼の心中を(さっ)し、心の中で(つぶや)くと、思わずラシャを見る。


 その後、ロナードたちは夜陰(やいん)に紛れ、ラスター伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)侵入(しんにゅう)する(ため)敷地内(しきちない)にある枯れ井戸(いど)へと続く、(かく)通路(つうろ)を街の中で捜索(そうさく)していた。

 『血の粛清(しゅくせい)』の際に、大火に見舞(みま)われたマケドニアの街は、(ほとん)どの建物(たてもの)焼失(しょうしつ)し、すっかり様子(ようす)が変わっていたが、ラスター伯の弟、アロイスからの追っ手に注意しつつ、地図を片手(かたて)に目的の場所に到着(とうちゃく)しようとしていた。

 そこは、貴族(きぞく)たちの邸宅(ていたく)が立ち並ぶ閑静(かんせい)(じゅう)宅地(たくち)で、繁華街(はんかがい)とは(ちが)い、日が()れてから、この辺りを出歩く者は(ほとん)ど居ない。

「本当に……すっかり変わってしまったな……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、呟いた。

「ところで、ロナードって、どの辺に住んでたスか?」

デュートが何気なく、興味本位(きょうみほんい)でロナードに(たず)ねる。

「どの辺も何も……」

ロナードが、返答に(きゅう)して居ると、何故(なぜ)かセシアが、

「こうも街の様子(ようす)が変わってしまっては、何処(どこ)だとも言えないでしょ」

淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、デュートに言い返した。

「それだけ、ルオン軍の『血の粛清(しゅくせい)』が(ひど)かったって事スかぁ」

デュートは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、そんな惨劇(さんげき)があったとは微塵(みじん)も感じさせぬ程、綺麗(きれい)整備(せいび)された街を見回しながら、(つぶや)いた。

「昔の地図だと、お前の言う場所は、この辺りになるが……」

ラシャが、古いマケドニアの街の地図と、新しいマケドニアの街の地図を見比(みくら)べながら、ロナードに向かって言った。

「なーんもねぇぜ?」

レックスは、辺りを見回しながら、ロナードにそう言った。

 彼の言う通り、ただ綺麗(きれい)舗装(ほそう)された煉瓦(れんが)で出来た道が延々(えんえん)と続いているだけだ。

 ロナードは(しばら)く、注意深く周囲(しゅうい)を見回した後、何を思ったか、煉瓦(れんが)舗装(ほそう)された道の上を、地団駄(じたんだ)でも()む様に、バンバンと乱暴(らんぼう)に何度も踏み付け始めたので、

「な、何やってんスか?。 ロナード」

突然(とつぜん)キレたのかと思い、デュートが戸惑(とまど)いながら、ロナードに問い掛ける。

 シャーナやセシアも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(たが)いの顔を見合わせて居る。

「もしかしたら、この下にあるんじゃないかと思って。 もし、中が空洞(くうどう)だったら、周囲(しゅうい)と音が(ちが)うんじゃないだろうか」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かつつべも、自分に声を掛けて来たデュートそう言いながら、地面(じめん)()み付ける。

成程(なるほど)。 確かに、その可能性(かのうせい)はある」

セネトはそう言うと、ロナードの真似(まね)をして、煉瓦(れんが)舗装(ほそう)された道を確認し始めた。

 そうして、(みんな)で、地図で記された辺りを手分(てわ)けして(さぐ)り始めた。

 (しばら)くして……。

「ねぇ、ここだけ、何か音が(ちが)わない?」

メイがそうレックスに声を掛けると、自分の足元を足音が立つ様に、乱暴(らんぼう)()み付けてみせる。

 彼女が言う通り、確かに、何か下に空洞(くうどう)が有りそうな音が返って来た。

()ってみるスか?」

デュートが言うと、ロナードがしゃがみ込み、(おもむろ)煉瓦(れんが)()れてみると、

「動くぞ」

そう言うと、思いの外簡単(かんたん)煉瓦(れんが)が外れてしまった。

 それを見て、レックスたちも手分けをして、動きそうな煉瓦(れんが)を片っ(ぱし)から退()けていくと、下から、古びた分厚(ぶあつ)い木の扉が(あらわ)れた。

「おお~。 すげぇ! それらしいのがあったぞ!」

それを見て、レックスは感嘆(かんたん)の声を上げる。

「……アンタの記憶(きおく)力ヤバイね……」

シャーナも感心した様子(ようす)で、ロナードに言うと、彼は苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「開けるぞ」

ロナードが、そう言って木の扉に手を掛け、それを開けようとするのだが、(かし)の木で出来ているのか、重厚(じゅうこう)な造りで、しかも古びているので建てつけが悪く、彼一人の力ではびくともしない。

 それを見て、レックスとデュートが加勢(かせい)に加わるが、それでも、(かす)かに動くだけなので、ラシャも加わり、四人掛かりで力一杯(ちからいっぱい)に引き上げると、やっと重い木の扉は開いた。

「ひ~っ。 マジで重かったぜ。 これ」

扉が開き、レックスはその場に座り込みながら(つぶや)いた。

 ラシャが中をカンテラで()らしてみると、下へと続く石の階段があるが、どれだけ深いのか、先は真っ暗で、ただ、冷たい風が吹き上がって来るだけだ。

「……何処(どこ)まで続いているか分らんが、行ってみるか」

ラシャが、メンバー達に向かって言うと、彼等(かれら)(そろ)って(うなず)いた。


 ロナード達は、カンテラの明かりを(たよ)りに、何処(どこ)まで続いているか分らない、暗闇(くらやみ)へと続く階段を慎重(しんちょう)に降りて行くと、やがて階段が終わり、長い通路(つうろ)が延々と続き、その先は真っ暗で、地下と言う事もあり、冷たく(ほこり)っぽく、長年、開けられていなかった所為(せい)か、カビ(くさ)かった。

 何時(いつ)の時代に作られたかは分らないが、左右の(かべ)は、岩を長方形に切り出し、それを組んでいっただけの様だが、思いの外、頑丈(がんじょう)に出来ているようだった。

 床は、土がむき出しで、カビ(くつ)湿(しめ)っぽいのは、この所為(せい)だろう。

 大人の男が三人横に並んで歩ける(ほど)の広さがあり、高さも背の高いロナードやラシャ達が、余裕(よゆう)で通れる程の高さがあった。

 何処(どこ)か別の入り口に通じているのか、時折(ときおり)、音を立て、風が吹き抜けて行く。

「うわっ! (つめ)てぇ!」

一番最後を行っていたレックスが不意(ふい)に声を上げるので、一同は(おどろ)いて振り返る。

「わりぃ。 天井(てんじょう)から水が落ちて来た」

レックスは、首元を手で押さえながら、苦笑(にがわら)いを浮かべ、ロナード達に言うと、彼等(かれら)(あき)れた顔をする。

「もう! そんな事で、一々(いちいち)大声を出さないでよ! ビックリするでしょ!」

実は、結構(けっこう)(こわ)がりなメイが、(あせ)りの表情を浮かべ、強い口調でレックスに言う。

 その(となり)で、セネトが恐怖(きょうふ)に顔を引きつらせ、前を歩いていたロナードの腕にしがみ付いていた。

 (しばら)くして、先頭を行くラシャが何かを発見(はっけん)したらしく、足を止める。

「な、何? 何かあったスか?」

デュートが、(みょう)にオドオドした様子(ようす)でラシャに問い掛けると、カンテラは、(かべ)(もた)れ掛る様に、(うずくま)っている(むくろ)()らし出した。

「ひっ!」

それを見て、メイが情けない声を上げ、後ろから来ていたレックスに()き付き、そのレックスも表情を引き()らせる。

 その(むくろ)は、騎士(きし)が着る、ボロボロのサーコートを着ていて、完全に白骨化(はっこつか)し、()き出しになっている肋骨(ろっこつ)などには、蜘蛛(くも)何重(なんじゅう)にも()を作っており、近くに(ころ)がっていた剣は(さび)つき、(たて)もボロボロで、この場で()てて、もう何年と()っている様だった。

「この(ころも)は……」

骸骨(がいこつ)が着ているサーコートを見て、ロナードは(おもむろ)(つぶや)く。

「ちょ、ちょっ……。 それに近づくのは勘弁(かんべん)してくれ……」

驚いてロナードの腕にしがみ付いていたセネトが、顔を引きつらせながら、言う。

 色褪(いろあ)せてはいるが、コバルトブルーのサーコートで、胸元(むなもと)には、(つばさ)を持つ(りゅう)が正面を向き、剣と槍を手に、胸の前に交差(こうさ)させた姿の紋章(もんしょう)があった。

「……ノヴァハルト大公(たいこう)家の家紋(かもん)だな。」

それを見て、ラシャが(つぶや)いた。

 骸骨(がいこつ)は、背中から数本の弓矢(ゆみや)が、肋骨(ろっこつ)に引っ掛かる様に()()けており、(おそ)らくは、『血の粛清(しゅくせい)』の(さい)に、背中から矢を()かけられ負傷(ふしょう)し、命からがらこの地下(ちか)(どう)へ逃げ込み、そのまま絶命(ぜつめい)してしまったノヴァハルト大公(たいこう)()の兵士であろう。

 ロナードは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、ギュッと(くちびる)()むと、両手に(こぶし)を作り、(かす)かに肩を(ふる)わせ、(うつむ)いて居た。

 もしかしたら、当時(とうじ)の事を思い出して、泣いているのかも知れない……。

 (そば)に居たセネトが沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、無言でそっと、小刻(こきざ)みに(ふる)えている彼の肩に手を乗せた。

「……今は感情に(ひた)ってる場合では無いだろう。 取り返しのつかなくなる前に、アルシェラ達を(すく)い出すぞ」

ラシャが淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ロナードに言った。

「そ、そうだな」

ロナードはそう言うと、手の(こう)で、目元を(ぬぐ)う様な仕草(しぐさ)をする。

大丈夫(だいじょうぶ)か? ロナード」

セネトは心配そうな表情を浮かべ、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべているロナードに声を掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 行こう」

ロナードはそう言うと、顔を上げると、何時(いつ)もの様にキリッと引き()まった表情になる。

 レックスは、その様子(ようす)複雑(ふくざつ)な思いで見ていた。

 彼は、物心(ものごころ)つく前に父を(うしな)って以降(いこう)騎士(きし)見習(みなら)いではあったが、(さいわ)いな事に、身近な者の『死』と言うものに、直面(ちょくめん)した事が無い。

 だがロナードは、『血の粛清(しゅくせい)』の時も、傭兵(ようへい)時代にもきっと、沢山(たくさん)の人たちの『死』に直面(ちょくめん)して来たのだろう。

 家族を(うしな)い、全てを失い、人々の死に直面(ちょくめん)しても、それでも彼は、力強く生きている。

 その背に一体、どれだけのものを背負(せお)って、彼は生きているのだろうか……。

 もし自分が今、仲間(なかま)や母を(うしな)い、今の地位(ちい)も住む場所も無くしたら……そう考えると、自分は彼の様に、強くは生きていける自信(じしん)が無い事に、レックスはふと気が付いた。

(やっぱコイツは強ぇよ……。 オレじゃ多分、無理だろーな)

レックスは、ロナードを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

「お前さ、結構(けっこう)苦労(くろう)して来たんだな……」

レックスはポツリと、身を(ひるがえ)し、自分の前を再び歩き出そうとしたロナードに対し、そう言った。

「えっ?」

ロナードは、(きゅう)にレックスに声を掛けられ、(おどろ)いて彼の方を振り返る。

「な、何でもねぇよ。 (たん)なる(ひと)り言だからよ。 気にせず、先行けよ」

レックスは、(めん)(とう)(むか)ってロナードにその様な事を言うのが()ずかしくなり、(あわ)てて、ぶっきら(ぼう)に、自分の方を見ているロナードに言った。

 ロナードは、不思議(ふしぎ)そうな顔をして、小首を(かし)げる。

「何か、こう言うのを見ると、『血の粛清(しゅくせい)』って本当にあったんだって、思い知らされます」

メイは沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちを浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で、ロナード達にそう言った。

「そうだな……」

セネトも、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、(つぶや)いた。

 もう十何年も前にあった出来事(できごと)で、その時は、レックスやデュート達は(おさな)くて、当時の事など何も(おぼ)えて無い。

 物事(ものごと)が分る様な年頃(としごろ)になって、ただ『血の粛清(しゅくせい)』と言う過ちを過去(かこ)にルオン軍は(おか)したのだと、(おや)兄弟(きょうだい)周囲(しゅうい)の大人から聞かされただけだ。

 その時にどんな事が起きて、どんな人達が犠牲(ぎせい)になったのか、漠然(ばくぜん)と話に聞いているだけで、実際(じっさい)は良く分って無くて……。

 心の何処(どこ)かで、自分たちとはあまり関係の無い、昔の出来事(できごと)だと思っていた。

 しかし『ケルベロス』に入り、その被害(ひがい)者であるロナードと会って、『血の粛清(しゅくせい)』は決して過去(かこ)出来事(できごと)では無く、今も(なお)、その事で苦しみ、それを指示(しじ)したルオン王家や、現場に(おもむ)き、人々を斬殺(きりころ)したルオン軍を(うら)み、()くなった人達を想って(なみだ)を流している人達が、クラレスには沢山(たくさん)居るのだと、思い知らされた。

「お前等()の様な年頃(としごろ)のルオンのガキには、『昔の出来事(できごと)』かも知れんが、『血の粛清(しゅくせい)』から生き()びた者たち、そして、このクラレスに住む者にとっては、今も目を(そむ)ける事は出来ぬ出来事(できごと)だ。 オレも沢山(たくさん)同胞(どうほう)たち、そして人間の友を(うしな)った」

ラシャは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、レックス達に向かって、静かにそう語った。

「……街は綺麗(きれい)になって、その時の痕跡(こんせき)は無くなっても、この街に住む人たちの心の中からは、その出来事(できごと)は消える事は無いのですね……」

メイは、()()てた(むくろ)を見つめつつ、沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちと、重々(おもおも)しい口調(くちょう)(つぶや)いた。

「そうだ。 当時(とうじ)を知って居る者が生きている(かぎ)りな……」

ラシャは、()()てた(むくろ)見据(みす)えつつ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言った。

「……けれど、(おれ)たちは、それを乗り()えて生きて行かねばならない。 何処(どこ)かで区切(くぎ)りをつけねばならないんだ。 そうだろ? ラシャ」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ラシャの方へと目を向ける。

 頭の中では分っている事なのに、(じゅう)数年(すうねん)()っても、(わす)れようと思っても、その時の光景(こうけい)脳裏(のうり)に焼き付いたまま(はな)れない……。

 それはまだ、自分たちが完全に『血の粛清(しゅくせい)』と言う惨劇(さんげき)から、立ち直っていないと言う事を物語っていた。

「その通りだ。 幾ら過去(かこ)()いても、死んだ者は生き返らないからな……」

ラシャは重々(おもおも)しい口調(くちょう)で言うと、ロナードに向かって、何処(どこ)か悲しそうな表情を浮かべた。

 あの時、ああしていれば良かった。

 こうしていたら……。

 そんな事、()げればキリがない……。

 けれど、どんなに後悔(こうかい)しても、どんなに(なげ)いても、過去は変える事は出来ない……。

 ラシャは、何時(いつ)もの毅然(きぜん)とした態度(たいど)で、デュート達の方を見て、

湿気(しっけ)た話はこの位にして、先を(いそ)ぐぞ」

そう言うと身を(ひるがえ)し、先へと歩み出す。


「待て――っ!」

ラスター伯爵(はくしゃく)家の兵士たちに追い駆けられながら、アルシェラ達は、だだっ広い屋敷(やしき)の中を逃げ回っていた。

()って下さいアルシェラ様! さっきもここ、通りましたよ!」

後から来ていたサムートが、先頭を行くアルシェラに向かって、(いき)を切らせながら叫ぶ。

五月蠅(うるさ)いわね! ()げれてるんだから、文句(もんく)言わないでよ!」

アルシェラは五月蠅(うるさ)そうに、サムートに言い返す。

「何だか(ぼく)たち、さっきから一緒(いっしょ)の様な所をグルグルして無い? 何だか(すご)く、(いや)な気がするのは、僕だけかな?」

エルトシャンも、不安そうな表情を浮かべ、サムート達に言った。

「いいえ。 (わたし)もそう思って居ました。 何となく、追い込まれている様な気が……」

サムートも、周囲(しゅうい)を見回しながら、エルトシャンに言った。

「そうだよね?」

エルトシャンが、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「だ、だよ、ね? あ、あはははは……」

流石(さすが)のアルシェラも、行く先々で兵士たちに(はば)まれるので、苦笑(にがわら)いを浮かべ言った。

「もしかして……いや、もしかし無くても、アルシェラ様、方向音痴(ほうこうおんち)なのでは……」

サムートは、自分たちにジリジリと、()()って来る兵士たちを見回しながら言った。

「えーっと……。 どうしょう……」

アルシェラは、四方を取り(かこ)まれ、エルトシャンとサムートと共に、ジリジリと後ろの扉へと、後退(あとずさ)りしながら、二人に問い掛ける。

「そんな事、(わたし)たちに聞かないで下さい!」

サムートは、兵士たちを見回しながら、思わず声を(あら)らげ、アルシェラに言い返す。

「あ――。 もう! 折角(せっかく)牢屋(ろうや)から逃げ出せたのに、また、(だれ)かの所為(せい)で!」

エルトシャンも、自分たちに()()って来る兵士たちを見渡(みわた)しながら、苛立(いらだ)った口調で呟く。

 もはや、逃げ場は無いかと思われた時、不意(ふい)彼等(かれら)が背にしていた扉が開いた。

 さっき、自分達が開けようとした時は、反対側(はんたいがわ)から(かぎ)が掛けられ、行く事が出来なかったので、思いがけぬ事に、扉に背を(もた)れ掛けていたアルシェラが、そのまま後ろにすっ(ころ)ぶ。

「こっちだ」

部屋の中から、若い男の声がして、その声の主は、スッ(ころ)んだアルシェラに(おどろ)いて目を向けていた二人の腕を(つか)み、問答(もんどう)無用(むよう)で中に引き()り込むと、急いで(とびら)をパタンと閉め、中から(じょう)を掛ける。

「いったぁ~。 (だれ)か知らないけど、開けるなら、開けるって言いなさいよ!」

アルシェラは床の上に(ころ)がったまま、自分たちを部屋の中へと引き込んだ相手に向かって、(うら)めしそうに言った。

「助けてやったのに五月蠅(うるさ)小娘(こむすめ)だ。 (ほか)に言う言葉を知らんのか」

アルシェラに向かって、そう悪態(あくたい)をついた相手(あいて)を見て、彼女は一瞬(いっしゅん)、ロナードと髪の色合いや雰囲気(ふんいき)が似ているので間違(まちが)いそうなるが、背に(からす)(つばさ)を有していたので……。

 助けに来た相手がロナードでは無いと分かると、アルシェラがつまらなそうに、

「なんだ。 ロナードじゃないじゃん」

と、ボソリと言ったので、それを聞いたエルトシャンとサムートは、その場に固まる。

「ロナードでは無くて悪かったな! 小娘(こむすめ)!」

ラシャは(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべ、(いか)りで顔を引き()らせつつ、アルシェラに言い返した。

「助かりました。 (ぼく)たちだけでは、逃げ出せていたかどうか……」

エルトシャンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ラシャに言った。

態々(わざわざ)おいで(いただ)き、有難(ありが)うございます。 (おさ)

サムートが、(もう)(わけ)なさそうにラシャに言うと、深々(ふかぶか)と頭を下げた。

(え。 この人が(からす)(おう)? イケメンじゃん)

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、(あらた)めてラシャの方を見ると、心の中で(つぶや)いた。

怪我(けが)は無いな?」

ラシャは、淡々(たんたん)とした口調でサムートに問い掛ける。

「はい」

サムートは、落ち着いた口調で答えた。

「あのぉ……。 アタシたち、ここからちゃんと逃げ出せそう?」

アルシェラが、廊下(ろうか)の方から、内側(うちがわ)から施錠(せじょう)して開かない部屋の扉に、(はげ)しく何かがぶつかる音に戸惑(とまど)いつつ、ラシャに(たず)ねた。

「今、ロナード達が退路(たいろ)確保(かくほ)している。 もう(しばら)く待て」

ラシャが言い返すと、

「『もう(しばら)く』って……。 それまで、この扉もちますか?」

エルトシャンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ミシミシと音を立て(きし)み、今にも施錠(せじょう)(こわ)れそうな扉を指差(ゆびさ)し、ラシャに言った。

一々(いちいち)五月蠅(うるさ)いぞ」

ラシャは五月蠅(うるさ)そうに言うと、扉の前に歩み寄る。

「ちょっと! (あぶ)ないわよ!」

アルシェラが戸惑(とまど)いながら、ラシャに言うと、

「お前達は、少し下がっていろ」

ラシャは落ち着き払った口調(くちょう)で、アルシェラ達に言った。

 扉は、(おの)やハンマーなどで、(たた)(こわ)される音を立て、(つい)に扉を叩き(こわ)していた(おの)刃先(はさき)が、扉を突き(やぶ)り見えた。

 そして、兵士たちが、ボロボロになった扉を()り飛ばすと、扉は施錠(せじょう)が外れる音共に、音を立て、ラシャの方へと(くず)れ落ち、兵士たちが一斉(いっせい)に部屋の中へと雪崩(なだ)れ込もうとして来た。

 アルシェラ達が逃げ切れぬと思った次の瞬間(しゅんかん)、兵士たちの前に、一人立ちはだかっていたラシャが動く。

空圧波(くうあつは)!」

ラシャがそう叫び、背中の両翼(りょうよく)を広げると、彼の体から、物凄(ものすご)い勢いで兵士たちに向かって、圧縮(あっしゅく)された空気が一気に放出され、部屋の中へ雪崩(なだ)れ込もうとした兵士たちが、前からドミノ倒しの様になりながら、(かべ)ごと一気に数メートル後ろへ吹っ飛ばされてしまった。

 部屋の扉が付いてあった(かべ)は、見事にすっ飛び、廊下(ろうか)中庭(なかにわ)が丸見えの状態(じょうたい)になってしまった。

「す、すごっ……」

それを見たエルトシャンは、ゴクリと(いき)()み、圧倒(あっとう)された様子(ようす)で呟いた。

「すご~い!」

アルシェラも歓喜(かんき)の声を上げると、たった一人で、何十人も居た兵士たちを、一瞬(いっしゅん)で吹っ飛ばしてしまったラシャの下へと()け寄り、

(すご)く強いんだぁ。 烏族(からすぞく)ってぇ。 カッコイイ!」

見た目は、(まった)く強そうに見え無かったのか、アルシェラは(すご)感激(かんげき)した様子(ようす)で、目を(かがや)かせてながら、ラシャに言った。

「当たり前だ。 オレを(だれ)だと思ってる? 烏族(からすぞく)(おさ)だぞ。 この位の事、朝飯前(あさめしまえ)だ」

ラシャは、すっかり自分に対して、正義(せいぎ)のヒーローを見る子供(こども)の様な眼差(まなざ)しを向けているアルシェラに対し、自慢(じまん)(つばさ)に付いた(ほこり)を手で払いながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返した。

「やっぱり(すご)いなぁ『亜人(あじん)』って……。 何するか予想(そう)不可能(ふかのう)だよ」

エルトシャンは、一瞬(いっしゅん)にしてラシャから吹っ飛ばされ、床の上に叩き付けられ、(うめ)き声を上げながら(たお)れて居る、ラスター伯爵(はくしゃく)家の兵士を見ながら(つぶや)いた。

 そんな事を話して居ると、新たに複数(ふくすう)の足音が廊下(ろうか)から近付いて来たので、ラシャ達は表情を(けわ)しくし、身構(みがま)える。

 そして、その足音の(ぬし)が入り口に差し掛かった瞬間(しゅんかん)、ラシャが(ふたた)び、先程(さきほど)の技を()り出したのだが……。

「ぎょえ――っ!」

ラシャの(わざ)を横からまともに受けたレックスが、(なさ)けない声を上げ、景気(けいき)()くすっ飛び、大きな音を立て、中庭(なかにわ)にあった噴水(ふんすい)に落ちた。

「あ、()まん……」

ラシャは相手が味方(みかた)だと分かると、思わず、吹っ飛ばされたレックスに言った。

 すっ飛ばされたレックスのその直ぐ後ろから、ロナードが来ており、間一髪(かんいっぱつ)のところで()(とど)まったお(かげ)(なん)()れたが、思いがけぬ事に、体のだけはラシャたちの居る部屋へ向いた格好(かっこう)で、唖然(あぜん)とし、吹き飛ばされたレックスの方に顔を向け、固まっている。

((あぶ)なっ……)

吹き飛ばされたレックスが居る方を見ながら、ロナードは心の中で(つぶや)く。

馬鹿(ばか)野郎(やろう)! (ころ)す気か!」

中庭(なかにわ)にあった噴水(ふんすい)の中から()い出て来たレックスが、激怒(げきど)してラシャに向かって怒鳴(どな)る。

「おっかない(わざ)スね。 これ」

ロナード達から、少し(おく)れてやって来ていて、その一部(いちぶ)始終(しじゅう)を遠くから見ていたデュートが、その場に呆然(ぼうぜん)と立ち()くしたまま、青い顔をして(つぶや)いた。

「良く相手を見ろ。 ラシャ」

吹っ飛ばされたレックスに、気の毒そうな視線(しせん)を向け、ロナード自身、あと一歩(いっぽ)()み込んでいれば、一緒(いっしょ)に吹き飛ばされていたので、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ラシャに言った。

「そこで何をしてるのよ?。 暑いからって、そんな所で(みず)()びしないでよね。 レックス」

(おく)れて来て、先程(さきほど)不幸(ふこう)事故(じこ)を見ていないメイが、何故(なぜ)噴水(ふんすい)の中から出て来て、全身ずぶ()れのレックスに、(ひや)やかな視線(しせん)を向け、()めた口調(くちょう)で言った。

(理不尽(りふじん)……)

エルトシャンが、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、気の毒そうにレックスを見る。

烏王(からすおう)の技を食らって、すっ飛ばされたんスよ」

デュートが苦笑(にがわら)いを浮かべつつ、メイに事情(じじょう)を説明すると、

「アンタは何時(いつ)も良く回りを見てないからよ。 (まった)く」

ラシャの不注意(ふちゅうい)にも関わらず、メイは(あき)れた表情を浮かべ、レックスに言い放った。

「んだと! 死角(しかく)から出会い頭に見舞(みま)われて、どうやって()けろって言うんだよ!」

レックスは激怒(げきど)して、メイにそう言い返すが、彼女は無視(むし)を決め込む。

烏王(からすおう)さまと一緒(いっしょ)でしたのね。 アルシェラ様。 ご無事(ぶじ)で何よりですわ」

(おく)れて来たセシアは、ラシャと共に居たアルシェラの無事(ぶじ)姿(すがた)を見て、安堵(あんど)の表情を浮かべ、彼女に言った。

「うん」

アルシェラも安堵(あんど)の表情を浮かべつつ、そう返した。

「三人とも無事(ぶじ)で、良かったよ」

シャーナも、ホッとした表情を浮かべながら、三人に向かって言った。

(まった)くだ。 怪我(けが)は無いか?」

セネトも安堵(あんど)の表情を浮かべながら、アルシェラに問い掛ける。

「うん。 アタシ達は大丈夫(だいじょうぶ)ぅ」

アルシェラは笑みを浮かべ、セネトに言い返す。

「ったく。 とんだ災難(さいなん)だぜ」

全身ずぶ()れで、水を(したた)らせながら、ゲンナリとした表情を浮かべながら、レックスがぼやく。

「あのさ、そろそろ、ここから引き上げた良くないスか?」

デュートが、不安そうな表情を浮かべ、周囲(しゅうい)を見回しながら、アルシェラ達に言った。

「そうだね」

エルトシャンが(うなず)きながら言うと、

「そうはいかんで。 お(じょう)さま方」

不意(ふい)廊下(ろうか)の方から、(なま)りのある女の声がしたので、一同(いちどう)()り返ると、アロイスの命を受けてロナード達を(つか)まえに来た兵士と一緒(いっしょ)(あらわ)れた、『ラン』と名乗った『猫人族(マオぞく)』の女の姿(すがた)があった。

「ユリアスちゃん、みーつけた♥」

そう言いながらランの後ろから、彼女と同じく、アロイスの命を受けてロナード達を(つか)まえに来た兵士と一緒(いっしょ)(あらわ)れ、召喚(しょうかん)した魔物(まもの)を使い、ロナード達を()()()らせたカリンもそう言いながら来る。

面倒臭(めんどうくさ)いのが……」

彼女たちを見て、ロナードは苦々しい表情を浮かべながら(つぶや)いた。


「今度は昨日(きのう)の様には、いかないんだから!」

カリンが、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナード達に言った。

「ラシャ! あの女に召喚術(しょうかんじゅつ)を使わせるな!」

ロナードはとっさに、(そば)に居たラシャに向かって叫ぶ。

「おっと、そうはいかんで!」

ランがそう言うと、持っていた槍を下から上へと、大きく払うと、槍から衝撃(しょうげき)()が繰り出され、真っ直ぐラシャに向かって飛んできた。

小癪(こしゃく)な!」

ラシャはそう言うと、手で()(はら)う様な仕草(しぐさ)をすると、鎌鼬(かまいたち)が起きて、ランが繰り出した衝撃波(しょうげきは)相殺(そうさい)する。

流石(さすが)やなぁ。 烏王(からすおう) けったいな(わざ)使うやんか」

ランは、ラシャにそう言うと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

(ねこ)ごときが、このオレに(かな)うと思うのか?」

ラシャは不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、小馬鹿(ばか)にした様にランを鼻で笑い飛ばす。

「アンタ、何で人間の味方(みかた)してんねん。 弱みでも(にぎ)られとるんか? 烏王(からすおう)

ランが、苦笑(にがわら)いを浮かべつつ、ラシャに問い掛けると、

「オレの意志(いし)だ。 金が(すべ)ての貴様(きさま)(ねこ)一緒(いっしょ)にするな」

ラシャは、冷やかな口調(くちょう)で、ランに言い返した。

「さいでっか」

ランは肩を(すく)めながら、ラシャに言った。

「ロナード。 お前たちはアルシェラ達を連れて、ここから脱出(だっしゅつ)しろ!」

ラシャは表情を険しくして、ランを見据(みす)えつつ、背中(せなか)()しにロナードに向かって叫ぶ。

 ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、思わず反論(はんろん)しようとしたが、背中(せなか)()しにラシャに無言で(にら)まれると、不服(ふふく)そうな表情を浮かべつつも、彼の邪魔(じゃま)になるだけだと判断(はんだん)すると、

「……分った。 無理するなよ」

そう言うと、大人しく引き下がった。

「行こう。 ロナード」

エルトシャンは、ラン達の動きに警戒(けいかい)しつつ、ロナードの背中に手を回し、自分の方へ引き寄せながらそう言った。

 その様子(ようす)を見て、デュートが思わず苦笑(にがわら)いを浮かべ、

「あのロナードにも、頭が上がらない(やつ)が居るんスね」

そう(つぶや)くと、レックスは苦笑(にがわら)いを浮かべ、

「そりゃそうだろ。 昨日、あれだけの事を見てりゃあ、普通(ふつう)に引くぜ。 (さか)らえば、オレの二の(まい)だろうがよ」

「確かに」

デュートも、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「おい! そこのクソガキ共! ボサっとするな! とっとと行け!」

ラシャは背中(せなか)()しに、デュートとレックスにも言った。

「へっ?」

「オレ達も?」

レックスとデュートは、思いがけぬ言葉にキョトンとした表情を浮かべ、(つぶや)いた。

「アンタ達が居ても、邪魔(じゃま)になるだけだよ。 アイツは(からす)(おう)(まか)せときな」

シャーナは落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)って居るデュート達に言った。

「シャーナの言う通りよ。 ここは(わたくし)烏王(からすおう)さまで何とかするわ。 (てき)増援(ぞうえん)が来る前にあなた達は屋敷(やしき)から撤収(てっしゅう)して」

セシアは、腰に下げて居る投げナイフの柄に手を掛けつつ、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、デュートとレックスに向かって言った。

「分かった。 気を付けなよ」

セシアの指示(しじ)素直(すなお)(したが)意思(いし)(しめ)したシャーナとは(ちが)い、

「何も、わざわざ二対二になら無くても……」

デュートが、不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら、セシアに向かって言い返すと、

「そうだぜ。 オレ()の方が頭数(あたまかず)は多いんだ。 相手はたった二人だぜ?」

レックスも、不満(ふまん)そうにセシアに言うと、

半人前(はんにんまえ)のクソガキが、(えら)そうな口を(たた)くな! またオレにブッ飛ばされたいのか!」

ラシャが苛立(いらだ)った様子(ようす)で、背中(せなか)()しにレックスとデュートに向かって怒鳴(どな)る。

 ラシャに怒鳴(どな)られて、デュートとレックスの二人は(そろ)って、さっきの様に吹き飛ばされては(たま)らないと、(あわ)てて、アルシェラ達の下へと駆け出す。

 アルシェラ達と合流(ごうりゅう)し、ロナード達は周囲(しゅうい)警戒(けいかい)しながら、自分たちが侵入(しんにゅう)して来た経路(けいろ)(いそ)いで戻り始めた時……。

 何処(どこ)からかドォーーンと、()()りの様に腹に(ひび)く音がして、建物(たてもの)が大きく()らぎ、ヒビが入ったのか、パラパラと細かく(くだ)けた天井の一部が落ちてきた。

「何や」

それには、ロナード達は勿論(もちろん)、彼と対峙(たいじ)していたランも戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、立ち尽くす。

 そうしている間に(ふたた)び、ドォーーンと腹に(ひび)く様な音がして、建物が大きく()れた。

「な、何が起きてるの?」

カリンも戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、周囲(しゅうい)を見回しながら(つぶや)く。

「大変だ!」

先に経路(けいろ)の様子を見に行っていたセネトが、(あわ)てた様子で(もど)って来て叫ぶ。

投石器(とうせきき)攻撃(こうげき)されてます!」

セネトと共に、先に行っていたメイも、(いき)を切らせながら(もど)ってくると、呼吸(こきゅう)(ととの)えてから、(あせ)りの表情を浮かべ、仲間たちに言った。

ここまで読んでくれて、有難うございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ