ラスター伯爵弟の陰謀
主な登場人物
ロナード…漆黒の髪に紫色の双眸が特徴的な、傭兵業を生業として居た魔術師の青年。 落ち着いた雰囲気の、実年齢よりも大人びて見える美青年。 一七歳。
エルトシャン…オルゲン将軍の甥で、新設された組織『ケルベロス』のリーダー。 愛想が良く、柔和な物腰な好青年。 王国内で指折りの剣の使い手。 二一歳。
アルシェラ…ルオン王国の将軍オルゲンの娘。 カタリナ王女の命を受け、新設される組織に渋々加わっている。 一六歳。
オルゲン…ルオン王国のカタリナ王女の腹心で、『ルオンの双璧』と称される、幾多の戦場で活躍をして来た老将軍。 魔物退治専門の組織『ケルベロス』を、カタリナ王女と共に立ち上げた人物。
セシア…ルオン王国の王女、カタリナの親衛隊の一員で、魔術に長けた女魔術師。 スタイル抜群で、人並み外れた妖艶な美女。
レックス…オルゲン侯爵家に仕えていた騎士見習いの青年。 正義感が強く、喧嘩っ早い所がある。 屋敷の中で一番の剣の使い手と自負している。 一七歳。
カタリナ…ルオン王国の王女。 病床にある父王に代わり、数年前から政を行っているのだが、宰相ベオルフ一派の所為で、思う様に政策が出来ずにおり、王位を脅かされている。 自身は文武に長けた美女。 二二歳。
サムート…クラレス公国に住む、烏族の長の妹サラサに仕える烏族の青年。 ロナードの事を気に掛けている主の為に、ロナードの様子を時折、見に来ている。 人当たりの良い、物腰の柔らかい青年。
デュート…元・トレジャーハンターの少年。 その経験をかわれ、ケルベロスに加わる。 飄々としていて掴みどころのない性格。 一七歳。
メイ…オルゲン侯爵家に仕えていた元・騎士見習いの少女。 レックスとは幼馴染。 自ら志願してケルベロスのメンバーに加わる。 ボウガンの名手。 十七歳。
シャーナ…元・傭兵で槍を得意とする猫人族の女性で、ケルベロスのメンバーの一人。 面倒見の良い、姉御肌。
アロイス…クラレス公国領主の弟。 ロナード達『ケルベロス』に魔物退治の依頼をした人物。
トータス…クラレス公国の領主をしているラスター伯爵家の当主。 酒と女性に目が無く、散財し、堕落した生活を送っており、自分本位の政策ばかりする為、民からの評判もすこぶる悪い。
ベオルフ…ルオン王国の宰相で、カタリナ王女に代わり、自身が王位に就こうと企んでいる。 相当な好き者で、自宅や別荘に、各地から集めた美少年美少女を囲っていると言われている。
ラシャ…クラレス公国に住む烏族の長。 嘗てはクラレス公国の三羽烏の一人として、その手腕を振るっていたが、現代の領主からは煙たがられ、里に追いやられている。
サラサ…サムートの主でラシャの妹。 従姉の息子であるロナードの事を何か時に掛けている。
セネト…エレンツ帝国の出身で、とある理由からロナードを助けに現れた、炎の魔術を得意とする少年。
「どう言う事だ? アイツ等は間違いなく、このマケドニアに到着しているのだろう? 何故、ここへやって来ない?」
茶色の長髪に茶色の双眸、良く日に焼けた赤銅色の肌、ロナードより背は低いが、横幅は倍以上あろうかと言う、ガッチリとした体格の、二十代後半と思われる若い男は、焦りの表情を浮かべながら叫ぶ。
「何か、問題が生じたのかも知れません」
白髪交じりの、壮年の執事が落ち着いた口調で言った。
「問題だと? 依頼主の下に来られない様な問題など、そうそうある訳が無いだろう! いい加減な事を言うな!」
貴族と思われる若い男は、声を荒らげて壮年の執事に言い返すと、乱暴にテーブルの上に置かれていたティセットを片手で薙ぎ払った。
食器が床の上に落ち、それが砕け散る音がリビングに響き渡り、苛立ちを露わにしている主を前にして、部屋の隅に控えていた侍女たちはすっかり怯えている。
「何や。 随分と荒れとるなぁ」
そう言いながら、明るい茶色の髪に、深い緑色の双眸は猫の目の様で、両耳は猫の様な耳、肌の色は褐色、両腕には刺青の様な模様があり、猫の様な長い尻尾が生えた、筋肉質で背の高い、二十代半ばくらいの女性が部屋に入って来た。
「何よ。 まだ朝食の用意すらされてないの? カリンたちを呼び付けておいて、この待遇ってどう言う事よ?」
肩まであるクリーム色の巻き毛、大きな琥珀色の双眸、胸元に大きなリボンの付いた、丈は膝上までのフリルに白のレース付きの、可愛らしいピンクのワンピースに身を包み、頭にも、服とお揃いのリボンを付けた、一五歳くらいの、小柄で可愛らしい女の子が、不愉快さを露わにしながら言う。
「そう言うてやるなて。 昨日の内に来る筈やった連中が来なかったから、荒れとるんや」
猫人族の女性は、苦笑いを浮かべながら、クリーム色の巻き毛の女の子に言う。
「でも、ロナードちゃん達は、この街には来てるんでしょ?」
彼女は、落ち着いた口調で言う。
「その様やけど、夕方まで街の中を散策してたのを最後に、パッタリと行方が分からんくなったらしいで」
猫人族の女性は、淡々とした口調で言うと、肩を竦める。
「折角、ロナードちゃんとペット対決が出来るかと思ったのに、何処に行っちゃったのかしらね?」
クリーム色の巻き毛の女の子は、残念そうな様子で呟く。
「カリン。 ラン。 今から兵士たちに捜索をさせる。 お前たちも一緒に行け」
貴族の若い男は、苛立った様子で二人に言う。
「え~」
クリーム色の巻き毛の女の子は、面倒臭そうに言う。
「ウチは、追加料金をもらえるんなら構へんよ」
猫人族の女は、不敵な笑みを浮かべながら、貴族の若い男に言うと、
「人の足元を見やがって!」
彼は、不愉快そうな表情を浮かべながら言い返す。
「別に、嫌ならええんやよ? ウチは。 見付かるまで、のんびり待たせてもらうさかい」
猫人族の女は肩を竦め、何処か挑発する様な口調で言った。
「チッ」
貴族の若い男は、忌々し気に舌打ちをしてから、
「金ならくれてやるから、早く奴らを連れて来い」
渋々と言った様子で、猫人族の女性に言うと、
「手足無いかも知れへんけど、生きとけばエエよな?」
彼女はニヤリと笑みを浮かべながら、貴族の若い男に問い掛ける。
「誰だかわからない様にはするなよ」
貴族の若い男がそう言うと、
「そんなヘマはせぇへんて」
猫人族の女性はそう言うと、片手をヒラヒラとさせながら、部屋を後にする。
「仕方ないわね。 どうせ暇だし、カリンもペットちゃん達の運動に連れて行って来るわ」
クリーム色の巻き毛の女の子は、軽く溜息を付いてから、『やれやれ』と言った様子で言うと、先に部屋を後にした猫人族の女の後に続く。
「チッ。 神に仕えているくせに、薄汚い拝金者共め」
彼女たちが立ち去った後、貴族の若い男は、不愉快さを露わにし、吐き捨てる様な口調で言った。
「急いで下さい。 アロイスが若様たちを探す為、私兵を街に放ったようです」
サムートが、焦りの表情を浮かべながら、ロナード達に言う。
「おい。 アルシェラ。 聞いているのか」
移動している最中だと言うのに、店の方にばかり気を取られているアルシェラに、サラサが苛立った口調で声を掛ける。
「昨日も散々見てたくせに、何をそんなに買わなきゃいけない物があるんスか」
デュートは、呆れた表情を浮かべながら言う。
「……やっぱり、向こうの色にしとけば良かった」
アルシェラは、店頭に並んでいるワンピースを見て、そう呟いてから、徐に先を行くエルトシャンたちに向かって、
「アタシ、ちょっと昨日買ったのと、違う色と交換して来る」
そう言うと、荷物の中から、この店のロゴが入った紙の箱を手にすると、驚いて振り返ったロナードが制止をする間もなく、アルシェラは店の中へ吸い込まれていった。
「えっ……」
「マジかよ」
彼女の行動を見て、セネトとレックスが戸惑いの表情を浮かべ、思わず呟いた。
「どうするんだい? アレ」
シャーナは、特大の溜息を付いてから、ゲンナリし表情を浮かべ、アルシェラが入って行った店を見ながら、エルトシャンに問い掛ける。
「仕方がない。 僕が残るよ。 皆は先に行って」
エルトシャンは、溜息を付くと、仲間たちに向かって言う。
「それでは、落ち合う場所が分からないでしょうから、私も残ります」
サムートが落ち着いた口調で言ってから、
「申し訳ございませんが、サラサ様。 案内をお願い出来ますでしょうか?」
サラサに向かって言うと、
「分かった。 出来るだけ早く来い」
サラサは頷き返し、落ち着いた口調で返した。
「ったく。 団体行動が出来ない子だねぇ……」
シャーナは、呆れた表情を浮かべ、溜息混じりに呟く。
「先を急ごう。 人を待たせてある」
サラサは、落ち着いた口調でロナード達に言うと、彼らは真剣な面持ちで頷き返した。
街の外れ、森の入り口に差し掛かると、そこに、揃いの黒い外套に身を包んだ男たちが数人、木の根元の側などにしゃがみ、誰かが来るのを待っている様であった。
「待たせたな」
サラサは、その男たちに向かって言うと、彼らは慌てて立ち上がり、片手を胸元に添え、恭しく彼女に首を垂れる。
どうやら、烏族の男たちの様で、瞳の色はそれぞれ違うが、髪の色だけは、黒に近い紺色系統だ。
「姫。 発たれますか?」
烏族の男の一人が、徐にサラサに問い掛ける。
「いや、少し待ってくれ。 サムートと他に二人、遅れて来る。 彼らが来たら発つぞ」
サラサは、落ち着いた口調で男たちに言うと、彼らは頷き返し、
「御意に」
そう答えた。
「暑いのに何で、我が儘な姫様を待たなきゃなんないスか」
日が高くなり、日差しも強くなってきたので、デュートは木陰に行きながら、不満そうにぼやいた。
「その荷物だって、ずっと持って行く気なのかい? 纏めて送ってもらえば良いのに……」
シャーナは、レックスが引っ張って来た、商人たちが使う荷車に、ぎっしりと積まれている、色取り取りの箱を見ながら言う。
荷物の下の方は、マイル王国で列車が襲撃された際に、荷物を置いて来てしまった為、新たに買いなおした、それぞれの着替えなどが入った鞄だが、他は殆ど、アルシェラが行った先々で買った、洋服や装飾品、土産物などだ。
「着てみたいから、持って行くそうよ」
セシアは、はぁ……と溜息を付き、ゲンナリとした表情を浮かべながら言った。
「馬鹿なのかい? いや、馬鹿だったね……」
シャーナは、呆れた表情を浮かべながら言う。
しかし、一時間が経過しても、アルシェラたちは一向に来る気配が無い。
「まさか、落ち合う場所を間違えたって事はないですよね?」
メイは、戸惑いの表情を浮かべながら言う。
「それは無いですよ。 落ち合う場所を決めたのは、サムート自身なんですから」
烏族の男たちの一人が、苦笑いを浮かべながら言った。
「アルシェラが、また何処かに寄り道をしてるだけじゃないスか?」
木陰でしゃがみ込んでいたデュートが、呆れた表情を浮かべながら言う。
「流石にそれは、二人が止めていると思うが」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら言う。
「そうよね……」
セシアも、神妙な面持ちで言う。
「まさか、捕まったとか言わないだろうね?」
シャーナが、焦りの表情を浮かべながら呟く。
「少し、見て来てくれるか?」
サラサは、側に居た烏族のと男たちの一人にそう声を掛ける。
「分かりました」
声を掛けられた、烏族の男は、片手を自分の胸元に添え、そう答えると、背中の翼を広げると、街の方へと飛んで行った。
「何事も無ければ良いが……」
烏族の男の一人が、遠ざかるのを見送りながら、サラサは不安そうに呟いた。
「もう! 急に飛ぶから、荷物を落としちゃったじゃない!」
アルシェラは、自分を小脇に抱えて、空を飛んでいるサムートに向かって、恨めしそうに言う。
「そんな事を仰っている場合ですか! 急いで助けを呼ばないと、エルトシャン様が危ないのですよ!」
サムートは、苛立ちを隠せない様子で、アルシェラに言い返す。
「サムート!」
そこへ、サラサに頼まれて、様子を見に来た烏族の男が、そう言いながら寄って来た。
「良かった。 早く若様に知らせてくれ。 エルトシャン様が……」
そう言っていると、何処からがボウガンの矢が勢い良く飛んで来て、サムートの翼を掠めた。
「居たぞ!」
「逃がすな!」
見れば、馬に乗った、アロイス邸の私兵と思われる、武装した兵士たちがボウガンを手に、口々に叫んでいる。
「追い付いて来たか!」
サムートは、忌々し気に呟く。
「サムート……」
様子を見に来た、烏族の男は、焦りの表情を浮かべながら声を掛ける。
「私は、アルシェラ様を連れて身を隠す。 早く、若様たちにこの事態を伝えてくれ」
サムートは、眼下に居る兵士たちの動きに注意を払いながら、落ち着いた口調で言った。
「わ、分かった。」
様子を見に来た、烏族の男は頷き返すと、大急ぎでロナード達が居る森の方へと向かう。
「戻って来た!」
サムートたちを待っている、ロナード達と共に、街の外れの森の入り口に居た、烏族の男たちの一人が、何やら黒い物がフラフラと此方に向かって飛んでくるのを見て、そう叫んだ。
「飛び方が変だ」
それに気が付いたロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら言っていると、羽を生やした人型のそれに向かって、何かが勢い良く飛んで来て、飛んでいた羽を生やした人型は撃ち落され、グルグルと旋回しながら、勢い良く地面に向かって急降下しはじめた。
「くっ!」
「落とされた!」
それを見て、烏族の男たちは口々に言うと、撃ち落された仲間を助けようと、とっさに背中の翼を広げるが、サラサは二人を片手で制し、
「待て! お前たちまで撃ち落されたいのか!」
強い口調でそう言った。
「し、しかし、姫様……」
「あれでは助かりません!」
烏族の男たちは、戸惑いの表情を浮かべながら、サラサに言う。
烏族の男が撃ち落される様を見て、ロナードは悔しそうな表情を浮かべ、ギュッと拳を強く握りしめる。
「退くぞ」
サラサは、落ち着いた口調で、烏族の男たちと、一緒に居るロナード達に向かって言った。
「えっ……」
「姫様たちは……」
デュートとメイは、戸惑いの表情を浮かべながら、サラサに問い掛ける。
「彼らの事は我々が探す。 今ここで、お前たちが捕まる訳にはいかんだろう」
サラサは、落ち着いた口調で、戸惑っているメイ達に言った。
「そ、それは……」
「そうかも知れないですけど……」
デュートとメイは、複雑な表情を浮かべながら呟く。
「ロナード」
サラサは、撃ち落された烏族の男が、落ちて行った方を見据えたまま、苦々しい表情を浮かべているロナードに声を掛けるが、彼は、その事に気が付いておらず、今にも助けに向かいそうな雰囲気だ。
「ロナードっ!」
その様子に、近くに居たセネトが咄嗟にロナードの腕を掴み、強い口調で怒鳴りつけると、彼は、ハッとした表情を浮かべ、怒鳴りつけて来た彼の方へと目を向ける。
「しっかりしろ! 大局を見誤るな!」
セネトは、ロナードの腕を掴んだまま、強い口調で窘めると、ロナードは、物凄く辛そうな表情を浮かべ、俯く。
セネトの言動に、レックスたちは驚いたが、言っている事は至極真っ当なので、誰も何も言わなかった。
「若様。 ここは危険です! 森を少し抜けた所に開けた場所があります。 そこで我々は烏に変化し、背中に皆様をお乗せして、里まで飛びます」
烏族の男の一人がそう言うと、ロナードの肩に手を回し、森の奥へと促そうとした時、何か黒い塊が勢いよく、彼らに向かって突っ込んできた。
「!」
ロナードはそれに気が付くと、自分の側に居た烏族の男を横へ押し飛ばす様にしながら、自身も一緒に横へ飛ぶ。
黒い大きな塊は、物凄い勢いで、横へ倒れたロナード達の足元を通り過ぎ、そのまま先を歩いていた別の烏族の男を背後から襲い掛かった。
「ぐあああっ!」
肩を思い切り食いつかれ、烏族の男は悲痛な声を上げ、その場に蹲る。
彼の悲痛な声を聞いて、先に行っていたセシアやシャーナ達が驚いて、足を止めて振り返った。
そこには、一体どこから現れたのか、獅子の頭に山羊の胴、ドラゴンの尾を持つ、雄のライオン程の大きさの異形の化け物が、牙を剥き出しにしてロナード達を威嚇している。
それは『キマイラ』と呼ばれる、屈強な魔物である。
「み~つけた♥」
何が起きたのか理解できず、戸惑い、立ち尽くしているレックス達に向かって、何者かがそう言って来た。
肩まであるクリーム色の巻き毛、大きな琥珀色の双眸、胸元に大きなリボンの付いた、丈は膝上までのフリルに白のレース付きの、可愛らしいピンクのワンピースに身を包み、頭にも、服とお揃いのリボンを付けた、手にはピンクの短い、スティック型の鞭を持った、一五歳くらいの、馬に乗った小柄で可愛らしい女の子が、兵士たちを数人連れていた。
「追い付かれた!」
シャーナは表情を険しくし、背中に背負っていた槍を手にし、素早く身構える。
「ううっ……。 若様。 お怪我は?」
ロナード共に、突進して来たキマイラを避けた、烏族の男は、片手を肩に添え、表情を歪めつつも、ゆっくりと身を起こしながら、自分よりも先に身を起こし、立ち上がろうとしていたロナードを見上げながら問い掛ける。
「大丈夫だ」
一緒に横へ転げた所為で、黒い上着は土埃が付いて汚れていたが、当人の言う通り、怪我などはしていない様だ。
「酷いじゃない。 アロイスとの約束をすっぽかすなんて」
肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、ロナード達を見ながら、苦笑いを浮かべながら言った。
ワンピースの両肩には、緑の百合の刺繍がある所を見ると、どうやら、『イシュタル教会』の手の者の様だ。
(あ、アルシェラの仲間?)
(姫と同じ趣味の奴が居た!)
デュートとレックスは、アルシェラと同じく、ロリータファッションの少女を見て、心の中で呟いた。
「教会の狗か……」
ロナードは、少女見据えながら、険しい表情で呟きながら、立ち上がる。
「いやぁん。 そんな怖い顔で睨まないで。 カリンこわ~い」
少女は笑いながら、可愛らしく、身をくねくねしながら言った。
彼女の声の調子などから、もしかすると見た目より、年を食っているかも知れない……少なくとも、アルシェラよりも年上で、自分たちと同じ位……下手をすれば年上も有り得る。
(この女、何かムカつくぞ)
それを見て、レックスは額に青筋を浮かべながら、心の中で呟いた。
この少女、自分が凄く可愛いと思っている様で、これでもかと可愛い子ぶるのが、何故かアルシェラと重なり、とても鬱陶しいく思え、レックスの癪に障った。
「ロナード様!」
「下がって!」
セシアとシャーナがそう言いながら、ロナードの下へと駆け寄る。
「邪魔しないでくれる? カリンが用があるのは、ロナードちゃんだけよ」
肩まであるクリーム色の巻き毛の少女はそう言うと、何やら呟いた途端、整備した街道の煉瓦が捲れ上がり、無数の鋭く尖った破片となり、セシア達に向かって飛んできた。
「セシアさん! シャーナさん!」
それを見て、メイが焦りの表情を浮かべながら叫ぶ。
ロナードは咄嗟に、片手を前に突き出すと、緑色の風の壁がセシア達の前に現れ、飛んで来た無数の煉瓦の破片を防いだ。
「助かったよ」
それを見て、シャーナは苦笑いを浮かべながら言っていると、
「うわあああっ! こっち、来んな!」
デュートが、情けない声を上げる。
見れば、彼の前にキマイラが迫って来ている。
「何やってんだい!」
それを見て、シャーナは苛立った口調で呟くと、舌打ちする。
キマイラを前にして、腰が抜けて動けないデュートの前に、セネトが彼を庇う様に立ち、
「早く、立って走れ!」
背中越しにデュートを怒鳴りつけた後、
「お前の相手は僕だ! このライオン擬き!」
そう叫ぶと、何やら言葉を口ずさみ、片手をキマイラの方へと向けると、その足元から紅蓮の炎が舞い上がり、それには、流石のキマイラも怯み、慌てて後ろに飛び退いた。
「アイツ、魔術師だったのかい」
シャーナは、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「これでも、食らえ!」
セネトはそう言うと、何かをキマイラに向かって投げ付けると、雷を帯びた檻の様なモノが現れ、バリバリバリッという音共に、雷が放出され、閉じ込められていたキマイラが感電し、ガクガクと体を激しく痙攣させている。
「な、なんですか? あれ?」
メイは、戸惑いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛けると、
「魔道具だ。 長く持たない。 逃げるぞ」
表情を険しくしたまま、メイにそう言うと、彼女の手を掴み、サラサたちのいる森の中へと駆け出した。
「早く!」
戸惑っているロナード達に向かって、セネトは背中越しな叫ぶと、彼らは弾かれた様にその場から駆け出した。
「逃がさないんだから!」
肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、忌々し気に言うと、何かを口ずさむ。
すると、彼女の足元に真紅の魔法陣が浮かび上がり、そこから、凶暴そうな化け物が這い出て来た。
現れたのは、血の色をした人間の顔に、ライオンの体にサソリの尾を持ち、目の色は灰色に近い青、大きく開いた口には、三列に並んだ牙が見える魔物……。
その魔物は、ロナードとレックスが『ケルベロス』の採用試験会場であった、ルオン高原の森の中で遭遇した『マンティコア』と呼ばれる魔物であった。
(魔獣使いか。 面倒な)
それを見て、ロナードは忌々し気に心の中で呟くと、足を止め、剣を手に身構える。
「おいおいおい……。 マジかよ」
腰が抜けて立てないでいたデュートの側に駆け付けていたレックスは、それを見て慌てる。
「何や。 こんな所におったんかいな。 見付けたなら教えてくれへんと分からんで。 カリン」
明るい茶色の髪に、深い緑色の双眸は猫の目の様で、両耳は猫の様な耳、肌の色は褐色、両腕には刺青の様な模様があり、猫の様な長い尻尾が生えた、筋肉質で背の高い、槍を手にした二十代半ばくらいの女性が、別の兵士たちを引き連れ、肩まであるクリーム色の巻き毛の少女に言った。
「遅いわよ。 ラン」
カリンと呼ばれた、肩まであるクリーム色の巻き毛の少女は、苛立った口調で言い返す。
「はいはい」
ランと呼ばれた、猫人族の女性は、肩を竦めながら言ってから、
「アンタ等、ボサッとしとらんで、早よう捕まえたらどうなん?」
一緒に居た兵士たちに言うと、彼らはハッとした表情を浮かべ、武器を手に、ジリジリとロナード達に詰め寄る。
「マズイわね……」
セシアは、兵士たちと対峙したまま、苦々しい表情を浮かべながら呟いていると、
「風牙烈風!」
突然、若い男の声が後方からして、ロナード達の背後から何か黒い塊がすっ飛んで、彼等に詰め寄っていた兵士たちの遥か頭上を飛び越え、ドサッと地面の上に落ちた。
「な、なに?」
カリンは戸惑いつつ、自分たちの頭上を越え、何メートルか後ろに落ちた何かへ目を向ける。
そこには、カリンのペット一号である、キマイラと思われる物が、肢体をズタボロに引き裂かれて転がっていた。
「ああ……。 そんな……。 カリンのペットちゃんが……」
変わり果てたキマイラの姿を見て、カリンは愕然とした表情を浮かべ、ヨロヨロと歩み寄ると、その亡骸の前に力なくへたり込んだ。
「躾のなってない、ペットだな」
そう言いながら、ロナードの背後から誰かがやって来る……。
背に烏の羽の様な黒い翼を生やした、黒に近い青紫色の髪、目尻が少し釣上り気味の紫色の双眸、ごく薄い赤銅色の肌、スラリと背が高く、二十代前半くらいと思われる、精悍な顔立ちの人物で、何となくだが、ロナードと雰囲気が似ている青年……。
「ラシャ……」
その青年を見るなり、ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「随分と、同胞が世話になったようだな? さて、どう返してくれようか」
ラシャは、額に青筋を浮かべながら、ドスの利いた声で、ランと、彼女と一緒に居るアロイス邸の私兵たちに言うと、不敵な笑みを浮かべる。
ランと、彼女と一緒に居るアロイス邸の私兵たちは、ラシャに圧倒され、思わずたじろいだ。
ラシャは、何やら聞き慣れない言葉を口にすると、あっという間に、その身を巨大な烏に変え、ブンと思い切り風を切る音共に両翼を、カリンたちの方へ向かって羽ばたかせると、もの凄い風圧により、彼女たちはあっという間に、数メートル後ろに吹き飛ばされた。
それと同時に、ラシャの背後に居たロナード達も一緒に、後ろに吹き飛ばされる。
(見境なしか!)
風圧で後ろにスッ扱けつつも、更に吹き飛ばされる事がないよう、地面に張り付くようにして、必死に耐えながら、ロナードは後を徐に振り返ると、仲間たちが吹っ飛ばされ、木の幹などに体をぶつけ、うめき声をあげて倒れているのを見て、心の中で呟く。
ラシャは、自分の里の者が傷つけられた事に怒り、周りが見えていない様だ。
「ラシャ!」
ロナードは、風が止んだと同時に急いで立ち上がり、すっかり頭に血が上っているラシャに向かって叫ぶ。
だが、ロナードの叫び声も虚しく、ラシャは数メートル向こうへすっ飛んだ、カリンたちに容赦なく襲い掛かり、幾つもの悲鳴が上がる。
(止めないと! 街にも被害が!)
ロナードは、焦りの表情を浮かべ、ラシャの下へと駆け出した。
「ロナード様!」
「若様!」
それに気付いた、セシアと烏族の男が叫ぶ。
「烏王の奴、頭に血が上ってしまってる!」
とっさに、木の裏側に身を隠し、吹き飛ばされずに済んだセネトはそう言って立ち上がると、慌ててロナードの後を追いかけた。
「ラシャ! ラシャっ! もう良い! 止めてくれ! このままでは街に被害が!」
ロナードは、ラシャの下に駆け寄ると、ありったけの声を張り上げて叫ぶ。
「ロナードっ! 横っ!」
遅れて駆けつけて来ていたセネトが、何かに気が付き、ロナードに向かって叫ぶ。
セネトの叫び声を聞いて、ロナードは気配がした方へ振り返り、とっさに持っていた剣で、マンティコアが勢い良く振り下ろした爪を受け止めた。
しかし、後ろの二本足で立てば、ロナードと背丈が変わらず、体格は雄ライオンより大きいので、ロナードは力負けして、徐々に後ろに押し倒されそうになる。
「このっ!」
ロナードは咄嗟に、背中に隠し持っていたショートソードを左手で引き抜き、思い切りマンティコアの首に突き立て、その腹を力一杯に蹴飛ばした。
ロナードに蹴飛ばされ、後ろに転げたマンティコアだったが、直ぐにムクッと立ち上がり、激しく首を振ると、ロナードが突き刺したショートソードが外れ飛び、地面の上に音を立てて転がった。
(浅かったか……)
それを見て、ロナードは苦々しい表情を浮かべながら呟く。
「ロナード!」
ロナードと対峙するマンティコアに向かって、魔術で繰り出した火の玉を何発か見舞いながら、セネトが駆け付け、
「大丈夫か?」
心配そうに声を掛ける。
「ああ……」
ロナードは、剣を手にしたまま、マンティコアの動きに注意しつつ、返事をした。
(早くコイツをどうにかして、ラシャを止めないと……)
ロナードは、目の前に立ち塞がるマンティコアを忌々し気に見据えつつ、心の中で呟いていると、急に黒い大きな影が、彼等とマンティコアの頭上を覆ったと思った瞬間、巨大な黒い嘴が、マンティコアの頭に食らい付くと、そのまま、ブチッと頭を力任せに捩じり切り、胴体と別々にしてしまった。
頭と胴を別々にされたマンティコアは、そのままゴトッと地面の上に倒れた。
「――っ……」
目の前の凄惨な光景に、セネトは思わずサーッと顔から血の気が引き、目の前が真っ白になり、そのまま失神してしまったので、側に居たロナードは慌てて抱き止めた。
(グロ過ぎだろ!)
マンティコアの頭を捩じ切られる様を見て、ロナードもあまりの光景に吐き気を覚え、顔を青くして、口元を片手で覆いながら、心の中で呟いた。
「セネト!」
「ロナード様っ!」
シャーナとセシアが、慌てて二人の下に駆け寄ってきた。
「真っ青だけど、大丈夫かい?」
ロナードが、真っ青な顔をして、失神したセネトを抱き抱えたまま、片手で自分の口元を覆っているので、シャーナは思わず問い掛けると、彼は青ざめたまま、コクコクと頷き返した。
そして、幾分か落ち着くとロナードは改めて周囲を見回す。
街道に並んでいた木々は薙ぎ倒され、美しく煉瓦を敷き詰め舗装された道は、馬車が走れない程に滅茶苦茶になり、近くにあった乗合馬車の待合所の小屋は木っ端微塵に吹き飛んでいる。
(やり過ぎた。 ラシャ……)
ロナードは、暴れまわったラシャに対し、ゲンナリとした表情を浮かべながら呟いた。
ラシャは昔から、頭に血が上ると、周りが見えなくなり、敵と見做した者に対しては、情け容赦がない。
そんな事をロナードが思って居ると、向こうから、背中に羽を生やした背の高い男が、大事そうに何かを抱えてやって来るのが見えた。
それは、全身黒ずくめの、背中に羽を生やした若い男で、既に絶命している様で、抱えていた烏王ラシャは、とても悲しそうな表情を浮かべていた。
「兄様!」
そう叫ぶサラサと共に、傷の手当てを済ませた烏族の男と、無傷のもう一人の烏族の男が、慌ててラシャの下に駆け寄った。
「済まん。 手遅れだった」
ラシャは、沈痛な表情を浮かべ、駆け付けた三人に言った。
「兄様……」
サラサは、沈痛な表情を浮かべながら、ラシャを見ている。
その様子を、ロナードやシャーナ達も、沈痛な表情を浮かべて見ている。
「この者は里に連れ帰り、手厚く葬ります」
無傷の烏族の男は、悲しみに満ちた表情を浮かべつつ、涙を堪え、声を震わせながらラシャに言った。
「頼む」
ラシャは、沈痛な表情を浮かべたまま、静かにそう言うと、絶命した仲間の遺体を、烏族の男に引き渡した。
「ラシャ。 追手たちは……」
ロナードはおずおずと、自分たちを捕えに来た、カリンたちの事を尋ねる。
「兵士たちは全員始末したが、猫女とワンピースを着た娘は、取り逃がした」
ラシャは、淡々とした口調で答えた。
「あ~。 殺しちゃったのかい……」
シャーナは、ボリボリと頭を掻きながら、困った様な表情を浮かべ、呟いた。
「何か、問題でもあったのか?」
ラシャは小首を傾げ、ロナード達に問い掛ける。
「サムートと、ロナードの連れが二人、アロイスに捕まったかも知れません……」
サラサが、苦々しい表情を浮かべ、ラシャに理由を説明すると、
「何だと?」
ラシャは、困惑した表情を浮かべ、思わず声を上げた。
「そもそも、ウチの馬鹿姫様が店なんかに寄らなきゃ、アロイスの兵士たちがアタシ等に追い付いて来る事も、そいつが死ぬことも無かったんだ」
シャーナは、苦々しい表情を浮かべ、ラシャに言う。
「チッ」
ラシャは、忌々し気な表情を浮かべ、思わず舌打ちをする。
「隠れ家を突き止められる危険がある。 街に戻るのは止めた方が良い。 予定通り、一旦、里へ行こう」
サラサは、落ち着いた口調で、シャーナ達に言うと、
「そうですわね。 このまま、ここの街に留まるのは危険ですわ」
セシアは、真剣な表情を浮かべ、同意を示す。
「だね」
シャーナも、真剣な面持ちで言うと、ロナードも頷き返した。
逃げる事に失敗したアルシェラは、一緒にいたサムート、そしてエルトシャンと共にラスター伯の私兵たちに囚われ、アロイスの兄、トータス・フォン・ラスター伯爵の屋敷にある、地下牢に幽閉されていた。
「何でアタシが、こんな目に遭わなきゃならないのよぉ!」
アルシェラはそう叫ぶと、すっかり冷めた不味いスープが入っていた、木で出来た器を思いっ切り蹴飛ばす。
肌寒くて薄暗く、湿っぽく、カビ臭い地下牢に閉じ込められ、既に半日が経過していた。
「元はと言えば、君の所為でしょ!」
捕らえられる際、抵抗した所為で、兵士に思い切り顔を殴られたのか、顔に痣があり、唇が切れ、髪もボサボサのエルトシャンが、如何にも寝心地が悪そうな、粗悪なベッドの上に腰を下ろしたまま、恨めしそうに言い返す。
「若様たちは、無事に逃げられたのでしょうか……」
エルトシャンとは反対側の壁際にある、ベッドの上に腰を下ろしているサムートは、心配そうな表情を浮かべながら呟く。
「それより、寒くない?」
アルシェラは身を震わせながら、エルトシャンに問い掛ける。
クラレス公国は、ランティアナ大陸の中央に位置し、夏は暑いが、ルオンの様に海からの湿気が無く、カラッとしていて比較的過ごし易く、朝晩は、ランティアナ大山脈から吹き降りてくる冷たい空気が入り込む所為で冷える。
加えて、カビ臭い毛布以外、何の暖房設備も無い、無機質で冷たい石の床が剥き出しの地下牢では、その寒さも一層身に染みる。
「大体、アタシたちが、何をしたって言うのよぉ?」
アルシェラは、苛立った口調で叫ぶ。
すると、複数の足音が、こちらへ近付いて来るのに気付き、アルシェラ達の顔に緊張が走る。
「面会者だ」
アルシェラ達の前に現れた兵士は、淡々とした口調で、彼女たちに告げた。
「え?」
咄嗟に立ち上がり、身構えていたエルトシャンは、キョトンとした表情を浮かべ、呟く。
「面会者とは、何方の事でしょうか……」
サムートも、戸惑いの表情を浮かべ言って居ると、白い外套を身に付け、白いローブを着た人物が静かに歩み寄って来た。
(誰だ?)
相手を見るなり、エルトシャンは心の中で呟く。
「ああ……。 アリシア様」
その人物は、アルシェラの姿を見るなり、そう言って来た。
深々とフードを被って居る所為で、顔が見えないのだが、声色からして女性の様だ。
「えっ……」
アルシェラは、戸惑いの表情を浮かべ、目の前に立つ白いローブを着た人物を見る。
「私です。 オリヴィアです。 お忘れですか?」
その人物はそう言いながら、被っていたフードを両手で静かに払った。
長い白銀の髪に深い緑色の双眸、歳は五十歳くらいだろうか、今は、顔に深い皺が入っているが、若かった頃は、さぞ美人であったであろうと思われる、整った顔立ちをした、上品な物腰の細身で小柄な女性……。
彼女の顔を見た瞬間、アルシェラは表情を強張らせる。
この女性は以前、黒いローブを着た怪しげな男たちと、この街で何かの儀式をし、青い炎を纏った狼の巨大な頭を呼び出した際、それと言葉を交わしていた女性だ。
「あ……」
アルシェラは、顔を青くして、たじろぐと、思わず、二、三歩ほど後ろに下がった。
その反応を見て、エルトシャンとサムートは戸惑う。
(あれは……。 夢なんかじゃ無かったって事?)
アルシェラは、恐怖に小刻みに身を震わせながら、青い顔をしたまま、心の中で呟いた。
「貴女は一体……」
アルシェラの様子を見て、エルトシャンは警戒し、鉄格子の向こう側に立つオリヴィアと名乗った女性に問い掛ける。
「私は、イシュタル教会の神官で、アリシア様の身の回りのお世話をしていた者です」
オリヴィアは静かに、自分の素性をアルシェラ達に明かす。
「どう言う事です? 教会の方が、オルゲン家に雇われていたのは、可笑しくないですか?」
サムートは思い切り眉を顰め、オリヴィアに言うと、
「そうでは無く、アリシア様は元々イシュタル教会の方です。 シスターの修行の一環として、私共と共に各地の支部を巡礼していました。 ですが、立ち寄ったこのマケドニアで『血の粛清』の騒動に巻き込まれ、アリシア様は行方不明になってしまわれたのです」
彼女は真剣な面持ちで事情をエルトシャン達に説明すると、彼等は一様に戸惑いの表情を浮かべ、互いの顔を見合わせる。
「確かにアルは、このマケドニアで伯父上に保護され、記憶をなくし、身寄りも無い事から、不憫に思って養女にしたと聞いているけれど……」
エルトシャンは、戸惑いの表情を浮かべながら言う。
「『血の粛清』は、本当に地獄さながらに凄惨を極め、見るに堪えないものでした。 まだ幼かったアリシア様には、あまりに惨たらしい光景でしたのでしょう。 そのショックで記憶が飛んでしまったのかも知れません……。 それ程、酷い物でしたから……」
オリヴィアは沈痛な表情を浮かべ、重々しい口調で語った。
(確かに。 生き残りであるロナードも、その時の事が未だにトラウマになっている……)
エルトシャンは、複雑な表情を浮かべながら、心の中で呟いた。
「私共はずっと、行方知れずのアリシア様を探しておりました。 ひょんな事から、神殿に来られていたラスター伯爵様から、貴方様の特徴を聞いて、よもやと思い、駆け付けた次第です」
オリヴィアは、ここに訪れた経緯を簡潔に語った。
「つまり、貴女はアルを教会に連れ戻す為に、訪ねて来た……と言う事だよね?」
エルトシャンは、真剣な面持ちと、何処か警戒した表情を浮かべながら、オリヴィアに問い掛ける。
「ええ……。 ですが、記憶が無いとなると、それも難しそうですね……」
オリヴィアは、困り果てた様子で言い返す。
「いきなり現れて、そんな勝手な事をされては、此方も困るよ」
エルトシャンは、真剣な表情を浮かべながら、オリヴィアに言う。
「其方の言い分も分かります。 ですが、アリシア様の実のご家族は長い間、アリシア様の身を案じていらっしゃいました。 ご息女と一刻も早く会いたいと言うのが、親心では無いでしょうか。 私も早く、ご家族に会わせて差し上げたいと思っております」
オリヴィアは、沈痛な表情浮かべ、悲しそうに言うと、エルトシャンは困った表情を浮かべ、返す言葉を失う。
オリヴィアの言い分は尤もだ。
エルトシャンには、子供こそ居ないが、長く行方が分からなかった人と、早く会いたいと思う気持ちは、何となくだが理解出来る。
「凄く、難しい問題ですね……」
サムートは思い切り顔を顰め、両腕を胸の前に組み、呟く。
「そうだね。 伯父上もアルの事を我が子同然に育てて来ているし……。 でも、本当のご家族の事を思うと……」
エルトシャンも複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で言った。
「ですが、いきなり、この人に付いて行かれても困ります。 オルゲン将軍に何と申し上げれば宜しいのか……」
サムートは、戸惑いの表情を浮かべ、エルトシャンに言うと、
「それは、僕も同じ気持ちだよ」
ゲンナリした表情を浮かべ、答えた。
「そうですね。 記憶の無いアリシア様を連れ戻しても、アリシア様を困らせるだけでしょうし、養父の方の気持ちも無下には出来ません。 今回は、連れ戻す事は断念します」
オリヴィアは特大の溜息を付いた後、残念そうに言った。
「探してた君たちには悪いけど、それが最善だと僕も思うよ」
エルトシャンは、複雑な表情を浮かべながら、オリヴィアに言い返した。
「アリシア様。 この事はルオンへ戻られたら、養父様と良く話し合われて下さい。 ですが、本当のご家族は、貴女様の事を心から心配し、会える時を心待ちにしていると言う事を、どうか忘れないで下さい」
オリヴィアは真剣な面持ちで、アルシェラに向かって言うと、
「あ、うん……」
アルシェラは、戸惑いながらも頷き、返事をする。
「もしも、本当のご家族に会いたくなった時は、教会の支部にお越し下さい。 貴方様の事は、話を通しておきますから」
オリヴィアは、真剣な面持ちで言うと、アルシェラは戸惑いながらも、頷き返した。
「あと、これは亡くなられた、貴女の母君から預かっていた物です」
オリヴィアはそう言うと、徐に懐から古びた指輪を取り出し、アルシェラの片手を掴み、彼女の掌の上にそっと乗せた。
「『亡くなられた』って……。 アタシの本当のお母さんは、もう居ないの?」
アルシェラは、戸惑いの表情を浮かべ、オリヴィアに問い掛ける。
「貴女を生んで直ぐに、体調を崩されて亡くなられました。 ですから、私が貴方の母親代わりとして、貴女のお世話をして来たのです」
オリヴィアは、沈痛な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「そうだったんだ……。 なのにアタシ、貴女の事を忘れちゃってるなんて……」
アルシェラは沈痛な表情を浮かべ、オリヴィアに言い返す。
「……時間が経てば、思い出す事もあると聞きます。 それを信じて、私共は貴女の帰りをお待ちしております。 アリシア様」
オリヴィアは、穏やかな笑みを浮かべて、優しくアルシェラに言うと、彼女の両手を優しく、自分の掌で包み込んだ。
「偵察の烏たちから集めた情報では、どうやら三人は兄のラスター伯爵の屋敷に連れて行かれた様だ」
部下たちから報告を受け、部屋に戻って来たサラサは、落ち着いた口調でロナード達に言った。
「マジか! 早く助け出さねぇと!」
レックスは焦りの色を浮かべ、ロナード達に向かって言った。
「落ち着け。 お前の様なガキが粋がって、考え無しにラスターの所へ乗り込んで何になる?」
ラシャは、落ち着き払った口調で、レックスに言うと、
「烏王の言う通りよ。 何の策も無しに敵の懐に飛び込むのは、無謀以外の何物でも無いわ」
セシアも、落ち着き払った口調で、焦って居るレックスに言った。
「それに、クラレスとルオンの諸侯等の目もある。 表立って、君たちがラスター伯と争うのもどうかと思うぞ」
セネトは、複雑な表情を浮かべ呟く。
「上手い事、屋敷に忍び込んで、アルシェラたちを助け出せれば、良いスよねぇ……」
デュートが、両腕を胸の前に組み、神妙な面持ちで呟くと、それを聞いたロナードが、
「ラシャ。 この街の地図は、手に入れる事は出来ないか? 出来れば『血の粛清』の前後、二種類欲しいんだが」
彼は、何か思い付いたらしく、真剣な面持ちでラシャに向かって言うと、
「ある。 直ぐに用意させよう」
ラシャはそう言うと、妹のサラサの方を見ると、彼女は黙って頷く。
「地図なんて、呑気に見てる場合かよ!」
レックスが不満そうに、口を尖らせてロナードに言うと、
「いや、僕達は地の利の無い。 地図でこの街がどうなっているか、知っておく事も大切な事だ」
セネトが落ち着き払った口調で、レックスに言った。
「けどロナードは、マケドニアの出身スよね? 地図が無いと分らない程、この街は、複雑な作りなんスか?」
デュートが、不思議そうにロナードに訊ねると、
「『血の粛清』で街の大半は焼け落ち、街並みも変わってしまった。 ラシャたちは兎も角、俺は事件後にマケドニアへ戻るのは、今回が始めてだ」
ロナードが、淡々とした口調で答えると、それを聞いたデューとは返す言葉を失った。
ロナードが、『血の粛清』を生き残ったにも関わらず、これまで一度も、故郷へ戻らなかった辺り、彼の心の傷が如何に深いかをデュートは感じ取った。
当時、幼い子供だったロナードには、きっと悪夢以外の何物でも無かったであろう。
暫くして、地図を持った部下たちを引き連れ、サラサが戻って来た。
彼等から、新旧二つのマケドニアの街の地図を受け取ったロナードは早速、テーブルの上に二つの地図を並べて広げる。
「うひゃあ。 これはチェス盤の目の様な造りですね。 これは、分からないのも無理ないです」
地図を一目見て、メイはそう言った。
彼女の言う通り、四方を城壁に囲まれた街は、碁盤の目の状に道が走っており、街は、その道を沿って作られている事が、地図を見れば一目でわかる。
「ラシャ。 現在のラスター伯の屋敷は何処だ?」
すっかり様変わりしてしまった、今のマケドニアの街の事は分らないので、ラシャに訊ねる。
「腹立たしい限りだが、今のラスター伯の屋敷は、ノヴァハルト大公の屋敷を修復して使っている」
ラシャは、面白く無さそうな口調で言うと、ロナードは俄かに表情を険しくする。
「『血の粛清』の後、何年かは手付かずだったんだが、統治権を父親から受け継いだ息子のトータスが、民の反対を押し切り、自らの権威を示す為に、自分の屋敷にすると言って修復したんだ」
サラサが、不愉快さを顕わにして言うと、
「小さい頃から、威張り散らす事しか能の無いアホだからな。 その様な真似をすれば、レヴァールを慕っているマケドニア市民の感情を逆撫でする様なものだと言うのが、分からんのだろう」
ラシャが冷ややかな口調で言うと、サラサも無言で何度も頷いている。
「トータスは、真っ当な政策はせず、金と権力に物を言わせて、好き放題しているらしいわ。 クラレスの民からは頗る評判が悪いのは確かよ。 しかも、人身売買も黙認している話もあるわ」
セシアは、嫌悪に満ちた表情を浮かべ、自分が集めた情報を元に語る。
「じ、人身売買? マジかよ……」
セシアの話を聞いて、レックスは戸惑いの表情を浮かべ、呟く。
「それが事実だとしたら、本当にどうしようもないカスだね。」
シャーナは、不愉快さを顕わにして呟いた。
「それで、地図なんて持ち出して、どーするんスか?」
デュートは、戸惑いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛ける。
「この辺りに、屋敷の庭にある枯れ井戸へ通じる抜け道があった筈だ。 尤も、塞がれて無ければの話だが……」
ロナードが、古い街並みが描かれた地図に書かれた、ノヴァハルト大公屋敷の裏手辺りを指差しながら言うと、それを聞いた一同は、揃って驚きの表情を浮かべる。
「マジかよ?」
レックスが戸惑いながら、ロナードに言った。
「ああ。 兄と遊んでいた時に何度かそこへ出た事がある。 調子に乗って出入りしていたら、巡回の兵士に見付かり、こっ酷く叱られたが」
ロナードは、苦笑いを浮かべながら、レックスに答えた。
彼には兄が居て、家族が居て、この街で他の者たち同じ様に、普通に暮らしていたのだ。
なのに『血の粛清』で、家族や住む場所を一瞬で奪われ、幼いロナードは一人、焼き出されたのだと思うと、レックスやメイの心境はとても複雑であった。
家族を失い、住む場所を失い、街に住む多く人をも虐殺された所為で恐らく、近くに頼る事の出来る大人も居なかったであろう。
幼い子供が一人生きて行く為には、彼の想像を絶する苦労が、あったに違いない。
自尊心の強いロナードは、そんな境遇で育った自分に対し、同情される事を物凄く嫌う節があるが、彼の境遇にレックスやメイは同情せずにはいられなかった。
セシアやシャーナたちの話を何度か聞くうちに、傭兵と言う稼業が如何に厳しい世界であるか、少しずつだが、レックスやメイも理解出来る様になってきた。
そんな血も涙も無い、生きる為に恐ろしくシビアな世界に、幼くして身を投じる事を余儀なくされ、汚い大人の世界を目の当たりにしてきたロナードが、色んな葛藤を抱えながら生きてきたであろう事は、容易に想像する事が出来た。
「確かにそれを使えば、相手に気付かれず、侵入する事が出来るスね」
デュートは、嬉々とした表情を浮かべ言った。
「試してみる価値は、ありそうだ」
セネトも、真剣な面持ちで言うと、
「ふむ。 オレも一緒に乗り込んで、あの豚野郎に一撃見舞って来るか……」
ラシャが、ポツリとそう呟くと、それを聞いて、ロナードがギョッとした表情を浮かべ、思わず彼を見る。
「何だ?」
ロナードの反応に、ラシャはムッとした表情を浮かべながら問い掛ける。
「い、いや……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべつつも、そう言うと慌てて視線を逸らした。
(ラシャが乗り込んだら、屋敷が瓦礫の山と化すぞ)
ロナードは、心の中でそう呟くが、怖くてそれを声に出す事は出来なかった。
「そりゃ、頼もしいねぇ」
シャーナが嬉々とした表情を浮かべながら言う。
(止めろよ! ラシャが暴れてどうなったか、もう忘れたのか!)
ロナードは、泣きたい気持ちになり、心の中で叫んだ。
「お前たちだけでは、心許ないからな」
ロナードの気持ちに反し、やる気満々の様子でラシャは言う。
(駄目だ……。 行く気満々だ……)
ロナードは、心の中で呟くと、物凄くゲッソリした顔をして、両手で頭を抱え、その場に蹲った。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
ロナードの様子を見て、ラシャがキョトンとした表情を浮かべ、問い掛ける。
「……心臓が痛い……」
ロナードは蹲ったまま、ボソリと言った。
「大丈夫か?」
その様子に、セネトが焦りの表情を浮かべ、身を屈め、ロナードの背中に手を添えながら声を掛ける。
「あまり……大丈夫じゃない」
ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべ、セネトに体を支えられ、ちょっとフラ付きながらも立ち上がると、力のない声で返した。
「便所なら、廊下を出て左だぞ」
ラシャが、真顔でロナードに言う。
「違う!」
ロナードはイラッとして、強い口調で言い返す。
「なんだ。 元気じゃないか」
ラシャは、ロナードの反応を見て、拍子抜けした様子で呟く。
(はあ……。 自覚が無いって怖いな。 さっき、あんなのを見せられて、不安にならない方が可笑しいだろ。 僕ももう、あんなグロイのは御免被る)
表情を歪め、頻りに胸の辺りを押さえているロナードを見て、セネトは彼の心中を察し、心の中で呟くと、思わずラシャを見る。
その後、ロナードたちは夜陰に紛れ、ラスター伯爵の屋敷に侵入する為、敷地内にある枯れ井戸へと続く、隠し通路を街の中で捜索していた。
『血の粛清』の際に、大火に見舞われたマケドニアの街は、殆どの建物が焼失し、すっかり様子が変わっていたが、ラスター伯の弟、アロイスからの追っ手に注意しつつ、地図を片手に目的の場所に到着しようとしていた。
そこは、貴族たちの邸宅が立ち並ぶ閑静な住宅地で、繁華街とは違い、日が暮れてから、この辺りを出歩く者は殆ど居ない。
「本当に……すっかり変わってしまったな……」
ロナードは、複雑な表情を浮かべながら、呟いた。
「ところで、ロナードって、どの辺に住んでたスか?」
デュートが何気なく、興味本位でロナードに訊ねる。
「どの辺も何も……」
ロナードが、返答に窮して居ると、何故かセシアが、
「こうも街の様子が変わってしまっては、何処だとも言えないでしょ」
淡々とした口調で、デュートに言い返した。
「それだけ、ルオン軍の『血の粛清』が酷かったって事スかぁ」
デュートは複雑な表情を浮かべ、そんな惨劇があったとは微塵も感じさせぬ程、綺麗に整備された街を見回しながら、呟いた。
「昔の地図だと、お前の言う場所は、この辺りになるが……」
ラシャが、古いマケドニアの街の地図と、新しいマケドニアの街の地図を見比べながら、ロナードに向かって言った。
「なーんもねぇぜ?」
レックスは、辺りを見回しながら、ロナードにそう言った。
彼の言う通り、ただ綺麗に舗装された煉瓦で出来た道が延々と続いているだけだ。
ロナードは暫く、注意深く周囲を見回した後、何を思ったか、煉瓦で舗装された道の上を、地団駄でも踏む様に、バンバンと乱暴に何度も踏み付け始めたので、
「な、何やってんスか?。 ロナード」
突然キレたのかと思い、デュートが戸惑いながら、ロナードに問い掛ける。
シャーナやセシアも、戸惑いの表情を浮かべ、互いの顔を見合わせて居る。
「もしかしたら、この下にあるんじゃないかと思って。 もし、中が空洞だったら、周囲と音が違うんじゃないだろうか」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かつつべも、自分に声を掛けて来たデュートそう言いながら、地面を踏み付ける。
「成程。 確かに、その可能性はある」
セネトはそう言うと、ロナードの真似をして、煉瓦で舗装された道を確認し始めた。
そうして、皆で、地図で記された辺りを手分けして探り始めた。
暫くして……。
「ねぇ、ここだけ、何か音が違わない?」
メイがそうレックスに声を掛けると、自分の足元を足音が立つ様に、乱暴に踏み付けてみせる。
彼女が言う通り、確かに、何か下に空洞が有りそうな音が返って来た。
「掘ってみるスか?」
デュートが言うと、ロナードがしゃがみ込み、徐に煉瓦を触れてみると、
「動くぞ」
そう言うと、思いの外簡単に煉瓦が外れてしまった。
それを見て、レックスたちも手分けをして、動きそうな煉瓦を片っ端から退けていくと、下から、古びた分厚い木の扉が現れた。
「おお~。 すげぇ! それらしいのがあったぞ!」
それを見て、レックスは感嘆の声を上げる。
「……アンタの記憶力ヤバイね……」
シャーナも感心した様子で、ロナードに言うと、彼は苦笑いを浮かべる。
「開けるぞ」
ロナードが、そう言って木の扉に手を掛け、それを開けようとするのだが、樫の木で出来ているのか、重厚な造りで、しかも古びているので建てつけが悪く、彼一人の力ではびくともしない。
それを見て、レックスとデュートが加勢に加わるが、それでも、微かに動くだけなので、ラシャも加わり、四人掛かりで力一杯に引き上げると、やっと重い木の扉は開いた。
「ひ~っ。 マジで重かったぜ。 これ」
扉が開き、レックスはその場に座り込みながら呟いた。
ラシャが中をカンテラで照らしてみると、下へと続く石の階段があるが、どれだけ深いのか、先は真っ暗で、ただ、冷たい風が吹き上がって来るだけだ。
「……何処まで続いているか分らんが、行ってみるか」
ラシャが、メンバー達に向かって言うと、彼等は揃って頷いた。
ロナード達は、カンテラの明かりを頼りに、何処まで続いているか分らない、暗闇へと続く階段を慎重に降りて行くと、やがて階段が終わり、長い通路が延々と続き、その先は真っ暗で、地下と言う事もあり、冷たく埃っぽく、長年、開けられていなかった所為か、カビ臭かった。
何時の時代に作られたかは分らないが、左右の壁は、岩を長方形に切り出し、それを組んでいっただけの様だが、思いの外、頑丈に出来ているようだった。
床は、土がむき出しで、カビ臭く湿っぽいのは、この所為だろう。
大人の男が三人横に並んで歩ける程の広さがあり、高さも背の高いロナードやラシャ達が、余裕で通れる程の高さがあった。
何処か別の入り口に通じているのか、時折、音を立て、風が吹き抜けて行く。
「うわっ! 冷てぇ!」
一番最後を行っていたレックスが不意に声を上げるので、一同は驚いて振り返る。
「わりぃ。 天井から水が落ちて来た」
レックスは、首元を手で押さえながら、苦笑いを浮かべ、ロナード達に言うと、彼等は呆れた顔をする。
「もう! そんな事で、一々大声を出さないでよ! ビックリするでしょ!」
実は、結構怖がりなメイが、焦りの表情を浮かべ、強い口調でレックスに言う。
その隣で、セネトが恐怖に顔を引きつらせ、前を歩いていたロナードの腕にしがみ付いていた。
暫くして、先頭を行くラシャが何かを発見したらしく、足を止める。
「な、何? 何かあったスか?」
デュートが、妙にオドオドした様子でラシャに問い掛けると、カンテラは、壁に凭れ掛る様に、蹲っている骸を照らし出した。
「ひっ!」
それを見て、メイが情けない声を上げ、後ろから来ていたレックスに抱き付き、そのレックスも表情を引き攣らせる。
その骸は、騎士が着る、ボロボロのサーコートを着ていて、完全に白骨化し、剥き出しになっている肋骨などには、蜘蛛が何重にも巣を作っており、近くに転がっていた剣は錆つき、盾もボロボロで、この場で果てて、もう何年と経っている様だった。
「この衣は……」
骸骨が着ているサーコートを見て、ロナードは徐に呟く。
「ちょ、ちょっ……。 それに近づくのは勘弁してくれ……」
驚いてロナードの腕にしがみ付いていたセネトが、顔を引きつらせながら、言う。
色褪せてはいるが、コバルトブルーのサーコートで、胸元には、翼を持つ竜が正面を向き、剣と槍を手に、胸の前に交差させた姿の紋章があった。
「……ノヴァハルト大公家の家紋だな。」
それを見て、ラシャが呟いた。
骸骨は、背中から数本の弓矢が、肋骨に引っ掛かる様に突き抜けており、恐らくは、『血の粛清』の際に、背中から矢を射かけられ負傷し、命からがらこの地下道へ逃げ込み、そのまま絶命してしまったノヴァハルト大公家の兵士であろう。
ロナードは沈痛な表情を浮かべ、ギュッと唇を噛むと、両手に拳を作り、微かに肩を震わせ、俯いて居た。
もしかしたら、当時の事を思い出して、泣いているのかも知れない……。
側に居たセネトが沈痛な表情を浮かべ、無言でそっと、小刻みに震えている彼の肩に手を乗せた。
「……今は感情に浸ってる場合では無いだろう。 取り返しのつかなくなる前に、アルシェラ達を救い出すぞ」
ラシャが淡々とした口調で、ロナードに言った。
「そ、そうだな」
ロナードはそう言うと、手の甲で、目元を拭う様な仕草をする。
「大丈夫か? ロナード」
セネトは心配そうな表情を浮かべ、沈痛な表情を浮かべているロナードに声を掛ける。
「大丈夫だ。 行こう」
ロナードはそう言うと、顔を上げると、何時もの様にキリッと引き締まった表情になる。
レックスは、その様子を複雑な思いで見ていた。
彼は、物心つく前に父を失って以降、騎士見習いではあったが、幸いな事に、身近な者の『死』と言うものに、直面した事が無い。
だがロナードは、『血の粛清』の時も、傭兵時代にもきっと、沢山の人たちの『死』に直面して来たのだろう。
家族を失い、全てを失い、人々の死に直面しても、それでも彼は、力強く生きている。
その背に一体、どれだけのものを背負って、彼は生きているのだろうか……。
もし自分が今、仲間や母を失い、今の地位も住む場所も無くしたら……そう考えると、自分は彼の様に、強くは生きていける自信が無い事に、レックスはふと気が付いた。
(やっぱコイツは強ぇよ……。 オレじゃ多分、無理だろーな)
レックスは、ロナードを見ながら、心の中で呟いた。
「お前さ、結構、苦労して来たんだな……」
レックスはポツリと、身を翻し、自分の前を再び歩き出そうとしたロナードに対し、そう言った。
「えっ?」
ロナードは、急にレックスに声を掛けられ、驚いて彼の方を振り返る。
「な、何でもねぇよ。 単なる独り言だからよ。 気にせず、先行けよ」
レックスは、面等向ってロナードにその様な事を言うのが恥ずかしくなり、慌てて、ぶっきら棒に、自分の方を見ているロナードに言った。
ロナードは、不思議そうな顔をして、小首を傾げる。
「何か、こう言うのを見ると、『血の粛清』って本当にあったんだって、思い知らされます」
メイは沈痛な面持ちを浮かべ、重々しい口調で、ロナード達にそう言った。
「そうだな……」
セネトも、沈痛な表情を浮かべ、呟いた。
もう十何年も前にあった出来事で、その時は、レックスやデュート達は幼くて、当時の事など何も覚えて無い。
物事が分る様な年頃になって、ただ『血の粛清』と言う過ちを過去にルオン軍は犯したのだと、親兄弟や周囲の大人から聞かされただけだ。
その時にどんな事が起きて、どんな人達が犠牲になったのか、漠然と話に聞いているだけで、実際は良く分って無くて……。
心の何処かで、自分たちとはあまり関係の無い、昔の出来事だと思っていた。
しかし『ケルベロス』に入り、その被害者であるロナードと会って、『血の粛清』は決して過去の出来事では無く、今も尚、その事で苦しみ、それを指示したルオン王家や、現場に赴き、人々を斬殺したルオン軍を恨み、亡くなった人達を想って涙を流している人達が、クラレスには沢山居るのだと、思い知らされた。
「お前等の様な年頃のルオンのガキには、『昔の出来事』かも知れんが、『血の粛清』から生き延びた者たち、そして、このクラレスに住む者にとっては、今も目を背ける事は出来ぬ出来事だ。 オレも沢山の同胞たち、そして人間の友を失った」
ラシャは沈痛な表情を浮かべ、レックス達に向かって、静かにそう語った。
「……街は綺麗になって、その時の痕跡は無くなっても、この街に住む人たちの心の中からは、その出来事は消える事は無いのですね……」
メイは、朽ち果てた骸を見つめつつ、沈痛な面持ちと、重々しい口調で呟いた。
「そうだ。 当時を知って居る者が生きている限りな……」
ラシャは、朽ち果てた骸を見据えつつ、重々しい口調で言った。
「……けれど、俺たちは、それを乗り越えて生きて行かねばならない。 何処かで区切りをつけねばならないんだ。 そうだろ? ラシャ」
ロナードは、真剣な面持ちで言うと、ラシャの方へと目を向ける。
頭の中では分っている事なのに、十数年経っても、忘れようと思っても、その時の光景が脳裏に焼き付いたまま離れない……。
それはまだ、自分たちが完全に『血の粛清』と言う惨劇から、立ち直っていないと言う事を物語っていた。
「その通りだ。 幾ら過去を悔いても、死んだ者は生き返らないからな……」
ラシャは重々しい口調で言うと、ロナードに向かって、何処か悲しそうな表情を浮かべた。
あの時、ああしていれば良かった。
こうしていたら……。
そんな事、挙げればキリがない……。
けれど、どんなに後悔しても、どんなに嘆いても、過去は変える事は出来ない……。
ラシャは、何時もの毅然とした態度で、デュート達の方を見て、
「湿気た話はこの位にして、先を急ぐぞ」
そう言うと身を翻し、先へと歩み出す。
「待て――っ!」
ラスター伯爵家の兵士たちに追い駆けられながら、アルシェラ達は、だだっ広い屋敷の中を逃げ回っていた。
「待って下さいアルシェラ様! さっきもここ、通りましたよ!」
後から来ていたサムートが、先頭を行くアルシェラに向かって、息を切らせながら叫ぶ。
「五月蠅いわね! 逃げれてるんだから、文句言わないでよ!」
アルシェラは五月蠅そうに、サムートに言い返す。
「何だか僕たち、さっきから一緒の様な所をグルグルして無い? 何だか凄く、嫌な気がするのは、僕だけかな?」
エルトシャンも、不安そうな表情を浮かべ、サムート達に言った。
「いいえ。 私もそう思って居ました。 何となく、追い込まれている様な気が……」
サムートも、周囲を見回しながら、エルトシャンに言った。
「そうだよね?」
エルトシャンが、苦笑いを浮かべながら言うと、
「だ、だよ、ね? あ、あはははは……」
流石のアルシェラも、行く先々で兵士たちに阻まれるので、苦笑いを浮かべ言った。
「もしかして……いや、もしかし無くても、アルシェラ様、方向音痴なのでは……」
サムートは、自分たちにジリジリと、詰め寄って来る兵士たちを見回しながら言った。
「えーっと……。 どうしょう……」
アルシェラは、四方を取り囲まれ、エルトシャンとサムートと共に、ジリジリと後ろの扉へと、後退りしながら、二人に問い掛ける。
「そんな事、私たちに聞かないで下さい!」
サムートは、兵士たちを見回しながら、思わず声を荒らげ、アルシェラに言い返す。
「あ――。 もう! 折角、牢屋から逃げ出せたのに、また、誰かの所為で!」
エルトシャンも、自分たちに詰め寄って来る兵士たちを見渡しながら、苛立った口調で呟く。
もはや、逃げ場は無いかと思われた時、不意に彼等が背にしていた扉が開いた。
さっき、自分達が開けようとした時は、反対側から鍵が掛けられ、行く事が出来なかったので、思いがけぬ事に、扉に背を凭れ掛けていたアルシェラが、そのまま後ろにすっ転ぶ。
「こっちだ」
部屋の中から、若い男の声がして、その声の主は、スッ転んだアルシェラに驚いて目を向けていた二人の腕を掴み、問答無用で中に引き摺り込むと、急いで扉をパタンと閉め、中から錠を掛ける。
「いったぁ~。 誰か知らないけど、開けるなら、開けるって言いなさいよ!」
アルシェラは床の上に転がったまま、自分たちを部屋の中へと引き込んだ相手に向かって、恨めしそうに言った。
「助けてやったのに五月蠅い小娘だ。 他に言う言葉を知らんのか」
アルシェラに向かって、そう悪態をついた相手を見て、彼女は一瞬、ロナードと髪の色合いや雰囲気が似ているので間違いそうなるが、背に烏の翼を有していたので……。
助けに来た相手がロナードでは無いと分かると、アルシェラがつまらなそうに、
「なんだ。 ロナードじゃないじゃん」
と、ボソリと言ったので、それを聞いたエルトシャンとサムートは、その場に固まる。
「ロナードでは無くて悪かったな! 小娘!」
ラシャは額に青筋を浮かべ、怒りで顔を引き攣らせつつ、アルシェラに言い返した。
「助かりました。 僕たちだけでは、逃げ出せていたかどうか……」
エルトシャンは、苦笑いを浮かべながら、ラシャに言った。
「態々おいで頂き、有難うございます。 長」
サムートが、申し訳なさそうにラシャに言うと、深々と頭を下げた。
(え。 この人が烏王? イケメンじゃん)
アルシェラは、戸惑いの表情を浮かべながら、改めてラシャの方を見ると、心の中で呟いた。
「怪我は無いな?」
ラシャは、淡々とした口調でサムートに問い掛ける。
「はい」
サムートは、落ち着いた口調で答えた。
「あのぉ……。 アタシたち、ここからちゃんと逃げ出せそう?」
アルシェラが、廊下の方から、内側から施錠して開かない部屋の扉に、激しく何かがぶつかる音に戸惑いつつ、ラシャに訊ねた。
「今、ロナード達が退路を確保している。 もう暫く待て」
ラシャが言い返すと、
「『もう暫く』って……。 それまで、この扉もちますか?」
エルトシャンは、戸惑いの表情を浮かべつつ、ミシミシと音を立て軋み、今にも施錠が壊れそうな扉を指差し、ラシャに言った。
「一々、五月蠅いぞ」
ラシャは五月蠅そうに言うと、扉の前に歩み寄る。
「ちょっと! 危ないわよ!」
アルシェラが戸惑いながら、ラシャに言うと、
「お前達は、少し下がっていろ」
ラシャは落ち着き払った口調で、アルシェラ達に言った。
扉は、斧やハンマーなどで、叩き壊される音を立て、遂に扉を叩き壊していた斧の刃先が、扉を突き破り見えた。
そして、兵士たちが、ボロボロになった扉を蹴り飛ばすと、扉は施錠が外れる音共に、音を立て、ラシャの方へと崩れ落ち、兵士たちが一斉に部屋の中へと雪崩れ込もうとして来た。
アルシェラ達が逃げ切れぬと思った次の瞬間、兵士たちの前に、一人立ちはだかっていたラシャが動く。
「空圧波!」
ラシャがそう叫び、背中の両翼を広げると、彼の体から、物凄い勢いで兵士たちに向かって、圧縮された空気が一気に放出され、部屋の中へ雪崩れ込もうとした兵士たちが、前からドミノ倒しの様になりながら、壁ごと一気に数メートル後ろへ吹っ飛ばされてしまった。
部屋の扉が付いてあった壁は、見事にすっ飛び、廊下と中庭が丸見えの状態になってしまった。
「す、すごっ……」
それを見たエルトシャンは、ゴクリと息を呑み、圧倒された様子で呟いた。
「すご~い!」
アルシェラも歓喜の声を上げると、たった一人で、何十人も居た兵士たちを、一瞬で吹っ飛ばしてしまったラシャの下へと駆け寄り、
「凄く強いんだぁ。 烏族ってぇ。 カッコイイ!」
見た目は、全く強そうに見え無かったのか、アルシェラは凄く感激した様子で、目を輝かせてながら、ラシャに言った。
「当たり前だ。 オレを誰だと思ってる? 烏族の長だぞ。 この位の事、朝飯前だ」
ラシャは、すっかり自分に対して、正義のヒーローを見る子供の様な眼差しを向けているアルシェラに対し、自慢の翼に付いた埃を手で払いながら、淡々とした口調で言い返した。
「やっぱり凄いなぁ『亜人』って……。 何するか予想不可能だよ」
エルトシャンは、一瞬にしてラシャから吹っ飛ばされ、床の上に叩き付けられ、呻き声を上げながら倒れて居る、ラスター伯爵家の兵士を見ながら呟いた。
そんな事を話して居ると、新たに複数の足音が廊下から近付いて来たので、ラシャ達は表情を険しくし、身構える。
そして、その足音の主が入り口に差し掛かった瞬間、ラシャが再び、先程の技を繰り出したのだが……。
「ぎょえ――っ!」
ラシャの技を横からまともに受けたレックスが、情けない声を上げ、景気良くすっ飛び、大きな音を立て、中庭にあった噴水に落ちた。
「あ、済まん……」
ラシャは相手が味方だと分かると、思わず、吹っ飛ばされたレックスに言った。
すっ飛ばされたレックスのその直ぐ後ろから、ロナードが来ており、間一髪のところで踏み止まったお陰で難を逃れたが、思いがけぬ事に、体のだけはラシャたちの居る部屋へ向いた格好で、唖然とし、吹き飛ばされたレックスの方に顔を向け、固まっている。
(危なっ……)
吹き飛ばされたレックスが居る方を見ながら、ロナードは心の中で呟く。
「馬鹿野郎! 殺す気か!」
中庭にあった噴水の中から這い出て来たレックスが、激怒してラシャに向かって怒鳴る。
「おっかない技スね。 これ」
ロナード達から、少し遅れてやって来ていて、その一部始終を遠くから見ていたデュートが、その場に呆然と立ち尽くしたまま、青い顔をして呟いた。
「良く相手を見ろ。 ラシャ」
吹っ飛ばされたレックスに、気の毒そうな視線を向け、ロナード自身、あと一歩踏み込んでいれば、一緒に吹き飛ばされていたので、苦笑いを浮かべながら、ラシャに言った。
「そこで何をしてるのよ?。 暑いからって、そんな所で水浴びしないでよね。 レックス」
遅れて来て、先程の不幸な事故を見ていないメイが、何故か噴水の中から出て来て、全身ずぶ濡れのレックスに、冷やかな視線を向け、冷めた口調で言った。
(理不尽……)
エルトシャンが、苦笑いを浮かべながら、気の毒そうにレックスを見る。
「烏王の技を食らって、すっ飛ばされたんスよ」
デュートが苦笑いを浮かべつつ、メイに事情を説明すると、
「アンタは何時も良く回りを見てないからよ。 全く」
ラシャの不注意にも関わらず、メイは呆れた表情を浮かべ、レックスに言い放った。
「んだと! 死角から出会い頭に見舞われて、どうやって避けろって言うんだよ!」
レックスは激怒して、メイにそう言い返すが、彼女は無視を決め込む。
「烏王さまと一緒でしたのね。 アルシェラ様。 ご無事で何よりですわ」
遅れて来たセシアは、ラシャと共に居たアルシェラの無事な姿を見て、安堵の表情を浮かべ、彼女に言った。
「うん」
アルシェラも安堵の表情を浮かべつつ、そう返した。
「三人とも無事で、良かったよ」
シャーナも、ホッとした表情を浮かべながら、三人に向かって言った。
「全くだ。 怪我は無いか?」
セネトも安堵の表情を浮かべながら、アルシェラに問い掛ける。
「うん。 アタシ達は大丈夫ぅ」
アルシェラは笑みを浮かべ、セネトに言い返す。
「ったく。 とんだ災難だぜ」
全身ずぶ濡れで、水を滴らせながら、ゲンナリとした表情を浮かべながら、レックスがぼやく。
「あのさ、そろそろ、ここから引き上げた良くないスか?」
デュートが、不安そうな表情を浮かべ、周囲を見回しながら、アルシェラ達に言った。
「そうだね」
エルトシャンが頷きながら言うと、
「そうはいかんで。 お嬢さま方」
不意に廊下の方から、訛りのある女の声がしたので、一同が振り返ると、アロイスの命を受けてロナード達を捕まえに来た兵士と一緒に現れた、『ラン』と名乗った『猫人族』の女の姿があった。
「ユリアスちゃん、みーつけた♥」
そう言いながらランの後ろから、彼女と同じく、アロイスの命を受けてロナード達を捕まえに来た兵士と一緒に現れ、召喚した魔物を使い、ロナード達を手古摺らせたカリンもそう言いながら来る。
「面倒臭いのが……」
彼女たちを見て、ロナードは苦々しい表情を浮かべながら呟いた。
「今度は昨日の様には、いかないんだから!」
カリンが、不敵な笑みを浮かべながら、ロナード達に言った。
「ラシャ! あの女に召喚術を使わせるな!」
ロナードはとっさに、側に居たラシャに向かって叫ぶ。
「おっと、そうはいかんで!」
ランがそう言うと、持っていた槍を下から上へと、大きく払うと、槍から衝撃波が繰り出され、真っ直ぐラシャに向かって飛んできた。
「小癪な!」
ラシャはそう言うと、手で薙ぎ払う様な仕草をすると、鎌鼬が起きて、ランが繰り出した衝撃波を相殺する。
「流石やなぁ。 烏王 けったいな技使うやんか」
ランは、ラシャにそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
「猫ごときが、このオレに敵うと思うのか?」
ラシャは不敵な笑みを浮かべ、小馬鹿にした様にランを鼻で笑い飛ばす。
「アンタ、何で人間の味方してんねん。 弱みでも握られとるんか? 烏王」
ランが、苦笑いを浮かべつつ、ラシャに問い掛けると、
「オレの意志だ。 金が全ての貴様ら猫と一緒にするな」
ラシャは、冷やかな口調で、ランに言い返した。
「さいでっか」
ランは肩を竦めながら、ラシャに言った。
「ロナード。 お前たちはアルシェラ達を連れて、ここから脱出しろ!」
ラシャは表情を険しくして、ランを見据えつつ、背中越しにロナードに向かって叫ぶ。
ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、思わず反論しようとしたが、背中越しにラシャに無言で睨まれると、不服そうな表情を浮かべつつも、彼の邪魔になるだけだと判断すると、
「……分った。 無理するなよ」
そう言うと、大人しく引き下がった。
「行こう。 ロナード」
エルトシャンは、ラン達の動きに警戒しつつ、ロナードの背中に手を回し、自分の方へ引き寄せながらそう言った。
その様子を見て、デュートが思わず苦笑いを浮かべ、
「あのロナードにも、頭が上がらない奴が居るんスね」
そう呟くと、レックスは苦笑いを浮かべ、
「そりゃそうだろ。 昨日、あれだけの事を見てりゃあ、普通に引くぜ。 逆らえば、オレの二の舞だろうがよ」
「確かに」
デュートも、苦笑いを浮かべながら言う。
「おい! そこのクソガキ共! ボサっとするな! とっとと行け!」
ラシャは背中越しに、デュートとレックスにも言った。
「へっ?」
「オレ達も?」
レックスとデュートは、思いがけぬ言葉にキョトンとした表情を浮かべ、呟いた。
「アンタ達が居ても、邪魔になるだけだよ。 アイツは烏王に任せときな」
シャーナは落ち着き払った口調で、戸惑って居るデュート達に言った。
「シャーナの言う通りよ。 ここは私と烏王さまで何とかするわ。 敵の増援が来る前にあなた達は屋敷から撤収して」
セシアは、腰に下げて居る投げナイフの柄に手を掛けつつ、真剣な面持ちで、デュートとレックスに向かって言った。
「分かった。 気を付けなよ」
セシアの指示に素直に従う意思を示したシャーナとは違い、
「何も、わざわざ二対二になら無くても……」
デュートが、不満そうな表情を浮かべながら、セシアに向かって言い返すと、
「そうだぜ。 オレ等の方が頭数は多いんだ。 相手はたった二人だぜ?」
レックスも、不満そうにセシアに言うと、
「半人前のクソガキが、偉そうな口を叩くな! またオレにブッ飛ばされたいのか!」
ラシャが苛立った様子で、背中越しにレックスとデュートに向かって怒鳴る。
ラシャに怒鳴られて、デュートとレックスの二人は揃って、さっきの様に吹き飛ばされては堪らないと、慌てて、アルシェラ達の下へと駆け出す。
アルシェラ達と合流し、ロナード達は周囲を警戒しながら、自分たちが侵入して来た経路を急いで戻り始めた時……。
何処からかドォーーンと、地鳴りの様に腹に響く音がして、建物が大きく揺らぎ、ヒビが入ったのか、パラパラと細かく砕けた天井の一部が落ちてきた。
「何や」
それには、ロナード達は勿論、彼と対峙していたランも戸惑いの表情を浮かべ、立ち尽くす。
そうしている間に再び、ドォーーンと腹に響く様な音がして、建物が大きく揺れた。
「な、何が起きてるの?」
カリンも戸惑いの表情を浮かべ、周囲を見回しながら呟く。
「大変だ!」
先に経路の様子を見に行っていたセネトが、慌てた様子で戻って来て叫ぶ。
「投石器で攻撃されてます!」
セネトと共に、先に行っていたメイも、息を切らせながら戻ってくると、呼吸を整えてから、焦りの表情を浮かべ、仲間たちに言った。
ここまで読んでくれて、有難うございます




