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その道の先に  作者: たけのこ派
第一部/接触編
27/126

1−26/その剣を執る意味

戦う理由は、誰の胸の内にも。

 夜の帳がすっかり降りる時刻になっても、煌々と電気が灯り続ける研究棟。日夜研究部の職員たちが勤しむこの場所の空気は、しかし今日に限って言えば別種の緊張感を孕んでいた。

 現在時刻、20時を少し回ったあたり。襲撃者の男が指定した二時間というタイムリミットまで、既に半分を切っている。

 管制室に詰める人員こそ減ったものの、今もなお事後処理に追われる彼らの姿に余裕はない。こうしてちらりと見た限りでも見る限りでは、どうやら徹夜作業は避けられないようだ。


「やあ、早かったね雨宮くん。ぼくの見立てではもう少しかかると思ってたんだけど」


「来たばっかの道を迷うわけないだろ……」


 廊下に靴音を響かせながら管制室を通り過ぎ、辿り着いた部屋は一棟三階の研究室。ご存知滝川さんこと博士のラボ、別名ガラクタルームだ。廃棄物処理場とかでも良い気がする。

 わずか数時間前に訪れた部屋ではあるものの、部屋の主がいるのといないのとではまるで雰囲気が異なっている。騒がしさ、と表現するのは流石に失礼ではあれど、やはりこの人がいてこその場所だと感じてしまう。


「いや、そういう話ではなくてね。てっきり、きみは司令室に詰めているものとばかり思っていたんだよ。なにせ、今回の騒動の中心人物と言っても過言ではないわけだからね」


「お前も出る以上、装備を整えてこいって言われたんだよ。神器も使えないようじゃ話にならない、最低限の自衛をできる準備はしてこい、ってな」


 意外そうな表情をする博士に対し、坂本大佐から言い渡されたお(・)達(・)し(・)の内容を繰り返す。

 作戦に同行する。俺が下した決断を、大佐は肯定も否定もしなかった。出るなら出るでそれなりの用意をしてこい、と言い放つのみで留めるあたり、本当に「選択権」を俺に委ねたということなのだろう。

 と、いうわけで。司令室から蹴り出された俺が、何をすればいいかをしばらく考えた末に至った結論——それが自衛のための準備、つまり武器の調達であったのである。

 博士の工房、もとい研究室から勝手に持ち出した人造神器は、水無坂とともに緊急離脱したのち没収された。当然と言えば当然、なんなら窃盗に問われなかっただけ儲けものだが、状況が変わった以上そうも言っていられない。

 「この任務中のみ、人造神器の携帯を特例で許可する」。相談の結果受理されたこの判断は、既に大佐を経由して博士に伝わっている。狂喜乱舞するかと思っていた博士は意外にも難しい顔をしていたものの、最終的には渋々納得したらしい。


「はい、これがお目当ての品だよ。一応整備と最低限の調整はしてあるけど、これはあくまで試作品。それも、かなり初期段階のものだ。本来なら、何度もシュミレーションとテストを繰り返して、きみがこれに絶対の信頼をおけるようになってから使うべきものなんだけど……」


「いや、十分だ。元はと言えば、俺が勝手に持ち出したんだからな」


 どうにも気乗りしない様子の博士の言葉、それを最後まで聞き届けることなく人造神器を受け取る。

 無断で使用したにも関わらず、こうして忙しい合間を縫って時間を作ってくれる博士には頭が下がる。……これから先、少しくらいはここに顔を出してもいいだろう、と思うくらいには。

 既成事実として実験に付き合わされる気がしないでもないが、その辺りはプライスレスだ。成り行きでメカニック役をやらせることになっているのだし、そのくらいの条件は甘んじて受け入れるしかない。


「……雨宮くん。少し、いいかな」


 と——不意に。

 ずっと抱え込んでいたものを吐き出すような、重々しい口調で。先程から感じていた違和感、その答え合わせをするかのように博士が口を開く。

 ただならぬ雰囲気を感じ、あえて踏み込むまいとしていた意識を切り替える。彷徨う視線を正面から覗き込めば、そこには意を決したような表情があった。


「……そもそも、この人造神器を選択肢として提示したのはぼくだ。言う資格がないことなんて、ぼくが誰よりも一番わかってる」


 沈痛な面持ちで顔を歪める博士。その口ぶり、真剣な面持ちは、奇しくも数時間前のそれと全く同じものだ。


「それでも——それでもだ。兵士ではないきみに、星皇軍の人間でないきみに、こんなことをやらせたくなかった。正しい過程と覚悟を経ていない人間を戦場に出すことは、僕たちが一番してはいけないことだ。だから」


 裡に秘められた苦悩を体現するがごとく、切れ切れの言葉が吐き出される。


 ——が。その独白で、俺にもようやく納得がいった。


 この人が、あれほどまでに熱心に俺を軍に入れようとした理由。今の今まで、人造神器のモニターとして、より効率よくデータを集めるためだとばかり思っていた。


 だが、そうではない。順序が逆だったのだ。


 自身が作り出したものが兵器である以上、それを扱うのは覚悟がある人間でなければならない。少なくとも、これを使って戦場に出ることは、この人の中では軍人にしか許されないことだった。

 戦場に出た瞬間、研究の協力者は一介の兵士へと姿を変える。モニタとしてならいざ知らず、実際に命を奪い合う場所に送り込むことは、俺が生徒であるうちは最も避けるべきことであると認識していたのだろう。

 絶対の境界線、踏み越えてはならないライン。それを自分に課した上で、博士は俺にこの話を持ちかけた。そのデッドラインを、俺は踏み越えてしまった。


「博士。ひとつだけ、言っておきたい事がある」


 それでも。いや、だからこそ。


 俺は伝えなければならない。これ以上、この人が苛まれることがないように。

 真正面からぶつかる両の瞳。そこから逃げることなく、軽く唇を濡らしてから口を開く。


「覚悟ならもう決まってる。信じてもらえないかもしれないし、それならそれで構わない」


 信用も信頼も、無いというのならそれでいい。これはただ、俺が思いの丈を一方的に吐き出しているだけなのだから。


「でも、これだけは言える——俺は自分の意思で、此処へこれを受け取りに来たって事だ」


 断言できる。あの男に会おうとしているのは、紛れもない俺自身の意思だと——間違いなく、確信を持ってそう言える。

 確かにその最たる理由は、もう一度直接会って話がしたいからだろう。愚かな好奇心が行動の理由であることは、言い逃れのしようがない事実だ。

 あの男の真意を知りたい。行動の意味を問い質したい。罠だとわかっていても止められないほどに、その感情が俺の心を弄んでいる。


 ……だが。


 それだけではない。その先にあるものが何であるのか、それをきちんと理解した上で、飲み込んでいる自分がどこかにいるのだ。

 近いようで決して触れられない、形も大きさも不明瞭な「自分」。それは決して消えることなく、今も俺の胸に巣食っている。

 きっと、これに従うのは良くないことだ。この感覚に、この感情に身を委ねれば、遠からず俺は破滅すると、理性が頭の片隅で主張している。

 ああ、それでも。そ(・)れ(・)で(・)も(・)——。


「……そうか。やっぱりきみは——いや、よそう。きみが覚悟を決めた以上、ぼくに口を出す権利はない。でも、覚えておいて欲しいんだ。きみの無事を願ってる人が、この世界には確かにいるってことをね」


「なんかフラグ臭くないか、それ?」


 俺の言葉を最後まで聞き届け、静かな声色で笑う博士。重苦しい空気を霧散させるような口調に、負けじと軽口を叩き返す。

 無事を願っている人。他でもない我が姉の姿が、その言葉に脳裏を過る。

 仮にこの一件が伝われば、彼女は間違いなく怒るだろう。どうしてそんな危ないことを、と口うるさく喚くだろうし、場合によっては泣き出すかもしれない。最後にはどちらが保護者なのかわからないくらいに泣くのだから、まったく困ったものである。

 ……いや、下手に泣き出すと数時間収拾つかんし、ほんとに困るんだよなあ……。もう二十歳になったのだから、あの駄姉(あね)にはそろそろ大人の余裕というものを覚えていただきたい。見た目だけは一級品なのだし、あとは品格さえ伴えば完璧なはずなのだ。


「とにかく、やれることは全部やったってことさ。さあ、きみも長居しないほうがいい。時間は有限なんだからね」


 もちろん、引き続き支援はするけどね。最後にそう告げ、話を切り上げた博士が席を立つ。

 俺の言葉が、果たしてこの人に何を齎したのかはわからない。何らかの心境の変化があったのかも、あるいは余計に心を頑なにしただけなのかもしれない。

 本心からの言葉を告げたからといって、それが救いになっていると考えるのは傲慢だ。そんなこと、改めて考えるまでもない。


 ——しかし。心持ち晴れやかなその笑みを見れば、多少は気分も良くなってしまうというものだ。


「その前に、だ。コレを分けてもらいたいんだが、そっちから話は通してもらえるのか?」


 言われるまでもなく、時間は有限だ。今回に限っていえばなおさらだろう。


 だが、その前にもうひとつ。もうひとつだけ、ここでやらなければならない事がある。


 取り出したのは、夕すぎにポケットに捩じ込んだ一枚のチラシ。眼前にそれを広げて見せれば、博士の瞳は予想外そのものといったふうの感情を乗せて俺を映す。

 勿論、無謀なのは百も承知だ。それでも、これにはリスクを背負うだけの価値がある。


「どうせ喧嘩するなら、少しでも勝率は上げておきたい。だろ?」


「……まったく。きみの身を案じるこっちの身にもなって欲しいよ」


 呆れたように目を細め、博士が俺に背を向ける。たったこれだけで全て通じるのだから、些か頼りすぎてしまうのも仕方がない。

 確か管理者は研究部二棟、と書かれていたはずだ。直接行った方が早いのかもしれないが、俺が出向いて話が拗れても面倒臭い。

 件の部署と電話を繋ぐ博士を横目に見ながら、取り出した携帯電話へと視線を落とす。感情を宿さないデジタルの液晶画面は、出発までの時を淡々と刻んでいた。


『楽しみだろう? ようやく始まるんだよ。ここからがやっとプロローグだ』


 残り時間は、あとわずか。

 時計はただ、ひたすらに進み続ける。

準備は万端。

次回、決戦準備その2です。


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