1−24/集う役者、彼と彼女と
前回のあらすじ
坂本大佐、仕事をする。
『坂本さんが呼んでる。今どこにいるのか教えて』
「ええ……」
前置きやらなんやらを一切廃した、相変わらずの単刀直入なメール。驚くほど普段とかけ離れたそれに、差出人がわかっていても面食らう。
メールやらラインやらの返信でキャラが変わる人というのはよく聞く話だが、このベクトルに変わるのはなかなかに希少種なのではないか。なぜ普段からこのキャラを貫き通さないのか、まったくもって疑問で仕方がない。
現在時刻、19時10分過ぎ。前置きを一切廃した魚見からの簡素な伝達に、すっかり凝り固まった腰を上げる。長い長い放置プレイにも、遂にピリオドを打つ時が来たようだ。
「ほい、送信っと……おおぅ」
研究部の管制室っぽいところにいる——あやふやすぎる返答を送るや否や、不承不承といった表情の水無坂が虚空から現れる。
苦虫を噛み潰したようなその顔を見るに、どうやらおつかいを頼まれたらしい。こんな恐ろしいおつかいがあってたまるか。
「前置きはなしで構いませんね? 急用と言われたので、このまま行くことになりますが」
「……あんたも呼ばれたのか?」
そうですが何か、との答えにかぶりを振る。どうやら単に俺の迎えというわけでもなく、ついでにタクシー役を頼まれた、というのがことの真相のようだ。
てっきり一対一のお叱りかと思っていたが、水無坂も呼び出されているときた。もちろん、危険極まる俺の救出任務を成し遂げていることを鑑みれば、彼女は十二分に重要人物足り得るのだが……いざやらかしたことを客観視してみると、かなり情けない上に申し訳ない気持ちになる。
不本意そうに差し出された彼女の手を取ると同時、周囲の景色がぐにゃりと歪む。本日二回目の不思議な感覚が俺を包んだ時には、既に俺の体は外の連絡通路まで運ばれていた。
「……直接中まで行かないのか?」
「ええ。本部の正面玄関で待ち合わせ、とのことです。何度も跳んで酔われても困りますし、歩いて頭を冷やしてください」
言い放つや否や踵を返し、スタスタと俺の前を歩き始める水無坂。慣れない感覚にふらつきながら質問するものの、返ってきた答えは取りつく島もないものだ。
まあ、『酔う』というのは恐らくこの感覚のことなのだろうし、彼女なりに気を使ってくれている可能性もなくはない。頭なあ……一時間くらい冷やしたんだけどなあ……。
「……んん」
眼前で揺れる長い黒髪に意識を奪われつつ、これからのことに頭を巡らせる。
正面玄関で待ち合わせということは、魚見なり他の誰かなりがそこで待っているということだろう。軍の本部で待ち合わせというあたり、かなり大掛かりな話になることは疑いようもない。少なくとも、個人的なお叱り程度のものでは間違ってもないはずだ。
……ふむ。何言われるのかね、これは。
言うまでもなく、仕出かした事の重大さは十分に理解しているつもりだ。それが事実である以上、言い逃れをするつもりもない。
だが……だが。それでも、怖いものは怖いのである。それがトップ直々に呼び出されるとなればなおのことだ。
水無坂なりの配慮(?)は有難いのだが、こうもゆっくりと目的地までの距離が縮まっていくのもそれはそれで胃に悪い。気分はさながら断頭台へと進む罪人だ。
「……あの」
「謝罪なら不要です。そもそも、謝罪すべき対象は私ではないと言ったはずですが」
「そういうのじゃなくてだな……や、勿論そういうのもあるが」
沈黙の痛みに耐えかねて口を開くものの、それを読んでいたように凄まじい切れ味のカウンターが飛んでくる。まだ何も言ってないんですけど……なんで言いたいことわかるのこの人。怖い。
なおも食い下がる俺を不審に思ったのか、水無坂はようやく歩みを止めてこちらに向き直る。この時間が押している時に、と言わんばかりの表情は、俺が今まで見てきた中でも間違いなくトップクラスに不機嫌なものだ。
整った双眸から放たれる、一切の容赦がない眼光。冷たく鋭いそれが、射竦めるような圧を持ってこちらを射抜く。
「あんた、なんで俺を助けてくれたんだ。魚見に会ったのは偶然だったんだろ? 助けることを考えたとしても、即座に行動に移すなんて普通はできない。あまりにも危険すぎる」
そのとき。
気圧されながらも言葉を継いだのは、言ってしまえば好奇心の賜物だろう。
他でもない、俺を毛嫌いしているであろう彼女が、躊躇いなくその俺のために命を賭けた理由。たとえ辛辣な答えが返ってくることが分かりきったとしても、それを問わずにはいられなかったのだ。
「それは——」
だからこそ、この反応は予想外だった。
咄嗟に答えを返せず、言葉に詰まる水無坂。その姿に、完全に虚を突かれてしまう。
「……必要だと、そう思ったからです。それ以外には、何も」
やっとの事で絞り出したと思しきその返答には、力強い語気も、こちらを圧する視線の強さもない。見る影もなく萎れ、弱々しい答えを返す水無坂の姿は、皮肉にもその外見に見合った控えめなイメージそのものだ。
だが。不思議とその姿には、どこか納得するところもあった。
今まで——決して多いとは言えない関わりの中、俺が彼女に抱いていた印象。それは、その悉くが人間味を欠いたものだった。
氷のような冷たさと、不躾に踏み込む人間を凍りつかせる容赦のなさ。水無坂という人間は自分とは遠くかけ離れた、全く別種の存在であると、根拠もなしにそう考えていた。
……だから。
そんな存在にも、弱みというものがあるということに。彼女が確かな人間味を見せたことに、少なからず安堵を覚えたのだろう。
「そうか、ありがとう。あんたがいてくれて助かった」
その内容をわざわざ問い質す勇気はないし、そもそも人の弱みをつつき回すものでもない。
同情など、彼女のような人間にとっては最も忌むべきものだろう。それが俺からのものであれば、なおのこと腹立たしいに違いない。
俺にできることはひとつ。ただ彼女に、頭を下げて感謝を伝えることだけだ。
「……いえ。ですから、謝罪なら上でしてください」
一瞬。言い淀んだ一瞬のうちにあったのは、どのような葛藤なのか。
確かに生じたはずの空白が、俺の意識を引きつける。しかし、それに考えが及んだ時にはもう、水無坂はいつもの調子に戻っていた。
気まずい沈黙の中、口を閉ざして再び歩き出す。突き刺さるような緊張感を孕んだ道程は幸いなことに束の間で終わり、気付けば目的地が目前に見えてきた。
「——俊! よかった、無事で何よりだ」
耳朶を打つのは、耳障りのいい爽やかな声。
そびえ立つ軍本部の前に立つのは、見覚えのある二人の人影だ。そのうち一方から発せられた声が、心よりの安堵を伴って俺へと届く。
……いやしかし、イケメンの上にイケボとか色々とずるいと思うのだが。そんな下卑た感情すら、本人を前にすれば綺麗さっぱり消え去ってしまうのだから、まったくもってズルいとしか言いようがない。
「おー、あー……樋笠さ、樋笠も呼ばれたのか?」
言葉の落着点を探した末に、よくわからないうめき声が口からこぼれ出る。
俺なりに頑張ったつもりだったのだが、これでは人間としてあまりにも落第点だ。もはやコミュ障を名乗ることすらも烏滸がましいというか、どっちかと言えばゾンビの方が近いまであるな……まあほら、この世アレルギーなんですよ僕。
「ああ、事後処理を手伝っていたら彼に呼ばれてね。力になれるとは思えないんだけど……」
俺の失態を気にする様子もなく、樋笠は背後に目を向けながら首肯する。その言葉に誇張も演技もないのは、心の底から申し訳なさそうな表情からも明らかだ。
態度といい不安げな声といい、普段の彼に比べてどことなく元気がない。珍しいその様子に、こんな人格者でも凹むことがあるのか、と謎の親近感を抱いてしまう。
「手伝う、というよりほぼ指揮をとってたんですけどね。とにかく、これで全員集合かな」
睨めっこしていたスマホを懐に戻す魚見が、樋笠の視線を受けて口を開く。
おもむろにこちらを見遣る表情は、樋笠とは別種のしおらしさに満ち溢れている。やけに疲れた顔してんなこいつ……丁度連絡を終えたところのようだが、それを差し引いても随分と顔色が悪い。俺よりも余程デンジャラスなゾンビが似合いそうな顔色だ。
「それで、用件は? 事情聴取か?」
「というより、情報提供だね。襲撃者の男を直接見たのは、君と水無坂さんだけだから」
ま、込み入った話は中でしよう。話もそこそこに歩き出した魚見に先導され、建物の中へと足を踏み入れる。
以前坂本大佐に会ったのは一週間ほど前、病院で目覚めてすぐのことだ。あの時は大佐が校舎に居たこともあり、よくよく考えればこの軍本部を訪れるのは今回が初めてである。
正面玄関から堂々と乗り込んでいるにも関わらず、魚見が話を通してあるのか何も咎められることがない。待遇としてはVIPもさながらの扱いだ。
……もっとも、テンションは護送される犯人のそれなわけだが。むしろこんな扱いをされればされるほどに、胃の痛みが倍々ゲームで襲い掛かってくる。全関係者の前で土下座とかさせられても不思議じゃないな……もはやどうしようもないことではあるが、覚悟だけは決めておくしかない。
「……樋笠はどこかで会ったのか? あの、よくわからん男と」
「いや、僕はその件に関しては何も。ただ、あの兵士たちと戦ったことが評価されたみたいでね。情報提供というか、場合によっては戦力として使ってもらえるらしいんだよ」
少しでも現実から逃避するため、隊列を組んで歩く中で問いを投げる。隣の樋笠はそれに答えて笑うものの、その笑みにはやはりどこか力がない。
あの兵士たち。恐らくは、博士が口にしていた「外の幻影」というやつだろうが……その言葉を聞く限りでは、一人や二人どころの騒ぎではなかったようだ。樋笠の戦力がどれほどのものかは未だ未知数だが、こうして呼ばれているあたり、かなりの戦果を挙げたことは疑いようもない。
しかし——戦力として使ってもらえる、とは。
うまくは言えないが、何というか、その……樋笠という人間が言うにしては、随分としこりの残る言葉だ。
むず痒い違和感と、それに伴う焦点の合わない思考。待ち受ける恐怖をも束の間忘れさせるそれが、曖昧な形をとったまま脳内を駆け巡る。
「はい、考え事はそこまで。入るよ」
が。
不確かな考えをこねくり回す俺を見透かしたかのような、容赦のない魚見の言葉。叩き起こすがごときその声に視線を上げれば、目的の部屋はいつの間にか目の前まで迫っていた。
「失礼します」
さすがに状況が状況なだけあるのか、魚見はかっちりとした動きで扉を叩く。返事ののち速やかに開かれた扉の向こうでは、坂本大佐ともう一人、微かに見覚えのある美人が実務に勤しんでいた。
響さん。魚見が以前にそう呼んだ覚えのある女性は、豪奢なソファには不釣り合いなほどに伸びた背筋でパソコンを叩いている。疲れも焦りも顔に出さず、ただ粛々と作業を進めるその様子は、まさしく敏腕秘書と形容するのが相応しい。
眼鏡越しにも伝わる犀利な瞳に、一番上までボタンが留められた星皇軍の制服、そして肩まである黒髪。大人の余裕を身につけた水無坂とでもいうべき、耽美そのものの外見だ。これで坂本大佐のケツを叩けるだけの度胸もあるあたり、本当に仕事ができるのだろう。
水無坂との外見的違いといえば、それこそ眼鏡くらいのものか。無論、毎日ころころと変わる水無坂の髪型を勘案しなければ、という注釈がつくが。
「三人とも知ってると思うけど改めて。この人が坂本慎一大佐、ここの一番偉い人です。それで、こっちが——」
「流川響といいます。肩書きとしては一応少佐ということになってはいますが、そのあたりは気にせずとも構いません。以後、お見知り置きを」
魚見から紹介を引き継いだ響さんが立ち上がり、無駄のない所作で頭を下げる。社会で磨かれてきたと思しきその所作は、水無坂とは別種の無駄のなさに満ち溢れたものだ。
響さんではなく流川少佐と呼ぶべきなのかもしれないが、とりあえずは一旦持ち越しだ。今の事情を鑑みても、そのあたりは時間のあるときに改めて考えればいいだろう。ほら、本人も構わないって言ってるし。
「おし、前置きも堅苦しいのも全部抜きにして本題だ。俊、例の襲撃者の男について、知ってることを洗いざらい話してくれ。会話の内容でも、受けた印象でもなんでも構わん」
「……はあ」
軽い紹介が済むや否や、前回の二割り増しで気怠そうな大佐が口火を切る。挨拶もそこそこに切り出されたその話に対し、困惑だけが先行してしまう。
……いや、え? これ、そういうタイプのやつなんですか。
もちろん、望外の幸運であることは自明の理だ。どうやら先だって魚見が言った通り、本当にただの「情報提供」が目的なのだろうが……それでも、厳しい叱責を覚悟していた身としては、拍子抜けしてしまうことも否めない。
「そりゃ当然、お咎めなしってわけにはいかんが……少なくとも、今はそんなもんを追求してる余裕はないんでな。懲罰だの褒賞だのは、全部が落ち着いてからやればいい。命を拾ったんなら、今はそれを最大限に有効活用してくれってことだ」
俺の表情から察したらしい大佐が、相も変わらない様子のまま言葉を付け足す。あまりにも単刀直入、かつ飾りっ気のない素の言葉だが、それゆえに言いたいことは理解できた。
とにもかくにも、お叱りムードというわけではないらしい。たったそれだけで、俺としては命を拾ったにも等しい気分だ。
「……知ってること、ね」
必要なのが謝罪ではないとわかったのなら、萎縮するよりも頭を働かせた方が良い。何処かに有用な情報はないかと、数時間前の記憶を端から全てひっくり返す。
——が。
「なんでも、って言われてもなあ……」
うんうんと、しばらく頭を捻った末に出てくる言葉の数々。それが全てありふれたものでしかないことに、どうにも気勢が削がれてしまう。
得体が知れない、掴み所がない、底が見えない。あえて言葉にすれば、そんな陳腐な感想しか思い浮かばない。
とんでもなく強そうなイケメン、ということは鮮明に記憶に焼き付いているものの、逆に言えばそれ以外の情報などほぼゼロだ。実際に強かったのだし、それどころか戦闘中は常に一足先をいかれていたのだし、妥当な感想であることに間違いはないのだが。
「……あー、そういえばなんか言ってたな。俺のことをヒーロー、とかなんとか」
どうにか糸口を探そうと、無いに等しい記憶を絞り上げることしばし。巡り巡った思考はようやく、特徴的なひとつの単語を拾い上げる。
「ヒーロー」——邂逅してからというもの、奴が繰り返し口にしていた言葉。だが、その頻度に反して、その意味は不明瞭なことこの上ないものだ。
俺個人のことを指すのか、それともなんらかの特性を示したものなのか。それすらもまったくもって不明のまま、単語だけが思考の隅にこびりついている。
「ヒーロー、ねえ。なんかの暗号か? それは」
「いや、暗号というより……なんだろうなアレ。称号?」
おい水無坂、その顔やめろ。俺だってガラじゃないとは思ってるんだからな。
……しかし、だ。改めて考えてみるとあの男、自分のことに関しては不自然なほどに何も口にしていない。
敵の本拠地に乗り込んでいるのだから当然といえばその通りだが、それでも話していたのは徹頭徹尾俺のことだ。前世からの仇敵であるのならいざ知らず、偶発的に巻き込まれただけの人間に並々ならぬ興味を示すのは、控えめに見積もっても正常とは言えないだろう。少なくとも、殺し合いの最中にはあまりにも相応しくない。
「まずもって、あなたは偶然あの場に来ただけなんでしょう。なら、誰でも良かったのではないですか? その男の言う『ヒーロー』は」
「逆に考えれば、あの時あの場所にいれば、誰でも『ヒーロー』に成り得たってことになるね。……ますます分からないな。そもそも、あの男は目的は何だったんですか? あれほど大規模な陽動を仕掛けた理由は」
呆れたような口調で言葉を挟む水無坂と、それを冷静に分析する樋笠。彼らの会話がひとつ進むたびに、男の行動に関する疑問点が浮き彫りになっていく。多くの点が見えてもそれが一向に線で繋がらないのは、出来の悪いパズルでもやっているような感覚だ。
「目的……はまあ、見当がつかんこともない。というより、今お前たちを呼んだのはそれが理由だな。この際だから言っちまうが、要は泥棒だ。奴は存在しないものを盗っていきやがったんだよ」
「……存在しないもの、というのは?」
樋笠の質問に大佐が口を開くものの、その答えはあまりにも要領を得ない。水無坂も同様の感覚を抱いていたのか、俺の心情を代弁するかのように口を開く。
「存在しないもの」。泥棒が盗っていくにしては、あまりにもトンチが効きすぎているのではなかろうか。あなたの心です、とか言うんじゃないだろうな。
「そのまんまの意味だ。奴が盗っていったものは、日本星皇軍の記録の中には存在しない、ってことだな。当たり前だが、ことの真相を知っているのは一部の人間だけだ。何が盗まれたか、正確なことを知っている人間はさらに少ない」
だが。
気怠そうなテンションのまま、勿体もつけずに下された大佐の返答。さもなんでもないことかのように告げられたそれは、俺たちを暫くの間黙らせるに足るものだった。
記録の中には存在しない——いくら日本星皇軍という組織に疎い俺とはいえ、それがとんでもないことくらいは理解できる。
当然のように話してはいるが、内容はまず間違いなく最重要クラスの機密だろう。間違っても、俺のような一般の学生に話していい情報ではない。
「……なぜ、それを僕たちに?」
「何がヒントにつながるかもわからん状況だからな。状況を多少なりとも把握すれば、今まで切り捨ててきた情報が意味を持つようになるかもしれん。そういう意味での情報提供だ」
俺と水無坂が未だ放心している一方、樋笠は衝撃から一足先に立ち直ったらしい。
散らばった脳内の収拾を何とかつけようとしている横で、樋笠と坂本大佐の会話が流れていく。どうにかしてそれを頭に入れようとするものの、聞こえてくるのは規則的に刻まれる掛け時計の音だけだ。
ヒントも何も、あの男は最初から何も持っていなかった。無論、俺が到着する前に目的のものを入手していた可能性もあるが……その場合、あの男は目的を達成していたのにも関わらず、わざわざ時間とリスクを背負って俺の相手をしていたことになる。
「ヒーロー」。奴にとってその存在は、それほどまでに大層な意義を持つものなのだろうか。
大規模な陽動を仕掛けてまで手に入れた目的よりも、突発的なアクシデントが優先されうるのだろうか?
「……はい、こちら第二本部です」
その時。
確固たる形を持つこともできず、浮上と霧散を繰り返していた俺の思考。それを断ち切ったのは、無機質に鳴り響いたコール音だった。
事務的に応答する響さんの存在が、意識の端にちらりと顔を出す。その声は言うまでもなく、俺にとって雑音程度でしかないものだ。
——だからこそ、なのだろうか。彼女の次の一言を、誰も予想できなかったのは。
「先ほどの事件の首謀者、と名乗る男からです。私が遭遇した男子生徒と話をさせてほしい、と。おそらくは雨宮くんでしょう」
今度こそ間違いなく、全員の思考が停止した。
次回、お電話。唐突に来る電話ほど心臓に悪いものはない。
感想・評価等、いただけると励みになります。よろしくお願いします。