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その道の先に  作者: たけのこ派
第四部/クリスマス編
100/126

4-8/僥覬

前回のあらすじ

主人公ズ、合流。反撃開始です。

 現在地から管制塔までは、直線距離で数十メートル。ちょうど目的地のあたりにいる人影は、ここからではゴマ粒程度の大きさにしか判別しようがない。

 ましてや。それが激しく動いているとなれば、個人を判別することなどまず不可能だ。

 10や20ではとても利かない、数えることもウンザリするほど無数の星屑(ダスト)。群がるそれに覆い隠され、伝わってくるのはただ戦闘が繰り広げられているという事実だけ。

 一体一体の強さそのものは、あの“騎士”に及ぶべくもない。我先にと襲いかかり、その度に蹴散らされるその様は、戦術も何もあったものではない稚拙さだ。

 だが。それを補って余りある数が、津波のように「誰か」に食らいつく。

 斬られようが、突かれようが、軍勢はその一切に頓着(とんちゃく)しない。無限にも等しい攻勢を抑え込むには、彼我(ひが)の戦力差はあまりにも多勢に無勢というものだろう。

「誰か」の必死の抵抗のおかげか、戦況は辛うじて五分を維持している。しかしそれは、薄氷の上でバランスを保つような、あまりにも危うい拮抗だ。


『す——各員に告ぐ——応答を——』


 そう、例えば。

 こんな通信がひとつでもあれば、それが致命傷になってしまうことは想像に(かた)くない。


 「誰か」と言えばそれらしいようにも聞こえるが、結局のところ該当する人物は一人しかいない。

 今現在管制塔に残っていて、なおかつ自ら死地に飛び込むだけの決断ができる者。どっちもどっちで有り得そうな二択ではあるが、そこは適材適所という奴だ。博士を前線に送り出して自分が引き()もるなど、誰でもNOを言うに決まっている。


『——救援部隊は来ない。こっちからの連絡が届いていない——』


 想像より悪い知らせは、思考に看過できない隙をもたらす。一切の命令をキャンセルされてフリーズする肉体、それを戦地の只中で晒せばどうなるか、そんなことは馬鹿にもわかる。


 ——であれば。

 仮にも「誰か」の知己を名乗る者として、その助太刀くらいは許されてしかるべきだろう。


「行くぞ」


「…………ああ!」


 隣からの頼もしい声をBGMに、最初の一手を打ちにいく。

 並み居る星屑の注目を集めるにあたって、最も手っ取り早い方法とは何か。その答えは、幸いにも俺が切れる手札の中にある。


「おい、こっち見ろ」


 吹き上がる水流は、さながら大掛かりな噴水のごとく。

 嫌が応にも目を惹く水柱が、10メートル以上の高さにまで屹立(きつりつ)する。あまりにも分かりやすい目印に釣られ、星屑の大部分がこちらに頭を向けた。


「こっち来い、ほれ」


 二本、三本。駄目押しとばかりに奔流(ほんりゅう)をぶち上げれば、面白いように反応が返ってくる。気分はまるで牧場主、大量の獣を率いる羊飼いだ。


「讓咏噪繧貞、画峩」


「邱頑?・謌ヲ髣倥r隕∬ォ」


 もっとも。率いているのは無害な羊ではなく、何事かを叫ぶ怪物なわけだが。 

 新手の出現に驚いたのか、それとも新しい餌の出現に興奮しただけか。こちらに押し寄せてくる大軍は、今までとは比べ物にならないほどにいきり立っている。その必死さはさながら、生存に命をかける獣のそれだ。

 どうやらこちらの何かが、彼らをいたずらに刺激してしまったらしい。申し訳ないとは思うものの、さりとて両手を挙げれば許される、というわけでもない。襲いかかってくる脅威を前にして、ただ伏して命乞いをするほど馬鹿なこともないだろう。


「俊、悪いけど右半分を頼んでいいかな。……どうにも少し、右腕(こっち)の動きが鈍くて」


「半分でいいのか? 全部受け持てるぞ、ただし2分くらいだが」


「まさか、そこまで迷惑はかけられないよ。半分と言わず、三分の一くらいの気持ちで十分さ」 


 場にそぐわない冗談を交わし、震える手で神器を構え直す。

 それは恐怖ではない。解っていながら己の力ではどうすることもできない、禁断症状にも近しいものだ。

 どれだけやせ我慢を重ねようと、結局はその場限りの誤魔化しでしかない。俺が恐怖を覚えるとするのなら、それは(つくろ)えなくなった瞬間が訪れたその時だ。


 だから。その瞬間が来るまでに、何としてもこの状況を終わらせる。


「謗帝勁縺帙h——!」


「そおれ」


 いの一番に突撃してくる、出来損ないの狛犬のような星屑。眼前に迫るそれに狙いをつけ、顎に水流をぶち当てる。

 回避される可能性も考えていたが、そのあたりは所詮下級星屑というべきか。作り出した隙を逃さず、懐に飛び込んで急所を搔っ(さば)いていく。


「————!!」


 戦法も何もなく、星屑は痛みからただ凶暴に暴れまわる。他の星屑を巻き込むのもなんのその、その動きはのたうち回ると表現するに相応しい。

 苦悶の声を上げ、鳴き声を撒き散らす不細工な犬。その姿を前にして、抑えようのないものが一層沸き立つのを感じ取る。


「——謗帝勁繧貞ョ溯。後○繧」


 もちろん。他者を顧みないという点では、他の星屑も似たようなものだ。

 振り下ろされる拳は、狛犬の存在を一切考慮に入れていない。俺を捉え損ねたその剛腕が、そのまま狛犬の身体に叩きつけられる。


「譬ケ邨カ縺帙h!」


「うおわ」


 地を揺らす剛腕は、左右それぞれに一匹ずつ。猿のような(ナリ)をした星屑は、夏休みに見た個体の近縁種か。

 いくら下級といえど、あの拳を相手にするのは骨が折れる。まして文字通り骨が折れているこの現状では、正面からまともに当たるなど正気の沙汰ではない。

 適当にタイミングを見澄まして、鼻っ面に一撃を叩き込む。たかだか猿の一匹や二匹、割いてやれるのはその程度の時間が限界だ。


「っと——」


 だが。

 振り抜かれる拳を回避すべく、大きく身を沈めると同時。

 全身に駆け巡る感覚が、未だ見ぬ危険の存在を雄弁に知らしめる。


 猿の後方、わずかに見えるその位置から。

 兎じみた外観の星屑が、猿もろともにこちらを圧殺せんと飛びかかっていた。


「……っ」


 明らかに数トンはありそうな見た目で、大きくジャンピングプレスを決める巨大うさぎ。間一髪で脱出した地面が、地震でも直撃したかのように大きく揺れる。

 物理法則を超越した動きが、それが通常の生命とはかけ離れていることを端的に示す。猿の一匹を押しつぶし、なおも狩りの手を緩めないうさぎの貪欲さは、弁解の余地がない獣そのものだ。


「謐暮」溯??r谿コ縺」


「兎が喋るな」


 直感、予感、虫の知らせ。大小様々、無数に存在する警告の中で、優先度が高いものだけを拾い上げていく。

 死角から振るわれるそれは、あるいは神器の成れの果てか。視線を前方に固定したまま、背後から襲いくる獣人の一撃を回避する。

 単なる獣の群れかと思えば、時折半人半獣のような姿をした星屑も混じっている。バリエーションに富んでいるのは結構だが、相手をするこちらの身にもなってほしいものだ。


「蜿ッ蜿顔噪騾溘d縺九↓——」


「やかましい」


 身の丈ほどもある得物を小盾でいなし、返す刀で短剣をねじ込む。

 このまま弾けるまで水を注ぎ込んでやるのも面白そうだが、あいにくとこの局面では冗長にすぎる。そんなことをしている暇があったら、一匹でも効率的に処分した方がよほど有意義だ。


「うわ」


 上空から降ってくるうさぎを回避するため、短剣を引き抜いて大きく引き退る。もののついでに大質量の水流をぶつけた獣人が、近くにいた他の星屑もろともに彼方まで押し流されていく。

 一山いくらの雑魚の群れとはいえ、限られた空間で戦い続けるのはなかなかに骨が折れる。相手側は自軍の損害などそっちのけで襲ってくるのだから、あまりに不公平な気がしなくもない。


「——蟇セ雎。繧帝∈謚」


 そして、一難去ったかと思えばすぐこれだ。

 (たお)れたものを一顧だにすることなく、新手は次から次へと押し寄せてくる。不細工な狛犬という表現に(なら)えば、こちらはさながら出来損ないのワニとでも言うべきか。

 大きな口を開いたまま、猛然と迫り来るワニ(もど)き。見ただけで明らかにヤバいと分かる牙がこちらに届くまで、残された時間は数秒しかない。

 噛み付く力がどれほどのものかは知らないが、あそこまで直球でマズいと思えるものも中々ない。あんなものに噛みつかれたら最後、死んでも離してはもらえないだろう。

 周囲に視線を巡らせ、なけなしの退路を探り当てる。僅かに空いている空白地帯に逃避するべく、右前方の空間へと身体を()じ込む。


「——荳咲「コ螳壼屏蟄舌r謗帝勁」


「ああもう……!」


 だが。この敵の密度で、そう上手く思惑がハマるはずもない。

 ろくに機能しない視界を飛び越えて、例の予感めいた感覚が肌を刺す。意識をそちらに向ければ、別の脅威はすぐそこにまで迫っていた。


「謚ケ谿コ縺励∪縺!!」


「ええ……」


 口からこぼれ落ちるのは、あまりにも場違いな力の抜けた声。

 俺の行く手を阻むように襲いくるのは、文字通り四本の足を備えたサメだ。B級映画にもそうそういないような陸戦特化のサメが、今にも飛びかからんと(アギト)を開く。

 気の抜けた声を上げる余裕がないことなど百も承知だが、それにしたってこのラインナップは如何なものか。不細工なワニにパチモンのサメの取り合わせなど、どこの映画館も願い下げだろう。


「——謨オ蟇セ閠?r蜆ェ蜈」


 一部のファンからは根強い需要があるのかもしれないが、生憎と暢気(のんき)なコメントをしている余裕はない。いくらZ級映画のモンスターじみているとはいえ、鑑賞にはこちらの命が懸かっている特典付きだ。

 サメ(もど)きにワニ擬き、どちらも最接近まで5秒とない。意図せずして生まれた挟撃(きょうげき)に、形勢が輪をかけて不利な方向へと傾いていく。


「……ああ、くそ」


 何か一点に気を取られてしまえば、それ以外に向ける注意が(おろそ)かになる。

 分かり切っているはずの事実でも、こうして有事の際に向かい合うと改めて実感するのだから厄介なものだ。泣きっ面に蜂と言わんばかりに、更なる敵がこちらに迫り来る。


 右手のサメと左手のワニ、それに続く第三勢力は上空から。

 地上の混雑具合も意に介することなく、有翼の星屑がこちらへと突っ込む。


「邪魔くさい……!」


 その姿形は、端的に言い表すのならば翼竜か。だが、ここまで醜悪(しゅうあく)な外見をした翼竜など、そうはお目にかかれないこと請け合いだ。

 大きさ自体は地上の二匹に比しても小さめだが、そのぶん上空を取られている点が凶悪に過ぎる。こちらが回避しても位置を調整できるのだから、その厄介さは言うまでもない。


 敵、敵、敵。どこを見回しても、余すところなく敵の姿で埋め尽くされている。


 星皇軍の実地訓練がどれほどのものかは知らないが、少なくともこれよりはまだ情があるだろう。そう確信できる程度には、この盤面は無理ゲーそのものだ。


「……っ……」


 だが。その無理を真正面から攻略する以外に、今この場を切り抜ける方法などない。


 都合のいい救いの手は来ないと、たった今博士によって証明されたばかりだ。ありもしない奇跡を期待したところで、1秒後には肉塊に成り果てている。


『…………、————』


 戦え。今この瞬間、お前の存在価値はそれだけだ。


 命の価値も、存在の意義も、ここでは極限まで純化されている。それは小難しい理屈など必要としない、この上なく歪んだ(あるべき)理想郷の姿に他ならない。

 頭が痛い。刻限が近いことを示すかのように、意識が真っ赤に燃え上がる。


「……黙ってろ……!」


 叫ぶ声と、張り裂けそうな鼓動。そのすべてを力技でねじ伏せ、腰から一息に碧落(ぶき)を引き抜く。

 

 ——まだだ。まだ、くれてやるものか。


 震える手で銃把(じゅうは)を握りしめ、上空の星屑めがけてワイヤーを撃ち出す。高速で突き刺さる(アンカー)に耐えきれず、翼竜が大きくその身を震わせる。

 暴走する何かを抑えつけておけるのは、時間にして残り何秒か。それを1秒でも先延ばしにすることこそ、今の俺に課せられた使命(せきにん)だ。


「貰うぞ」


「————!!!」


 まずひとつ、翼竜(うえ)は捕らえた。であれば、せいぜい武器として役立ってもらうとしよう。

 渾身の力でワイヤーを震わせ、星屑を強引に地へと叩きつける。声にならない叫びを聞けば、こいつらにも感情らしきものがあるのではないかと思えてきてしまう。


「せえ、の——」


 拘束を解くことなく、繋がれた翼竜を遠心力に任せて振り回す。即席の打撃武器は水流で更なる加速を得て、標的に正面からぶち当たる。


「——逡ー蟶ク繧呈、懃衍」


「譌ゥ諤・縺ォ謗帝勁繧」


 理解不能な咆吼(ほうこう)を上げる、紛い物のサメと偽物のワニ。踏鞴(たたら)を踏んでいるところを見るに、どうにも想定以上の効果があったのか。

 大きく体勢を崩した両者が、四つの足で必死に踏みとどまる。その眼に映るのは(えもの)と、あとは競争相手(ライバル)であるお互いの姿だけだ。

 どちらがより早く体勢を立て直し、獲物の息の根を止めるか。彼らの意識はたった今、それだけの事象に占められている。

 生命としてどこまでも純粋なそのあり方に、いっそ感嘆すらも覚えてしまう。本能が命ずるままに動くその有りようは、なるほど獣畜生の似姿に相応しいものだ。


 しかし、残念なことに。二匹の獣はどちらも、この場にいる同業者にまで意識が回っていないらしい。


「——落ちてこい」


 僅かな月明かりさえ遮るかのように、頭上を覆う真っ黒な影。

 直後。天より降ってきた巨大な(うさぎ)が、サメとワニをまとめて押し潰す。


「…………!!」


 ぐしゃり、と。明らかな致命傷を受けた二匹の星屑が、塵となって夜に溶ける。

 人語にも似た不気味な断末魔すら、吹雪の彼方に消えていく。それを上書きするものはただひとつ、うさぎの甲高い咆哮(ほうこう)だけだ。

 同業者がどれだけいようと、己の行動には露ほども関係しないと言わんばかりに。彼らは爛々(らんらん)と瞳を輝かせ、各々の狩りを実行し続ける。

 狩るものと狩られるもの、追うものと逃げるもの。この場において、両者はあまりにも明確に区切られている。その隔たりを飛び越えて向こう側へと至ることは、俺が俺である限り不可能だ。

 人間という存在は弱者であると——その本質は、捕食者ではなく被食者だと。眼前に広がる状況が、その現実を嫌が応にも叩きつけてくる。それをより一層克明なものへと変えるのは、脳裏に(よぎ)る“騎士”の姿に他ならない。


「謐暮」溯??r谿コ縺」


 だが。

 弱者(にんげん)が牙を持たないかと問われれば、それは紛れもなく否だ。


()()、貰っても?」


 雪を蹴立てて迫り来るうさぎ、その更に背後から。

 音もなく距離を詰めた暗殺者の刃が、目にも留まらぬ速さで鞘走る。


 ——文字通り須臾(しゅゆ)の間、瞬きすることすら惜しい数秒。

 たったそれだけの時間で、巨大うさぎは斬り伏せられていた。


「……どうぞ、くらい言わせて欲しいもんだが」


「確かに、それもそうだね。次から気をつけるよ」


 隣から消しゴムでも借りるかのような、あまりに気負いのない言葉。それに返事をした時にはもう、樋笠はひらりと俺の隣に降り立っている。

 (おとがい)に手を当てて思案する彼は、真面目くさった表情そのものだ。ちょっとした冗談のつもりなのだろうが、彼が言うと本気にしか聞こえないのだからタチが悪い。

 閃電(せんでん)のごとき剣の冴えには、素人目には僅かばかりの不調も見出せない。これで重傷を負っているなど、誰に話そうとも信じてはもらえないだろう。


「次、来るぞ」


「ああ。任せて」


 感動もなく、達成感もなく。一息つくことすらもできないまま、眼前の敵だけに意識を集中させる。

 割合にして二割か、三割か。可能な限りの効率で処理しても、その量は未だ半数にすら至っていない。

 視界で(うごめ)く星屑は、ざっと数えただけでも十体を超えている。出来損ないの粘土細工じみた大群は、いくら数を減らされようと止まることはない。

 隣が吹き飛ぼうが、前が三枚下ろしにされようが、一向に構うことなく攻め続ける。その有様は、軍勢というにはあまりにも狂気に満ち溢れたものだ。


 ……いや、そもそも。味方という概念すら、この群れのうちには存在していないのだが。


 統率者がいるわけでもなく、群れる利点があるわけでもない。結果的に大群に見えているだけで、その本質はどこまでも「個」の集まりだ。

 己の捕食衝動に従ってのみ動く「個」が、何かの偶然で寄せ集められただけ。どれだけ周囲の個体が(たお)されようとも、狩りのライバルが減った以上の意味合いはそこに存在していない。

 俺たちの何が(カン)に障ったのか、今は捕食衝動にも似て非なる何かに突き動かされているような気もするが……むしろ焚きつける結果になったぶん、難易度が上昇している有様だ。

 そもそも恐怖という感情が欠如しているのだから、頭数を減らしたところで怖気付く訳も無い。あまつさえライバルが減ったと発奮しているあたり、その面倒は推して知るべきだろう。

 身内同士で戦力を削ってくれるのはありがたいが、同士討ち上等の攻撃に手加減などあるはずもない。大量の獣が揃いも揃って全力で襲いかかってくるなど、下手すれば強大な一匹の敵よりも厄介だ。


 いくら足掻(あが)いたところで多勢に無勢、詰みの状況を先延ばしにしている程度のものでしかない。根本的な解決を望むなら、()()が出来る人間を用意する必要がある。


「————俊!」


 であれば。

 該当する人間に、その仕事を投げるのが筋というものだ。


 降りしきる吹雪も、押し寄せる星屑の山も越えて。

 孤軍奮闘していた「誰か」の声が、確かに俺の元へと届く。


「打開策が見つかった! 悪いけど、1分引きつけてくれ!」


 1分。この状況で、それがどれだけの重みを持っているか、奴が理解していないはずがない。

 何もせずにぼさっと突っ立っていれば、10秒で2回は死んでいる。今更(おとり)役をやれと言われても、キャパシティは既に限界もいいところだ。

 打開策とやらが何なのか、その一切が触れられていない。最小限の情報だけ伝えて、ただ耐えてくれなどと注文をつけるのだから、アレも相当に性格が悪い人間だ。


 だから、俺も同じように。

 必要で完結な、最低限の返事だけを伝えよう。


「了解。任された」


# # #


 こっち見ろ、と。

 僅かに聞こえただけのその声に、少なくない数の星屑が注意を惹かれたらしい。


「「「——————」」」


 明らかに変質した空気と、ことさら大げさに吹き上げられる水柱。ともすればわざとらしいと思えるそれに対し、しかし多くの個体が身体を向ける。


「……なんで——」


 二本、三本。重ねられる水柱は目立ちこそすれ、決して差し迫った脅威と呼べるものじゃない。

 にも関わらず。並み居る星屑たちはみな、(あだ)でも見つけたかのような挙動を示す。

 盲目的なまでの勢いで突撃し始めるその様子は、誘蛾灯に引き寄せられた虫のごときだ。いくら星屑が本能的に動いていると言っても、ここまで示し合わせたような動きをされると怖くなってくる。

 僕には見えていないだけの何かが、あたかも共通見解として存在しているかのように。苛烈なまでの攻撃衝動、そのすべてが彼ひとりへと向かっていく。


「……っ」


 いや、違う。

 とっさに動きそうになる身体、それを(とど)めるように(かぶり)を振る。

 履き違えるな。助けに向かうことも、原因について頭を巡らせることも、今の僕に課せられた役割じゃない。

 ただ戦闘に参加するだけなら、こちらに突っ込んでくるだけで良かったはずだ。彼ら二人がわざわざ敵を釣り上げたのなら、僕はその意を汲み上げる義務がある。

 

「はぁ、っ……あぁ、もう!」


 迫り来る星屑の数も密度も、今までとは明らかに質が異なっている。注意散漫というにふさわしいそれに応戦しつつ、凝り固まった頭を必死に回す。

 救援は来ない。そう宣告された以上、今の状況は絶望的だ。ここから僕たちが生還するには、目の前の敵を殲滅(せんめつ)するより他にない。

 いくら戦力が追加されたとはいえ、彼ら二人は学生だ。連戦の疲れに蓄積したダメージがあることも考えれば、コンディションは万全とは程遠い。

 先輩の方はともかく、俊の動きは明らかに精彩(せいさい)を欠いている。当然のように剣を振るっているけど、本来なら動いていることすら冗談のような負傷のはずだ。


「くそ……!」


 雨宮俊が、樋笠拓海が、その身を削って時間を作り出している。となれば、僕が今やるべきはひとつしかない。

 一分の隙もない状況なんて存在しない。僕が気付けていないだけで、突破口は必ず存在する。

 与えられた命題を、配られた手札のすべてを、思考の中でしらみつぶしに走査していく。引っかかるに足る違和感を見つけ出すため、滝川さんの言葉を何度も反芻する。


 考えろ——考えろ、考えろ考えろ考えろ!


 救援部隊は来ない。

 何故なら、こっちの連絡が届いていないから。

 その理由は、緊急連絡システムに異常があるから。

 ——「緊急連絡システムに異常があるから、連絡が届いていない」。


「…………!」


 緊急事態宣言エマージェンシーコールが発令され、同時に内結界がロックされる。それがこの第二本部における、緊急事態の対処方法だ。

 でも。今回、何らかの外的要因によって、エマージェンシーコールは不発に終わっている。状況は緊急事態へと移行することなく、結果的に何ら異常のないように偽装されている。


 ……だったら。今現在、この内結界はどうなっている?


「————俊!」


 もし。もし、何も異常がないかのように、システムを騙しているのだとしたら——。

 今現在、この内結界には、()()()()()()()()()()()()()


「打開策が見つかった! 悪いけど、1分引きつけてくれ!」


 声を張り上げる。届いているかなんてわからないし、届いていたとしても返事なんてできる状況じゃない。


 それでも。確かに聞こえたその声が、やるべきことだけを鮮明に認識させる。


「…………3番、展開(セット)!!」


 声も能力も一緒くたにして、腹の底から絞り出す。

 3番の能力は(からす)座、視覚を等しく奪い去る暗幕(くらやみ)。爆風もさながらの勢いで広がるそれは、いつかの戦いの鍵となったものだ。

照明で十分な光量が確保されていたあの時ならともかく、夜間かつ吹雪の今回は最初から視界が悪い。ましてや、単純な視力以外で外界を認識している星屑もいるのだから、あの時に比べれば効果は半分以下でしかない。

 この暗幕が十全に機能するのは、初見殺しとしての効果が期待できる間だけ。その1分のうちに勝負をつけることが、課された絶対条件だ。


「いくぞ……!」


 僕を中心にして広がる暗幕と、束の間止まる軍勢の足並み。分身にこの場を預け、目的地までの距離を一直線に駆け抜ける。


 そうだ。本部にSOSが届いていないというのなら、僕が直接救援を呼びに行けばいい。


 あらゆる往来をシャットアウトする緊急事態宣言エマージェンシーコールは、しかし今その役割を果たしていない。通常状態のまま機能する内結界は、日本星皇軍の人間であれば問題なく通過できる。

 ここから内結界の(ゲート)まで、直線距離にして100メートルと少し。目的地にたどりつけるか否かは、並み居る星屑をどうやり過ごすかにかかっている。


 ただ、門に触れるだけ。たったそれだけが、僕が今為すべき役割だ。


「謗帝勁縺吶k——」


「五月蝿い……!」


 気配を捉えたのか、それとも闇雲に腕を振り回すだけか。デタラメに攻撃を繰り出す星屑を蹴り飛ばし、そのまま全速で抜き去っていく。

 10秒。軍勢を迂回(うかい)するべく大きく回り込んでも、星屑の数はそれを上回っている。門に近づくほどに敵の密度が上がるのは、僕を決して外には出さないという決意の表れか。


「…………!」


 構わない。それならそれで、僕の考えが正しいという裏付けになる。

 30秒。襲いかかってくる星屑は、視覚以外の機能で外界を認識しているのか。暗幕などまるで関係ないとばかりに、巨大な人形(ヒトガタ)が豪腕を振るう。


「豸亥悉縺吶k」


「ジャマ!」


 いい加減、同じ言葉ばかりで聞き飽きた。何を言っているかなんてカケラも理解できないけど、これ以上まともに相手をする義理もない。

 叩きつけられる丸太のような腕を紙一重で(かわ)し、首元に神器を突き立てる。すれ違いざまの一撃が完璧に入り、巨体が地を揺らして倒れ伏す。


「ぐ、ぅ……っ……!!」


 40秒。経過する1秒1秒が、ヤスリのようにこの身を削っていく。能力の出力に比例するかのように、迫り来る限界が頭痛となって僕を(さいな)む。


「髫懷ョウ繧堤「コ隱」


「鬮ォ諛キョウ郢ァ蝣、「コ髫ア」


「鬯ョォ隲幢スキョウ驛「ァ陜」、「コ鬮ォア」


 すぐ目の前にあるはずの門が、今この瞬間は限りなく遠い。衛兵のように周囲を固める星屑の声が、不協和音となって聴覚に突き刺さる。

 あと、10秒。眼前に並び立つ星屑の群れは、間違いなく最高の密度を誇っている。戦力差は絶望的、正面からの突破は無理筋そのものだ。


「っ…………1番、2番、4番、5番、召喚(コール)!」 


 あぁ、そうだ。相手が物量に訴えるのなら、こちらもそれに恥じない量を用意するだけのこと。


 道理が通らないというのなら、あとは無理でこじ開けるしかない。それを成し遂げてきた人間(だれか)の姿を、僕はすぐ近くで見てきたのだから。


「全神器、準備よし——射出開始!!」


 槍が、大剣が、曲剣が。すべての神器(てふだ)が頭上に投射され、雨となって星屑の軍勢に降り注ぐ。

 意識が焼け付き、視界に星が散る。能力の過剰使用に耐えきれず、身体ごと前につんのめりそうになる。


 “問題ない”。きっと、彼らならそう言って(はばか)らないのだろう。


 あと、5秒。崩れ落ちる星屑の脇をすり抜け、(なまり)のような全身に鞭打って進む。

 道は(ひら)けた。重要なことはひとつ、あとはその道をただ進むだけ。

 踏み出す一歩が、あまりにも重い。全力で伸ばしているはずなのに、その手の動きは驚くほどに緩慢(かんまん)だ。


「————行け!」


 それでも。遠くから響く叫びが、僕の背中をあらん限りの力で蹴り飛ばす。


「っ…………ああああああぁぁぁぁ!!!」


 絞り出した咆哮(ほうこう)が、無限にも等しい距離を征服する。


 ——長い長い、永遠にも思える1分の果てに。


 力の(こも)らない指先は、それでも確かに(ゲート)を捉えていた。





































































 ばちり、と。


 静電気でも流れたかのような感覚が、指先に(ほとばし)る。





























 ——異常事態の発生を検知しました。許可なく門へアクセスすることを禁じます。

 ——逡ー蟶ク莠区?縺ョ逋コ逕を検知しました。許可なく門へ繧「繧ッ繧サ繧ケ縺吶k縺薙→を禁じます。

 ——逡ー蟶ク縺ョ逋コ逕溘r讀懃衍縺励∪縺励◆。閨キ蜩。縺ッ騾溘d縺九↓驕ソ髮」縺励※縺上□縺輔>。
































 唯一の望みだったものが、僕の浅はかさを嘲笑(あざわら)うようにぷつりと消える。


 掻き鳴らされる警告音と、無数に表示されるシステムウィンドウ。

 明らかにノイズ混じりのそれらは、僕が門の向こう側へと侵入することを頑なに拒む。それが指し示すものなんて、言うまでもなくたったひとつしかない。


「……な、んで」


 退路は断たれた。

 もう、どこにも逃げられない。

そう簡単に反撃されてもつまらないので、少し難易度を上げておきました。主人公補正があるなら大丈夫!


次回の更新ですが、折角のクリスマス編なので、12/24に投稿したいと考えています。22日から三日連続更新を予定していますので、お楽しみいただければ幸いです。


気づけばこの物語も100話の大台に乗りました。のんびりとした速度の本作ですが、どうかこの先もお付き合いいただければ……と思います。


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