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月影の下に魔は出ずる  作者: 朝里 樹
第一章 吸血鬼の物語
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第二節:人間嫌いの吸血鬼

第二節:人間嫌いの吸血鬼


 自分の部屋へと戻ったジェラルダインは槍を壁に立て掛け、そしてベッドに腰を下ろした。窓の外にはもうすぐ朝日が昇ろうとしている。何百年も前に彼女を疎むようになった明るい光が。

 陽の光の下で行動できない訳ではないが、魔力の行使は満足に行えない。例外はあるが、これはほとんどの吸血鬼に当て嵌まる弱点だ。無論、ルスヴンにも。

 ジェラルダインはベッドの隣に置かれた古い契約書を手に取った。長い年月を経てすっかり色の変わってしまったそれには、ジェラルダインがルスヴンを滅ぼすと言う旨の契約が書かれている。

 ルスヴンを殺してほしいと言う依頼をジェラルダインが受けたのは、百年以上前になる。依頼者は彼に息子と娘を殺されたと言う父親。名はオーブレーと言ったか。

 二人の子を殺された父親の憤怒は凄まじいものだった。そして同時に、彼は子供たちを守れなかったことを深く後悔していた。ジェラルダインは遠い過去を思い出す。




「あの怪物は私から全てを奪った。息子も娘も、あいつに殺された」

 血走った目をジェラルダインに向け、オーブレーはそう告げた。その顔は疲労のためか酷くやつれているのに、瞳は肉食獣のような野性的な光を宿している。そしてそれが彼の中に溢れる怒りの大きさを表していた。

 彼の話によれば、ルスヴンは彼の娘の婚約者として彼女に近付いたらしい。そして唯一人ルスヴンと妹との結婚に反対していたその兄は、妹を救おうとするが故の行き過ぎた言動から狂人として軟禁され、そして妹の婚礼の日に狂い死んだ。だが彼が死の間際に残した言葉と手紙から、ルスヴンの正体は暴かれたのだ。

 しかしそれはもう遅かった。彼の妹は吸血鬼の毒牙にかかり、地を吸い尽された亡骸だけが残されていたと言う。花婿となる筈だったルスヴンはそのまま姿を消した。

 残されたオーブレーと彼の親族たちは血眼になってルスヴンを探し回り、そして何人ものヴァンパイアハンターを雇って彼の下に送り込んだそうだ。だがその中の誰ひとり生きて帰って来た者はいなかったらしい。

 そしてオーブレー氏の最後の依頼の相手がジェラルダインだった。彼の望みは無論ルスヴンを滅ぼすこと。彼はそのために、同じ吸血鬼であるジェラルダインを頼った。

 百年前のあの夜、ジェラルダインは確かにその依頼に頷き、そしてルスヴンを倒すことを誓った。

 それなのに、ジェラルダインは片手で頭を押さえる。ルスヴンと戦うその前に、オーブレーはあの吸血鬼の手で殺された。そしてそれがルスヴンとの因縁の始まりだった。




 彼女がルスヴンと初めて相見えたのは、廃れた教会においてだった。オーブレーに指定されていたその場所に足を踏み入れたジェラルダインがまず感じたのは血の匂い。誇り臭さの中で、その真新しい匂いは異彩を放っていた。

 そして彼女は次に同族の気配を感じた。

 もう何年も前に人に見捨てられたその教会の奥で、ルスヴンは血溜まりの上に立ってジェラルダインを待っていた。

「貴女がジェラルダイン嬢と見て間違いないかな。お会いできて光栄ですね、私はルスヴンという名の吸血鬼」

 ルスヴンはそう仰々しく礼をした。その彼の後ろでは、掌にナイフを突き刺され、キリストのように両手を広げて磔にされたオーブレーの死体があった。その亡骸の両掌と胸には、彼を釘付けにするためのナイフが突き刺さっている。

 そして吸血鬼ルスヴン卿は、自ら作り上げた十字架の下で愉快そうに嗤っていた。

「全く親子そろって楽しい人間たちだ。どうしても私の手で殺されたかったらしい」

 灰色の目が冷たい光を帯び、そしてジェラルダインを鋭く睨む。その目の奥に、ジェラルダインはオーブレーの目に見たものとはまた違う深い憎悪を見る。

「人間嫌いとは聞いていたけれど、相当拗らせてるんじゃない? ルスヴン卿」

 同じ始祖の吸血鬼同士、ルスヴンの噂をそれまでに聞いたことが無いわけではなかった。灰色の目を持つ人間嫌いの吸血鬼。それが巷説の中に語られるルスヴン卿だった。

 人間を快く思わない魔物は多い。だがルスヴンはその中でも特異だった。ただ血を貪るための食料と見なすでもなく、邪魔な存在として排除する訳でもなく、欲望のままに滅ぼそうとする訳でもなく、わざわざ自ら人に近付き、その人間と時を過ごし、そして最終的に様々な方法を使って破滅させる、人を憎み続ける冷たい魔物。

 その灰色の魔物は、懐から短剣を取り出して首を傾げた。

「その通り、私は人間が大嫌いだ。憎悪していると言っても良い。そしてそれ故に、人のために吸血鬼としての力を使おうとする貴女が気に入らない。だから手始めに、矮小な人間でありながら吸血鬼の力に縋ろうとしたこの男の命をもらったのさ」

 ルスヴンは短剣を一度宙に放り、そして再び掴んだ。

「さてどうする? 依頼主は死んだ。それでもまだ私を殺すつもりかい?」

「残念だけど、貴方を殺すまで契約は有効ね。今私がそう決めたから」

 依頼主を殺された後では確かにこの吸血鬼と刃を交える必要性はない。だがこの怪物はこのオーブレーの家族を殺し、そして彼の命まで奪った。ジェラルダインの城を襲い、そして父母を始めとした多くの命を奪った魔物のように。

 人を憎むこの吸血鬼は、これからも同じような被害者を増やし続けるのであろう。ただそれが気に入らなかった。

 その夜、ジェラルダインの蒼い目は、目の前の灰色の魔物を改めて敵として捉えたのだ。




 ジェラルダインは陽の光が部屋に差し込んで来たことに気付き、立ち上がって窓を布で覆った。部屋の中は柔らかな闇に包まれる。

 こうしてあの男との因縁は始まった。あの夜から数えて百年と少し、彼との決着は未だついていない。何度その心臓を貫き、首を刎ねようとも、あの怪物は月の光さえ浴びれば甦る。それが始祖の吸血鬼としての彼の力だった。

 この月影の下に潜む吸血鬼と呼ばれる種族。その中でも特異な存在とされるのが始祖の吸血鬼だった。元は人間でありながら、死に際して人であった頃の記憶を失わずに吸血鬼となるものたち。

 吸血鬼に噛まれ動く屍と化したり、悪霊や悪魔に体を乗っ取られたりして人であった頃とは全く別の存在となる通常の吸血鬼と違い、他者の影響を受けることなく人から血を吸う魔へと変化した存在。それが始祖と呼ばれる吸血鬼であり、通常の吸血鬼に比べて魔力も身体能力も桁違いに高い。

 その上ジェラルダインが他者から魔力や生命力を吸収できるように、それぞれが得意な能力を持っている。

 ルスヴンの場合、その力の一つが月光による蘇生だった。例え体をばらばらに切り裂かれようが、灰にされようが、月の光に晒されさえすればあの吸血鬼は甦る。不死身と呼ばれる始祖種の中でも彼の蘇生能力は強い。そしてそれ故に、彼は生き残り続けている。

 あの吸血鬼を滅ぼすには、一度その体を破壊した上で月光の当たらない場所に閉じ込める必要がある。だが彼も馬鹿ではない。

 ルスヴンは決して月光の当たらぬ場所では強敵と戦わない。もしその状況から引き摺り出そうとするのなら、彼は昨夜のように迷うことなく逃避を選ぶ。それがルスヴンという吸血鬼だ。

 それがこの百年の間にあの怪物を追いかけて分かったことだ。あれを滅ぼすのは容易ではない。だがやらなければならない。あの吸血鬼が戯れに奪った命は数知れぬ。だが何人殺してもルスヴンが人を許すことはないだろう。

 この百年間の間に、彼についてもう一つ知ったことがあった。それは彼が人から吸血鬼となった過去。そしてそれが、吸血鬼ルスヴン卿が人を憎悪し続けるその切っ掛けともなったようだ。

 彼は人であった頃、一人の優秀な兵士だった。そしてスコットランドのとある島の領主の、大きな城に仕えていた。

 


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