壱話
巷の戦場を“ろぼっと”なる魔導仕掛けの巨人が闊歩するようになってから、半世紀余りの時が過ぎようとしている。
しかしその来歴、すなわち「彼ら」がいかにして生まれ、発展し、現在の状況に至ったかについて顧みられることは少なく、このまま放置すれば貴重な記録が歴史の影に埋もれる危険が少なくは無い。またすでに各国においては自国の機体を喧伝するためそれぞれが誤った伝説を流布し、ともすればそれが事実とみなされる状況となっている。
そこで我、帝国史官リィ・ギィが我の知る「彼ら」の正しき足跡について記し、もって後世の学びに役立てんとする。
“ろぼっと”について学ばんとする者はまず本誌を読み概略の知識を得たのち、己が目的とする分野の専門書にあたることを推奨する。
* * *
―― 帝国暦386年:帝都・中央官庁街 ――
重い金属音が響いていた。金属の板、いや分厚い装甲板同士が触れ合って立てる音。
発生源は黒光りする巨大な騎士――機械仕掛けの巨人たちだ。飾りのついた頭頂部分の高さは建物の二階を超え、三階の半ばまでに達している。
十数体を数える「それ」は、鈍い轟音をまき散らしながら石造りの建物の間を進んでゆく。整然と、まるで人間のように隊列を組んだまま――肘や膝、関節にあたる部分の隙間から、時折奇妙な光を発しながら。
「…………」
その脇の建物の一つの、三階の窓。
開いた窓の窓枠に肘をついた姿勢で、一人の少女がぼうっとした眼差しで進んでいく金属の巨人たちを眺めていた。
年の頃は二十に届かない程度か。くすんだ金色の髪に青い眼、整った顔立ちだが無造作に括られ微妙に乱れた長髪と、微妙に焦点の合っていない眼が何やら眠たげな雰囲気を感じさせている。
「……っちゃん」
後方からかかった声にも、少女は反応しなかった。
「りっちゃん。起きてる?」
反応はない。変わらず目の前の金属巨人たちの行進を半分閉じた目で眺めている。
「帝国三等史官、リィ・ギィ!」
大声で己の官名を呼ばれ、少女は初めて気づいたように顔を上げた。頭を巡らし相手の姿を認めると、挨拶でもするようにひらひらと笑顔で右手を振ってみせる。
「ああ、なっちゃんかの。良いお天気じゃな」
外見に似合わぬ奇妙に老成した言葉がその口から漏れた。対する娘――年の頃はリィと呼ばれた少女より3つ4つ上、男性の平均値に近い長身と背中まで届く長い黒髪の持ち主は、眼鏡を押さえて少し呆れたように言った。
「まったく。先生に頼まれた資料の解析、早くやらないとでしょ。時間がないんだから……で、何を見てたの?」
「ん? ああ、“ろぼっと”じゃよ」
遠ざかる地響き――建物の向こう、演習場に向かって去って行く巨大な人形たちの背中を見送りながら、少女は独り言を口にするように答えた。
「「ナシュカ」。第8世代の機体で、量産性向上のために魔力の貯蔵量を減らしておる。代わりに槍やら魔導銃やらの装備が充実していてな。数を揃えられる帝国では有効じゃが、公国あたりの用兵思想とは合わんじゃろうて」
唐突に始まった専門的な解説に、黒髪の娘は虚を突かれたような表情で少女の横顔を眺めた。
「詳しいわね。ひょっとして来年の昇級試験の自由課題、それにしようとか思ってる?」
「お、あたりじゃよ」
少女は体ごと娘に向き直った。
「考えてもみよ。今や“ろぼっと”は6ヶ国で製造されて、戦争に加えて土木作業でも欠かせぬ存在となっておる。しかし誕生からわずか50年じゃ」
大仰に両手を広げ、遠ざかる機体を指し示してみせる。
「あれは50年前にはこの世界に存在すらせんかった。史官たる者、その歴史を始まりから書き起こしてみたいとは思わんか?」
「ふうん?」
娘は考え込むように小首をかしげ、右手の指でこめかみのあたりを掻いた。
「“ろぼっと”の話は研究解説に小説、歌曲に戯曲まで大量にあるけど、考えてみれば通史ってのはあまり見ないわね。でも資料集めが大変じゃない?」
「うむ。それが意外と簡単だったのじゃ。まあ序盤の部分だけの話ではあるが」
少女は屈み込むと、足下に置いた鞄の中を金髪を揺らしてゴソゴソ探し、やがて数枚の紙を取り出した。いたずらっぽい笑みを浮かべて娘の方に差し出す。
「じつはもう、書き始めておる。読んでみるかの?」
* * *
前史 ~「始まり」以前の時代~
もとより軍事と魔術の歴史は切り離せない。数千年前、神話以外の定かなる記録すら残らぬ時代にまで遡れば、神々やその血を引く英雄が縦横に戦場を駆け巡り恐るべき魔術の力を用いて敵を打ち倒した、との記述は数多ある。
しかし歴史の時代に入ってからはその手の事象の記録は遙かに少なくなる。正確には、一部の地方戦役において見られる程度になったと言うべきであろう。理由は明確である。戦の規模が大きくなり、当時はあくまで個人の技術であった魔術が、戦の帰趨に直接影響を与える力を失ったためだ。おとぎ話の魔法使いとは異なり、現実の魔術は気軽に雷撃を落としたり掌から炎を発したり、まして無から有を生み出すことなどできはしない。長い修行と鍛錬、そして何よりもその道に関する才能が必要となるからだ。仮に数名の傑出した術者がいたとしても、数百の馬蹄が駆け巡り数千本の槍が殺到し無数の矢が飛び来る戦場では大した戦力にならぬことは言うまでも無い。森の公国の樹人兵のごとき地形的な条件に基づく若干の例外を措けば、魔術はあくまで戦の傍流に留まり、歴史の流れに直接影響を与えることはなかった。三百余年前の「魔法博士」の出現もこの流れを変えることはなく、武具類の改良を通じて若干の影響を与えるに留まった。無論、我が帝国の創立に貢献したその功績を貶めるものでは一切ないが。
しかし帝国暦三百三十四年、異変は起きた。これは異変と呼ぶしか無いものであり、その前兆を感じ取っていた者はいたとしてもわずかであった。
「始まりの機体」の出現である。
* * *
―― 帝国暦386年:帝都・中央官庁街 ――
「……相変わらずあんた、歳に似合わない文章を書くわね。その口調そっくり」
足早に歩を進めつつ。
娘は渡された紙に目を通し、項をめくりながらあけすけな感想を口にした。歩きながら書類を読んでその内容を頭に入れるのは――障害物を普通に避けることも含めて――帝国史官に共通の特技だ。彼女の後について進みながら、金髪の少女はどことなく自慢げに頷いた。
「じいちゃん、ばあちゃん、ひいじいちゃんに、その友達一同に囲まれて育ったからのう。いろいろ移ってしもうた。で、どうじゃ?」
「まだ最初の部分だけだけど、雰囲気は悪くないわね。あとは中身次第かな」
「なら心配せんでええ。実はひいじいちゃんが当事者でな。当時の状況を随分聞かせてもろうた」
え、と驚いたように娘が足を止めて振り向いた。
「すごいじゃない。一次調査が不要ってなかなかないで――あ、そうだ」
何かに気づいたように軽く紙束を叩く。
「これ、題名がついてないじゃない。どうするの?」
「もう決まっておる」
少女は満足げにもう一度頷いた。
「実は初代の操縦者は異世界から来たという噂があってな。それにちなんで……」
『異 世 界 巨 神 考』
第一世代
始まりの機体「アラク」
全長:推定60フレド(訳注:18.3m)
戦力:不明(測定不能)




