隣国の英雄 (三人称視点)
「おっと」
一人歩く美貌の青年の頭上を、黒い陰が通過する。
それは信じられない数の精霊の群。
自身の進路上を通過したそれを目にし、その金髪碧眼の青年は目を瞬く。
「これは珍しい。マレシアが怒っているな」
そういうと青年は、自身の背後……王国のある方向をみて笑った。
「馬鹿だな、王国のカイザードは」
笑みにも関わらず、その表情からは怒気が漏れ出ていた。
まるでその青年の怒気に反応したように、周囲の鳥や動物達が逃げ出していく。
「これほどまでに王国に尽くしてくれた人間を、こんな形で追い出すなんてね」
次に青年は視線をさらに上、王国の王宮へと向ける。
「それにしても、聖獣様も少しは動けばいいのに。人間に関わらないって頑なにならずに」
こちらが視線を向けても一切反応を示さず、どこかへと目をやっているその存在に、青年は不機嫌そうに呟く。
「……そんなに気にしてるんならさ」
言葉まで届くわけではない、そう理解しながらそう呟いた青年は、また王国の方へと視線を戻す。
「それとも、僕がけじめをとらせようか?」
そう吐き捨てた瞬間、周囲の草木が突然の突風に激しく揺られはじめ……けれどすぐに収まった。
「まあ、そんなことしないけど。マレシアは絶対いやがるし」
そういって、正面に向き直った青年の顔に浮かぶのは先ほどまでの表情が信じられなくなるほどの慈愛の表情だった。
「精霊を動かしたことにも、マレシアは後悔してそうだしね。……理由があって決断していたとしても」
王国を守るために偽物の聖女になりながら、それを後悔し続けたのがマレシアだ。
何も感じていないなんてあり得ないだろう。
だったら、いち早く駆けつけて励ますのが最優先事項だ。
「精霊が上を通っていったてことは、進路はこっちであってるだろうしね」
そういって最後に青年は、王国の方へと振り替えって告げる。
「まあ、マレシアとの婚約を破棄したことだけは認めてあげるよ、王国の王子」
そう告げ向き直ったその青年の碧眼には、隠しきれない熱が浮かんでいた。
「といっても、婚約してても政略結婚ぐらいつぶして奪いに言ったけどね。龍殺しらしく、強引にね」
それを最後の言葉に青年──隣国第二皇子にして龍殺しの英雄、ライハートは歩き出した。




