幸運?
「始まったようだ」
不意に、ペドロが口を開いた。直後、スッと立ち上がる。
「何が始まるんですか?」
一応は尋ねたものの、公生はその答えが何なのか予想はできていた。
そして、ペドロから返ってきた答えは、公生の予想通りのものであった。
「処刑人が動き出した。また誰かが死ぬ」
「そうですか……」
答えた公生は、複雑な感情に襲われていた。
百目鬼、井川、永井……柳沢とは違い、この三人とはほとんど言葉を交わしていないし、雰囲気からして好きにはなれないタイプだ。
かといって、処刑人に殺されるという事態は気分のいいものではない。
だが、そこで公生の頭に閃くものがあった。
「ひょっとして、次は僕の番ですか?」
「いや、その可能性はないよ。残ったメンバーのうち、もっとも可能性が高いのは井川さんかな。次は永井さんだ。君は、残ったメンバーの中では、もっとも可能性が低いよ」
その答えを聞き、公生はホッとなった。が、同時に別の考えも浮かぶ。
井川は、自分が処刑人に狙われていることを知らない。このままだと、井川は確実に死ぬ。何せ、処刑人はペドロより強いという話だ。抵抗すらできないだろう。
そして、井川本人はその事実を知らない。自分が殺される理由もわからぬまま、唐突に命を奪われる。
人間は、己の死期を知らされる方がいいのか。それとも知らされない方がいいのか。
そんなことを考えていた公生だったが、続いて放たれたペドロの言葉にギョッとなった。
「念のため、彼らを観察してみるよ。君は、ここでおとなしくしているんだ」
「彼らって井川さんたちですか?」
「そうだ。彼らが、今何をしているのか知っておきたい。処刑人の判定は、想像以上にシビアだ。彼らが何をして処刑と判定されたのか、知っておきたい」
そう言うと、ペドロは来た道を戻っていった。
ひとり残された公生は、その場にしゃがみこんだ。
この島で、これまで三人の人間が死んだ。正直、小林について思うことはない。
だが、沖田とは言葉を交わしている。話していて鼻につく部分もあった。だが、死んだと聞かされれば、いい気分ではない。
さらに、ペドロに立ち向かうも子供扱いされ「君にはその価値」と言われた時、沖田は心底から絶望していたように見えた。自分のプライドを粉々に砕かれたせいだろう。絶望のまま死んでいく、そんな死に方はしたくない。
井川は、どんな気分で死んでいくのだろう。
その時、あることに気づく。
以前、ペドロは自らを観測者と言っていた。つまりは運営側の人間ということだ。
そのペドロですら、処刑人の判断基準をわかっていないらしい。さらに、やり過ぎだとも言っていた。
ひょっとしたら、この島に来た者は例外なく殺されてしまうのか? 運営は、ペドロをも殺すつもりなのか?
そんなことを考えていた公生だったが、こちらに接近している者がいることには気づいていなかった。
◆◆◆
「あのガキ、ひとりで何をしてるんだ?」
井川は呟いた。その手には、大きな石がある。
彼は、武器を作るための材料を探すため歩いていた。その最中、偶然にも公生を発見したのだ。
ひとりとは好都合である。ペドロを襲った時、このガキに邪魔されては面倒だ。まずは、こいつから片付けていこう……井川は、そっと近づいていく。
この時、井川は完全におかしくなっていた。この島に送られ、死刑を逃れられたかと思いきや、そうではなかった……まさに天国から地獄である。彼の心は耐えられなかった。
そのため、今も「憎いペドロのそばにいた奴」という理由だけで公生を殺そうとしたのである。
井川は、音を立てず進んでいく。公生は、接近する井川に全く気づいていない。座りこんだまま、じっと前を見ている。
これなら、完璧に殺せる……井川は、石を振り上げた。グラスくらいの大きさで、それなりに重さもある。当たれば無事ではすまない。一撃で死んでしまう可能性もあった。
しかし、石が振り下ろされた瞬間、有り得ないことが起きた。
まず、座っていた公生の体が、なぜか前方に転がった。
次いで、声があがる。
「いててて!」
そんな声を出しながら、地面を転がっていったのだ。結果、公生の体は井川から離れていく。
井川の方は唖然となっていた。いったい何事が起きたのだろう。なぜ公生が痛がっているのか、理由が全くわからない。
◆◆◆
公生は、地面を転がっていった。
かつて骨折し、どうにか治癒した脇腹の古傷。今、そこに激痛が走ったのだ。
直後、強烈な痛みにバランスを崩した。前転するような形で倒れるが、そこは斜面であった。急なものではないが、それでも今の公生を転がすには充分であった。
公生は、無様な姿で転がっていく。運動神経のいい人間なら、転がる前にバランスを取り立ち上がったかもしれない。
「なんだよ今の……」
ボヤキながら、公生は立ち上がった。脇腹を骨折したのは小学生の時だ。なのに、今頃になって痛むとは思わなかった。医師も、完治したと言っていたのだ。
僕の人生は、いつもこうだよ……などと思った時、公生はようやく井川の存在に気づく。大きな石を片手に持っており、きょとんとした顔で公生を見ている。
だが、すぐに気持ちを切り替えたらしい。みるみるうちに、殺意を剥き出しにした表情へと変わる。
「てめえ! ぶっ壊してやる!」
喚きながら、石を振りかざし突進していく。だが、またしても奇妙なことが起きた。
突進してきた井川だったが、いくらも進まぬうちに転倒する。それも、後方に転んだのだ。バナナの皮でも踏んだかのようである。
次いで、そこに木の葉が舞い落ちた。なぜか、井川の顔面めがけ集中して落ちていく。
うち何枚かの葉っぱが、井川の口の中に入った。途端に、井川は苦しみ出す。両手で喉を押さえ、七転八倒している。木の葉が気道に入り、呼吸困難をもたらしたのだ。
近くにいる公生はというと、予想もしていなかった出来事の連続に動けないでいた。なぜ、井川がここにいるのか。なぜ、自分を殺そうとしているのか。そして今、井川の体に何が起きているのか。わからないことだらけだ。
固まっている公生の前で、井川はやっと立ち上がった。どうにか口から葉っぱを取り出そうと、じたばたしつつ歩いていく。足元の土が崩れ草も妙な動きをする。井川は、またしても転倒した。
倒れた拍子に、後頭部に衝撃を受ける。そこにあったのは、公生を殺すため握っていた石だった。転んだ拍子に手から離れ、その石が脳挫傷をもたらし井川は死んでしまったのだ。
皮肉にも、他人を殺す凶器として用いようと思っていた物が、自分の命を奪う凶器となってしまった。
思いもかけぬ光景に、呆然とするしかない公生だったが……この男は、違う感想を抱いていた。
「井川さんを殺したのは、島で間違いない。しかし、公生くんの今の動きは何なのだろう。意図的に避けたとは思えないし、彼にそんなスキルはない。幸運の女神の仕業か、それとも他の理由があるのか……」
ペドロは、そう呟いた。彼は、井川が公生に襲いかかる寸前から、状況を見守っていたのである。
◆◆◆
被験体I、削除完了。
ひとつ、奇妙な現象を発見。被験体Iが被験体Tを殺害せんとした時、Tは転がって避けた。
Tの位置から、Iを視認することは不可能。足音が聞こえていた可能性も薄い。
何より、その表情から判断するに、自分が殺害されそうになっていた事態にすら気づいていなかった。これは、〇%の範疇に入れていい奇跡である。
有り得ない。
理解不能。
理解不能。
理解不能。




