72.沈没
ある休日の昼下がり。公爵邸の庭園にリリベルとキャシーの姿があった。
「見える⋯⋯見えるわ」
カップを持ち上げ軽く揺らすリリベルはその揺らめく紅茶を見て呟く。
「今度は何よ」
「第二⋯⋯ん?キャシーが一番好きなのはこっちか⋯⋯第一の男がしょげる姿が見える」
「は?」
一体姉は何を言っているのか。
「見える⋯⋯見えるわ。キャシーが男を見限る未来が」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
一切キャシーの質問に答える気がないであろう姉の姿に彼女ができることは呆れることだけだった。
それから暫くして――
「キャシー様ロジェミア王子様がお見えです」
ぶっ!
使用人はニヤリと笑うリリベルと紅茶を吹き出したキャシーを目にしたが表情一つ変えることはなかった。
キャシーは口元を拭きながらジロリと姉を見る。
何をやった?
何もしていないわ。
そんなアイコンタクトを交わした後王子のもとに行くために立ち上がる。ニヤニヤとした嫌な視線を感じるが無視して庭園を後にした。
~~~~~~~~~~
扉の前で深呼吸をする。嫌な予感がする……。
先程の姉の奇妙な言動のせいかしら。
少しイライラしながら扉を開けるとそこにはソファに腰掛けるロジェミアの姿。相変わらず美形だ。
美形なのだが⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんかいつもより気合が入っているような。髪の毛をバッチリきめ、服も新品っぽいし、華やかだ。
キャシーがテーブルを挟んでソファに腰掛けると当たり障りのない挨拶、会話が始まる。
?
??
???
いや、用件は?
わざわざ家に来て、 ただの世間話をするような間柄ではないはずだが。
「キャシー大切な話があるんだ」
あら、やっと本題かしら?
とても緊張した面持ちのロジェミアにキャシーまで顔が強張ってくる。
「色々考えたんだが、君に正式に婚約を申し込みたいと思うんだ」
真っ直ぐに向けられる視線にドキリとする。
「聡い君にはバレていると思うが私には他に好きな女性がいる」
うん、知ってますとは流石に言えなかった。
「だが彼女のことはもう忘れようと思う」
うん、そこは頑張れとしか言えないが言わない。
「でも、その⋯⋯⋯⋯こう区切りというか。彼女への想いを断ち切るために彼女に何かをしてあげたいと思ってね。ほら!心残りがあるといつまでも忘れられないだろう?」
うん?
「実は⋯⋯彼女の家が今窮地に陥っているんだ」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん?
「今朝商会の荷を乗せた船が沈没してしまったそうで、賠償やらなんやらで大変なことになりそうなんだ。そんなことを聞いてしまったらやっぱり元婚約者として放っておけないというか⋯⋯助けてあげたいと思うんだ」
はあ、そうですか。
だが、なぜそれを私に言う?
「あいにく私には金がなくてね。君に助けてほしいんだ」
なぜ私が?
「婚約者は助け合わないと」
うん、婚約してないけどね。
ていうかなぜこの人の中では婚約が決定しているのだろうか?王子様だから?自分が言ったことは叶えられると思っているのだろうか。
「フライア公爵家の資金から考えたらお小遣い程度の金額だよ」
まじか。それなりに大きな商会を救えるほどの額の小遣いを貰った記憶なんてございませんが。
「ああ正式な金額はわかり次第伝えるから1週間以内に金を届けてほしい。私が彼女に渡しに行くから」
なんか色々とツッコミどころ満載なお言葉ですな。
人に金を用意させて、自分が持っていくとか⋯⋯もしや人の金を自分の金とか言っちゃう系男子だろうか。
「聞いているかいキャシー?先程から何も言わないが⋯⋯大事なことなんだからしっかりしてくれよ?」
呆れたような視線を向けられ、キャシーの中で何かがプチリと切れた。
「しっかりするのはそちらでは?」
「何?」
「なぜ我が家が関係のないペネロペ様の家に援助をするのですか?婚約に関して諾と言う返事もしていなければ書面も取り交わしておりません。なぜあなたは私の婚約者のような振る舞いをするのですか?我が家と無関係のあなたが公爵家の金銭をどうこうできるなどとなぜお思いになるのですか?」
「な!?君は私のことが好きなんだろう!?せっかく君の婚約者になってやると言っているのに生意気だぞ!」
「まあ⋯⋯お金で身売りをするということですか?王子様とあろうものが?」
「なんだその言い方は!?私は王子でお前は公爵令嬢だろ!?わきまえろ!」
唾を巻き散らかしながら叫ぶものだから、不快である。
思わず露骨に嫌な顔をしたキャシーにしまったという表情をするロジェミア。
今更そんな顔をしても遅いのよ。
「王子は王子でも属国のでございましょう?私は帝国の皇族の血と序列一位のフライア公爵家の血を引く娘ですわよ?あら?あなたの国を制圧した男の娘でもありましたわね」
その言葉にかっと頬を赤らめるロジェミア。
それは怒りか羞恥か。
「君は私のことが好きなんだろう?好きな相手の願いは叶えたいと思うものではないのか?」
そう⋯⋯あなたはそう思うのね。では私の言葉など聞かないあなたはやはり私のことなどどうでも良いと思っているということね。
「私が好きなのはあなたの顔であって、心はちょっと⋯⋯。いくら顔が好きでもその顔を手に入れる為にお小遣いを差し出すのは少々釣り合いが取れませんわ」
「私がどんな性格だろうとお前は私の顔さえあればいいだろう?だからお前は他の女を好いている私を思い続けているのだから」
「あら嫌だ。過去形にしてくださいませ?黒歴史というものですわね。ふふ⋯⋯」
広げた扇子で口元を隠す。
それにより強調された目はロジェミアを蔑んでいるように彼には見え思わず腰につけていた剣の柄に手をかける。
いや、かけたつもりだったがその手には鞭が巻きついていて動かせなかった。
「女子供に手を出そうとするなんて最低ですわよ?」
そう言って笑う彼女の手には鞭が握られていた。




