【第二十六話】 新居
「ああ分かった。荷物を纏めていつでも出られるようにしておくよ、報告感謝する」
ロイスの言葉を合図に執事長が扉から離れていくと、すぐにクルムが外の景色を見ようと窓際に駆け寄った。
進行方向には目的地である孤島が薄っすらと見え始めている。
その隣にロイスが並ぶと自然にネリスがその後ろに立ち、それを見て髑髏の三人組も揃って横に並んだ。
「ほんとに見えてる。周りに何にも無いんだね~」
「それが孤島ってもんだ。しかし、この辺りの防衛も考えないといけないなあ」
「ん? どゆこと?」
「仮に俺達があの島に移り住んだとして、軍船で攻め込まれでもしたら気付くことも出来ないし、意味を同じくして対処のしようがない」
「そんなことある? まだあたし達の存在なんて誰も知らないのに」
「そりゃ今日明日にそうなることはないだろうよ。だけど、いずれそうなる時が来る、というか来るようにするのが俺の仕事だとすら思ってるからな。対策は必要だ」
「そっか~、あたしの探知結果が使えたらいいんだけど」
「島一つだぞ? さすがにあの広さは無理だろ?」
「あんまり広さは気にしたことないんだけどなあ」
「ほう、つまりは可能だってのか?」
「今日まであの部屋に使ってたのも同じなんだけど、普通の結界を魔法陣で展開してそれを拡大っていうの? して範囲を広げてるから広さ分の魔法力を消費してるわけじゃないんだよね。ってことは広げる規模の問題だかから、要領が分かれば出来なくもない……かも?」
「まじかよ、お前転移のアレといいやっぱ天才の部類だな」
「へへん、見直したか」
「よ、我らの女王様」
「へへ~♪ そうと決まれば今度試してみるよ。といっても出来たとして侵入を拒む障壁タイプは難しいんけどさ。探知結界だから気付けるってだけ、だから気付いても大量に攻めて来られたらあんまり意味はないかも」
「ま、知らない内に上陸されているよりは百倍マシさ。門番みたいなのがいればより楽になるだろうしな」
「門番か~、ママの飼ってたリヴァイアサンを連れてこれたら手っ取り早いんだけど」
「リヴァイアサン? それ海の神ってやつ?」
「さあ?」
「さあってお前……ユーリ、補足を頼む」
「そういう名前を付けられていただけで、普通の海龍ですね。王妃様ご健在の時には大陸に侵入されないようこの大陸側の海に放していました。ただの船なら沈めるサイズと強さはありましたが、我々ほどの戦闘力は無いので海の番人ぐらいの扱いでしたね」
「ほほう、そりゃいい。今そいつはどこにいんの?」
「不明です。どちらにせよ海の中にいますし、王妃様が呼び出しでもしない限り勧誘も交渉も困難でしょうが」
「ならアテにしてもしゃあねえか。ま、無い物ねだりを始めるとキリがねえのが今の俺達ってもんだ。さて、皆荷物を纏めるとしよう。じき到着だ」
「ほーい」
「ほらリリー、お前もだぞ。カラはさておき、髑髏仮面たちは人前に出るつもりがないなら荷物ごと馬車に乗り込んでくれりゃいい」
「承知」
「御意」
「はーい♪」
三つの返事を受け、ロイスも荷造りを始める。
とはいえ特に私物を散らかしているわけでもないためそう時間は掛からず、結局準備が完了してからしばらく待ちぼうけを食らう羽目になるのだった。
そうして待つこと三十分。
船はようやく孤島に到着する。
屋敷まで同行すると申し出る執事長の厚意を丁重に固辞し、最後に辺境伯への伝言を預けて別れの挨拶を済ませた。
そのまま船は離陸し、ロイスたちと一台の荷馬車だけが残される。
余計な情報を見聞きされたくない。というのも理由の一つであったが、件の屋敷は海辺から見えているため人では必要無いだろうと判断したためだ。
すぐにネリスの操縦の下、馬車は建物へ向かって進む。
屋敷までの一本道もある程度整備されているため特に問題が起きるでもなく、十分少々で一行は新居へと辿り着いた。
目の前にあるのは広い庭の付いた二階建ての屋敷。
単なる貴族の別荘とは思えぬぐらいに広く、また辺境伯の言葉通り庭も綺麗に整っている。
「ほう、こりゃ中々のもんだな。放置されていたってぐらいだから雑草生い茂っているイメージだったが、その辺もちゃんとしてくれてるし」
「ほんと、おっきいし綺麗な家じゃん! これがあたし達の家になるのよね!?」
「仮のな。ひとまず荷物運び込んで、食材と日用品に分けて、各々がどの部屋を使うかぐらいは今日のうちに決めちまおうぜ」
「皆頑張れー」
「お前もやるんだよ」
と、暢気なクルムの脳天にチョップが見舞われたところで全員が荷運びに精を出すこととなった。
庭に馬車を止め、食料はキッチンへ、日用品や私物、書籍などはひとまず談話室へと何度も何度も往復して皆で引っ越しを進めていく。
小一時間するとそれも終わりを迎え、屋根の付いた厩舎へ馬を繋ぐと全員が屋敷内に集まり、一通り建物内部を見回って各自が使用する個室を決めたところで一息吐こうと談話室に集まった。
部屋は二十を超えており、ある程度人数が増えても十分対応が可能となってはいたが緊急時のことを考え私室は二階の角から順に宛がわれている。
家主用の最も広い部屋は当然クルムの物となり、逆に書斎と思しき本棚の並ぶ部屋はロイスの仕事部屋ということも同時に決まった。
あらかたの作業もひと段落し、ソファーに座る一同に紅茶と焼き菓子が配られたところで休息の時間を迎える。
各自が私物を整理している間に用意されたネリスお手製のクッキーを一口齧ったところでクルムが切り出した。
「これで引っ越しもほぼ完了だよね? 明日からは何すんの?」
当たり前のようにロイスに視線が向けられると、皆もそれに倣って一人を見つめて言葉を待っている。
逆にロイスは飲み食いする時にまで仮面を装着したままの某三人組に人知れずドン引きしていた。
「最初にやらなきゃならないのは王都への移動方法の確立だな。出発前にも言ったことだけど、勿論方法はクルムの転移魔法なわけだが……それ以前に王都に侵入する手段を考える必要がある。その辺は一旦クロフォード卿に相談だな。現状クルムとユーリしか魔法陣を使うための魔石を持ってないからお前はそれの制作を優先いて進めてくれ」
「おっけー、魔石自体は持ってきてもらったからそんなに時間は掛からないと思うよ」
「それプラス船で話した結界の拡大を実現する方法の模索、かな」
「ロイス、リリーは?」
「リリーは結界の方を一緒に取り組んでやってくれ。魔法に関してはお前が一番知識もある。魔法陣や結界の効果を拡張したい、助言含め協力してやってくれると助かる」
「ん、分かった」
「現状の俺達なんぞを襲撃してくる勢力なんていないだろうが、どのみち将来的には必要になるからな。例の海龍とやらを連れて来られれば話は早いのかもしれんが、敵とかじゃなくとも海賊なんかも現れないとも限らんし」
「マロ、私は何を致しましょう」
「ユーリと三人組はちょっと俺と面談しよう。今後の計画を立てるにあたってそれぞれに何が出来て何が出来ないのかを把握しておきたい。話したくないことを強制するつもりはないからその場合はそう言ってくれ。嘘を吐いたり誤魔化したりするんじゃなくてな。でなきゃ信頼関係もクソもなくなる」
「分かりました。三人にも嘘偽りなく全て話させますのでご安心を」
「強要したくはないんだが……まあ個人の判断に任せるよ」
「そう疑るな、師がそう判断しているなら我らは問題無い。その口ぶりからして隠していては楽しい任務を任せてもらえなさそうだしな」
「そりゃどういうことが出来るのかを知らないのに重要な仕事は任せられまいよ」
全体に共有すべきという考えはあれど、一応当人たちの心情も考慮しロイスは四人を連れて別室へと移動することにした。
カラとメイラーにネリスと共にこの部屋に居るようにと一つ指示をし、廊下を少し歩いて荷物の積み上げられた状態の書斎で向かい合って座る。
「さて、じゃあ順に行くか。まずはイール、職業……そっちの言い方じゃ性質だったか。性質は魔法戦士ってのは聞いたけど、ざっくり言うと他に何が出来る? ああ、勿論ユーリに鍛えられて潜入、潜伏、情報収集、工作諸々が得意なのは理解した上でってことだけど」
「【詠唱破棄】という独自スキルを持っている。読んで字の如く詠唱を省略して魔法を繰り出せるというものだ。ゆえに我は魔法戦士、魔法と近接戦闘を併用する戦術を極める道に進んだというわけだ」
「なるほど、そいつはまたすげえスキルを持ってるもんだ」
「それとは別に【愉快な人形たち】という独自魔法も扱える。最大でネズミ程度の、最小ならばそうだな……親指ぐらいのサイズの分身を十体まで生み出すことが出来るという能力だ」
「ぶ、分身?」
「見せた方が早いだろう」
イールが掌を翳すとその上に言葉の通りネズミ程の大きさの、小さなイールが現れた。
姿形は全く同じであり、髑髏の仮面までもが再現されている。
「お、おお……すげえな」
「この分身体の特性は我の意思に沿って単独で行動出来ることにあり、なおかつ分身体が見聞きしたものは全て本体である我と共有可能というのが最大の強みでもある。味方の懐に潜ませていれば離れていても意思の疎通が出来るようになり、敵の懐に侵入させればそこで見たもの聞いたものの全てがこの場にいる我に届くというわけだ。持続時間は活動量に左右される部分もあるが、おおよそ五日前後。それ以外にも一定のダメージを受けると消失してしまうが、意味を同じくして自害してしまえば敵に捕らわれ情報を奪われることもないゆえ安心せよ」
「すげえなそれ! 潜入や情報収集が得意ってのに疑う余地も無くなったわ!」
「そうだろう。その上戦っても強い、それが我ら深淵の悪魔である!」
「いやほんとにな、今初めて頼りになると思ったし見直しもしたわ。出オチ集団だと思ってた今までの自分を恥じんばかりの勢いだぞ」
「……それもどうかと思うが」
「じゃあ次はデュークでいいか?」
「勿論ですとも。吾輩、先日説明した通り性質は道化師、独自スキル解析所持しております。こちらもお話ししたまま性能は鑑定スキルの上位互換と思っていただければ。主な戦闘手段としては素手による近接戦闘ではありますが、独自魔法である【見様見真似】を扱えますので相手に合わせた戦法を駆使することも可能でありますぞ」
「……それはどういう能力なの?」
「相手の声や姿、動きや魔法を模倣して再現することが出来るという能力であります。声や姿を変えればイール同様潜入に役立てることも出来ますし、相手が使用する物に限れば武器や魔法の使用が不得意な吾輩にもそれらが使えるのです。もっとも、それだけで剣や魔法の達人に勝てる程甘い世界ではありませんので緊急時に使うのが関の山ではありますが」
「なるほど……そこはさておいても声や姿を変えられるだけでもだいぶぶっ飛んでんな。お前たちの評価が上昇し過ぎて困るわ」
「恐縮であります」
「次はエフィー頼む」
「は~い♪ フィーちゃんはね~、性質狂戦士、アサシンの可愛い女の子でーす。独自の【瞬き厳禁】、独自スキルに【空の刃】を使えるよ!」
「……全員が当たり前のように独自魔法と独自スキルの両方を持ってるのな。人間界じゃ片方だけでもかなりレアな類なんだが」
「【瞬き厳禁】は最大三メートルぐらいまでの短距離瞬間移動が出来る魔法で~、【空の刃】はそれぞれの指に目には見えない刃を生み出せるスキルだよ。どっちも殺しには最適だねっ」
「この化け物軍団め……瞬間移動って君、滅茶苦茶だよもう」
「イールやデュークと違ってそれ用の能力は無いけど潜入とか潜伏は得意な部類ではあるから心配しないでね♪ 情報収集とか工作活動は微妙かな~」
「なるほど分かった。ありがとうな」
「楽しいお仕事期待してるよリーダー♪」
「殺しが必要になるのはまだ先になりそうだけど、しっかり頭には入れておく。でだ、最後にユーリ」
「はい。こちらも一度話したかと思いますが、私の性質はアサシンです。素手でも武器の使用でも基本的に近接戦闘が専門と言っていいかと。所持しているスキルでいえば【超回復】【隠形】【武器適合者【毒耐性】【状態異常耐性】【即死耐性】【身体強化】などがあります。独自に関しましては対象者を守るための物があるのですが、対象者は複数指定出来ず現在はクルム様が対象となっていますので然るべき時に説明させていただければと」
「いやアンタが一番バケモンだな!! さすがは三人の師匠だわ!!」
「それ程でもありますが」
「この面子ならもう世界ぐらい取れんじゃねえの!?」
驚き疲れて感情が混沌とするロイスはお手上げだとばかりに大袈裟に仰け反って声を荒げる。
そしてネリスに宥められたのち、自身が所持しているスキルを明かし終えたところで談話室へと戻ることとなった。
予想を遥かに超える強力な能力の使い手の集まりに、人知れずこの先挑むことになる様々な戦いへの微かな希望と現実味を胸に抱きながら。




