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月の華  作者: 桜華
第四章 七大罪篇其ノ壱 暴食
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◎目覚めし者

三人称視点です。

 

 ルウファ達三人が神滅の森にてゴブリンの探索をしていた頃、真紅の狼形態のガイアスは実はルウファ達の近くにいた。


 理由は……


『ドラゴン平原に行ってトロルを狩るのも良いけど、たまには他の魔物の肉も食べたいのよねぇ』


 ……との事である。


 ガイアスも初めはドラゴン平原を目指してルウファが《雷嵐(ケラノス)》で森の木々を薙ぎ倒して造った道を走っていたのだが、ふと心変わりをし、そして方向を変えていたのだ。


『オークはいつも食べてるからどうでもいいけど、もしかしたらゴブリンとかも美味しいのかもしれないわよね……! あ、でもその理屈からすると、フォレストスライムなんかも美味しいのかも!? まさか……ゾンビも美味しかったりして……ジュル……ッ!』


 呟きつつも、涎を垂らしながら走るガイアス。中々に危険な発想をしている。


 ガイアスがルウファの眷属となってから五年。現在までにガイアスが食べた事のある魔物はトロルとオークが主体であった。

 確かにその二種族は脂肪が多く大変美味なのだが、如何せんやはり脂肪が多すぎるという欠点もある。

 ルウファは気にしていない様だが、ガイアスもやはり女性……脂肪の摂り過ぎにより自らが太る事を気にしているのだ。世の女性ならば誰もが気にする事だろう。ガイアスも例に漏れず、という事である。


 そうして方向転換をしたガイアスであったが、まずは何から食べようかと悩んだ。


 ……が、


『そうねぇ……目にしたら片っ端から食べてみるのも乙なもんよね!』


 と、自らの体型が気になる女性とは思えぬ発言をし、適当に森の中を走り始めた。

 真紅の体毛が美しい美狼なガイアスだが、性格の軽さは相変わらずな様だ。


 そうして方向転換をしたガイアスが向かった先には少し大きめな沼がある。人間の足ならば、森に入ってから歩いて一週間程の距離にその沼は存在している。

 その沼の周りに棲息しているのはフォレストスライム。周知の様に、仄かに緑色をしたスライムの亜種である。最弱種としても有名な魔物だ。


 この名も無き沼の周りには桃に似た果物……ピーモと呼ばれる果物だが、年を通してそのピーモが生る樹木が多く生えており、フォレストスライムはそれを主食としている。豊富に生るピーモのお陰もあり、この沼はフォレストスライムの一大繁殖地となっているのだ。


 そこへ、新たな味を求めるガイアスが訪れる。……訪れると言うよりは突撃したと言った方が適切であろうが。


『こんな所にフォレストスライムの棲息地があったなんて知らなかったわね……! 《ウィンドスラッシュ》!』


 沼の周りでも、一際フォレストスライムが固まる場所へと《ウィンドスラッシュ》を放つガイアス。この五年でガイアスは狼形態や人狼形態での魔法にも慣れ、繊細なマナコントロールを身に付けており、その為決してマナ切れは起こさない。

 それでもその威力はやはり人間が放つものよりも強大な威力となっており、ガイアスの《ウィンドスラッシュ》を受けたフォレストスライムは全て一瞬にして半液体の体ごと核を切断されて死んでいく。その数実に50体程。ガイアスの魔法の威力が凄まじい事が分かるであろう威力であった。

 ルウファが哀しき事故と言ったあの時のリッチが放った《ウィンドスラッシュ》よりも、ガイアスが今回放った方が何倍も威力があった事は眷属の宗主であるルウファでも知るまい。


『さて……フォレストスライムのお味はどうかしら? ……ッ!! 何この甘さ! バール村でルウファと食べるアプルパイよりも濃厚な甘さで凄く美味しいじゃない!』


 自らが仕留めたフォレストスライムを口にしたガイアスの言葉である。やはりガイアスもその味を気に入った様だ。

 もしかしたら、ルウファと味の好みが似ているからこそ二人は仲良く暮らしていけるのかもしれない。まぁ、それも愛情があっての事だが。


『はぁ……美味し……! しかし、どうしてルウは教えてくれなかったのかしら。あたしに知られたら食い尽くされるとでも思ったのかしら? 後で聞く必要があるわね……!』


 ……ルウファは自らのお尻に危機が忍び寄っている事を知る由もなかった。


 一頻り腹が膨れるまでフォレストスライムを堪能したガイアスは、次回狩りに出た時も必ずここに来ようと心に決めてこの場を後にする。

 後にガイアスは語る。この沼は正にスイーツパラダイスであった、と。


 沼を後にしたガイアスは次の獲物を探す途中に一体のゴブリンと遭遇する。

 このゴブリンこそがルウファ達がラッキーだったと語ったゴブリンであり、集落を築きつつあるあのゴブリンの拠点から周囲の偵察に出ていたゴブリンでもあった。

 ゴブリンが瀕死になったのはコボルトの仕業だとルウファは予想を立てていたが、実際はガイアスの仕業であったという事である。

 森の浅い所でうろちょろしているという、人間に見つかる可能性を考慮しない愚は犯すまいと信じていたルウファであったが、ガイアスの軽い性格はそれを上回ったらしい。


『スイーツを食べたばかりでまだお腹がいっぱいだけど、味見くらいなら平気よね……? それに、甘い物は別腹だって聞いた事あるし、これくらいなら太りはしないはずよ』


 自らの腹の膨れ具合いと相談する様にガイアスは呟く。フォレストスライムをスイーツと断言するガイアスに女性の逞しさを感じるが、体型を気にする女性がしてはいけない思想がその言葉に垣間見えている。


 ともあれ、そんな理由からゴブリンを襲ったガイアスであったが、ゴブリンはご存知の通りに臭くて固くて不味い。ルウファは命を無駄にしないと言って無理やり食べていたが、ガイアスは数箇所を喰い千切り、あまりの不味さに食べたばかりのフォレストスライムごと吐いてしまう。


『おぇ……! 二度と……もう二度とゴブリンは食べないわ、あたし……! はぁ……。今回はもう一度フォレストスライムを食べて家に帰ろ……』


 胃の中の物を全て吐くという苦しみを味わったガイアスは、再びスイーツパラダイス……いや、フォレストスライムの棲息する沼へと戻り、そこで口直しをしてから人間に見つからぬ様に少し遠回りをして家路につくのだった。


 ガイアスという名の嵐が訪れたフォレストスライムの棲息する沼。実はこの沼、二年程前まではほとんどフォレストスライムの姿は無かった。

 しかし現在は、たくさんのフォレストスライムで溢れている。そう、ルウファ達がゴブリンを探索していた森の浅い所にまで出没する程に。


 二年程前、この沼に一体のフォレストスライムが誕生した。その個体は通常のフォレストスライムとは違い、体内にある核の数が生まれながらにして二個もあったのだ。それは、言うなれば二つの魂を持つ事と同義である。


 何故、彼は二つの魂を持って生まれてきたのか。


 全ては謎であるが、彼は成長過程で体を二つに分けて活動する事が出来る様になる。

 普段は一つの個体として生きているが、餌を求めて活動する時には二つに分かれて獲物を追う。そうする事によって、彼は驚くべき速度で成長すると共に、その大きさも通常のフォレストスライムよりも遥かに巨大なものへと変わっていった。二つあった魂も、この頃には一つへと統合されている。


 みるみるうちに大きく成長した彼であるが、フォレストスライムの特性上その体からは何体ものフォレストスライムが分裂により誕生していく。

 フォレストスライムは単細胞生物特有の分裂によって増殖する事も確認されているのだ。

 本来ならば、その分裂で数を増やすというのは種の危機的状況下でしか起こり得ない事である。しかし彼は生まれながらに魂を二つ持っていたという特殊なフォレストスライムである。それ故に巨大な成長を遂げる事が出来たし、分裂で数を増やす事も出来るのである。

 つまり、この沼に棲息するフォレストスライムの内、実に三分の二以上が彼から分裂して誕生したフォレストスライムであったという事だ。


 そしてある時、彼に自我が目覚める。


(ワシを誰だと心得る!? ワシのお陰で日本はここまで発展したのじゃぞ! それをこんな所に閉じ込めた挙句、日々テレビで文句ばかり言いおって……! 大体、ワシがウィルスに感染するなんぞ馬鹿げておる! いや待てよ? くそぅ……あの会食は罠であったか……あの忌々しい女め! まぁ良いわい、退院したら覚えておれよ? その内馬鹿な国民共々ワシの手腕で思い知らせてくれる。このワシ……? む? ワシは誰じゃったかの? それに何故何も見えんのじゃ!? 誰か! 誰かおらんのか!? ええい! それよりも腹が減ったわい! 美食を用意せい! なんじゃ……そこにあるではないか。何も見えんし匂いもせんが、そこに美味そうなものがあるのは分かるぞ)


 自我が目覚めたと言うよりも、彼は記憶を思い出したと言った方が適切か。

 そう、彼が生まれながらに二つの魂を持っていたのは、彼がルウファと同じ様に日本から異世界転生を果たした転生者であったからだ。

 ルウファが神狼として一つの魂で転生したのとは違って彼に魂が二つあったのは、フォレストスライムが単細胞生物の魔物として完成された魂だからである。

 ルウファは長い年月を掛けて母親の胎内でゆっくりと魂の融合が行われたのだが、フォレストスライムの誕生はあっという間である。その為、魂が二つ……核が二つの状態となってしまっていたのだ。つまり、この世界の魂と融合する間もなく生まれたという事になる。


 そんな彼は思念でも分かる通り、前世では政治家であった。それも、未知のウィルスに対して何の対策もせずにいて、テレビでさんざん無能だとバッシングされた政治家である。その本人が未知のウィルスにより命を落とすとはとんだ皮肉であろう。

 皮肉はともかく、前世で彼は美食ばかりを食し、ぶくぶくと醜く肥太っていた。未知のウィルスに感染したのもそれが原因であるが、何の因果か、今世でフォレストスライムとしての生を彼は得たが、食を貪欲に求めるその魂は変わらない様である。


 そうして目覚めた彼はピーモだけに飽き足らず、あらゆる物をその体内に取り込み現在も成長を続けていた。

 その大きさはフォレストスライムの規定の大きさを超え、何と6メルトもの巨体へと成長している。分裂をするのも頷ける大きさである。

 しかし彼は前世では成しえなかったフォレストスライムの王、いや女王かもしれないが、とにかくフォレストスライムの頂点に君臨する個体となっていた。


 そんな彼であるが、配下のものから食事を提供されるという事もないので自らが獲物を求めて動かなければならない。魔物の世界とは厳しいものなのである。


(うーむ。腹が減ったわい。いつも通りに二つに分かれて食べ物を探しに行くか……)


 そうして彼は二つに分かれた後に沼を離れ、一方は森の浅い所……つまりルウファ達がいる所へと現れ、もう一方は森の奥へと進んだ。


(む!? 動かぬ料理に動く料理があるぞ? しめしめ、今日はご馳走だのう!)

(向こうに進むが正解じゃったか……! まぁ良い、一つに戻れば同じ事よ)


 元は同じ個体が故なのか、彼は二つに分かれた後も意識は同一のものであった。

 ルウファの魂魄魔法とも似ているが、ルウファの魂魄魔法はルウファの並列思考があって初めて自由に動かせるものであり、フォレストスライムの彼が似たような事を出来るのは、統合されてしまったが二つの魂を持っていた名残りであるからだ。だからこそ二つに分かれても意識は同一なのである。


 それはともかく、彼の分体の一つはルウファ達によって殺されてしまうが、生きている方の分体は唯一の本体となり、ルウファ達が去った後に死んでしまった分体がいる場所へと向かった。

 死んでしまったとは言え、分体も彼の体の一部……つまり、それを取り込みに向かったのだ。


 ルウファ達が去って二日が経過した頃、彼はそこへと辿り着く。時刻は深夜の3時過ぎといった所か。

 フォレストスライムとしては異例の速さで到着したのだが、これは本体が森の奥へと向かったのではなく、実際はほぼ同じ方へと向かっていたからだ。

 視覚がない以上、彼がどちらに進んだのかが分からなかったとしても仕方ない。


 ともあれ、彼は自らの分体と近くにあった腐ったオークやゴブリンを四体分、それと()()()を体内に取り込み吸収する。


(ぎゃああああ……! な、何じゃ、これは!? か、体が熱い! それに何故だか腹が満たされん……!? しかしこの苦しみは何なのじゃ……! ワシの意識が……塗り変え……ら、れ、る? ワシは……いや、俺は……)


『俺は【グラトニースライム(暴食する細胞)】。この世界を喰らい尽くす者だ……!』


 かつて政治家であった者の魂はある物を吸収した事で変質し、最弱種であった彼は世界を脅かす存在へと進化を遂げる。全てを無限に喰らい尽くす恐るべき存在へと。

 彼が吸収したある物とは、ガイアスをその眷属へと変えたルウファの血液。瀕死のゴブリンに驚き傷を負ってしまったルウファの血液がそこには残されていたのである。

 そう……何でも体内に取り込み吸収する事の出来るフォレストスライムは、ルウファの血を取り込みその力へと変えたのだ。

 その力を得た彼の姿は丸いフォレストスライムのものではなく、半透明な半液体人間とも呼べる姿へと変わっていた。そしてその変化により彼は五感を得る事にも成功している。


 凶暴と呼べる性格と自らを暴食する細胞と呼ぶ知識を彼がどこから得たのか分からないが、その姿と、彼が内に秘める恐るべき力は魔王と呼べるものであるかもしれない。


 彼が見上げた夜空には、赤い花模様が美しい満月が煌々と輝いていた──

お読み下さり、ありがとうございます。

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[一言] 極上スイーツの目覚め
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