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月の華  作者: 桜華
第一章 生きていく為に!
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ドラゴン

 

 早いもので、この世界で僕が神狼として生を受けてから間もなく一年が経とうとしている。

 母様にはまだ(かな)わないけど、体長も今では3メートルにまで成長した。


 しかしこうも思う。ここまで大きくなった僕を飼ってくれる人間なんて果たしているのだろうか、と。


 まさか、一年経ってもこの森を抜けられないとは思わなかった。どれだけ広大なんだよと言いたい。もう、このまま世界を旅した方が良いとの考えまでもが頭を過ぎってしまった。


 ……いや、まだだ。まだ諦める時間じゃない。


 この世界が僕の想像する通りの世界ならば、きっと王侯貴族もいるはずだ。そんな人達ならばこんなに大きな僕でも室内犬……いや、室内狼として過保護に飼ってくれるはずだ。


 そんな僕の希望的観測はともかく、体の大きさでも分かる通り、この広大な森では僕に敵う者はなく、正に百獣の王を気取っていた。

 水の槍を放ち、刃の鱗を持つ鰐であるブレードダイルや、炎を纏う猿のフレイムエイプ、額に一本角を持つホーンラビットにアクアトード等々……その他多くの魔物を屠り、そして喰らって来たのだ。もはやこの世界では敵無しだろう。……とさえ思っていた、ついさっきまでは。


『さ、さすが異世界……! どこかに必ずいるとは思っていたけど、まさかこんな所で出会うとは!』


 僕の目の前に現れたのは異世界と言えばでお馴染み……巨大なドラゴンであった。王侯貴族ならば僕を飼ってくれると、そんな妄想に逃げても可笑しくはないと思いたい。


 その姿は、西洋のドラゴンのイメージそのもので、ずんぐりむっくりな体型をしている。だけど、鱗越しでも分かる程に全身が強靭な筋肉の鎧で覆われていて、顔は凶悪そのものといった感じだ。

 鱗の色は深い緑色で、側頭部から生える二本の長い角と、背中に生える蝙蝠を思わせる皮膜の羽根がチャームポイントである。


『うわぁ……あんな牙で噛まれたら一巻の終わりだよなぁ……』


 口の中には長くて大きな、それでいてとても鋭そうな牙がズラリと並んでいる。一本一本の牙の長さはおよそ2メートルといった所だ。

 そう、牙の長さでも分かる通り……僕の目の前に鎮座しているドラゴンの体長は、何と全長20メートルを超えるものだった。


 もしかして、今まで森の出口だと思って進んで来たけれど、実はより森の奥へと進んでいたのだろうか。そんな考えが頭を(よぎ)る。

 しかし、確かに森を出たとは思ったのだ。木々の先に広がる平原を見て、ここが未だ森の中だと誰が予想しえるであろうか。

 その平原の中央に苔に覆われた岩山があるなぁって思っていたらそれがまさかのドラゴンで、そのドラゴンが身を起こして、その巨大な体を動かした先にまだ森が拡がっているなんて夢にも思わなかった。


『だけど時刻は夕暮れ……! 間もなく僕の全力を出せる時間だ。やるだけやって、もしもダメなら逃げればいいさ!』


 森についての愚痴を吐いても仕方ない。そろそろ覚悟を決めて、巨大なドラゴンへと相対しようか。もしも危なくなったら、僕が呟いた様に逃げればいい。


 巨大なドラゴンを見据え、自然界の魔力を取り込んで体表及び体内へと循環させる。その際、ラビットの力を上乗せさせていく。筋力は10倍、硬度は5倍……強化率も全開だ。次第に僕の体からは水蒸気にも似た魔力が迸りはじめていく。

 ドラゴンも僕を敵だと認識したのか、僕へと視線を向け、その巨大な体で前傾姿勢となり、戦闘態勢へと移行した。巨大な体を誇るだけあって、その迫力は圧倒的だ。


「グルルル……! グルォオオオオオオッ!!」


 僕の戦闘態勢が整ったと同時、先に戦闘態勢を取っていたドラゴンはその大きな口を目いっぱいまで開けて咆哮する。見れば、口の中……喉の辺りに膨大な魔力が渦巻いてるのが確認出来た。

 ドラゴンが口内に魔力を溜めて放つと言えば、恐らく《ブレス》だろう。前世で読んだラノベのドラゴンも同じ様に、膨大な魔力を口内に溜めてそれを放っていた。

 だとすれば、このドラゴンが放つ初撃はブレスで間違いないだろう。


「ガァアアアアアアッ!!」


 のんきに見ている場合じゃなかった!


 一際大きな咆哮の後、ドラゴンが放ったのはやはりブレスだった。ただし、灼熱のブレスじゃない。緑色をした半透明のブレスだった。


『くっ!? 何とか避けられたけど、何なんだあのブレスは!?』


 ドラゴンから放たれたブレスは風の渦を巻き、僕の後方にある木々を広範囲にわたって根こそぎ薙ぎ倒し、次々と彼方へと吹き飛ばしていく。そのブレスは木々だけに留まらず、更に土まで抉り取る様にして蹂躙していった。緑色はともかく、そのブレスはさながらトルネードの様であった。


『あんなブレスを喰らったらひとたまりもない! 意識を持ってかれるだけじゃなく、命まで失いそうだよ!』


 避けられたのは、ドラゴンとの距離がまだ50メートル以上離れていたからだ。至近距離で喰らっていたならば、僕の命は失われていたかもしれない。……あっぶねぇ〜!

 ──と、文句ばかり言っていても仕方ない、相手は強大なドラゴンだ。神狼として、相手にとって不足はない。今度はこちらの番だ!


『数多くの獲物を狩って食し、その魂を吸収して得た力を見せてやる! 《フレイムファング》!』


 ブレスを吐いた後の隙を窺いながら、僕はフレイムエイプの炎を宿す力を牙に纏わせる。牙の全てが炎と化した。

 未だに不思議に思うけど、口の中が火傷する様な事はない。


 ラビットの力で強化した身体能力を駆使して、強大なドラゴンへと吶喊する。目指すは比較的柔らかそうな腹部だ。牙へと炎を纏わせているからか、僕の口端からは炎が噴き出している。


 見るからに硬そうな鱗だけど、腹部は他の場所よりも柔らかそうに見える。そこならば、確実にダメージを与えられるだろう。


 その柔らかそうなお腹を僕の自慢の牙で喰い破ってやる!


「ガルァアアアアアアッ!!」


 ドラゴンの隙を突いての神狼の吶喊だ。威力は推して知るべし。

 僕は咆哮をあげながら巨大過ぎるドラゴンの腹部の下へと潜り込み、炎を纏わせた牙でその巨体へと齧り付く。かなり弾力はあったけど、それを穿いて傷を負わせる事に成功した。


「グルルゥ……!」


 3メートルの体長を誇る神狼とは言え、相手は20メートル以上の体躯を誇るドラゴン、与えたダメージは微々たるものだろう。だけど多少の痛みを感じたのか、ドラゴンからは唸り声が聞こえてきた。


 巨大なドラゴンからすれば毛ほどの傷だろうが、傷が出来ればそこが弱点となる。狙い通りだ。


『どれだけ効くか分からないけど、喰らえ! 《雷火(スパーク)》!』


 母様が見せてくれた《雷炎(フレア)》の威力にはほど遠いけど、僕は神狼のみが使える力である雷属性と、フレイムエイプから得た炎属性の力を合わせ、放電現象を伴う黄色い炎を体に纏う。そして、ドラゴンの傷口へと更に深く噛み付いた。


「グルォオオオオオオ!」


 僕の攻撃を喰らい、咆哮を上げるドラゴン。相克により、風属性は炎属性に弱いのだから効果は抜群だろう。

 そこに、更なる雷属性だ。巨大な体を感電による痺れに苛まれながら、体内を焼かれるがいい!


 しかし、僕のそんな考えは浅慮であった。このドラゴンはまだその巨大な力の全てを発揮してはいなかったのだ。

 それを、この直後僕は痛感させられた。


「グルァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 その咆哮の直後、ドラゴンの体から膨大な魔力が噴き出し、圧を伴って放たれた。暴風と言っても良いだろう。遠くに見えている森の木々が吹き飛ばされ、この平原と森との境界線が広がった。恐るべき魔力である。


『ぐぅううううう……!』


 僕自体は暴風に飛ばされなかったけど、代わりに地面へと押し付けられている。たかが風とは言え、恐ろしい程の力だ。ラビットの力で強化されてはいるけど、全身の骨が軋み、内臓が圧迫されている。このままだとヤバいかもしれない。


『神狼とは言え、やはりこんなものか。期待外れにも程がある』


 暴風の圧に耐えている僕へとそんな思念が聞こえてきた。この場にいるのは僕とドラゴンだけなので、恐らくドラゴンからのものだろう。

 と言うか、母様からの思念以外初めての事である。

 ドラゴンは知能が高いってラノベなどで語られていたけれど、どうやら本当の事だったみたいだ。


『ま、まだまだぁ……! 僕の力はこんなものじゃない!』


 ドラゴンへと、負け惜しみの思念を送る。今現在、全く手も足も出ない状況に追いやられているが、こういうセリフを言えるのは嬉しく感じる。

 前世で愛読していたラノベの主人公達も強大な敵に対して言っていた。夢の一つが叶ってちょっと、嬉しい。


『グハハハハ! そうは言っても、ワシに対して手も足も出ないではないか!』


 くっ、正に正論だ……! ぐうの音も出ない。だけどそれはそれとして、僕にこの状況を引っくり返す手はあるのだろうか。言われたまんまは悔し過ぎる。


 実際の所、例え《雷火》の出力を上げてもこのドラゴンには些細なダメージにしかならないだろう。となれば、魂魄魔法に頼るしかないのだけど、例え使ったとしても、恐らく暴風に潰されるだろうし、そうでなければ吹き飛ばされて終わりだろう。


 打つ手無し、か?


 せめて、ドラゴンが発する膨大な魔力をどうにか出来ればまだ何とかなりそうだけど……


 ──ん? 魔力……?


 そうか! この手ならばこのドラゴンにも勝てる!


 暴風に押し潰される中で、僕は静かに反撃の狼煙を上げた──!

お読み下さり、ありがとうございます。


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