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月の華  作者: 桜華
第一章 生きていく為に!
13/105

◎ゲイル

今回、三人称視点です。

この先も主人公であるルウファ以外の視点は三人称となるのでご了承下さい。

サブタイトルに◎が有れば三人称視点です。

 

 北方、西方、東方を険しい山々に囲まれ、司狼が神狼として転生した広大な森。そこは数百年前から現在に至るまで【神滅の森】と呼ばれ、人間たちに恐れられていた。

 そこに住まう魔物の多くは膨大な魔力を誇り、深部には、人間には扱う事の出来ない自然界に漂う魔力を扱う強大な魔物も存在している。


 司狼がルウファとして転生し、初めて狩ったアクアトード。彼らは、その蛙の見た目から侮られがちだが、人間にとっては、一匹だけでも討伐するのにかなりの人数を要する。その為、神滅の森の深部から滅多に出て来ないアクアトードたちを聖獣と呼ぶ者さえいる程である。

 それだけ、自然界の魔力を使える魔物というのは恐ろしい存在という事だ。


 そんな神滅の森にて、最も恐れられる存在が彼──【テンペストドラゴン】のゲイルである。

 そのディープグリーンの鱗は、彼の風属性がより強力なものという事を体現している。


 なぜ、この広大な森が神滅の森として人間たちに恐れられているのかと言うと、テンペストドラゴンであるゲイルがこの森を棲み家としているからである。


 ──その強大な力は神をも滅する。


 数百年前、世界最高峰の冒険者として名を馳せた【ラディアス=バール】が遺した言葉である。

 当時、最強の冒険者としての呼び声高かったラディアスが人類未踏のこの森に挑み、一年以上を掛けて探索し、そしてゲイルと出会ったのだ。

 先にも言ったが、ラディアスは当時最強の冒険者である。その力は、通常のドラゴンであれば単独討伐が可能な程であった。

 そのラディアスをして、ゲイルを一目見た瞬間に悟ってしまった。次元が違う、このドラゴンは天災そのものだ。このドラゴンがその気になれば、神をも滅する事が出来るだろう、と。


 そうして名付けられたのが神滅の森である。


 ゲイルを目撃したラディアスは、ゲイルの気まぐれによって見逃された。ゲイルにとって、人間の最強などどうでも良かったのだ。象にとっての蟻、ゲイルにとって人間とはそんな存在であった。


 人知を超えた存在を目の当たりにしたラディアスは、その後冒険者を引退……そして、【ラディアス王国】を建国し、その初代国王として生涯を閉じた。国王を継ぐ王太子に、国王は神滅の森の守人としての責を第一の是とせよ、との言葉を遺して。

 これは、人間が神滅の森で無駄に命を散らせない為のものだった。


 そして現在、そのラディアス王国の現国王【リカルド=ラディアス】は、配下の騎士からの報告に頭を悩ませていた。


「それは真か!?」

「はっ! 第一守護軍の将軍であられる【ガイアス】様より魔力を察知したと報告がありました!」


 ラディアス王国には、第一から第五までの守護軍と呼ばれる騎士団がある。それぞれの将軍は一騎当千として名高い者ばかりであるが、中でも第一守護軍の将軍ガイアスは、初代国王であるラディアス=バールの再来と呼ばれる程の人物であった。

 その力は英雄さながらといったもので、剣技においても魔法においても他の追随を許さぬ実力者なのである。


 そんなガイアスからの報告は、『あ、ダメかも』と、とても簡素ではあったが、ガイアスがそう報告する以上その通りなのであった。


「……相変わらずだな、ガイアスは。ともあれ、全王国民に第一級警戒指示を発令せよ!」

「はっ!」


 こうして、神滅の森に面したラディアス王国は来るべき未曾有の危機に直面するのであった。


 ☆☆☆


 一方その頃、神滅の森中央付近ではテンペストドラゴンであるゲイルが一頭の巨大な狼と対峙していた。巨大な狼とは勿論ルウファの事である。


 ちなみに、ゲイルという名は、彼の自我が目覚めた時に自ら名乗ったものだ。他の竜とは違うぞ、との意味を込めてのものである。名乗った甲斐もあってか、ゲイルの知能は格段に高くなった。この世界では、名を冠する事が強者たる条件の一つかもしれない。


 ゲイルの名前はともかく、ルウファと対峙してゲイルはこう考える。神代の時代から森の奥深くに居座り、そのまま代を重ねた雑魚が何しにワシの下へと訪れたのか、と。


(かつて月に華が咲いた時、あの狼めはこの世界を救ったらしいが……。その時ですらワシを避けて森を出ていきおったくせに、此度は何をしに来おったのだ?)


 ゲイルは神代の時代から生きる、最も古き竜……【古代竜(エンシェントドラゴン)】の内の一体である。今でこそほぼ寝てばかりいて過ごしてはいるが、数千年前までは世界を荒らし回り、暴風竜として恐れられていた。

 風を司るその力は暴風を発生させるだけに留まらず、全てを薙ぎ倒す巨大な竜巻を作り出し、その膨大な魔力は天候にまで影響を与え嵐を起こす事も出来る。正に天災の名に等しい力を誇っているのである。


(む? こやつから感じる力は……!? いや、そんなはずはあるまい。奴は一万年前にこの世界から姿を消したはずだ。……だがしかし、もしかしたらこのワシを脅かす様な事があるかもしれん。ならば、その力が開花せぬ今のうちにその芽を摘んでしまうとするか)


 ゲイルがルウファから感じ取った力とは何なのか。それは彼以外は分からないだろう。

 だが彼はその重い腰を上げて、数千年ぶりに戦闘態勢を取った。更に咆哮を上げつつ、喉の奥へと膨大な魔力を溜めていく。


「グルルル……! グルォオオオオオオッ!!」


 ゲイルが膨大な魔力を以て数千年ぶりに放つのは《ストームブレス》だ。


「ガァアアアアアアッ!!」


 放たれたるブレスは真空を伴う程の風力を得て、全てを破壊する竜巻へと姿を変えた。それは正に天災と呼ぶべきブレスであった。

 ルウファへと放たれた《ストームブレス》は進路上の木々を薙ぎ倒し、土を抉り、神滅の森の北方に聳える山々へと到達する。《ストームブレス》が到達した山の山肌には、深淵を思わせる穴があいていた。恐ろしい程の威力である。


 ゲイルはこの一撃にてルウファを屠ったと確信していた。が、ルウファもさすが神狼と呼ぶべきか、辛うじて回避する事に成功していた。


(ふむ。思ったよりもやりおる。──む?)


 ルウファが生き残っていた事に関心するゲイル。直後、ふいに訪れた腹部の痛みに顔を顰める。


(ワシの体に傷を付けるとは……! ぬぅッ!)


 更に訪れる痛みに、ゲイルは遊んでいる場合ではないと気を引き締める。ルウファが何をしたのかは理解していないが、炎に関する攻撃を受けた事は理解した。

 しかし、炎によるダメージを受けたはずなのにどうして体が痺れるのか。

 その経験は、ゲイルが生きた数万年にも及ぶ時間の中で初めてのものであった。


(遊びはこれまでよ……! 天災と恐れられたワシの力……思い知るがよいッ!!)


 数百年単位で眠る事で蓄えた膨大な魔力。その全てをゲイルは解き放った。それは現象を伴い、ゲイルの周辺を蹂躙する。神滅の森の中心部に嵐が巻き起こっていた。


 ちなみに、遠く離れたラディアス王国の王都でガイアスが感知した魔力はこの時のものである。人間などが太刀打ち出来ない、それ程の膨大な魔力が嵐と共に吹き荒れていた。


『神狼とは言え、やはりこんなものか。期待外れにも程がある』


 自らの魔力に押し潰されるルウファに向けて、ゲイルはそう思念を送った。数千年ぶりに全力を使わせたルウファに対して、賞賛の意を込めてである。

 だが、ルウファからは負け惜しみの思念が届いた。これにはゲイルも、


(グハハハハ! 先ほどまで雑魚だと馬鹿にしておったが、こやつは馬鹿を通り越しておる! 面白い……もう少し遊んでやろう)


 と、思わず愉快な気持ちを持った程である。


 しかし、手も足も出ないのに、どうして強気な思念を送ってこれるのか。ゲイルとしては笑いしか出てこないが、これ程愉快な気持ちになったのは数千年ぶりである。神狼の小娘がどんな手を使ってこの状況を引っくり返すのか。それを楽しませてもらおう。

 そうゲイルは思考し、ルウファへと更に挑発をする。


『グハハハハ! そうは言っても、ワシに対して手も足も出ないではないか!』


 しかし、ゲイルの余裕ある態度もここまでであった。その思念を送った直後、自らの体から噴出していた膨大な魔力が霧散し始めたのだ。


(これはどうした事か……! ワシの魔力が急速に消えていきおる!)


 それは、ゲイルが生まれてから初めて経験する出来事であった。有り余る膨大な魔力が次々と消えていく。あまつさえ、体内に残存する魔力さえも強制的に噴出させられ、それもまた消滅していった。


『な、何をしおった小娘!? な、何だ……コヤツは!!』


 明らかに異常事態。今まで経験した事がないだけに、原因は神狼の小娘である事は明白だった。

 それを踏まえ、ルウファへと思念を送ったゲイルであったが、直後、ゲイルの目前に巨大な存在が出現していた。その存在は、体長20メートル以上を誇るゲイルでさえ巨大だと思う異形であった。


 それは、炎を纏った巨大な猿の様であり、鬼の様であり、神の様でもある。両腕は巨大な剣を模しており、ゲイルの巨躯でさえ両断出来そうであった。


『これが僕の力だぁあああッ!! 《スピリット・キメラ》! モード【炎神(カグツチ)】!』


 そのルウファの叫びがゲイルへと届くと共に、巨大な異形が大剣と化した両腕を振るった。自らに迫る炎の大剣を()()()()()見ながらゲイルは、かつての神狼は自らを見逃していてくれたのだと思い至る。神の名を冠する存在にとって、自分こそが雑魚であったな、と。

 それが、神代の時代から数万年生きた古代竜(エンシェントドラゴン)ゲイルの見た最後の記憶であった。


 ☆☆☆


「あ、大丈夫かも」


 ラディアス王国第一守護軍将軍ガイアスは、故郷へと進む街道にてそう呟いた。テンペストドラゴンのゲイルの魔力が消えた事を感知したのだ。

 しかしなぜ、ガイアスが故郷を目指して街道を進んでいるのかと言うと……死ぬ時は故郷で死にたいとの思いからである。英雄との呼び声がいくら高かろうとも、ガイアスも一人の人間。故郷に骨を埋めるつもりであった。


 本来であれば、ガイアスの取った行動は敵前逃亡や任務放棄といった、軍人としては有るまじき行為であるが、今までの功績が認められ、国の危機的状況の中でも退役申請が受理されたのだ。

 よって、ガイアスは死罪になる事なく、神滅の森にほど近くに在る故郷の村【バール村】へと帰る為、一人街道を歩いているのであった。


「ま、いっか。もう辞めちゃったし。これからは畑でも耕して、適当に森の魔物を狩って生活しよっと」


 ラディアス王国最強の元将軍ガイアスは、とても軽い性格であった。今までも、これからもその性格はきっと変わらないであろう。


 そんなガイアスをよそに、ラディアス王国を襲うはずであった未曾有の危機はあっさりと解消されたのだった。

お読み下さり、ありがとうございます。


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