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神々のスターダスト  作者: フィルワーズ
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大穴へ

 崩れた建物や壊れた車体で出来た瓦礫の丘陵を超え、大穴の傍へと跳んできた。周囲のエニグマ達も穴に向かって闊歩しているように見えた。


「先輩! このまま突入します!」

 クマのぬいぐるみが穴の端で最後の跳躍をする。浮遊感をほんの二、三秒ほど味わってから、重力に引かれて私達は穴に向かって落ちていく。


 落ちていくにつれ、白い何かが視界を占領し始めた。

「なにこれ……? もや?」

 底がまるで見えない。太陽の光が奥まで届いていない。進むほど空から注いでいる光の量が減っていく。穴の側面が少し見にくい。少し薄ら寒く感じる始めた。


「以前来たときにももやはありました……。でも、ここまで濃くは無かったたのですが……!」

 世界が白く濁っていく。もやそのものに匂いや味はしないが、毒が入ってたりしないかと少し勘繰ってしまう。


 濁っていく景色を見ていて、ふとあることに気づく。……壁の模様が変わらない。いや、これは……。 

「ねえ、ラフリー。一つ聞きたいんだけど良い?」

「そろそろ底に到着するはずなので、その時にお願いします!」

 ……やっぱり、この壁は……。

 風切り音の中に、物が擦れ合う音が混じり始める。奥に何かいる。確かにラフリーの言う底は近そうだ。


「分かったわ。あとで……!」

「クマさん! 着地をお願い!」

 ラフリーが思い切り叫ぶと、クマは膨らんで私達を捕食するかのように包みこんだ。完全に真っ暗になってから数十秒後に大きな衝撃を全身に浴びた。天と地どころか左右も分からなくされるくらい揺れる。外では、まるでゴムボールのように跳ね回っているのだろう。


 やがて、その振動は止まり、完全な暗闇からはじき出されるように解放される。

 音は外から変わらずしていた。音の正体は間違いない。


 エニグマが外にいる。


「ラフリーそのまま防御! 私が出るわ!」

 解放されてから、すぐに蒼い炎を小盾に発生させた。


 外に出ると、周囲からガラクタの視線が既に私達に向けられている状態だった。蒼い炎に照らされ、もやの中で影が踊る。

 暗闇に包まれた巨大な穴の底。ここにいる正確なエニグマの数は分からない。だが、ここはエニグマ達の巣であることは間違いない。

 

 だけど、この場に集まっている程度なら焼き払える。


 アオに燈った炎は大きくなる。私の身長よりも、目の前にいた戦車を思わせる大きさのエニグマよりもずっと。

「うぉぉぉっぉおおおおおおん……!」

「燃えろーっ!」

 炎を全力で放出する。目に見えている全てを燃やし尽くしてやる。全身が熱くなる。だけど、このエニグマを全て融かすまで、止めない。

 

 蒼い炎が大穴を照らす。まるで地獄の巨釜にでもなったかのよう。実際に奴らにとってはそうなのだろうけど。


 何かの絶命する音がいくつも重なる。地面に落下して砕ける音。炎に晒され弾ける音。ゴムが焼けて爛れたときの臭い。

 蒼い炎はほとんどの敵を焼き払うことに成功したようだが、中に巨大なヒトガタが映る。


 白い腕だ。

『アネモネ! 気を付けて!』

 あいつは間違いない、私を殺した奴だ。何度も見て……。


 ……殺した?


 前に見たときも? なんでそう思って……?


 あの白い腕が私に向かって伸びる。地面を蹴って距離を取ろうとした時だった。足が動かない。まるで自分の中の違和感が、現実になって襲い掛かってきている。


 燃える瓦礫の上に、伸びていた腕がポトリと落下する。陰から誰かが現れたことは、炎の揺らぎで気がついた。

古術ふるすべ・“ゲッカ”」

 空中から声がする。この声は……ナナシちゃん?


 瓦礫を蹴る確かな音がしたあと、白い塊は仰々しい音を立てて、崩れていく。

「お姉さま! 大丈夫です!?」

 蒼い炎に照らされてより一層彼女の髪は碧く揺らいで見えた。彼女の手には武骨な両刃の剣がある。光を伴い、どこからともかく現れて、役目を終えたあとに消える剣。


「大丈夫よ。ところで、他のみんなは?」

「ここにはエニグマが無数に存在していたので、集合場所をこの先の場所に変更すると言っていたです。……ほとんど、お姉さまが焼き払っちゃいましたけど……。ボクはその伝言役で残っていたです」


 イテム博士の気をつけろ、という言葉が想起する。だけれど、まだ意味がわからない。


「……そう、なら早く追いかけなきゃ」

「せんぱぁい……。突然出ていかないでくださいよぉ~。いくら先輩とアオさんが強いって知ってても心配なんですよ?」

 瓦礫の上を小さくなった熊のぬいぐるみを抱えたラフリーが走ってくる。だけど、急がないと不味いかもしれない。


「ねぇ、ラフリー。ここって昔、大きな建物とかあったっけ?」

「きゅ、急になんですか! ここは車の工場ですよね?」

「……気になったの。ここ車の工場にしては深すぎない?」

 この穴がいつ出来たのか。それよりも、私が気になったのは、“変わっていない”部分だ。まるでここが昔から……。


「結構な深さと言うのに、壁際の建物の内装は同じですね」

 あっさりと答えたのはナナシちゃんだった。


「お姉さま。そもそも、こんな深さまで続く建物って合ったんです?」

 ナナシが確認してくれるおかげで話しやすい。

「ううん。そもそもこんな深さの穴を掘れる道具を私達は持ってない。エニグマ達にあったとしても、そこから建物を作れるなんて聞いたことないし」


 建物をこの深さまで破壊して進むことはエニグマには不可能ではない。でも、彼らは壊すだけでそれ以上の知識があるように思えない。もしかして、人でもエニグマでもない存在がいる?


 落ちてきた深さ的に、地下五十階はあるだろう建物を抉り出したような大穴。どう考えても誰かがいたとしか思えない。何故かこんな深さにいるのに、呼吸を違和感なく出来るのも気になる。


 だけど、今は別のことに頭を回すべきだ。まずはあのエニグマを倒すのが重要。

「今は解決にならない考えはやめて、早く皆を追いかけて……」

「もしかしたら……この先に“神”がいるです?」

 何を言っているんだ? でも、ナナシちゃんの発言はどこか確信があるようだった。


「ナナシ……さん? 一体何を言っているの?」

 クマのぬいぐるみを大事に抱えるラフリーが問いかける。だが、ここで立ち止まって質問をするには時間が足りない。


「ナナシちゃん。進みながら説明してもらえる? その……神っていうの」

「……分かったです。皆さんはこちらの横穴の先に向かったようですので、着いてきてくださいです」


 ナナシちゃんが先行して向かうのは、大穴の壁にもなっている建物の中だった。建物はいくつかの横穴が出来ている。ナナシが向かったのは、その中で一際大きく開けられた横穴だ。


 ラフリーに目配せをすると、彼女は確かに頷いたあとにナナシのあとを追って横穴に入っていく。

 思い出武装メモリアルのための記憶の温存するために、アオには元のロケットペンダントの姿に戻ってもらう。それから私も横穴の中に向かった。


 横穴の中はもやが一層濃くなっていた。腰に固定していた懐中電灯をつける。だけど、ギリギリ正面を照らせているくらいで、先が全く見えない。

 そんな中だというのに、ナナシちゃんだけは平然と歩いていた。


「……それでさっきの話なのですが……」

「神様がいる、っていう話ですよね、ナナシさん。でも、そういうのって、神話とかの話で……フィクションなんじゃないの?」


 ラフリー、そんなに真面目に返す必要があるの?

 神様なんて、人が作り出した超常現象を説明するためのもの。つまりはただ説明できないものを神様と呼んでいるだけ……。


「神はいるですよ。少なくともエニグマと皆さんが呼んでいる存在は、神に近しいものだと思うです」

「……まさか、エニグマが神様だっていうのですか?」


 随分と不格好な神様がいたものだ。あんな道具の寄せ集めのような化け物が神様なんて。

「いえ……あれはただの神の力を込められただけのモノみたいです。近いだけで別物というか。道具を媒介にしているので、中の道具が破損したりすると、行動をやめるみたいですし」

 なんじゃそりゃ、と思わず言いたくなる。だけど、それなら。


「ナナシちゃんの話が正しいなら、この先にいるかもっていう“神様”を倒せば、外のエニグマはどうなるの?」

「エニグマを発生させている力の発生源がなくなるので、動きをやめるですね。しばらくは他のエニグマも動き続けるかもしれないですけど、いつかは勝手に動かなくなると思うです」


 ラフリー達のおかげでこの大穴の奥に異質なエニグマがいることが分かっている。そいつを倒すことで、事態の収拾を図るというのが今回の作戦の狙いだ。だが、本当にそのエニグマを倒せば、全ての解決に繋がる確証はない。


 ナナシちゃんの言う神様が本当に存在するのだとすれば、そのエニグマを倒すことで、他のエニグマの発生数はかなり抑えられることになるけど。


『本当なの? ナナシ』

 アオがナナシちゃんに問いかける。だけど、ナナシちゃんの情報は間違いないという証拠は……。


「本当です。……アオさん、協力ありがとうございますです。……その時が来た時は、よろしくお願いするです」

 ナナシのその視線は私の胸元に向かっていた。アオは「ええ、分かっているわ」とだけ言う。


 不思議だ。ナナシの言う話は証拠がない。なのに、なんで信じられるの、と口に出して聞きそうになる。でも、今は巨大エニグマのことに集中した方がいい。


 足元に気を付けながら進んでいくと、徐々に光源がもやの奥から主張し始めた。でも、その分靄もやも濃くなっていく。眩しさに飲まれるという感覚は初めて味わう。


 やがて光の中に人影が現れた。もやの私達を除いた人員が揃っている。ようやく集合場所に到着したようだ。

「ごめん。遅れた」

「……いえ。アネモネ隊長が遅れるのはいつも通りだと思うので。……それで、あれが報告にあったエニグマです」

 いつも、私は遅れているっけ?


 一層濃くなった光のもやの中に、巨大な陰があった。光の中に立つ一本の柱のように見える。少しずつだが、動いているところを見るとあれはエニグマらしい。


「最初に来た時は、ここまでもやはなかったのですが……何かあると考えて一旦引くべきでしょうか?」

 ダッシュからの進言。確かに、映像にはこのようなもやはなく、姿を確認できた。何かあると考えるのが当然だ。だが。


「ごめん。私は引くべきじゃないと思う。時間が惜しいのもあるけど、このもやが仮に"逃げるため"のものだというのなら、さっさと倒さないとさらに面倒なことになりそうよ」


 ナナシちゃんの言う――あれは神で、あいつが全てのエニグマを率いている諸悪だっていう――可能性の話を信じているわけじゃない。ただ、時間をかけられるとこちらが不利なのは明白。多少強引にでも進めなければ、ツカータ隊長が最後の記憶を振り絞った意味もない。


「逃げるため……? そうだとすると、ツカータさんがいないと追跡は確かに困難ですね……」

 しかし、このエニグマは大き過ぎる。もやで見えづらくなっていることを加味しても、外のどの建物よりも大きいのではないかと思えるほどに。どう戦うべきだろうか。私とアオの火力で焼き払えればいいのだが。

いや、まずは状況の把握から。

「各位。靄の発生原因を調査して――」


「お姉様」


 私の声を遮ったのはナナシちゃんだった。

「皆さん。ここで待っていてもらっても良いです?」

 ざわついた声が漏れる。「何かいい考えでもあるの?」と一つ聞いてみる。

「いえ……」

 彼女は淡々と答えた。


「ただボクの目的に、皆さんは必要ないのです」


 目的? 必要ない? 一体どういう意味で言っているんだ? 何も、何一つ分からない。


 ……一体ナナシちゃんは何を考えて――? 


「待って!」

 何かが――何かがおかしい。


 彼女の姿はもやの中に消えていく。追いかけなくちゃいけない。追いかけて、問い詰めなきゃいけない。彼女は何かを知っているはず。そう考えた矢先だった。


 世界が震えた。


 それはバランスを崩す程度の小さな揺れではあった。だが、続けざまに天井から何か音がする。その音が一体何かを判断する前に、私は叫んでいた。

「全員、入口から離れて!」

 小さな揺れは、巨大エニグマのいる大穴への入り口を塞ぐ瓦礫を生み出すのには十分だった。


 けたたましい音を立てて、入口を瓦礫が塞いでいく。まるで、この先には行かせまいと意志を持っているかのように感じた。いや、実際に意志があったと考えてもいいかもしれない。

「アネモネ隊長。全員無事です。……アネモネ隊長の妹さんはあの先に取り残されたままですが……」


 取り残された? いや違う。彼女は進んで、この先に向かった。瓦礫で防がれた大空間への入り口は、人っ子一人入れないように瓦礫が積み上げられてしまっている。どういう仕組みかは分からないが、彼女が“やった”んだ。


「全員、さっきのエニグマがいる空間への道を探して。道具しょくりょうを招き入れる穴はきっと一つじゃないから! 早く!」

「は、はい!」

 足跡が私の傍から離れていく。どの足音も私の命令を聞いて慌てて行動していた。たった一人を除いて。


「先輩……」

 ラフリーだった。懐中電灯を照らさなくても、彼女が心配そうにしてくれていることは分かる。

 そして、彼女にもこれを聞く権利はある。


 視線を胸元に向ける。

「アオ、説明できるわよね? ナナシちゃんについて。……さっき言ってた神様と何か関係あるのよね?」

 首元のロケットペンダントを外し、左の掌の上に乗せる。後で良いかと思っていたが、今聞くべき内容だったらしい。


 轟音と共に、再び空間が震えた。あの巨大なエニグマがいた空間からだ。誰かが戦闘行動している。彼女だろう。

『……アネモネ。あなたは、神を信じる?』

 アオの答えはまず、その言葉から始まった。

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