作戦決行
ビルロード工業地帯。
かつては、戦車を含む様々な車種の開発、量産が行われていた。生産は昼夜を問わず行われ、近くの河川では汚染による問題を声高に叫ばれていたことがある、とか。
もう私は覚えていない。広大な敷地に点在する白い建物ばかりが目に付くだけ。不謹慎だろうけど、初めての工場見学に来た気分だ。
『アネモネ、あれが大穴?』
ひび割ればかりのマンションの屋上から見る大きな黒い点。随分と離れているが、穴の近くの建物との大きさを比較するだけで、どれほど大きいものかは分かる。あの奥に、エニグマを喰らうエニグマがいるのか。
「あの大穴を我々が発見したのは、一週間前……という記録が残っています」
地面の擦りながら歩く音と共に、ツカータ隊長が姿を現す。記録が残っている、という言い方の意味の察しはついた。
「アネモネ君。……少し話を聞いてくれないか」
「……別にいいですが……」
隣に古ぼけた迷彩服姿のツカータ隊長が隣に立つ。これは、私と一人の男がいるだけ……ということにすればいいのだろう。全く男は形にこだわる。
「私は四十年間、勉強ばかりしてきたらしい。自室にはいくつもの表彰状やトロフィーが飾られているし、日記にもそう書いてある。
だからね、知識の量には自信があったんだと思う。二年前の日記に、思い出武装の特性を知ったころのことが書いてあってね。自分の知識の量を考えれば、エニグマを全て掃討したあとも、十分に記憶が残る……と自信に溢れた字で書いてあったよ」
それは……。
『消費するのは記憶じゃなくて、思い出よ。知識なんて……あっという間に燃えてしまうわよ』
「アオっ……!」
「その通りだ、アオ君」
今のツカータ隊長の目は、自信に満ち溢れてなどいなかった。泥のような濁った目だ。
「私の膨れ上がった知識など……意味はなかった。エニグマを倒すことが出来る思い出武装ではなかったから、記憶を失っていく君達を知識でサポートすることだけが私に出来たことで、隊長などと呼ばれるような器ではなかった。部屋に戻るたびに空虚な気持ちになったよ。素晴らしい記録だろうと、今の私に相応しいとは思えなかったから」
ツカータ隊長は眼鏡を掴む。あれがツカータ隊長の思い出武装。何十年と使ってきた丸眼鏡なんだと思う。私とアオ以上に長い時間共にあるはず。
なのに。彼の持っている眼鏡にアオのような意思は宿らなかった。
「もう次で最後のようだ。私の記憶はもう残っていない」
肩にツカータ隊長の手が置かれる。強く肩を叩きたかったはずなのに、その力はないようだった。
「君が次の隊長になってくれ。私はもう先には行けない」
「ツカータ……隊長……」
そう言い残し、戻っていく。
『どうするの?』
本当に面倒だ。断れないことを知っているくせに。
「……最後の隊長命令なんだから、聞くしかないじゃない……」
*
空に昇る太陽が私達を照らす。
「アネモネ“隊長”。エニグマ達の動きは自分が以前確認したときと変わらず、道具を穴の中へ持っているであります!」
脚力を強化する思い出武装を使い、偵察に向かっていたダッシュが帰ってきた。器用に壁や空中を蹴り、廃屋となっていた社員寮の屋上に着地する。
動きが変わらないのであれば、作戦を実行できそうだ。
「アネモネ君。皆。各自作戦の把握は問題ないな?」
「はい!」
その場にいる全員で声を張り上げる。……いや、ナナシちゃんはしていないようだ。
私を除いたメンバーで道を塞ぐエニグマを掃討し、その後に私を含めた火力に特化したメンバーが後を続く。そして、最重要となる巨大なエニグマの討伐を行う作戦。
シンプルだが、複雑にして作戦の記憶を一部でも思い出武装で燃やしてしまったら、元も子もないから仕方がない。
「先ほど話した通り、私が倒れたあとは、アネモネ君を隊長として作戦行動に当たってくれ。あとは、頼んだよ」
「……承知しました」
ちょうど膝くらいの高さの瓦礫をテーブル代わりにして、ツカータ隊長が付近の地図を広げる。貴重な紙の地図だったが、今回の作戦のためということでいくつかある地図をわざわざ出してもらった。
ツカータ隊長の眼鏡が青白い光を帯びる。これが隊長の思い出武装。周囲を俯瞰して見ることが出来るんだとか。
ツカータ隊長が地図に線を引く。続けて地図上にいくつもの線が走った。しかし、途中で手が止まり、バツと記す。
いくつもの通れない道や危険な道を暴き、それを地図に記していく。
「……っ……! この道も……!」
赤い線が何度も組み合わさり……やがて一本の線が一つの場所を指す。
「…………」
ツカータ隊長の手が止まる。この手が動かない理由を私達は知っている。
「ツカータ隊長。……ありがとう、ございました」
そう声をかけると、ツカータ隊長の体は、力なく空中に投げ出された。
私はツカータ隊長の体を後ろから抱える。あまりにも……軽かった。だけど、そこには記憶だけではなく、言葉も、立ち上がる術もすべて使い切った男の姿があった。
呼吸も忘れてしまっていた。もう生きる方法を忘れてしまっている。
でも、助けることは出来ない。この人はこのまま作戦終了まで、ここに置いていく。……それがツカータ隊長の意志だった。
「みんな地図を! ツカータ隊長が作って下さった対象への最短ルートよ! 死んでもなくさないで! 作戦を開始するわ!」
それぞれが赤い線の通りに駆け出す。移動能力を強化できる思い出武装持ちは先行して進む手筈になっている。実際にその通りに、各々が思い出武装を発動させ、エニグマ達が集まる地に向かって風を切って向かっていく。
「お姉さま。また後で。無理はしないでくださいです」
青と白のグラデーションの髪を靡かせ、ナナシちゃんも後に続いていった。崩れた瓦礫の上をぴょんぴょんと飛び跳ねたり、上手く受け身をとったりして走っていく。
隣で赤白い光が周囲を照らす。光が止むと、私よりも三倍はある熊のぬいぐるみが四肢を地面につけていた。
「先輩! 行きましょう!」
巨大なぬいぐるみの上に乗ったラフリーが手を伸ばす。
ラフリーの思い出武装はファンシーなクマのぬいぐるみを巨大化させるものだ。機動力や攻撃能力もさることながら、誰かを乗せて進むことが出来る万能型でもある。あとモフモフしていて癒される。
「うん」
指し伸ばされたラフリーの手を掴み、熊のぬいぐるみの背中に乗る。
「アネモネ君」
男の人の声がした。この声は。
「イテム博士! 今までどこにいたんですか?」
目の周りに出来たクマと無精髭が特徴の思い出武装開発者のイテム博士がそこにいた。だが、いつも以上に苦しそうしていた。
「……ナナシ、という少女に、気を、つけてくれ」
「え……?」
「……今はこれだけしか言えない。それと……作戦が上手くいくことを祈っている。ようやくこれで、我らが悲願を叶えることが出来るとね」
気をつけてくれ、ってどういう意味……? 妹じゃないって話と繋がってる? いや、まずは……。
「後で詳しい話を……お願いします。行くわよ、ラフリー!」
「え? あ、はい!」
『イテム博士、行ってきます』
ラフリーの腰を掴んでから、お願いと声を掛ける。ラフリーは「クマさん、行って!」と口にするとすぐに、ぬいぐるみのクマは凄まじい膂力で地面を蹴り上げた。いくら視認できるとはいえ、大穴までかなりの距離があるはずなのに、数回地面を蹴るだけで中に入れそうだ。
偶然、後ろを振り向いた。なんとなく、だった。
イテム博士が小さくなっていく様子が映る。
その顔はいつもの具合の悪そうな表情ではなく、笑顔だったように思えた。珍しい。あの人があんな表情をするなんて。笑顔で送り出してくれたのだから、私も頑張らないとね。
「先輩! 穴の中に突入します!」
ラフリーの声が風を切る音に紛れつつも聞こえた。
左手を放し、首元のロケットペンダントを握る。暖かいものが脈動する感覚がした。
「アオ! 行くわよ!」
『うん! これで全てを終わらせる!』
暖かい光と共に左手の甲に蒼色の小盾が存在を主張する。残った記憶をありったけ思い出す。その記憶が未来へ繫がると信じて。




