探しているものは
ナナシちゃんに簡単な拠点の紹介を終わらせた次の日。
私達はまた瓦礫の丘に来ていた。白い巨大なエニグマに襲われたあのスリザード団地である。
あの日とは違って、灰色の雲が私達の空を覆う。瓦礫との境目が分からなくなりそうな天気だ。
「お姉さま! そちらに行きました!」
ナナシちゃんの声がする。左腕の小盾を構え、思い出を燃やす。
「行くわよ! アオっ!」
エニグマめ、私の真正面に逃げるということがそもそもの間違いだ。小盾から蒼い炎を放出し、目の前の段ボールと電信柱が混ぜられたようなエニグマを焼き払う。
キィィィィィィ! と悲鳴のような音が聞こえ、勢いを失ったエニグマが目の前の瓦礫の上に崩れ落ちた。その様子の一部始終を見ていると、アオが声を上げる。
『ナナシ! そこにもう一体が!』
アオの言う通り、私の妹を自称する少女の傍に蠢くゴミの塊があった。ペットボトルどころか、日常生活で発生したような化粧品などの細かいゴミが混ざっている。体を形成する道具が多いほど、エニグマの弱点の核が分かり辛く強敵だ。
手のないエニグマは、代わりに尻尾のような部位をナナシちゃんに向けて振り回す。アオの炎はこの場所からだと届きはしない。
「ナナシちゃん!」
焦って叫んだ私とは違い、ナナシちゃんは落ち着き払っていた。
「……古術“ザンカ”」
体を横に激しく回転させながら放たれた剣の軌跡が、エニグマの中心を切り裂く。上下に二つに分けられた体が地面に落ちる。
それからエニグマは動かなくなった。
エニグマが道具や建物を破壊する性質のせいで、人類は住処を奪われ、食料の生産も滞ってしまっているのが現状である。だからこそ、物資を探しに行く探索は重要だ。
その探索に彼女が付いてくる、と聞いたとき、どうしようかと思った。
私の思い出は残り少ない。彼女を守れるだけの力があるか自信がなかった。
そんな私の背中を押したのは、仲間達だ。むしろ仲間達は私に一人で外に出て行って欲しくないらしい。
仕方なく一緒に探索に出かけたが、ナナシちゃんの実力を心配する必要はなかった。
剣を瞬時に出現させ、それを巧みに振り回す彼女はあっさりと見敵必殺してみせる。余りにも華麗な剣捌きに、自分のアオの炎によるごり押し戦法が稚拙に見えるくらいだ。
言い訳をするなら、思い出武装持ちは、記憶の消耗で戦法の記憶自体を失う可能性が高いから、私みたいなのが生き残り易いだけなのだけれど。
「お姉さま! ここに食料が埋まってるです!」
的確にエニグマの核となっている道具を壊し、的確に必要な物資を探し当てる。
一体彼女は何者なんだ? アオが言うには私の妹じゃない、らしいけど。
ポケットから折りたたまれた袋を取り出す。ナナシちゃんが手に持っていた段ボールの中身を見ると缶詰が何種類か入っていた。鯖缶、焼き鳥、シーチキン。今晩の夕食は期待できそうだ。
「ありがとう。これで三か所目よね……。サクサク見つけてくれて助かるわ」
「お姉さまに褒められると嬉しいです! 次は……」
「ところで質問をしても良い? ここなら誰にも、見られないでしょ。あんたの目的はなんなの?」
ナナシはほんの短い時間だけ口を閉じた。
「……お姉さまに言っても、仕方ないものですよ?」
私に言っても仕方のないってどういう意味……?
『アネモネ? あたしは昨日、ナナシは敵じゃないって……』
「アオ、それは確かに聞いた。でも……何をしようとしているの? 敵じゃないのなら、やることくらい教えてくれたっていいわよね?」
ナナシちゃんは黙ったまま考えているようだった。手に持っていた彼女の剣が光を伴いながら、消えてなくなる。
一体何なのだろう。彼女は思い出武装を知らなかったから、別物であることは確実なのだけれど。
「私達は、私達の世界を壊すエニグマ達と戦っている。思い出武装でね。それで……あなたは“何を探している”の? それを知らないと、私はナナシちゃんに背中を預けられないわ」
「……やっぱり、アネモネさんは凄いです」
ナナシちゃんはタンポポのような笑みを咲かす。
「……そうですね。確かに、ボクの目的を協力してもらえるなら、ボクの目的を知っている方が都合が良さそうですね」
女の私が思わず見惚れるような美しい所作で語る。
――ボクはお姉様を探しています。そのためには、未来に行く手段が必要なんです。
“お姉様”。その言い方にゾクリとした。まるで光が届かない海溝のように深い親愛の情がこめられていた。私を呼ぶときのような少し悪戯っぽい言い回しではなかった。
運命を信じる乙女が、自分の想い人を呼ぶときのようなそんな雰囲気。絶対に触れてはならない、彼女の神域がそこにあった。
「お姉様はボクに名前をくれました。お姉様はボクに知識をくれました。お姉様はボクに約束の大切さを教えてくれました。お姉様はボクに未来を……」
次から次へと、ナナシちゃんはお姉様の話を繰り出す。その目には、想像上のお姉様しか映っていない。お姉様を称える言葉がいくつも出てくるが、何度か同じ内容を語っていることに気づく。
『……で、手段は見つかったの?』
そのことを知っているアオは茶化すような調子では話しかけない。
ナナシちゃんはお姉様の礼賛を止めて、ムムムと口のへの字に曲げた。
「それが……イテム博士に会えないんです。アオさんの話を聞いて、イテム博士に思い出武装を作ってもらうのが、理想だったのですが……」
会えない?
でも、イテム博士はこの間会った。それに拠点から離れるような人じゃないと思うのだけれど。
『でも、未来に行く思い出武装なんて聞いたことないし。そもそも思い出武装の能力が何になるのかは、イテム博士もコントロール出来ているようには見えない。あたしが生まれた時はそうだった』
「……どうするにせよ、可能性があるのは、イテム博士だけだと思うです。だから、ボクは皆さんに対して、敵対的な行動を行うメリットはないんです。アネモネさん、信じていただけますか?」
ナナシちゃんの話を聞く限り、確かに敵対行動をとる理由はない。要は未来に行く力を持った思い出武装の入手が彼女の目的ということだ。
だけど、気になることがある。
「それを信じる前にもう一つ聞かせて。どうして、“未来”なの? ナナシちゃんのお姉さんが……死んじゃっているのなら、普通“過去”じゃないの?」
空気が凍った感覚がした。どうやら入ってはいけない領域に踏み込んでしまったらしい。
「べ、別に答えたくなかったら……!」
「……過去にはお姉様はいないのです」
それはどういう意味?
イテム博士はナナシちゃんについて何か知っているのかな。ふと、そんな考えが出てくる。
彼女の目的を知っているから、イテム博士が彼女には会わないようにしている。そう考えると隠れているのはつじつまが合いそうだけど。
「……お姉さま。これで、お姉さまの質問には答えたということで良いです?」
ナナシちゃんの声が耳に入ってくる。続きは戻ってから考えよう。
「うん、大丈夫。……踏み込んだことを聞いたみたいで、ごめ……」
『アネモネ!』
瓦礫の海から腕が生える。白い腕だ。間違いない、私を殺した――?
「私を殺した……?」
体が言うことを聞かない。
あの痛みが、呼吸ができなくなる感覚が、頭の中で何度も何度も私を殺し始める。
「お姉さま、構えて!」
腕の次に胴体が。胴体の次に足が、瓦礫の中から出現する。その姿は寸分なく。
"私を殺した"白いヒトガタのエニグマだった。
でも、私が――?
ナナシちゃんと協力して――?
――そこで意識は、途切れた。




